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梅を見る人、見れぬ人
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十造と楓は、浜松の手前で足留めをくらっていた、どうやら信玄が、わざわざ浜松城の家康に、見せつける為だけに遠回りするらしい
二人は一旦、街道脇の土手に腰を下ろした
『とすると、家康は、城に込もってばかりも居られまい、何処かで戦を仕掛けねば、この後、家来達に示しがつかぬわ、其に自分自身の意地も加わり、、、戦となろう
しかして、それは、信玄の思う壺、此度は信玄にやられる
信玄は気を良くするが、夜になり、寝込む、今日が最後の華よ』
そんな事を考えていたら、楓が鼻先に枯れた猫じゃらしを押し付ける
「なんじゃ、なに、今夜、、、そうか、ねぐらと食料を探さねばの
それはそうと、手下の分際で、良くも親方に対して、猫の様に扱こうてくれたのう、これでもくらえ、ほれ、ほれ」
十造は、枯れたススキの穂先を楓の首筋辺りにそよがせた
「ひゃ~、ぁ~」
楓が笑いながら、手近の草やら何やらを、引っ付かんで投げ返して来た、二人共に、一仕事を終えて、穏やかな気持ちが欲しかったのだ
その頃、徳川方が武田の軍勢に、三方ヶ原において、散々に打ちのめされ、敗走していた
信玄の本陣近くに、医者の詰め所が作られてあった
医者の小間使い、上杉方のくノ一、八つ目は、十造の企みを受け入れて、既に毒薬と薬を入れ換えた
医者は昼間の見立てでは、信玄は大層元気だったそうだ
これから、十造って奴が、話した通りになるのなら、
そろそろ、八つ目も、姿をくらます支度を、せねばならない
いくら仕事とはいえ、やっとあの変態医者から、逃れられるのだ
そして、逃げ落ちる先が、越後ではなく、三河の徳川方であることが、八つ目に望みを与えていた
越後は、余りにも遠すぎる
信玄の本陣は、賑わいを見せていた、そして、徳川の軍を三方ヶ原で蹴散らし、板垣昌景の部隊が、浜松の城まで追って行った
夜半に、山県の部隊が帰って来た、それから直ぐに、医者が呼ばれて、急ぎ駆けつけて行った
帰って来た時に、八つ目が聞いてみると、昼間は、これ迄に無い程
元気があった、夜になり、急に寝込んで問いかけにも、弱々しく返事を返すのみ
薬の成分を変えても、今度は身体が持つまい
明日にでも、武田の軍勢の方針が示されよう
と、肩を落として、八つ目に語って聞かせた
それは、この医者の、見立てよりも確かな、本人の態度でわかる
「ふん、何時もなら、とっくに、私に突っ込んで、腰を振ってる癖に、すっかり萎れちゃってさ
これは、本格的に潮時、引き揚げ時を、考えなくてはならないね
どのみち、奴は、病気を治せなかったって事で、何らかの責を負わされるだろうし」
その、八つ目の考えは、正しかった、そして、何らかの責を、負わされるのは、誰もが嫌だった、従って信玄が、床に伏せて以降、進軍の速度が目に見えて落ちた
十造と楓は、この辺りは、藤六や三郎兄弟の名前を出せば、何処にでも、泊まる事が出来た
後は気軽に、武田の動きを見張るだけのつもりであった、が、武田の動きを追って、街道を西に向かって進んで来ると、臨時の関所が設けられていた
要するに、ここから先は、武田領内と言う事だ、そこには、法を破った者が、どうなるか門の横の台に晒し首として、知らしめられていた、
変わり果ててはいるが、十造と楓には、見覚えのある顔が二つあった
一つは法恩寺の離れに文を取りに来た男、もう一つは、八つ目であった
関所の混雑に紛れて、二人は引き返した
八つ目に代わり、信玄の様子を、三郎に知らせに行こうと、踵を返し、浜松に向かう
道々十造は、考えを巡らせながら歩いていた
『八つ目達の動きの早さよりも、武田の動きのほうが、一足早かった様だの、関所に二人の首が晒されている、と、言うことは、、、
忍とは、ばれずに単に関所破りで捕まり、打ち首となった
忍とばれたら、こんなところには居らぬ、それに、あんな綺麗な顔もしてはない
八つ目は、計略を終えて、信玄の様子が、儂の言うた通りになるのを確かめて、医者から離れた
繋ぎの男が現れて、訳を話し、逃げをうったが、関所で捕まった
そして、、、』
十造が思案しながら、街道を楓と歩いて居ると、いきなり、十造の目の前を、石が横切った
珍しく十造が、攻撃の先手を取られた
楓は一瞬遅れて姿をけす
「無駄だよ、女の人も見えてるよ、二人共かなりやるね、大丈夫殺さないから、出来たら捕まえろってさ
いくよ」
未だ、声変わりもしていない、子供の声が聞こえた、十造は軽い衝撃を覚えた
ガキに不覚をとったのだ
そして、攻撃すると言う、しかも、生け捕りでだ
確かに、ただ者ではない、十造はともかく、楓にさえ気配を感じさせなかった
だけではなく、楓の気配をつかんでいるのだ
今度は人が翔んできた
十造の頭の上を一尺以上も越えて、その間十造に向けて石が三発飛んで来た、全てをかわしたは良いが
「さて、お前をどうしようか」
「けっ、負け惜しみ言うな、大人しくつかまりな、、う、、、」
楓が、ガキの後ろを取って、首に棒切れを当てた
「おい、糞ぼうず、どうする、儂らに捕まり、どっちに差し出されに行きたいか、徳川か武田か、はたまた織田か」
十造は笑いながら、楓に離してやれ、と伝える、楓も笑いながら、手を離した
「いいのかい、情けは仇になるぜ」
「わっははは、愉快な奴、小僧、何処から来たのだ、、、」
楓が素早く消えた、十造は、クナイを手に街道脇の薮を目指す
「済まん、十造、楓、俺だ静海よ、出てきてくれ」
十造と楓は街道に戻った
「静海元気そうだの、お主の子か」
「違うわ、コラッ、佐助相手を見ろとあれ程言うたろうが、この糞餓鬼めが」
佐助と呼ばれた小僧は、静海に、思い切り拳骨をくらっていた、佐助と呼ばれた小僧なら、避ける事など容易いだろうに、受け入れている
「痛いよ静海、何で直ぐに打つのさ、止めてよ」
半べそをかきながら、先程生け捕りにしようとした、楓の後ろに隠れた、楓も勘弁してやれと、静海に手を振った
「ふん、楓、騙されるでないわ、こやつの企みよ、こら、子猿」
「わはははは、まあまあ、静海良いではないか、少し話そうではないか」
「佐助少し遊んでおれ、儂は、十造と話が有る」
「わかった、楓って言うの、楓姉ちゃん、さっきの動き教えてよ
あれっ聴こえないの、あっそうか、手や、身体の動きで伝えると、通じるんだね」
楓は佐助が気にいった様子で付き合ってやっていた
「恐ろしい子供だの、楓の気配を読んだわ
動きも一品、危うく生け捕りにされるところよ」
「笑わせるな、お主達二人に敵うものか」
「そうよ、今思えば、二人で良かったわ、一人ずつで出会ったら、余裕などなく、確実に仕留めに行っておったと思う」
「ふーん、そうであろう、あやつは、儂らの将来を背負う希望よ
但し未だ糞餓鬼でもある」
静海は寂しそうに嗤う、十造にはその気持ちが解る、誰も好き好んで、忍などさせたくないのだ、それ程に才能が有るなら、他に向けて欲しい、静海が厳しいのは、佐助を死なせたくないためだ
今、佐助と楓が相手を出し抜こうと、後ろを取る稽古をしている
子供と若い娘が、遊んでいるかの様だが、人殺しの、稽古をしているのだ
十造は静海に、これ迄の事をかいつまんで話をした
静海は、真田の部隊が武田方なので当然これに加わって居るのだが、人が多すぎて、さしたる仕事もないので、佐助を鍛える事にしたと言う
「儂が信玄毒殺の下手人でも、さして驚かぬようじゃの」
「うむ、武田の大将は、既にその死が、早いか、遅いかの違いしかないわ、それに儂らは、真田に支える身、だから此度もこの様に、のんびりとやっておるわけよ
但し、お主の計略には、関心が大有りよ
良くもまあ、そこまで、練りに練った策が思いつくのう、力任せ、技任せの儂らは、到底思いもつかぬわ
大したものよ」
「誉めても佐助にやる飴玉すら持ち合わせぬぞ、儂らは浜松に向かう、そろそろ行こう」
「おう、達者でな、佐助終われ、引き揚げぞ」
十造は、何か思い付いた様に
「佐助っ、そこから先程のように、儂に仕掛けて来い、儂からも、飴玉代わりに稽古を付けてやる、さあ、来い」
佐助が、正面から突っ込んできた、石が三つ飛んで来る、そして、飛び上がる、十造も飛び上がり、佐助の足首を掴んで、草薮の柔らかい方へ投げた
「佐助、儂らを、見切ったのはわかるのだが、相手も、お前を見切ったと思うのだ、相手が驚いたと思うのは一度きりよ、相手が強ければ強い程、そうなのだ、必殺技とは、必ず殺す技と書く、楓の様に一撃で仕留めにかかるのか、他にどうするかは、お前次第、もっともっと、稽古をせいよ」
佐助は、目を輝かせながら
「うん、解ったよ、十造も楓ねーちゃんも、もう行っちゃうの」
何だかんだ言っても子供だ
「何だお前、儂は呼び捨てで、楓には、ねーちゃんとは」
「だって、楓ねーちゃん綺麗だもん」
「わはははは、儂は汚ないと言うか、儂も拳骨を食らわすぞ」
「十造、楓ねーちゃんも達者でね」
楓も静海に頭を下げ、別れを告げ、静海と佐助は去って行った
楓が仕込杖で、地面に何やら書き出した
(才能、勘、物覚え、動き、素直、将来無敵)と
「ほう、少しの間で、お前にそこまで言わせるか、ほんに、将来無敵じゃの」
浜松で三郎に会い、細かな部分も全て伝え終わり、十造は藤六の様子も、挨拶がてらに問うた
「それが、父は足を痛めましてな、大した怪我ではないのですが、足手まといは帰る、と先に伊賀へ引き揚げました、なあに、心配にはおよびませぬ」
三郎と別れて、二人は武田の、軍勢を避け、浜名湖を湖南回りで帰途に就いた
帰りの道すがら、武田の動きを聞いたりしたのだが、進軍が遅くなったまでは、伝わって来るのだが、信玄本人の事は流石にわからない
「まあ良い、どうせ長引くであろう
そのうち、違う仕事が入るわ
それにもう、ほんとの冬がやって来る、ぼちぼちとやらねば、凍ってしまうわい」
十造達は、途中岡崎の城下町に立ち寄った
丁度市が立って、賑わいを見せていた
十造達も気晴らしに、覗いて見て行く事にした
楓は、久々の市に目を輝かせながら、一軒一軒時間をかけて覗いている、中でも反物屋の前で、根っこが生えていた、別に仕事が、有るわけでもないので良いのだが、時間がかかりそうだった
十造は自分向けの時間潰しが何かないかと、辺りを見回した
「おお、あれはもしや、楓、楓、知った人物が居った、ゆっくり見て来るが良い、何時でも構わぬ、後でここでな」
楓もその方が良いであろう、じっくりと楽しめると言うものよ
「失礼つかまつります、久利孫兵衛殿とお見受けする」
「いかに、、、おお、十造殿暫くでありますな、仕事ですかな」
十造が畿内方面で、織田の仕事をする時に度々一緒になり、便宜を計ってくれる人物をみつけたのだ
「仕事帰りですが、相棒が市に捕まりましてな、そこで、丁度、久利殿を、お見かけしまして、儂を救うては貰えぬものかと、声を掛けさせて頂いた次第」
「わははは、十造殿を助ける事が出きるとは、恐悦至極、さて向こうに屋台がありもうした故、そこに」
「恩に着ます、ではでは、参りましょう」
久利は、織田方の援軍第二陣として、ここ岡崎に待機していた
「はて、大忙しの織田隊が待機とは、余裕ですな」
「馬鹿な、今頃は浜松の随分手前で、首を取られていた筈よ
じゃが、いきなり急に、待てがかかり、噂では、武田の進軍が急に止まったからだと
そして、今日十造殿に合うた、儂は、尾張に帰れるのだと、確信を持った」
十造は、武士は嫌いだが、久利の様に全てを解っても、賢く振る舞う人物が好きであった
それは、忍にとって弱点でもある
又、一人殺したくない相手が、出来ただけなのだ
「いやー、十造殿、儂は随分と酔うてしもうた、これから申す事は、全て酔うた挙げ句の戯れ言よ、勘弁されよ、
畿内の敵は、すべからく、信玄の上洛に合わせた素振りが、みられる
その信玄が、頼りに成らぬと解れば、果たして畿内は、、、
特に、浅井、朝倉、雑賀、六角残党、これに与した伊賀、甲賀、当然、京の誰か、ま、京のお人は既に、、、」
孫兵衛は畿内の情勢を細かく教えてくれた
「孫兵衛殿、有り難う御座いまする、もう、その辺でよろしいかと、この十造何が何やら」
「おお、済まぬ、済まぬ、薬売りのそなたに、かような話をしてしもうた、どうか聞き捨ててくれぬか」
「久利殿、武運長久を心から願いますぞ
どうか、お達者で」
そこから別れて、十造は、楓がじっと見ていた反物屋へ足を向けた
「店主、先程薬売りの娘が、見ていた反物はどれかな、おっ、これか、お主から見て
あの娘に似合う反物はあと、どれか、
なに、支払いじゃと、砂金でよいのか、阿保抜かせ盗賊ではないわ、たまたま、朝鮮人参が売れたのよ」
反物屋も、商いが高額になりそうなので、喜んで、取って置きを出してくる
結局、十造は、楓が見ていた反物と、良くは
わからないが、反物屋のお勧めの品を買った
程なく楓が戻って来た、待ち合わせに、十造が居ないので、仕方なくもう一度、市に戻ったそうだ
『ふん、結局儂が悪いのよ、知っておったわ』
十造は、岡崎を離れてから、ずっと黙り込んでいた、楓は十造の風を感じ無くなった
『十造様は、何やら考え込んで居られる
以前の様に、悲しみも寂しさも感じ無い、仕事の事なのだろう』
十造は、伊賀と甲賀の分かれ道まで来ると、楓と道端で、休みがてら語り出した
「楓、ご苦労であったの、此は儂からの、正月祝いよ、少し早いがの、さあどうした、遠慮するでないわ、受けとれ、ほれ」
楓は、反物を貰った事も嬉しかったが、それ以上に、自分が見ていた柄を、十造が知っていた事が嬉しかった
丁寧に礼をして、貰った反物を背負子にしまった楓に、十造が話かけた、と言うか地面に
何か書き始めた
(十造共に、用件で伊賀へ)
楓が目を丸くして、驚いている
「何だ、たまには、お前の家へ行っては駄目か」
楓が首を振り、本当なのかと聞いて来る
「わははは、本当もなにも、既に伊賀に向けて歩いておるわ、おかしな奴よ
何だ、荷物をどうするつもりだ」
楓は自分の背負子を、肩から外すと、十造に託し風の様に走り去った
「コラッ、自分の親方に荷物を委ねるとは、なんたる不届きな奴よ」
十造が、大きな声をあげても、楓には届かない
仕方なく、楓の荷物は自分の胸に付けて歩き出した
道々、十造は楓に対する、呪詛を吐きながら
漸く、楓の父藤六の屋敷に着いて、来報を告げた
藤六が笑みを浮かべながら出てくる
「此は此は、珍しき姿のお客人、いつもその様な姿で、商いとは、感心、感心
わははは、さささ、中へ入られよ」
荷物を下ろし
囲炉裏を囲み、十造と藤六は話を始めた
「藤六殿怪我をされたとか、大事御座らぬか」
「何の、少し捻ってしもうただけよ、仕事は、倅達がやれば良いわ、もうその時期だと思うての
其よりも、お主こそ一体どうしたのか、楓が走って帰って来て、十造様が家に来るから、もてなせと、あれはないのか、此は出せと、儂らに、指図をしよってからに
どうやら、あれの親方が、甘やかすからなのだろうと、見当を付けておったところよ」
藤六は十造に、酒を注ぎながら、笑顔で文句を言うてくる
「いやいや、今日は、親方に荷物を持たせ、一人身軽になりて、とっとと姿を眩ましてからに、親の顔を見てやろうとまかり越した次第」
二人は大きな声で笑いあった
酒を注ごうとする、藤六を遮り、十造は正座して、藤六を見た
藤六も、いつもの十造とは違う事を覚り正座した
十造は、今日藤六を訪ねて来た、本当の用件を、頭を下げ手をついて述べた
「な、なんじゃと、まさか、儂の聞き間違いではないのか
千代、千代、早う、早う此方へ来い」
藤六の妻、楓や三郎の母、千代が何事かと、囲炉裏の前に来た
「いかがなさいました、お前様」
「落ち着いている場合ではないわ、十造殿が楓を、よ、嫁にと楓が嫁に」
千代は床にペタンと尻をついて、泣き出した、そして、気を取り直して、十造に三指ついて頭を下げた
「馬鹿な、お前が、嫁に行くみたいになっておるわ
さ、早う楓を呼んで来るのだ
婿殿の気が変わらぬうちにの」
千代が楓を呼びに行く、藤六も目に涙を溜めて、十造に酒を注いだ
「十造殿、いや婿殿、藤六生きていて、これ程嬉しい事はない、良くも良くも、もろうてくれた、さ、さ、さ
飲んでくれぬか、嬉しい、嬉しいのだ、わははは、わははは」
千代が戻って言う
「羞じらって、部屋にとじ込もってしまいました、連れ出す訳にも行かず、困りましたな」
「良いわ、本人もいつも、親方の事しか言わぬのだから、嬉しいに決まっておろう
其よりも千代、肴やら何やら、全て出したら、お前も婿殿と酒を飲むのだ」
十造は、藤六に早くも婿にされていた
千代も、喜んでくれている様なので取り敢えずは胸を撫で下ろした
結局、藤六と千代に、注がれるままに、酒を飲み、旅の疲れも手伝い、いつの間にか寝てしまった
目覚めたら、布団に寝ていた
起きて囲炉裏の前に行くと、千代がいそいそと、朝の膳を用意し出した、そして、藤六が
「おお、婿殿起きられたか、さあさあ、朝の膳を、其とももう一献いくかの」
「いやいや、勘弁して下され、膳を頂戴して取り敢えず、甲賀に戻りまする」
『楓の姿が無いのは寂しいが、まあ良いわ、親の許しも得たことだし』
朝飯を頂戴し、用件も済んだので、藤六と千代に挨拶をして、甲賀に戻る用意をした
「では、親父殿、母上此にて十造は甲賀に戻りまする」
「うむ、婿殿此からは、儂が居ようが、居まいが、何時でも来るが良い、千代がもてなすでな」
十造は、楓に合わぬまま、義父の家を辞した
少し歩いて行くと、人の気配に振り向いたのだが、そこに楓がいた
はにかみながら、立っている
いつもの格好とは違い、編笠をかけ、綺麗な旅姿の楓がいた、口に紅をひいている
柔らかな笑顔が、十造の顔にも伝染した
藤六と千代の心づかいに涙が出そうだ
昨夜、藤六が十造に語った
「千代は、楓の耳が聴こえぬ事に気がついた時から、それは厳しく育てての、読み書き、裁縫に至るまで、儂らが死んでも、ちゃんと、生きて行けるようにとな
兄達も、友達代わりになって遊んでやっておった、技等も教えながらの
そして、皆が気がついた、いつの間にか化け物が育っておったわ」
十造と藤六は差しつ差されつ、酒を飲んでいた
「お主も知って居るように、神部の家は、情勢や文書を、集めるのが主な仕事よ
やはり最後は、話が出来ないと、仕事が難しくなる
そこで、お主の方が相性が良いかと思うて、面倒掛けさせてもろうた
最初は、大層張り切っておったわ
そのうち、張り切って出かけて、鬱いで帰って来るようになっての
千代が言うには、好きな人が出来たのだと
敵を好きにならない限り、相手は一人しかおらぬわ
どうなる事かと気を揉んでいたのよ
正直言うて、ここまでの結末は、考えてもおらなんだ
勿論、儂も千代も嬉しい限り、他に言葉がみつからぬ
さあさあ、婿殿飲まれよ」
冬とは言え、日差しは明るく、穏やかな日であった、別に急ぐ用事もなし、二人はゆっくりと甲賀へ向かう、十造が振り向くと楓がにこりと笑う、一休みしようと、木の伐り株に、風呂敷を掛けて、楓を腰掛けせた
楓が竹の水筒に入れた水を、渡してくれた
仕事以外で、こうして外に二人で居るのは、これが初めてである
十造は何か照れくさい様な、もやもやしたものを感じていた
楓とは、もっと身体が触れ合いながら、仕事をしているのに
十造も楓の横に腰掛け、水筒を渡すついでに、手を握ってみる、柔らかく握り返す手をひき
「さあ、帰るぞ楓、儂らの家にの」
暫く留守にしていた、主の居ない家の中は、寒くはあったが、囲炉裏に火を起こし、竈や風呂にも熾火を着けた
楓は、あれもやろう、これもやろうと、動き出そうとしたが、十造に止められた
十造が笑顔で、先ず休め、囲炉裏で火に当たり、湯でも飲んでからでも良いではないか
手招きと、隣の座布団を、ポンポンと叩いて誘う、ぐずぐしている楓の手を引き隣に連れて来た
「わははは、楓これでは、夫婦になった意味がないわ、頼むから、いつもの様にしてくれんか、儂はお前が好きなのじゃ、隣にこんか、ほれこの湯の中に、干した柚子を放り込むと、香りが立つわ、ほれ」
其でも楓は、渡された茶碗を口にはこび、嬉しそうに微笑んだ
十造は我慢がならなかった、楓が持っていた茶碗を引ったくり、炉端に置くと、いきなり楓を引き寄せ、口づけをして、柚子の香りを感じた
楓はやっと、身体の力を抜いて、好きな人の腕に抱かれた
今までの経験に無かった感覚だった、このままで居たかった
十造が口を離したときには、十造に身体を預けた、楓は其だけで良かった、抱き合って囲炉裏の火を見ているだけで十分なのだ
十造に抱かれていた楓が、ふと見上げると、十造の唇に、楓の紅が着いていた
クスッと笑って袖で優しく拭いてやる
そうだ、風呂やら、晩飯やら、作らねばと、現実に戻り十造から離れ動き出す
十造は酒と盃、皿に塩、粟を盛って囲炉裏の前に並べた、正式なやり方なんぞ知る由もないが、まあ二人の契り、けじめをしてみたかったのだ
夕飯の前に、二人で並んで、その前で柏手を打って終わっただけなのだが
まあ、二人共はれて、夫婦になったような気がする
風呂に浸かり、楓が背中を流してくれた
十造は風呂から上がり、楓が風呂から上がるのを、囲炉裏端で待っている
十造の隣に来るまで結構な時が立っていた
二人で柏手を打った酒を、先ず十造が飲み、楓にも注いで渡した、おずおずと、旨くは無さそうだが、どうにか飲み干した
楓を引き寄せ唇を合わせる
今度は、抱きついてきた、もう言葉は要らなかった、かかえるように布団に寝かせ、帯をといてゆく、楓は、両手で、顔を覆っている
十造は、そんな姿が愛おしくてしょうがない、ゆっくりと手を、どけて、唇を重ね、静かに楓の胸に手を当て、楓の緊張をといてゆく
二人にとって長い夜となって行く、赤い囲炉裏の炎が、二人を照らしていた
まだ薄暗い中で、楓は目が覚めた、隣には、自分にあんなことや、こんなことをした、十造が寝ていた、鼻でも摘まんでやろうか、旦那様
薄く目を開けると、楓が十造をみていた、手を伸ばして、自分に引き寄せ抱きしめる、愛おしくてしょうがない、構わないではいられない、握らせてみる手を取り、動かさせる、十造も楓に指を使い出した、もう駄目だ、我慢と愛おしさの限界だった、十造はいきなり楓にのし掛かっていき、唇を合わせながら動き出した
いくらなんでももう起きようと、楓は身体を起こした途端、十造をにらんだ、十造が昨日から、楓の中に残したものが降りて来た、女の顔になっていた
十造が、のろのろと起きて来たときには、楓は、家事の最中であった
食糧が少ないと十造に訴える
「おーそうか、他に何か有ろうか」
ここの風呂は大好きなのだが、屋根が有ると雨の日や、子が生まれた時にも助かると言う
「何、早、子供の事も考えておるのか
ん、この分では、明日にでも出来ましょうとな
憎い奴め、どうしてくれようか
まてぃ、逃げるか」
二人で楽しくてしょうがなかった
そんな暮らしが、一月程続いたある日、三郎がやって来た
「此は此は、三郎兄者暫くで御座いまする」
「やめて下され、いつもの調子で願いますぞ、楓元気でおったか、ほう、楽しそうでよかったの、ああ、母上も元気よ、お前が居なくて寂しがっては居るが、其以上に、お前が嫁にいったことが嬉しいと言うておったわ、父上もな
手紙が有るなら持って帰るぞ、書いてはみんか」
「なにやかにやら、心配掛けて済まんの」
「何を言われるか、楓がきちりと、やれておるかどうかの事ゆえ
十造殿の事では、、、」
「此は異なことを、儂らは、既に夫婦、妻の失態は、夫の過ち不手際があらば、夫である儂が頭を下げるは当然の事」
「わははは、そう来ますかな、もうよろしいかと」
「わははは、で、三郎話を」
「はい、年越しを過ごした信玄が動き出しました、只其程速度が早くはなく、恐らく次の狙いは、野田城かと思われます、織田、徳川方は、この野田城攻めの結果で、信玄の此からの動きが解ろうと、そうすると、畿内や浅井、朝倉への関わり方が大きく変わろうと言うもの、十造殿には、何らかの依頼が有ろうかと思います」
「ははあ、さては、十造が楓に、腑抜けにされては居ないか、見てこよと、親父殿が申したのじゃな」
「うほん、楓、儂に湯をくれぬか、矢鱈と喉が乾くでの」
「のう、三郎帰ったら、親父殿と母上に伝えてくれぬか、一度此方へ、いらしてはもらえぬかと、丁度、梅を見ながら、如何かなと
のう、楓」
楓が頷く
「あー、そう言うところの、息はぴたりですな
解りました、忘れずに
伝えます」
「其よりも、信玄が野田城を攻めた後、どうなるかよな
儂は北上して、甲斐に引き揚げると思うが、何より京を目指すのなら、進路がおかしいわ、仮に生きていたとしても、動け無いのは確実、野田城を攻めて、織田、徳川が様子見しているところで、引き揚げが、かかると見るが
何れにしても、目的通り、だらだらと、尻すぼみに、なってきよる
信玄は、今年の梅が見られぬわ」
「父が申しておりました、つくづく味方で良かったと
よくよく、考えたれば、あの二人を組み合せたるは、愚策であったと、、、」
「わははは、もう遅いわ、とっとと、梅を見に、おい出ませと伝えい」
五日後、晴れた朝であった、十造は、楓に言われていた、露天風呂に屋根を張っていた
何やら、下からの山道が騒がしい
十造は、笑いながら家の中に入り、楓を呼んできた
怪しげな行列である、先頭には、藤六、続いて三郎、荷車を一人が引いて、一人が押して、積み荷は、楓の母千代、と何か
楓は笑いながら泣いていた、久しぶりに会う母が荷車に座って居るのだ
十造を見つけて、藤六が声をあげる
「おお、そこにおわすは、婿殿とその嫁、一度嫁の姿を見たいと申す者を連れて参った
梅を見に来たのだが、ここには何も無いのは、兼ねてから承知の事ゆえ、全て用意して御座る
さあ、宴席はいずこ」
即席で梅の花見会の席をこしらえ、皆で囲む
「こら、嫁、酒を客に注がぬか、全く気が利かぬ、早うせい」
楓の、父藤六も、母千代も、兄三郎も急に楓がいなくなり、さみしいのだ、皆が笑っていた、久々に会う家族だった
荷車に乗ってまで来た千代は、優しい笑顔でずっと楓を見ていた
其だけで嬉しそうだった
千代が徳利を十造に差しだし
「十造殿、私にも、お注ぎさせて下さいまし、ささ、召し上がれ」
酒を注ぐ手が震えていた
「十造殿、楓がこんなに、顔の気配が良くなりました、すべては、貴方様のおかげ、ありがとう御座います、何遍、御礼を申し上げても足りませぬ、嬉しくて、嬉しくて」
少し離れた場所から大きな声がきこえてくる
「おお、これは大層見晴らしの良い風呂よ、楓儂は入るぞ、湯を湧かせい」
三郎が
「申し訳御座らん、かなり嬉しくて、
、、」
「三郎、気にもかけてないわ、良いではないか、お主も飲まぬか、四郎の分までも
親父殿、今薪をくべまする」
「ほんに、貴方は、私の家族を泣かせるお人、四郎の名を出されたら飲まずにおられませぬな
私は、貴方と兄弟となれてほんに、嬉しく思います」
「ぬかせ、儂の方こそ、縁戚が増えて嬉しいわ、のう、三郎兄者
さあさあ、飲まれよ」
「今日は、母が楽しそうなので、最早何も言うまい、飲みまする」
楓は走りまわっていた、父藤六は、露天風呂に入り、兄三郎は、機嫌良く飲んでいた、母は、、、母は、自分をひたすら見ていた、それは、来た時から知っていた
手伝おうとするのを止めて、たまには何もせず、梅を見ていろと伝えた
母千代が、楓に十造が、岡崎で買ってくれた反物を仕立て上げてくれていた
楓は着替えて皆に見せた
藤六が言う
「流石わが娘、梅にも負けてはおらぬ、わははは」
「お前様、そろそろ帰らねば、暗くなりましょう、湯冷めが心配で御座います」
藤六一行は、荷車に母千代と酔っ払った藤六を乗せ伊賀に帰って行った
二人は一旦、街道脇の土手に腰を下ろした
『とすると、家康は、城に込もってばかりも居られまい、何処かで戦を仕掛けねば、この後、家来達に示しがつかぬわ、其に自分自身の意地も加わり、、、戦となろう
しかして、それは、信玄の思う壺、此度は信玄にやられる
信玄は気を良くするが、夜になり、寝込む、今日が最後の華よ』
そんな事を考えていたら、楓が鼻先に枯れた猫じゃらしを押し付ける
「なんじゃ、なに、今夜、、、そうか、ねぐらと食料を探さねばの
それはそうと、手下の分際で、良くも親方に対して、猫の様に扱こうてくれたのう、これでもくらえ、ほれ、ほれ」
十造は、枯れたススキの穂先を楓の首筋辺りにそよがせた
「ひゃ~、ぁ~」
楓が笑いながら、手近の草やら何やらを、引っ付かんで投げ返して来た、二人共に、一仕事を終えて、穏やかな気持ちが欲しかったのだ
その頃、徳川方が武田の軍勢に、三方ヶ原において、散々に打ちのめされ、敗走していた
信玄の本陣近くに、医者の詰め所が作られてあった
医者の小間使い、上杉方のくノ一、八つ目は、十造の企みを受け入れて、既に毒薬と薬を入れ換えた
医者は昼間の見立てでは、信玄は大層元気だったそうだ
これから、十造って奴が、話した通りになるのなら、
そろそろ、八つ目も、姿をくらます支度を、せねばならない
いくら仕事とはいえ、やっとあの変態医者から、逃れられるのだ
そして、逃げ落ちる先が、越後ではなく、三河の徳川方であることが、八つ目に望みを与えていた
越後は、余りにも遠すぎる
信玄の本陣は、賑わいを見せていた、そして、徳川の軍を三方ヶ原で蹴散らし、板垣昌景の部隊が、浜松の城まで追って行った
夜半に、山県の部隊が帰って来た、それから直ぐに、医者が呼ばれて、急ぎ駆けつけて行った
帰って来た時に、八つ目が聞いてみると、昼間は、これ迄に無い程
元気があった、夜になり、急に寝込んで問いかけにも、弱々しく返事を返すのみ
薬の成分を変えても、今度は身体が持つまい
明日にでも、武田の軍勢の方針が示されよう
と、肩を落として、八つ目に語って聞かせた
それは、この医者の、見立てよりも確かな、本人の態度でわかる
「ふん、何時もなら、とっくに、私に突っ込んで、腰を振ってる癖に、すっかり萎れちゃってさ
これは、本格的に潮時、引き揚げ時を、考えなくてはならないね
どのみち、奴は、病気を治せなかったって事で、何らかの責を負わされるだろうし」
その、八つ目の考えは、正しかった、そして、何らかの責を、負わされるのは、誰もが嫌だった、従って信玄が、床に伏せて以降、進軍の速度が目に見えて落ちた
十造と楓は、この辺りは、藤六や三郎兄弟の名前を出せば、何処にでも、泊まる事が出来た
後は気軽に、武田の動きを見張るだけのつもりであった、が、武田の動きを追って、街道を西に向かって進んで来ると、臨時の関所が設けられていた
要するに、ここから先は、武田領内と言う事だ、そこには、法を破った者が、どうなるか門の横の台に晒し首として、知らしめられていた、
変わり果ててはいるが、十造と楓には、見覚えのある顔が二つあった
一つは法恩寺の離れに文を取りに来た男、もう一つは、八つ目であった
関所の混雑に紛れて、二人は引き返した
八つ目に代わり、信玄の様子を、三郎に知らせに行こうと、踵を返し、浜松に向かう
道々十造は、考えを巡らせながら歩いていた
『八つ目達の動きの早さよりも、武田の動きのほうが、一足早かった様だの、関所に二人の首が晒されている、と、言うことは、、、
忍とは、ばれずに単に関所破りで捕まり、打ち首となった
忍とばれたら、こんなところには居らぬ、それに、あんな綺麗な顔もしてはない
八つ目は、計略を終えて、信玄の様子が、儂の言うた通りになるのを確かめて、医者から離れた
繋ぎの男が現れて、訳を話し、逃げをうったが、関所で捕まった
そして、、、』
十造が思案しながら、街道を楓と歩いて居ると、いきなり、十造の目の前を、石が横切った
珍しく十造が、攻撃の先手を取られた
楓は一瞬遅れて姿をけす
「無駄だよ、女の人も見えてるよ、二人共かなりやるね、大丈夫殺さないから、出来たら捕まえろってさ
いくよ」
未だ、声変わりもしていない、子供の声が聞こえた、十造は軽い衝撃を覚えた
ガキに不覚をとったのだ
そして、攻撃すると言う、しかも、生け捕りでだ
確かに、ただ者ではない、十造はともかく、楓にさえ気配を感じさせなかった
だけではなく、楓の気配をつかんでいるのだ
今度は人が翔んできた
十造の頭の上を一尺以上も越えて、その間十造に向けて石が三発飛んで来た、全てをかわしたは良いが
「さて、お前をどうしようか」
「けっ、負け惜しみ言うな、大人しくつかまりな、、う、、、」
楓が、ガキの後ろを取って、首に棒切れを当てた
「おい、糞ぼうず、どうする、儂らに捕まり、どっちに差し出されに行きたいか、徳川か武田か、はたまた織田か」
十造は笑いながら、楓に離してやれ、と伝える、楓も笑いながら、手を離した
「いいのかい、情けは仇になるぜ」
「わっははは、愉快な奴、小僧、何処から来たのだ、、、」
楓が素早く消えた、十造は、クナイを手に街道脇の薮を目指す
「済まん、十造、楓、俺だ静海よ、出てきてくれ」
十造と楓は街道に戻った
「静海元気そうだの、お主の子か」
「違うわ、コラッ、佐助相手を見ろとあれ程言うたろうが、この糞餓鬼めが」
佐助と呼ばれた小僧は、静海に、思い切り拳骨をくらっていた、佐助と呼ばれた小僧なら、避ける事など容易いだろうに、受け入れている
「痛いよ静海、何で直ぐに打つのさ、止めてよ」
半べそをかきながら、先程生け捕りにしようとした、楓の後ろに隠れた、楓も勘弁してやれと、静海に手を振った
「ふん、楓、騙されるでないわ、こやつの企みよ、こら、子猿」
「わはははは、まあまあ、静海良いではないか、少し話そうではないか」
「佐助少し遊んでおれ、儂は、十造と話が有る」
「わかった、楓って言うの、楓姉ちゃん、さっきの動き教えてよ
あれっ聴こえないの、あっそうか、手や、身体の動きで伝えると、通じるんだね」
楓は佐助が気にいった様子で付き合ってやっていた
「恐ろしい子供だの、楓の気配を読んだわ
動きも一品、危うく生け捕りにされるところよ」
「笑わせるな、お主達二人に敵うものか」
「そうよ、今思えば、二人で良かったわ、一人ずつで出会ったら、余裕などなく、確実に仕留めに行っておったと思う」
「ふーん、そうであろう、あやつは、儂らの将来を背負う希望よ
但し未だ糞餓鬼でもある」
静海は寂しそうに嗤う、十造にはその気持ちが解る、誰も好き好んで、忍などさせたくないのだ、それ程に才能が有るなら、他に向けて欲しい、静海が厳しいのは、佐助を死なせたくないためだ
今、佐助と楓が相手を出し抜こうと、後ろを取る稽古をしている
子供と若い娘が、遊んでいるかの様だが、人殺しの、稽古をしているのだ
十造は静海に、これ迄の事をかいつまんで話をした
静海は、真田の部隊が武田方なので当然これに加わって居るのだが、人が多すぎて、さしたる仕事もないので、佐助を鍛える事にしたと言う
「儂が信玄毒殺の下手人でも、さして驚かぬようじゃの」
「うむ、武田の大将は、既にその死が、早いか、遅いかの違いしかないわ、それに儂らは、真田に支える身、だから此度もこの様に、のんびりとやっておるわけよ
但し、お主の計略には、関心が大有りよ
良くもまあ、そこまで、練りに練った策が思いつくのう、力任せ、技任せの儂らは、到底思いもつかぬわ
大したものよ」
「誉めても佐助にやる飴玉すら持ち合わせぬぞ、儂らは浜松に向かう、そろそろ行こう」
「おう、達者でな、佐助終われ、引き揚げぞ」
十造は、何か思い付いた様に
「佐助っ、そこから先程のように、儂に仕掛けて来い、儂からも、飴玉代わりに稽古を付けてやる、さあ、来い」
佐助が、正面から突っ込んできた、石が三つ飛んで来る、そして、飛び上がる、十造も飛び上がり、佐助の足首を掴んで、草薮の柔らかい方へ投げた
「佐助、儂らを、見切ったのはわかるのだが、相手も、お前を見切ったと思うのだ、相手が驚いたと思うのは一度きりよ、相手が強ければ強い程、そうなのだ、必殺技とは、必ず殺す技と書く、楓の様に一撃で仕留めにかかるのか、他にどうするかは、お前次第、もっともっと、稽古をせいよ」
佐助は、目を輝かせながら
「うん、解ったよ、十造も楓ねーちゃんも、もう行っちゃうの」
何だかんだ言っても子供だ
「何だお前、儂は呼び捨てで、楓には、ねーちゃんとは」
「だって、楓ねーちゃん綺麗だもん」
「わはははは、儂は汚ないと言うか、儂も拳骨を食らわすぞ」
「十造、楓ねーちゃんも達者でね」
楓も静海に頭を下げ、別れを告げ、静海と佐助は去って行った
楓が仕込杖で、地面に何やら書き出した
(才能、勘、物覚え、動き、素直、将来無敵)と
「ほう、少しの間で、お前にそこまで言わせるか、ほんに、将来無敵じゃの」
浜松で三郎に会い、細かな部分も全て伝え終わり、十造は藤六の様子も、挨拶がてらに問うた
「それが、父は足を痛めましてな、大した怪我ではないのですが、足手まといは帰る、と先に伊賀へ引き揚げました、なあに、心配にはおよびませぬ」
三郎と別れて、二人は武田の、軍勢を避け、浜名湖を湖南回りで帰途に就いた
帰りの道すがら、武田の動きを聞いたりしたのだが、進軍が遅くなったまでは、伝わって来るのだが、信玄本人の事は流石にわからない
「まあ良い、どうせ長引くであろう
そのうち、違う仕事が入るわ
それにもう、ほんとの冬がやって来る、ぼちぼちとやらねば、凍ってしまうわい」
十造達は、途中岡崎の城下町に立ち寄った
丁度市が立って、賑わいを見せていた
十造達も気晴らしに、覗いて見て行く事にした
楓は、久々の市に目を輝かせながら、一軒一軒時間をかけて覗いている、中でも反物屋の前で、根っこが生えていた、別に仕事が、有るわけでもないので良いのだが、時間がかかりそうだった
十造は自分向けの時間潰しが何かないかと、辺りを見回した
「おお、あれはもしや、楓、楓、知った人物が居った、ゆっくり見て来るが良い、何時でも構わぬ、後でここでな」
楓もその方が良いであろう、じっくりと楽しめると言うものよ
「失礼つかまつります、久利孫兵衛殿とお見受けする」
「いかに、、、おお、十造殿暫くでありますな、仕事ですかな」
十造が畿内方面で、織田の仕事をする時に度々一緒になり、便宜を計ってくれる人物をみつけたのだ
「仕事帰りですが、相棒が市に捕まりましてな、そこで、丁度、久利殿を、お見かけしまして、儂を救うては貰えぬものかと、声を掛けさせて頂いた次第」
「わははは、十造殿を助ける事が出きるとは、恐悦至極、さて向こうに屋台がありもうした故、そこに」
「恩に着ます、ではでは、参りましょう」
久利は、織田方の援軍第二陣として、ここ岡崎に待機していた
「はて、大忙しの織田隊が待機とは、余裕ですな」
「馬鹿な、今頃は浜松の随分手前で、首を取られていた筈よ
じゃが、いきなり急に、待てがかかり、噂では、武田の進軍が急に止まったからだと
そして、今日十造殿に合うた、儂は、尾張に帰れるのだと、確信を持った」
十造は、武士は嫌いだが、久利の様に全てを解っても、賢く振る舞う人物が好きであった
それは、忍にとって弱点でもある
又、一人殺したくない相手が、出来ただけなのだ
「いやー、十造殿、儂は随分と酔うてしもうた、これから申す事は、全て酔うた挙げ句の戯れ言よ、勘弁されよ、
畿内の敵は、すべからく、信玄の上洛に合わせた素振りが、みられる
その信玄が、頼りに成らぬと解れば、果たして畿内は、、、
特に、浅井、朝倉、雑賀、六角残党、これに与した伊賀、甲賀、当然、京の誰か、ま、京のお人は既に、、、」
孫兵衛は畿内の情勢を細かく教えてくれた
「孫兵衛殿、有り難う御座いまする、もう、その辺でよろしいかと、この十造何が何やら」
「おお、済まぬ、済まぬ、薬売りのそなたに、かような話をしてしもうた、どうか聞き捨ててくれぬか」
「久利殿、武運長久を心から願いますぞ
どうか、お達者で」
そこから別れて、十造は、楓がじっと見ていた反物屋へ足を向けた
「店主、先程薬売りの娘が、見ていた反物はどれかな、おっ、これか、お主から見て
あの娘に似合う反物はあと、どれか、
なに、支払いじゃと、砂金でよいのか、阿保抜かせ盗賊ではないわ、たまたま、朝鮮人参が売れたのよ」
反物屋も、商いが高額になりそうなので、喜んで、取って置きを出してくる
結局、十造は、楓が見ていた反物と、良くは
わからないが、反物屋のお勧めの品を買った
程なく楓が戻って来た、待ち合わせに、十造が居ないので、仕方なくもう一度、市に戻ったそうだ
『ふん、結局儂が悪いのよ、知っておったわ』
十造は、岡崎を離れてから、ずっと黙り込んでいた、楓は十造の風を感じ無くなった
『十造様は、何やら考え込んで居られる
以前の様に、悲しみも寂しさも感じ無い、仕事の事なのだろう』
十造は、伊賀と甲賀の分かれ道まで来ると、楓と道端で、休みがてら語り出した
「楓、ご苦労であったの、此は儂からの、正月祝いよ、少し早いがの、さあどうした、遠慮するでないわ、受けとれ、ほれ」
楓は、反物を貰った事も嬉しかったが、それ以上に、自分が見ていた柄を、十造が知っていた事が嬉しかった
丁寧に礼をして、貰った反物を背負子にしまった楓に、十造が話かけた、と言うか地面に
何か書き始めた
(十造共に、用件で伊賀へ)
楓が目を丸くして、驚いている
「何だ、たまには、お前の家へ行っては駄目か」
楓が首を振り、本当なのかと聞いて来る
「わははは、本当もなにも、既に伊賀に向けて歩いておるわ、おかしな奴よ
何だ、荷物をどうするつもりだ」
楓は自分の背負子を、肩から外すと、十造に託し風の様に走り去った
「コラッ、自分の親方に荷物を委ねるとは、なんたる不届きな奴よ」
十造が、大きな声をあげても、楓には届かない
仕方なく、楓の荷物は自分の胸に付けて歩き出した
道々、十造は楓に対する、呪詛を吐きながら
漸く、楓の父藤六の屋敷に着いて、来報を告げた
藤六が笑みを浮かべながら出てくる
「此は此は、珍しき姿のお客人、いつもその様な姿で、商いとは、感心、感心
わははは、さささ、中へ入られよ」
荷物を下ろし
囲炉裏を囲み、十造と藤六は話を始めた
「藤六殿怪我をされたとか、大事御座らぬか」
「何の、少し捻ってしもうただけよ、仕事は、倅達がやれば良いわ、もうその時期だと思うての
其よりも、お主こそ一体どうしたのか、楓が走って帰って来て、十造様が家に来るから、もてなせと、あれはないのか、此は出せと、儂らに、指図をしよってからに
どうやら、あれの親方が、甘やかすからなのだろうと、見当を付けておったところよ」
藤六は十造に、酒を注ぎながら、笑顔で文句を言うてくる
「いやいや、今日は、親方に荷物を持たせ、一人身軽になりて、とっとと姿を眩ましてからに、親の顔を見てやろうとまかり越した次第」
二人は大きな声で笑いあった
酒を注ごうとする、藤六を遮り、十造は正座して、藤六を見た
藤六も、いつもの十造とは違う事を覚り正座した
十造は、今日藤六を訪ねて来た、本当の用件を、頭を下げ手をついて述べた
「な、なんじゃと、まさか、儂の聞き間違いではないのか
千代、千代、早う、早う此方へ来い」
藤六の妻、楓や三郎の母、千代が何事かと、囲炉裏の前に来た
「いかがなさいました、お前様」
「落ち着いている場合ではないわ、十造殿が楓を、よ、嫁にと楓が嫁に」
千代は床にペタンと尻をついて、泣き出した、そして、気を取り直して、十造に三指ついて頭を下げた
「馬鹿な、お前が、嫁に行くみたいになっておるわ
さ、早う楓を呼んで来るのだ
婿殿の気が変わらぬうちにの」
千代が楓を呼びに行く、藤六も目に涙を溜めて、十造に酒を注いだ
「十造殿、いや婿殿、藤六生きていて、これ程嬉しい事はない、良くも良くも、もろうてくれた、さ、さ、さ
飲んでくれぬか、嬉しい、嬉しいのだ、わははは、わははは」
千代が戻って言う
「羞じらって、部屋にとじ込もってしまいました、連れ出す訳にも行かず、困りましたな」
「良いわ、本人もいつも、親方の事しか言わぬのだから、嬉しいに決まっておろう
其よりも千代、肴やら何やら、全て出したら、お前も婿殿と酒を飲むのだ」
十造は、藤六に早くも婿にされていた
千代も、喜んでくれている様なので取り敢えずは胸を撫で下ろした
結局、藤六と千代に、注がれるままに、酒を飲み、旅の疲れも手伝い、いつの間にか寝てしまった
目覚めたら、布団に寝ていた
起きて囲炉裏の前に行くと、千代がいそいそと、朝の膳を用意し出した、そして、藤六が
「おお、婿殿起きられたか、さあさあ、朝の膳を、其とももう一献いくかの」
「いやいや、勘弁して下され、膳を頂戴して取り敢えず、甲賀に戻りまする」
『楓の姿が無いのは寂しいが、まあ良いわ、親の許しも得たことだし』
朝飯を頂戴し、用件も済んだので、藤六と千代に挨拶をして、甲賀に戻る用意をした
「では、親父殿、母上此にて十造は甲賀に戻りまする」
「うむ、婿殿此からは、儂が居ようが、居まいが、何時でも来るが良い、千代がもてなすでな」
十造は、楓に合わぬまま、義父の家を辞した
少し歩いて行くと、人の気配に振り向いたのだが、そこに楓がいた
はにかみながら、立っている
いつもの格好とは違い、編笠をかけ、綺麗な旅姿の楓がいた、口に紅をひいている
柔らかな笑顔が、十造の顔にも伝染した
藤六と千代の心づかいに涙が出そうだ
昨夜、藤六が十造に語った
「千代は、楓の耳が聴こえぬ事に気がついた時から、それは厳しく育てての、読み書き、裁縫に至るまで、儂らが死んでも、ちゃんと、生きて行けるようにとな
兄達も、友達代わりになって遊んでやっておった、技等も教えながらの
そして、皆が気がついた、いつの間にか化け物が育っておったわ」
十造と藤六は差しつ差されつ、酒を飲んでいた
「お主も知って居るように、神部の家は、情勢や文書を、集めるのが主な仕事よ
やはり最後は、話が出来ないと、仕事が難しくなる
そこで、お主の方が相性が良いかと思うて、面倒掛けさせてもろうた
最初は、大層張り切っておったわ
そのうち、張り切って出かけて、鬱いで帰って来るようになっての
千代が言うには、好きな人が出来たのだと
敵を好きにならない限り、相手は一人しかおらぬわ
どうなる事かと気を揉んでいたのよ
正直言うて、ここまでの結末は、考えてもおらなんだ
勿論、儂も千代も嬉しい限り、他に言葉がみつからぬ
さあさあ、婿殿飲まれよ」
冬とは言え、日差しは明るく、穏やかな日であった、別に急ぐ用事もなし、二人はゆっくりと甲賀へ向かう、十造が振り向くと楓がにこりと笑う、一休みしようと、木の伐り株に、風呂敷を掛けて、楓を腰掛けせた
楓が竹の水筒に入れた水を、渡してくれた
仕事以外で、こうして外に二人で居るのは、これが初めてである
十造は何か照れくさい様な、もやもやしたものを感じていた
楓とは、もっと身体が触れ合いながら、仕事をしているのに
十造も楓の横に腰掛け、水筒を渡すついでに、手を握ってみる、柔らかく握り返す手をひき
「さあ、帰るぞ楓、儂らの家にの」
暫く留守にしていた、主の居ない家の中は、寒くはあったが、囲炉裏に火を起こし、竈や風呂にも熾火を着けた
楓は、あれもやろう、これもやろうと、動き出そうとしたが、十造に止められた
十造が笑顔で、先ず休め、囲炉裏で火に当たり、湯でも飲んでからでも良いではないか
手招きと、隣の座布団を、ポンポンと叩いて誘う、ぐずぐしている楓の手を引き隣に連れて来た
「わははは、楓これでは、夫婦になった意味がないわ、頼むから、いつもの様にしてくれんか、儂はお前が好きなのじゃ、隣にこんか、ほれこの湯の中に、干した柚子を放り込むと、香りが立つわ、ほれ」
其でも楓は、渡された茶碗を口にはこび、嬉しそうに微笑んだ
十造は我慢がならなかった、楓が持っていた茶碗を引ったくり、炉端に置くと、いきなり楓を引き寄せ、口づけをして、柚子の香りを感じた
楓はやっと、身体の力を抜いて、好きな人の腕に抱かれた
今までの経験に無かった感覚だった、このままで居たかった
十造が口を離したときには、十造に身体を預けた、楓は其だけで良かった、抱き合って囲炉裏の火を見ているだけで十分なのだ
十造に抱かれていた楓が、ふと見上げると、十造の唇に、楓の紅が着いていた
クスッと笑って袖で優しく拭いてやる
そうだ、風呂やら、晩飯やら、作らねばと、現実に戻り十造から離れ動き出す
十造は酒と盃、皿に塩、粟を盛って囲炉裏の前に並べた、正式なやり方なんぞ知る由もないが、まあ二人の契り、けじめをしてみたかったのだ
夕飯の前に、二人で並んで、その前で柏手を打って終わっただけなのだが
まあ、二人共はれて、夫婦になったような気がする
風呂に浸かり、楓が背中を流してくれた
十造は風呂から上がり、楓が風呂から上がるのを、囲炉裏端で待っている
十造の隣に来るまで結構な時が立っていた
二人で柏手を打った酒を、先ず十造が飲み、楓にも注いで渡した、おずおずと、旨くは無さそうだが、どうにか飲み干した
楓を引き寄せ唇を合わせる
今度は、抱きついてきた、もう言葉は要らなかった、かかえるように布団に寝かせ、帯をといてゆく、楓は、両手で、顔を覆っている
十造は、そんな姿が愛おしくてしょうがない、ゆっくりと手を、どけて、唇を重ね、静かに楓の胸に手を当て、楓の緊張をといてゆく
二人にとって長い夜となって行く、赤い囲炉裏の炎が、二人を照らしていた
まだ薄暗い中で、楓は目が覚めた、隣には、自分にあんなことや、こんなことをした、十造が寝ていた、鼻でも摘まんでやろうか、旦那様
薄く目を開けると、楓が十造をみていた、手を伸ばして、自分に引き寄せ抱きしめる、愛おしくてしょうがない、構わないではいられない、握らせてみる手を取り、動かさせる、十造も楓に指を使い出した、もう駄目だ、我慢と愛おしさの限界だった、十造はいきなり楓にのし掛かっていき、唇を合わせながら動き出した
いくらなんでももう起きようと、楓は身体を起こした途端、十造をにらんだ、十造が昨日から、楓の中に残したものが降りて来た、女の顔になっていた
十造が、のろのろと起きて来たときには、楓は、家事の最中であった
食糧が少ないと十造に訴える
「おーそうか、他に何か有ろうか」
ここの風呂は大好きなのだが、屋根が有ると雨の日や、子が生まれた時にも助かると言う
「何、早、子供の事も考えておるのか
ん、この分では、明日にでも出来ましょうとな
憎い奴め、どうしてくれようか
まてぃ、逃げるか」
二人で楽しくてしょうがなかった
そんな暮らしが、一月程続いたある日、三郎がやって来た
「此は此は、三郎兄者暫くで御座いまする」
「やめて下され、いつもの調子で願いますぞ、楓元気でおったか、ほう、楽しそうでよかったの、ああ、母上も元気よ、お前が居なくて寂しがっては居るが、其以上に、お前が嫁にいったことが嬉しいと言うておったわ、父上もな
手紙が有るなら持って帰るぞ、書いてはみんか」
「なにやかにやら、心配掛けて済まんの」
「何を言われるか、楓がきちりと、やれておるかどうかの事ゆえ
十造殿の事では、、、」
「此は異なことを、儂らは、既に夫婦、妻の失態は、夫の過ち不手際があらば、夫である儂が頭を下げるは当然の事」
「わははは、そう来ますかな、もうよろしいかと」
「わははは、で、三郎話を」
「はい、年越しを過ごした信玄が動き出しました、只其程速度が早くはなく、恐らく次の狙いは、野田城かと思われます、織田、徳川方は、この野田城攻めの結果で、信玄の此からの動きが解ろうと、そうすると、畿内や浅井、朝倉への関わり方が大きく変わろうと言うもの、十造殿には、何らかの依頼が有ろうかと思います」
「ははあ、さては、十造が楓に、腑抜けにされては居ないか、見てこよと、親父殿が申したのじゃな」
「うほん、楓、儂に湯をくれぬか、矢鱈と喉が乾くでの」
「のう、三郎帰ったら、親父殿と母上に伝えてくれぬか、一度此方へ、いらしてはもらえぬかと、丁度、梅を見ながら、如何かなと
のう、楓」
楓が頷く
「あー、そう言うところの、息はぴたりですな
解りました、忘れずに
伝えます」
「其よりも、信玄が野田城を攻めた後、どうなるかよな
儂は北上して、甲斐に引き揚げると思うが、何より京を目指すのなら、進路がおかしいわ、仮に生きていたとしても、動け無いのは確実、野田城を攻めて、織田、徳川が様子見しているところで、引き揚げが、かかると見るが
何れにしても、目的通り、だらだらと、尻すぼみに、なってきよる
信玄は、今年の梅が見られぬわ」
「父が申しておりました、つくづく味方で良かったと
よくよく、考えたれば、あの二人を組み合せたるは、愚策であったと、、、」
「わははは、もう遅いわ、とっとと、梅を見に、おい出ませと伝えい」
五日後、晴れた朝であった、十造は、楓に言われていた、露天風呂に屋根を張っていた
何やら、下からの山道が騒がしい
十造は、笑いながら家の中に入り、楓を呼んできた
怪しげな行列である、先頭には、藤六、続いて三郎、荷車を一人が引いて、一人が押して、積み荷は、楓の母千代、と何か
楓は笑いながら泣いていた、久しぶりに会う母が荷車に座って居るのだ
十造を見つけて、藤六が声をあげる
「おお、そこにおわすは、婿殿とその嫁、一度嫁の姿を見たいと申す者を連れて参った
梅を見に来たのだが、ここには何も無いのは、兼ねてから承知の事ゆえ、全て用意して御座る
さあ、宴席はいずこ」
即席で梅の花見会の席をこしらえ、皆で囲む
「こら、嫁、酒を客に注がぬか、全く気が利かぬ、早うせい」
楓の、父藤六も、母千代も、兄三郎も急に楓がいなくなり、さみしいのだ、皆が笑っていた、久々に会う家族だった
荷車に乗ってまで来た千代は、優しい笑顔でずっと楓を見ていた
其だけで嬉しそうだった
千代が徳利を十造に差しだし
「十造殿、私にも、お注ぎさせて下さいまし、ささ、召し上がれ」
酒を注ぐ手が震えていた
「十造殿、楓がこんなに、顔の気配が良くなりました、すべては、貴方様のおかげ、ありがとう御座います、何遍、御礼を申し上げても足りませぬ、嬉しくて、嬉しくて」
少し離れた場所から大きな声がきこえてくる
「おお、これは大層見晴らしの良い風呂よ、楓儂は入るぞ、湯を湧かせい」
三郎が
「申し訳御座らん、かなり嬉しくて、
、、」
「三郎、気にもかけてないわ、良いではないか、お主も飲まぬか、四郎の分までも
親父殿、今薪をくべまする」
「ほんに、貴方は、私の家族を泣かせるお人、四郎の名を出されたら飲まずにおられませぬな
私は、貴方と兄弟となれてほんに、嬉しく思います」
「ぬかせ、儂の方こそ、縁戚が増えて嬉しいわ、のう、三郎兄者
さあさあ、飲まれよ」
「今日は、母が楽しそうなので、最早何も言うまい、飲みまする」
楓は走りまわっていた、父藤六は、露天風呂に入り、兄三郎は、機嫌良く飲んでいた、母は、、、母は、自分をひたすら見ていた、それは、来た時から知っていた
手伝おうとするのを止めて、たまには何もせず、梅を見ていろと伝えた
母千代が、楓に十造が、岡崎で買ってくれた反物を仕立て上げてくれていた
楓は着替えて皆に見せた
藤六が言う
「流石わが娘、梅にも負けてはおらぬ、わははは」
「お前様、そろそろ帰らねば、暗くなりましょう、湯冷めが心配で御座います」
藤六一行は、荷車に母千代と酔っ払った藤六を乗せ伊賀に帰って行った
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