薬の十造

雨田ゴム長

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武田方が甲斐に引き上げ始めた
それは、十造の言った通り、野田城攻めを止めて、織田や徳川方が追撃に出る機会を遅らせた、何よりも、あの信玄の事、何か有るに違い無い、と言う疑心暗鬼があったからだ

信玄の死は、公にはなっていなかった、只、織田や徳川からすると、武田方が甲斐に引き上げた事こそが、大きな出来事であった

織田は、後顧の憂をなくし、畿内平定に専念出来る、徳川は、分断された三河、駿河の領国を立て直し、あわよくば、武田方の領国も、狙うであろう

桜が咲こうかという頃合いに、三郎がやって来た
他愛の無い話の後

「実は、三河の方がなんやかやと、忙しくなりまして、服部様より、侍格で取り上げる故、三河に来いと言われております
如何したものかと、
向こうには、既に兄者達がおります故、行くことになるとすると、やはり父母も、と、なりましょう
最近は専ら、徳川の御用達の様になっており、父も仕官しなくとも、向こうに居った方が、何かと仕事がしやすいと言うのです
母は楓の幸せそうな姿を見て、もうすぐにでも、死んで構わないとまで言うておりましたし
そう遠くない先に、神部藤六家は、三河が拠点となりましょう」

「そうか、これから織田が畿内を押さえると、最も大きな勢力、が畿内から三河まで形作られる、徳川を選ぶのは、今この時かも知れぬの」

「はあ、其よりも、父は十造殿の事を気にかけております
この先、楓と何処に向かうのかと、、、」

「そうよのう、自分でもまだ解らぬわ、じゃが、何かあれば、神部藤六殿を頼りにするわい
しかして、其は何時頃なのか、皆が揃って居るなら、どうであろう、楓を一度、伊賀に帰そうと思うが
母上と過ごす事は、もう、無いのではないか」

「しかし、十造殿はどうなさるのですか、一緒に伊賀へ来ませぬか」

「うむ、儂は旅に出る、信濃上田辺りにの、真田の連中に会うのよ、甲斐にも信濃にも、慣れてはおらぬで、様子を見に行こうと思う」

「恐らく仕事の話を持って来るのも、後何回になるのか
この辺りも解りませんな」
用件が終わって三郎は帰って行った

「えーい、いい加減聞き分けぬか、別れる訳でも無いのに、怒るのを止めい」

楓は、一緒に信濃へ行くと言って、絶対に譲らない、何をどう言おうが首を振る
「解った、それでは、お前が先に、伊賀へ行って三日後に儂が伊賀へ行く、そこから二人で信濃へ行くのだ
お前はその間、ちゃんと母上の部屋で寝て差し上げろ、良いな
何、離れるのは絶対に嫌だと、今の儂の案で良かろうが、親子水入らずで孝行せんか」

不承不承、漸く頷いてくれた、未だ膨れて居る、離れたく無いと言われ十造は嬉しく思った、確かに一緒に暮らし始めて、離れるのはこれが最初だったのである
十造は楓を引き寄せ、胡座の上に跨がせた、膨れっ面の唇を強引に塞ぐと、首に手を回してきた、楓が顔を離してにらんだが、直ぐに眉間に皺がよる、十造が指を使い始めた、楓も十造に教わった通り握ってもっと固くしてやる、十造は、楓を座らせ二人は、強く抱き合った
夜が更け、梟の泣き声が聴こえて来ても十造には、楓の息使いしか聞こえない

楓が半べそをかきながら伊賀の実家へ出た
十造は旅の支度を整え出すと、ふと、静との事を思い出した、あの時の暗く、重苦しい旅立ちとは違い、今度は何か、楓と未知の物を探しに行く様な気持ちの高ぶりを感じているのだ
ただ、旅立つ前に、激しく求めるのは、同じではあった
そして、楓が居ないと、物凄く寂しいのが解った
伊賀に、一人で行かせた事を後悔していた
早く楓に逢いたい自分がいた

「御免、御当家に逃げ帰った嫁を取り返しに参った」

藤六が破顔して出てきた

「はて、当家には、三日前に帰って来て、母親に、あれを作れ、これが食いたいと、終いには、一緒に寝ると言い出す始末、その様な甘え放題の馬鹿娘は、おりますがの、其でよければ、当方から熨斗を付けてお渡し、いたしまするが」

「おお、それよその者は、私にしか、御せぬ暴れ馬、怪我をせぬうちに、渡されよ」

「わははは、わははは、入られよ、婿殿」

「これは、十造殿、今度は格別な計らいを頂戴いたし、御礼の言葉が御座いませぬ」

「おお、おお、母上どうか手をお挙げくだされ、十造が来る度に泣かれては、十造の立場が御座いませぬ」

「千代、婿殿が言うて居るではないか、さあさあ、支度をせぬか、早く、早くに、待ちきれぬわ
楓はどうしたのだ、一番会いたい癖に」

「私の味では、十造殿は物足りないと、何やら、こしらえておりました」

「なんじゃと、千代、その様な無礼な者は、今日を限りに、追い出してしまえ
何処ぞの奇特なお方が、拾うてくれるであろう
ささ、奇特なお方、飲まれよ、ささ」

二人共、上機嫌であった
そこへ楓が来て、作った膳を、十造だけに与えた

「こら、楓、無礼が過ぎようぞ、いくら実家と言えど、余りにも勝手な振る舞いではないか、親を差し置いてなんたる所業を、、、」

「いや、良いのだ、婿殿、何を差し置いても、十造殿を第一に考えよと、儂らが言うておるのよ、もうお前は、十造殿の事だけ、考えて生きて行くのだと、千代も、そうしろとな
言わなくとも、当人は端からそのようだがの」

さすがに、十造も目頭が熱くなった

「親父殿、母上その様な御言葉、十造には、勿体のう御座います」

「もう良いではないか、千代っ、未だ膳は出来ぬのか、早う皆あつまれい、三郎も、もう来るであろうに」

やがて三郎も加わり、宴となった、それも終わり、十造は楓の部屋で寝ることになった
布団が二つ敷いてある
布団に入り明日の事等考えて居ると、楓が部屋に入って来た

居間では、終始不機嫌そうな顔をして、十造を戸惑わせていたのだ
それが躊躇いもせずに、十造の布団に入って来た、寝ている十造に抱きつく
十造もこうなると、楓が可愛くてしょうがない、ただ物音も立てる訳にも行かず、抱き合っていた
十造は気が付いた、やはり、楓が側に居ないと駄目なのだ、二人はやじろべえの様に片方の重りが無くなると落っこちてしまうのだ

そんなことを考えていたら、楓が十造を握って固くしだした、そして布団の中に潜って行った
十造は感動と悦びで耐え切れない、あっと言う間の出来事であった
抱き締めようとしたら、楓は自分の布団へ戻ってしまっていた

次の日、藤六、千代、三郎の、三人に見送られて、十造達は、信濃を目指して旅に出た

山道に入り、人も居ない、十造は楓を振り返り、笑いながら、人差し指で楓の唇を意味有りげにゆっくりなぞった

楓は、秋の紅葉よりも真っ赤になって、恥じらい、その反動もあって怒り出した

楓の手を握って

「嬉しいのだ、儂は、本当にお前が好きなのだ、楓
わははは、楓、好きなのだお前が、どうしようもないくらいにの」

十造が嬉しそうなので、楓にもそれが移った
やはり、一緒に居るのが楽しい、嬉しい
十造の喜びは、自分の喜びなのだ
楓は十造の肩に、自分の頭をわざとぶつけた

『家の中なら抱いて貰ろうているのに』

二人の旅は順調に進んで行った
十造は大きな勘違いをしていた事に気が付いた
信濃は物凄く大きな土地なのだ、三河から望まれる、富士の山の向こうには、もっと山が広がっているのだ
そしてその国境には、有力な大名の領国全てが含まれている
甲斐はもとより、上野、武蔵、越後、越中、近江、岐阜、尾張、三河、駿河
、何故に織田信長までもが、信玄をあれ程、恐れるのか、十造はようやく解った気がする
そして甲斐を、通ること無く、信濃に来る事も出来るのだ

楓は、見たことの無い景色に、喜んでいる
鳥の種類も、違うのだと言う

もうすぐ、松本の辺りかと、見当をつけ歩いて居ると、遠くから、手を振ってくる、男が一人

「おお、才蔵ではないのか、暫くじゃの」

「お主達を、探しに来たのよ
神部藤六殿が岐阜城下まで来てくれと」

十造は、藤六の実力を、評価している積りであったが、完全に違っていたことを、思い知らされた

『やるのう親父殿、良く追いかけられるものよ』

「恐れいったわ、良く見付けたものよ
さては、網を張って狙って居ったな」

「馬鹿を申せ、この辺りは、儂らにとっては庭よ、人は皆味方、第一、綺麗な女子を連れた薬売りを、見なかったかと聞けば、皆あっちだ、こっちだ指を指すわ」

「そうか、暫くじゃの、わざわざ済まなんだ、神部の連絡網に少々驚いたわ
折角来たのだ、話でもせんか」

「おう、今日くらいは、儂が世話するから、泊まって行かんか
岐阜なら、お主達の足で、二日もあれば十分よ
儂からの頼みもあるで」

「解った、ではそういたそう、連れて行ってくれるか
楓、才蔵がな、宿、今日、泊まる、良いな」

「ほう、以前よりも、連絡が素早いのう」

「うむ、夫婦になったのよ、そうなると、やはり、言葉が無くとも、やり取りは容易くなるわ」

「おおお、そうであったか、めでたき事、おめでとう御座る」

「はは、照れるわ、さあ、連れて行ってくれぬか」

才蔵が連れて来てくれたのは、小さな寺の一室であった

楓が湯やら何やら、いそいそと動き始めた

「ふーむ、矢張、武田としては、その様に信玄の死も、利用するか」

「ふむ、勝頼様は、優れた御方
じゃがしかし、いかに、後継が優れていようとも、先代が偉大過ぎよう
信濃は特に、どうなることやら」

「成る程、そうなると、真田も一勝負出来る、というわけか」

「それがな、うちの殿は未だ、武田を担いで居るのよ、未だ目があると言うわけよ」

「ほう、律儀じゃのう、二代目も人物なのか、みな離反せずとは、、、」

「武田もこれだけ大きくなると、直ぐに、どうこうは、ならんじゃろ、しかし、、、」

「しかし、、、で、」

「若ければ、野心も有ろうし、越えてみたい山も有ろうし、何れ織田、徳川を、、、と」

「うーん、近隣諸将の歳から言うて、待っておった方が、得策の様な気がするがの、自分が一番若いだろうに」

「そうなると、取り巻きも、若く、生きの良いものばかりとなろう、年寄りの話等、耳に入らぬわ」

「確かにのう、お主の言う通り
ところで、才蔵儂に、たのみとは、、、」

「うむぅ、実は伝言の盗み聞きの様で、申し訳ないのだが、此度の岐阜に佐助を、伴うてはくれまいか
経験を積ませたくての、儂らは、どうしても、田舎の小競り合いしか、覚えが無くてな、勿論断ってくれてよいのだ」

「暫く待たれい、楓、岐阜に、一緒、仕事、佐助、良いか」

楓が漸く頷いた

「楓は、考えておったのう」

「むう、やはり、最悪を考えるとのう」

「まあなんにせよ、恩に着る、明日、佐助を此方に寄越すわい、後はお任せで頼む」

「解った、才蔵儂からも頼みがある
お主達、もしも、儂らを仕事に誘うならば、作業場と寝泊まり出来る場所を、宛がって貰えると助かる、何しろ遠くて、材料の運びが、容易ではない事に気が付いた」

「御安い御用だ、楓も佐助を宜しくたのむ」

才蔵は、楓にも深々と頭を下げて、帰って行った

楓が十造を、心配していた
『旦那様は、私の他にもうひとつ、負担を抱えて大丈夫なのだろうか、あの佐助が、四郎兄者の様になったら、旦那様は、耐えられるのだろうか』

十造は、肘枕で部屋に横になって、考え事をしているようである
楓は反対側から、同じ格好で、十造に顔を向けた
十造が笑っていた、手招きしている、近付いて行くと、抱き締められた、胸に手を当て十造の声を待つ

「楓、心配いたすな、大丈夫、うまく行く」

十造がそう言うのだ、きっと上手く運ぶに違いない

翌日、背が高くなった、佐助がやって来た、楓は佐助が、大きくなったと驚いている

佐助は元気が良かった、楓が飯は、食うたのかと聞くと、食べたが、未だ食えると言う

楓は笑いながら、飯の支度をする

「のう佐助、岐阜に行くのに、最も近い道を知っておるか」

「うん任せて、一日で行ける、でもその後、直ぐに仕事だと、きつくなるかもしれないよ」

「つまりは、険しい山道だな、他は」

「うん、多分才蔵も、言ったと思うけど、一日半、この三人ならね」

「良し、それで行こう、楓が飯は、もうないと言うておるし」

「楓ねーちゃん、ご馳走さま、さあ、出発しよう」

「なんたる、身勝手な奴、最早、笑いしか出ぬわ」

先導する佐助は、あっちに沢蟹がいる、こっちに岩魚の、大きのが居るだの、寄り道をしながら、それでいて、ちゃんと、先導になっているのが面白い

十造達は、佐助の案内で無事に岐阜城下に着いた

「三郎どうしたと言うのだ、最早、越前は織田の物、浅井にしても、風前の灯火ではないか、儂らに用はあるまいが」

「その浅井です、織田信長様の妹君、お市様をいや、お市様と、その子供達を、助け出して頂きたいのです」

「おいおい、簡単に言うてくれるのう
小谷の城は堅城ぞ、図面くらいは、あろうの」

「ええ、では、引き受けて貰えるのですね
かたじけない」

「けっ、呼び立てしておいて、何を言うか、こやつ」

「わははは、まんまと来て下さったでは、ありませぬか
親類になれて、ようございました」

「抜かせ、で、図面はどうなる」

「早速、手配致します、因みに此度の戦は、木ノ下藤吉郎様が担います」

「ほう、では、蜂須賀隊も一緒かの」

「はい、恐らくは」

「まあよいわ、取り敢えず、小谷の城まで行ってみようぞ
三郎は、どう動くのだ」

「私は、手配と繋ぎを受け持ちましょう
御存分なお働きを」

三人は、北近江にある小谷城を囲む、織田の陣所に着いた
既に籠城している、浅井方に対し、総攻撃の合図を、待っている状態であった

そんな血の気の多い、高ぶった連中の中へ、三人がのこのこと入って行く

「何しに来たのだ、女、子供が来るところではないわ、帰れ帰れ」

「蜂須賀隊に用件が御座る、通されよ、急いでおる」

「聞こえぬのか、帰れと言うに、打据えるぞ、失せろ」

「解った、こいつが、お主をやり込めたなら、ここを通されよ」

その男は、足軽の組頭なのだろう、長槍を持ち腰には、長刀と脇差位の刀を差していた

「ふっ、笑わすでないわ、さあ、三人で来んか」

男は、そう言い様、槍を構え、扱きを入れた

十造は佐助に頷いた、佐助は、つまらなそうな顔をして、立っている男へ無造作に近付き
槍の下をくぐり抜け、男の差している刀を抜いて、男の喉もとに、刀の切先を当てた

「うっぐっぅ」
佐助は、刀を男の鞘に戻した、振り向きもせずに、十造の処へ、戻ろうとしたのだが、男は槍を、佐助に向け、一突で仕留めようと、体を揺すった瞬間、喉に半月刀が触った
楓が後ろ髪を掴み、男の喉に刃を当てている、ほんの僅か横に刃を引いた、血が一滴首筋を伝い、男は、ごくりと唾を飲んだ、十造が面倒臭そうに

「のう、お主既に二度死んでおる、三度目は無いぞ、儂らには、時が惜しいのだ
木下様からの、直々の仕事をしておる、面倒だ、三十人程呼んで来ぬか
全部相手にするがの
どうする
舐めていた二人に謝るのが先だがの」

「す、済まぬ、と、通られよ」

なめきった嗤いで見ていた足軽達も、今は凍り着いている

「通してもらいますぞ」

「と、通って良し」

もう誰も、咎める者はなかった

「ねえ、十造呼ばれたから来たんじゃないの
なんじゃこの扱い」

「まあよい、全軍に、儂らは、忍だからと言うて、ばれるより良いではないか」

「まあ、そうだけど」

三人は小谷山の頂上に着いた、大嶽と言う城跡の砦がある、そこの琵琶湖側に立って、左側の尾根づたいに、小谷城があった

「良し、佐助聞くのだ、お前は手前の、山王丸から、忍び込み、小丸、京極丸と来て、そうして最後に、本丸へ来る、儂と楓は、反対側の御茶屋から、本丸方向に進み落ち合う」

「最初から、本丸に、どちらかが目指さないの」

「ひとつには、本丸に必ず居るかどうか、解らんのだ、そして、もうひとつ、なめられろ、、、」

佐助は、十造の言う通り、山王丸から城内へ忍び込んでいた
そして、わざと、見咎められるように、城内を歩いていた

ただでさえ、これが最後の戦いと、城内の者は死を覚悟している者ばかり
そうでない者は、三万の織田方に囲まれる前に、寝返るか、投降していた

いいかえれば、今小谷城内には、決死の者しか居ない

「おい、小僧何故ここにおる、ここは、お前の来るところではないわ」

「申し訳御座いませぬ、昨日この城に逃げて参りました、いつの間にかここへ」

「そうか、ここではなく、本丸の方へ向かえ、皆そちらの方よ
恐らくじゃがの」

次は小丸に向かう、明らかに護り方が違っている、佐助はここかと思い、気配を消しながら、忍び足で進んで行く

『確かここは、二層か三層だった筈、上かな、居るのかな』

浅井の城兵は、皆、弓や鉄砲の狭間等から外をじっと見ていた
誰も佐助に、感心を向けて来ないので、佐助は、少々拍子抜けしていた
最上階に着いた

『ここには、居ない、次だ』

佐助が向きを変えようとしたら

「小僧、何処から来たのだ、ここで何をしておる」

薄暗い奥の方から、年寄りの、落ち着いた声が聞こえてきた

「迷うて終いました、昨日ここに逃げて参りましたので」

「ほう、迷うたか、近頃の迷子は、随分と巧みな、忍び足を使うのう、ふふふふふ」

「何の事やら、失礼致しました、では」

「まてまて、折角来たのじゃ、儂と少し話をしてゆかぬか」

佐助は戦う気は無かった、その老人と言って良い、鎧武者は、殺気は無いのだが、迫力と言うか、何か不思議な雰囲気があった

「何の話で御座いましょうか」

「まあそう、心配するな
今ここにおるのは、死を覚悟しておる浅井の者達ばかり、そのなかを、敢えて歩き回る必要が有るのは、織田の忍よ
何故なら、死なせたくない者が、おるからよ、違うかの
実はのう、儂もその一人よ、もう勝敗は、着いておる故、娘達を連れて引き揚げよと、伝えておるのだが
頑として、動いてくれぬ」

「へーそうだったの」

「うむ、お前が上手くやれるかは別として、お市に合うたら、これを渡してくれぬか、儂の家内の懐刀じゃ、儂の脇差じゃと、お前が儂を殺したと勘違いさせるからの
これを渡して、浅井の総意だと浅井の血が絶えるのは寂しいと、小丸におった爺さんが、言うておったと、伝えてはくれぬか
恐らくは、本丸の辺りにおる筈よ
探しておる最中なのだろう、違うか」

「うん、解った、必ず伝えるよ、でも此れからどうするの」

その、年老いた侍は、優しい笑みを浮かべながら

「知れた事、死ぬのよ、多くの人を殺し、味方を死なせてしもうた罪をつぐなう、さあ、時が惜しいぞ、もう行くが良い」

「何か簡単に通れる物ないかな、これ見せたら、皆退いてくれる奴」

「良し丁度、辞世の句を認めるのに、紙があるわい
儂の名前と印を記してやるわい、、、ほれ持って行け
なかなか、気が付くの、名は何と申すか」

「ありがとう、佐助だよ、爺ちゃんは」

「おう、久政じゃ、元気でやれ、佐助よ」

「うん、爺ちゃんも達者でね」

「わはははは、なかなか、愉快な奴よ、気にいったぞ佐助、おう、元気にあの世へ行って来るわい
去らばじゃ、佐助」

佐助は、預かった懐刀を仕舞い、書いてもらった、通行証のような紙をかざしながら、先を急いだ
その時、城の外が、にわかに騒がしくなり、銃声も響きだした

『急がなくちゃ、十造達はどの辺りまで来てるかな』

十造と楓は本丸の近く、御局曲輪まで来ていた
楓は武家の娘風な、十造は、付き添いの小者風な格好をしていた
一旦城の中に入ってしまうと、咎める者無く、ここまで容易に来ることが出来た

大広間を過ぎ、二人は、呼び止められた

「まて、この先は、通れぬ、何者か
ここで何をしておるか、申せ」

「はあ、昨日越前から逃れて、此方に着いたばかり、何処が何処やら、解りませぬ、取り敢えずお嬢様だけでも、何処かへ匿いたいのですが」

「そうか、では、左手の、御局曲輪へ向かうが良いぞ、本丸はいかん、あそこは、最期の場であるから、入っても意味はないわ」

楓に御局曲輪を見に行かせ、佐助が来るまで、本丸に探りを入れようと、ぐるりと廻り偵察を始めた

ズドーン、ズダダーンと鉄砲の音が聞こえ出した、鬨の声は未だ遠い

『やはり本丸に居るか、手強そうだのう』

気配で振り返ると佐助が来た、少し遅れて楓も加わり、少し落ち着く事にした

「そうか、楓の探した方は居らなんだか」

「どうだ、佐助何か話す事は、あるかの
何でも良いぞ」

「小丸で、、、、
織田の軍勢は京極丸に攻め来んでるよ」

佐助は、久政の事を話した

「おおそうか、出かしたぞ佐助、よし二人共聞いてくれ、今から本丸に入る、最早この城に居る者全て、死ぬ覚悟よ、儂は、正直どうせなら、織田と戦わせて、死なせてやりたい
佐助の持って来た書状を活かし、真っ先に、浅井長政に会う、そして、お市様達を救うのだ
先導は儂、楓、佐助、儂が倒れたら、佐助は楓と逃げろ、そこでこの仕事は終るのだ、良いな
では、参るぞ」

「お頼み申す、久政様からの大事な伝言、長政様への書状を持って参った、通されよ」

「ご苦労、上に行かれよ」

「かたじけない、では、御免」

「待たれよ」

十造は歩みを止める

「は、何か」

「いや、何故に女、子供が、、、」

「実は、織田方は京極丸に殺到しておる、帰りは書状では危うい、ましてや、武者姿の男では特に、口頭でなければの、その為よ」

「そうか、悲しい役目よの、ご苦労、通られよ
一番上の奥に居られる筈よ」

三人は程無く、浅井長政が居ると思われる階に着いた

「誰か、誰も呼んでは居らぬ、近付くなと言うたはず」

部屋の真ん中で、床几に腰を掛けている
鎧武者がいた
きりりと引き締まった、精悍な顔立ちには、死を覚悟したものだけが持つ、突き抜けた透明感があった

銃声がどんどん大きく、近くなって来ていた

「時が惜しゅう御座る、お市様方をお助けに参りました
その気がありますならば、お早い方がよろしいかと、、」

「おう、忝ない、宜しく頼む、是非もない、何遍言うても聞かぬのじゃ、無理にでも連れ出してはくれぬか、頼む」

十造は、何やら思い出したような、経験したような、変な感覚を持った

『はて、つい最近儂は、同じ目に会うたような』

「お市様は、何処に居られまするか
今一番に、危のうごさいまするは、織田の、弓、鉄砲でございますが、避けて行ける道がありますれば、お教え願いとう御座る」

「市と娘達はこの下に居る、逃げ道、抜け道は無いのよ、残念じゃがの」

「解りもうした、では、浅井様方の最後の戦いと同時に、山の下へと逃れましょう」

「ふーむ、ここから先じゃと、最後の曲輪の東南側を降りると沢よ、そこが良かろう」

不思議なものだ、あんなに敵対してたのに、お市を挟んで織田と浅井が協力しあっている

「では、下の階へ参る、御免」

「失礼つかまつる、お市様
我らと御一緒に、行かれませぬか
浅井も織田も意見が一致致しましたぞ」

「行きませぬ、殿と共に我らも、、、」

「解りもうした、ここにいる、佐助の話を聞いてくだされ」

「京極丸が、攻められる前に久政様に会ったよ、これを見せろって」

久政に渡された懐刀を、お市に渡した

渡されたお市は、ハッとして、押し頂く

「浅井の血を絶やさんでくれぬか、そう言っていたよ」

十造がたたみかける

「お市様御決断を、せめて、お子さま達だけでも」

十造は、楓に、御局曲輪まで行き、帯を二本ばかり、さらに下帯を出来るだけ集めるように指示した
楓は、先に消えた

「解りました、では、殿に最後の、、、」

「おやめくだされ、最早、長政様は、覚悟を決めた御方
失礼をお許しくだされ、お二人からは、同じ薫りが致します
お別れは既におすましでは、、、」

お市は少し顔を赤らめて

「解りもうした、ではそうしていただこう」

市も、決断したようである

「はっ、其では早速に、階下へ参りましょうぞ」

十造が佐助とお市にに指示を出す

「お市様、外に出るまでは、先頭で願います、儂らが先頭ですと、拐ったと思われ兼ねませぬ
佐助、儂が次に下のお子二人を担って行く、お前は、上のお子を手を引くか、おぶって続け
さあ、お市様参りましょうぞ」

「十造とやら、娘達は上から、茶々、初、江と言います
江なら私が抱きますが」

「いえ、お市様には、両手を開けておいていただいて、御自身の身を、護っていただきまする
宜しゅう御座いますな」

十造の読み通り、市が先頭だと、城兵が皆道を開けてくれた

佐助は、茶々の手を引いて歩こうとしたが、狭すぎておんぶにした

「ねえ、何で佐助なの」

「えー解んないよ、何で、茶々なんだい」

「解んないよ」

「ほらな、名前なんてそんなもんさ」

外に近くなるに従い、戦いの音が聞こえてくる

「茶々怖い、佐助怖いよ」

「大丈夫しっかり掴まりな」

銃声が響き、雄叫びが、あちらこちらから聞こえてきた

外に出た、もうお市の威光は効かないのだ
十造は、お市に、三女の幼子、江を手渡し、次女の初を抱きかかえ、今度は自分が先頭に立ち、東南の石垣を目指して急ぐ

「佐助、茶々殿を下ろせ、今度は抱えるか、手を繋げ、飛び道具に気を配るのだ」

「わーい、抱っこ、抱っこ」

「手を繋がないのか茶々」

佐助は敬語が面倒なので呼び捨てにした

「だって、怖いもの、この音嫌い」

佐助目掛けて、ぴょんと飛び乗った

ビシツ、シュッと銃弾や弓矢が近くに当たりだした

「お市様、立ち止まっては、なりませぬ、今少し身を屈めて下されませ、後少しの辛抱で、玉も矢も来なくなりますゆえ」

大広間の外を抜けると、楓と落ち合った、ここまで来ると、飛び道具の心配はなかった

「さあ、もうすぐ城全体から火の手が上がる、佐助下帯を結べ、ほどけぬように固くな」

十造は、帯で人が一人潜れる輪を作り出す

「十造全部結んだよ」

「よし、佐助先に降りて、皆を下で待ち受けるのだ、辺りを見回せ、油断するな」

「うん、解ったよ、じゃあ行くね」

「やだやだ、佐助が行くなら茶々も行きたい」

茶々が離れてくれなかった
十造が苦笑いをしながら

「佐助、茶々殿を抱えて行けるか」

「うん、茶々来いよ、しっかりしがみつけ、落ちるなよ」

佐助と茶々が降りて行く
十造は下を見ていた

「よし、着いた、お市様江殿を抱えたままに、この輪の中へ、そうです、十造が今、程よく調整しますゆえ、よし」

佐助が降りた、下帯を引き揚げ、お市の輪に結んだ

「お市様江殿を後にします、先に降りられよ」

お市を下ろしにかかる、下で佐助が近付き、お市が着くと直ぐに、帯でくるんだ江を下ろし、又輪の中に初を入れて下ろし始めた

作業も、もうすぐかと言う時に、近くの壁に一本の矢が当たった

『短い、石弓か、後少しで、初が着く筈よ、もうすぐじゃ、よし』

楓が、目を凝らして射手を探している

「佐助、先に本陣へお連れしろ
客が現れた」

佐助やお市が林の中へ、消えるのを見届け、楓に並んだ

「敵、何人、何処」

三人、向かいの石垣の陰と、指で答えた

楓が落ちている弓矢を拾った
左側に回り込むと言う
十造は、お前が出て三つ数えた後に、的になりながら、正面から走ると伝える

十造も楓にならって弓矢を持った
楓が出た、三つ数えた後に、正面に向かって稲妻走り(ジグザグ走り)で突っ込んで行く
矢が十造の耳直ぐ近くを走った

シュッと言う風切り音が耳に残る
石弓であれば未だ二の矢は来ない
たいして高さの無い石垣を飛び越え、突入すると、楓が三人目と睨み合っている
既に二人は、倒れていた
十造の気配に、一瞬たじろいだ相手は、楓の半月刀の餌食となった
喉がぱっくりと割れて、泡混じりの血が吹いている

『ふうむ、どうにも解せぬな、誰を標的にしたものやら
まあ、良いわ』

「楓、ご苦労、引き揚げぞ」

城内は赤々と炎が吹き出していた
お市達の助け出しを聞いて、織田の軍勢は、遠慮が要らなくなったのだ

間も無く陥落するであろう、小谷城から、十造達も引き揚げた
































































































































































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