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佐助が、むぎの店の戸を静かに開けた
「お帰り、風呂に入りなよ、そして、着替えるんだよ」
「え~このままでいいよ、着物は一着しか買ってないし」
「ふん、やっぱり解ってないね、お前は、佐助の親方とその女房は、普通じゃあ無いんだよ、女の匂いを、ぷんぷんさせて、帰ってご覧よ、あたしが楓だったら、根掘り歯掘り只じゃ済まないよ、其でも良いのかい
名残惜しいのは解るけどさ
あの二人の事なら、会わなくともわかるよ、大切にされてるんだろ、心配かけちゃ駄目だよ
何でもない振りして帰るのが一番だよ」
確かにその通りである、佐助は、むぎに従う事にした
「解ったよ、身体を洗ってから帰るよ」
むぎは素直な佐助が好きになった、面倒を見ずには居られない、その分、佐助が心配でもあった
佐助が身体を洗って居ると、いきなり、むぎが入って来た
「佐助、背中を流してあげるよ、恥ずかしがるんじゃないよ、ほら」
むぎは、佐助の背中を洗い出した、佐助が下を向いて、おとなしくしていると、むぎがいきなり、佐助を握って、さすり出した、若い佐助は、自分の意志とは裏腹に直ぐに反応した
「佐助、大人しく、あたしの話を聞きな、今あんたは、あたしに弄られて、固くしてるけどさ、好き嫌いは関係ないだろ、人は気持ち良ければ反応するんだよ
女も男も関係ないのさ、でもね佐助、こうなっても、あんたは、あたしじゃなくて、あの女(ひと)の事が好きだろ、女もそうさ、良いかい佐助、あんたの良い女が誰かに抱かれようと、その女があんたを好きと言ったら、必ず信じてあげな、心は絶対に穢れないのさ、そうだろ、どんな殿様よりも、あんたを好きなんだから、あたしの言う事が解るかい
あんたの好きな女は、好きでもない男に、股を開かなきゃならない時があるんだよ
でなけりゃ、生きてるままで、好きな男に会えないんだよ
あたしの言ってる事が解るかい、あたしは、佐助じゃなくて、佐助を好きな女が心配なのさ
多分かなりの身分だろ、あんたも、好きになったなら、覚悟を決めな、もう解るだろ、いろんな事をしたけれど、最初と最後に抱き締めあった、あの幸せな気分が、何にも代えがたい事をさ、抱き合って見つめ合ってる時が一番気持ちが良かったろ
違うかい佐助」
佐助には、むぎに返す言葉がなかった
そして突然、こみ上げて来る、あれだけ茶々としたのに、むぎの手技に成す術もなかった
「うっ、うぅ」
「解ったかい佐助、自分は良くて、相手が良くなるのは、許さないなんて、自分以外の男に抱かれて、汚れたなんて、思うんじゃないよ、決して口にするんじゃないよ、そう言われると、死ぬ程辛いんだよ、本当に好きなら尚更ね
もし、佐助がその子にそんな事を言ったら、あたしは、絶対に許さないからね
あたしの顔を見るのは、嫌だろ、そのまま帰りなよ」
むぎは、終った佐助を優しく洗いながら語りかけた
風呂の後始末をしていたむぎの、背中に佐助が声をかけて来た
「むぎ姉さん、ありがとう、本当にありがとう」
「気を付けて帰りなよ、何時でも来るんだよ」
佐助が帰って来た、随分と大人びて、楓は其が、少し不満ではあった
楓は料理を作り出し、波瑠は佐助に、ぴたりと全身が吸盤になっていた
十造も、此でやっと家族が揃ったと、安心した
「おいら、十造と楓姉ちゃんに話しがある」
「どうしたと言うのだ急に、楓、佐助が話しがあるそうだ」
楓も十造も、佐助の話を聞こうと、囲炉裏を囲んだ
「清洲に行って来たんだけど、其処の古着屋の、女将さんに大変世話になってさ、、、」
十造は、囲炉裏の灰に、枝で字を書いて行く、その手が(むぎ)で揺れる、楓が食い入る様に、次の字を待っている、(牙蛇、子供、流行病、死、むぎ達者)
佐助は、楓がこんなに、声を上げて、泣いているのを初めて見た、十造も肩を落として涙をこぼしていた
波瑠は、親の姿が、尋常ではないのを見て、益々、佐助にしがみついた
楓の涙が止まらない、早くむぎに、会わなくてはならない、でも、会って何を話せば良いのか、お陰さまで、私達はこんなにも幸せですとでも、、、
楓が佐助の目を気にせず、胡座をかいた十造の腿にしがみついて泣いている
鼻水を啜り上げながら、十造が
「佐助、済まぬ、楓と儂に手拭いを、、、取ってはくれぬか」
二人は暫くそのままであった
「十造、おいら、波瑠と外で遊んで来るよ」
佐助にとっても衝撃だった、十造と楓がこれ程までに、悲しむ姿を見るのは、堪えられなかった
暫くして、波瑠を背負って、家の中に戻って来た
「あれっ、二人共、おいらてっきり、むぎさんに、会いに行く用意をしていると思ったよ」
楓は、飯を作り終わって、佐助に膳を出して来た
十造が佐助に語る
「佐助、儂からも、お前に話があるのだ、いよいよ上田に行く時が来た、後十日もすれば、荷物を引き取りに来よう
その時までは、清洲に行くのは、我慢することにしたのだ」
「そう、いよいよか、あ、向こうじゃ、三人共おいらの言うこと聞かないと、暮らせないよ、解ったね」
「抜かせ、おい楓、お前がこいつを甘やかすから、天狗になりおったわ、折檻してくれる」
楓も佐助の、偉そうな素振りを敏感に感じ取り、十造の味方となって、佐助の頭をひっぱたいた
「楓姉ちゃん、おいらを敵に回すつもりかい、後悔するぜ」
「ほう、波瑠を抱いたままで、お前は、楓と儂に歯向かうつもりか、いつの間にやら、腕を上げたものよ、楓こやつの盆の窪を仕止めい
儂は喉元をな、波瑠、佐助にもっとしっかりと、しがみつかぬか」
「あはははは、参りました、もう大口は叩きませぬ」
「解ったら、今日から荷造りに専念せい」
荷物が上田へと運ばれて行った
僅かばかりの感傷を抱え、十造、楓、佐助、波瑠の四人は、上田を目指す旅に出た
波瑠が大喜びだ、何しろ、自分が住む敷地の、遥か遠くに、初めて出るのだ、しかも、佐助が一緒であった
「御免、着物が欲しいのだが」
店に男の客が来たようだ
「はい、はい、ただいま、どんな物をお探しですか」
「この、店の品全てをな」
『ちっ、冷やかしかい、面倒くさい』
店先には、旅装束の女が、子供の手を引いて立っていた
むぎは、両手で顔を覆って、そのまま動かなくなっていた
「良かったねえ、楓にそっくりじゃないか、可愛いねえ、波瑠、あたしにも、抱きついておくれ」
「これは、聞きずてならぬな、まるで楓に似ると良くて、儂だと駄目だと聞こえる」
「そう言ったんだよ、楓の姿にあんたの優しさがあれば、どんな男もいちころだよ、ね~波瑠」
「のう、むぎ、儂等と一緒に来ぬか、楓が、お前を一人にしたくないと言うのだ、儂も同じよ」
「解ったよ、でもこの店が有るから、直ぐには動けないよ
気にかけてくれて済まないね
あんた達が一緒になって、子供が出来て、本当に嬉しいよ
皆今日は、泊まって行ってくれるのかい」
「ああ、むぎがそう言うなら、喜んでな、
では、散歩を兼ねて、酒を買うて来る、佐助お前も来い、なんじゃ、波瑠も来るのか、よしよし」
その夜、むぎが楽しそうに酒を飲んでいた、十造よりも先に酔い、既に寝てしまった、波瑠と一緒に寝ると言い、楓が波瑠の隣に寝かしつけた
楽しい一夜は、直ぐに終わる、翌朝十造達は、むぎに別れを告げた
「むぎ、待っておるぞ、楽しみにしておるぞ」
波瑠がむぎに抱き着いて、別れを告げた
むぎは、柔らかな微笑みで皆を送り出した
十造達も、笑顔で手を振り去って行った
むぎは、今更ながら、この家には、一人きりなのを、しみじみと実感していた
まだ、昼にもなってはいない、短いため息をはいた後、店の商品である、古着をたたみ始めた
可愛い波瑠の顔を、思い出しては、一人で微笑んで、仕事を続けていた
その日は一日中、日暮れまで、その作業をしていた、翌日は、朝日と同時に、家の中を片付け始めた、さして広くもなく、一人暮らしだ、半日もあれば終わってしまう
昼前に、来客があった、清洲城下で質屋をしている主人と奉公人が二人、荷車を引いて来た、店の商品とむぎの着替え、僅かばかりの家財、全てを荷車に載せ、幾ばくかの代金を、むぎに手渡して、引き上げて行った
むぎは、家賃を大家に支払い、家の中へ入り、何も無い事を確かめて、外へ出た
着ている物の他には、懐に商品、家財を、売り払った代金と、手拭いにくるんでおいた、流行り病に倒れた、我が子と連れ合いであった、牙蛇の髪の毛があるだけであった
街道を歩くむぎの目に寺が見えた、そこの賽銭箱に、持っていた銭入れごと投げ入れた、そこでむぎは、暫し手を合わせ、歩き出した
行き先は最初から決まっていた
寺を過ぎて、もう少し歩くと、左手に細道がある、その先には、川が流れていた
結構な速さの、大きな川だ、むぎに表情はなかった、ただ川に向かって歩く、河岸が近づいている、おかしな事に、そこからむぎは、微笑んでいた、何かに似ていた、ああ、そうだ、小鳥を集める楓の姿と重なるのだ、
少し明るい、灯明の光りだろうか、顔が三つ、覗き込んでいる、本当に会いたい顔ではなかった、好きな顔ばかりではあった
むぎの家に行く前に、佐助が使う寺の離れを借りて居たのだ
「ア~あ~ああ~、が、ばが、なじに~ああ~あ~ばが、ばが~」
むぎは、楓に胸倉をつかまれ、なじられていた、十造の声が聞こえて来た
穏やかな、落ち着いた声でむぎに語り始めた
「佐助から話を聞いて、楓が直ぐに、お前の所に、行くと言い出してのう、儂も最初はそう思ったものよ、だがの、もし、死を考えて居るのならば、そのきっかけを、作る手助けにしかなりかねん、早る気持ちを押さえながら、何か策を考えてから、会いに来た方が良いと思えてな、会うてみたら、成る程、覚悟を決めて居る、言葉にも、その振る舞いにも
お前の家で別れてから、楓と波瑠は此処にきて、儂と佐助が、お前をずっと、見張っておったわ
こんなに辛い、みは、見張りは、、、は、は、初めて、、よ、うっううう
情け無くてのう」
楓が十造に手拭いを渡す
「そしてお前が、お前の影が、どんどん薄くなり、姿さえもが消えかける、佐助がたまらず、もう会おうと、何故止めぬのかとな、泣いておったわ
儂は、一度死んで貰おうと思うた、そして、生き帰って、新たな暮らしをして貰おうと、思うたのだ
お前を、飛び込んだ川から引き上げて、佐助と二人で、此処まで運んだのよ
その時の惨めな事よ」
十造が目を赤くしながら、語り続ける
「むぎ、儂等を甘く見ていたのは、自分ではないか、ずっと死に場所と、時を探しておったろう、偶々、儂等の名前を聞いて、会ってからならば、もう生きなくとも良いと、思うたのであろう、違うのか
楓は、人前では、めったに声を出さぬ、儂が知っている中では、お前も覚えていよう、あの四郎の時、佐助がしくじりそうになった時、そして此度よ、そして楓が、こんなに長く話したのは、此度が初めてぞ」
十造が床に両手をついて続けた
「むぎ頼む、楓の為にも、儂らの為にも、生きてはくれまいか、一緒に来なくとも良い、頼む、生きてくれ、お願いだ、頼む、お願いだ、むぎ
少なくとも、お前が死ぬと、悲しむ者が此処には居るのだ
考え直してはくれまいか」
同じ格好で、訳もわからず、波瑠が一緒になってやっていた
「ねえ、十造、あんたの言う通りさ、流行り病で二人を無くした時に、もうどうでも良くて、あの集落にも居たくなくて、思い出して辛いのさ、それ以来、適当に生きてた、あんた達に会う度に、よーしって、踏ん張ってたのにね、でもね、流石に生きていようが、いまいが良くなってさ、そんで、波瑠を見た時、あー最後に良いもの見させて貰ったってなってね、踏ん切りがついたのさ
でも、解ったよ、未だ生きて、波瑠が大きくなるのを見るよ、約束する、あんた達と行くよ」
楓がむぎに抱き着いて、波瑠が真似をして、むぎに抱き着いた
むぎが布団をかぶって、大声で泣き出した
「むぎ、此処で二、三日養生してから、佐助と上田に来るが良い、楽しみにしておるぞ
佐助は佐助で、此処に用があるやも知れぬしの」
清洲の城が、いつもと違って、厳重に警戒されていた
『これは、どう言うことか、戦でも有るのか、調べねば、わからんな』
本能寺の変があり、織田軍団の中で、羽柴秀吉は、いち早く、信長の仇を取る事に成功した
明智は滅び、織田の主だった遺臣達は、今後の策を、清洲城に集まって評議した
一致団結は、成らなかった、結果守旧派と、新秩序を模索する者達に別れた
そんな事は佐助には、どうでも良い事であった
城下の噂を集め、まとめてみると、嫁入りと、引っ越しの言葉に佐助は、居ても立っても居られなかった
茶々に対して後悔はしたくなかった
昼前ではあるが、城へ入り込もうと、機会を伺っていると、丁度、荷駄隊が入城するところであった、佐助はこれに素早く紛れ込み、易々と城内へ忍び込んだ、茶々が住む郭の天井裏へ潜み、茶々の部屋へと進んだ
天井板の隙間から、下を覗くと、茶々が座って書物を読んでいた
佐助は京で手に入れた御守りを、天井板を、少しばかりずらして、茶々のまえに落とした、茶々はそれに気が付いたが、立ち上がり、戸を開けて、一度外の様子を見てから、戸を閉め天井の佐助に
「大丈夫、誰もいないよ」
佐助が降りて来た
「御免、部屋が汚れたな、茶々
へえー、昼間は、化粧してるのか、一段と綺麗だな」
佐助は、良くも悪くも、思ったことを素直に口にする
好きな男に綺麗だと言われて、喜ばぬ女は居ない
「本当に、ふふふ、でも、どうしたの、嬉しいけど」
すっかり、男女の落ち着いた会話になっていた
佐助の首に手を回し、薄く紅を引いた唇が佐助を呼んでいる
暫し抱き合い、畳に座って佐助は、話をしようとする
茶々は当たり前の様に、佐助の胡座にまたぐ、そうして抱き合う、佐助の胸に顔を埋めて、佐助の匂いを確かめる
「なあ、茶々が嫁に行くのか、、、」
「ううん、母上様が、柴田権六様のところへ、私達も、一緒にね
越前の北ノ庄城だよ」
佐助は、取り敢えず安堵はしていた
だが何時かは、その時が来るのだ
それは間違いが無い
「あ、それで来てくれたの、まさか佐助は、私が何処かに嫁いだら、もう会わないつもりなの、どうして、私が好きなのは、佐助だよ、嫌だよ、もう会えないなんて」
佐助は、男と女では、逞しさと、生き方が大きく違う事に、気が付き出していた
「母上様が教えてくれたの、私達は道具や物だって、あっちに行って、こっちに行って股を開いて子供を捻り出す
折角好きになったのに、身内やら、手下やらに、攻め滅ぼされる
下手をすると、夫を亡ぼした相手に嫁がされる
犬や猫とさして変わりが無い
恋が出来るなら、しなさい、好きになったら抱かれなさい、どんな城でも乗り越えて、お前に会いに来る人は、本当にお前を好きな人、私が、初めて月の物を迎えた時に、母上様が教えてくれた大事な言葉
確かに佐助は、猫の様に忍び込む」
茶々は目を潤ませながら、佐助にきつく抱き着いた
佐助は、生まれや育ち、身分も、歳すらも違うのに、むぎと茶々が似ている事に戸惑っていた、正確には、お市の考え方を茶々が、受け継いだだけなのだが
「佐助、腹は空かないの、何か飲みたい物は、、、
この御守りは頂いて良いの」
「ああ、良いさ、でも茶々、おいら、未だ此処に居ても良いのか、お前こそ、用事が有るのではないのか」
「あったけど、一番大事な用事、佐助が出来たよ
あ、でも、少し待っていて、御願い帰らないで、帰っちゃ嫌」
佐助は改めて実感していた、自分は、茶々に溺れているのだ、好きで好きで、仕方がないのだ
むぎが言う通り、抱き合っている時の、至福の気持ちは、何ものにも例える事が出来無い、その通りよ、むぎさん
『遅い、茶々何をしておるのだ、お前がいなければ、こんな城は、儂には何の値も無いわ』
茶々が、水を張った木桶に、花を差して、手拭いを何本か持って来た
桶の中の花は、百合であった
「え、お前、百合が好きだったの」
「ううん、匂いがきつくて、、、でも他の匂いは消える、、、佐助の馬鹿」
茶々の顔が真っ赤になった
そのまま佐助に抱き着いた
何を言うても、何をしても好ましい
「儂の親方が言うておったわ、百合の花の蜜は、毒だそうな、しかも、ゆっくりと、確実だそうだ」
「佐助、私に毒は無いよ、多分」
『いいや、最早後戻り出来ぬ程の、中毒を患っておる、それすらも嬉しいが』
大好きな佐助が来て、気分が上がっていた、しかも、茶々が、嫁入りするかも知れぬと聞いて、確める為だけに、昼間の危険を侵して忍び込んでくれたのだ、他に誰を好きになれば良いのか、茶々の頭の中も、心の中も、身体の中も、全てが佐助になった、嬉しくて腹も空かぬし、喉も渇かない
「茶々、流石にもう帰らねば
お前が何処に居ても、会いに行く、約束する」
「うん、解ったよ」
茶々はそう言いながら、佐助を押し倒した
「こら佐助、わらわに何もせずに、帰るつもりか、こうなっている癖に」
「どうして欲しいのだ、こうか」
「きゃっ、嫌、好き」
夕方に、佐助がむぎの待つ、寺の離れに帰って来た
「お帰り、佐助
風呂は沸かしたけど、入りたく無いだろ
そっか、帰る時洗ってもらったか」
「へ、何なのさ、やだな、でも元気が出て来たね、むぎさん」
「うん、もう旅も平気だよ
あんたの足さえ大丈夫なら何時でもね」
「またまた、おかしな事を、おいら怪我なんぞ、してはおらぬわ」
むぎが、意味有りげに横目でニヤリと笑う
「ほう、そうかい、あたしには、解るのさ、佐助、あんたは、畳に膝を擦りむいて、膝小僧が真っ赤っか、背中に爪痕があって、胸には、小さな紅い斑点があるのさ
会う回数が増えると、そのうち、相手の方も膝を擦りむくけどね
どれ、佐助の傷を、確かめてみようか」
むぎが、佐助を脱がしにかかる
「止めて、何て事をする、頼むから、止めっ、これっ」
佐助は恥じて赤くなる
そこに、むぎが追い打ちをかける
「ねえ、佐助今度から、帰って来る時は、ちゃんと唇を拭いて戻るんだよ」
佐助が慌てて、唇を手で拭う
「あははは、引っ掛かったね、もう飯にしよう佐助
明日此処を出ようよ」
佐助は、完全にむぎの玩具になっていた
不思議な事に、腹が立たない
「本当に、もう身体は良いの」
「うん、でもさ、あたしなんかよりも、あんたは、もう良いのかい
からかったりしないから、言ってご覧よ」
「ああ、もう清洲に用は無くなったよ、多分もう、来る事はないな
それと、むぎが言ってくれた通りだったよ
おいらは、ガキだったよ、、、
女には、女の生き方があって、男とは違う戦をしているんだね」
「佐助は、随分と大人になったもんだ、あんたの好い女は、賢いんだね」
考えてみたら、茶々は信長やら浅井長政の血筋であった、賢い等と言うたら、馬鹿にするなと、叱られるやも知れぬわ
「はは、明日のためにも、早く寝ようよ」
「佐助、朝の残りは全部、握り飯にしたよ、さあ、いざ上田へ参ろう」
「うん、出かける前に、これ、楓姉ちゃんから、開けてみて」
佐助が、風呂敷に包まれた、荷物を、むぎに渡した
「何さ、楓ったら」
それは、むぎの為に楓が揃えた、旅の道具一式だった
衣装から、草鞋まで全てが新品であった
「折角生まれ変わったのだから、全部新しくしろってさ、財布も中身もね
おいら達が居ない間に、波瑠を連れて、買い揃えたらしいよ」
むぎは、それらの品を抱き締めた
身体の特徴が人と違うと、徹底的に疎まれるこの時勢に、口が不自由で、更に子連れの女が買い物をすると、どんな目で見られるか、掃き溜めの様な場所で、暮らしてきた、むぎには痛い程解る、人は自分よりも、下だと認識すると容赦がない、彼奴よりは、まだましだと、思う事で、自分の気持ちの安定と、境遇を慰めようとする
楓に対する罪の意識で身体が震えた
むぎは、直ぐに着ている物を脱ぎ出した
「え~、今直ぐに着替えるの、おいら外に行くから待ってよ」
「なんだい、もっと良いもん見てきたくせに
あたしを、抱きたいのかい、佐助、良いよ別に」
「やかましいわ、もう着替え終えたではないか
もう行くぞ」
「ふーん、あ、楓に話ていない事もあったな、向こうに着いたら、あれもこれも話さないと、、、」
「むぎ殿、他に御用命が無ければ、そろそろ参りましょうぞ」
同じ頃清洲城内
「母上様、支度が整いました
今度行くお城は、此処から遠いのでしょうか」
「解りませぬ、どうでも良い事を、、、
では、参りましょう、茶々
遠くても、近くとも、もう二度と此処に来る事は有りますまい」
『母上様は、死に場所を探して居られる、既に、何も見ては居ない、感じてもおらぬ
私は、生きたい、生きて佐助に抱かれたい、佐助が居れば何も望まぬ』
その日、茶々達は、母お市の、嫁ぎ先である、越前北ノ庄城へと旅立って行った
「ねえ佐助、上田まで何日かかるのさ」
「三、四日かな、急いでないしね、どうしたの」
「ううん、腹っぺらしの、あんたが旅に出た途端、何も欲しがらない、そして何よりも、張りつめているよ」
「そりゃそうだよ、むぎに、なんかあったら、皆悲しむよ、家族になんかあったら悲しいだろ
あ、ご、御免よ、余計な事言って」
むぎは、どうにか泣かずに済んだ
「良いんだよ、家族なら、そんなくらい、気にしないよ、
さ、行こうよ」
十造達が、上田に着いた五日後に、佐助と、むぎが到着した
才蔵が、用意してくれた住まいは、全員が住んでも部屋は、余る程であった
「ねえ、十造落ち着いたら、あたし、何処かで商いがしたいんだけど
別に金が欲しい訳では無いけどさ
何かしないと」
「おう、むぎ、儂らの本業は、薬売りよ、何処かに店でも構えようかの」
「そうして欲しい、頑張るよ、あたし、でもさ、十造の薬屋は、目玉商品が何か有るのかい」
そう、問われた十造は、美肌の水を手に塗ってあげた
「なんだい、あんた達、忍なんぞ止めて、これ一本で生きて行けるじゃないか」
「それがのう、、、原料や製造に注文をつけるものが居てのう、、、」
全ての経緯を知ったむぎは
「大丈夫、あたしが、全部引き受ければ良いんだろ、もったいないよ
商売になるよ
材料はいくらでも手に入るしさ」
「良し、これでむぎの仕事が決まったわ
誰に頼らずとも暮らせると言うものよ
儂らが居なくなっても、波瑠を頼むぞ」
「なんだい、此処はそんなに危ないとこなのかい」
「むう、此処に限らず、織田の後地は、全て刈り取られるわ
儂は、何故か此処が気に入ってのう
仲間達と、仕事をしようと思うたのよ
これが最後と決めてな」
十造達が上田に来てから、十日後に、才蔵がやって来た
「よう十造、上田の城に来てくれぬか、大殿昌之様、若の信幸様その弟君、信繁様に会うて欲しいのだ」
「行くのは構わぬが、しかし、この格好しか持たぬぞ」
「構わぬわ、佐助なんぞ、この御三方を、友達扱いしておるのだからの」
「であろうな、佐助は、初対面の徳川家康にもそうしておったわ」
「恐ろしや、叩き斬られてしまえば、良かった物を
どうせ逃げて仕舞うのであろうけどな」
「彼奴の人たらしは、最早、忍の術よ、誰にも真似出来ぬわ」
「むう、そうかも知れぬ、兎に角儂と一緒に来てくれ」
十造は、城の中庭で、随分と気さくな城主達に会った
「十造、良く来てくれたのう、お主の働きは、才蔵から全て聞いておる
もしも、十造が敵方であれば、真田の忍全て差し向けても、敵わぬのであろうな」
「とんでも、御座いませぬ、最早佐助が一人前、才蔵、静海、佐助で儂らは詰みでございます」
「ふっ、それよ、良くぞ佐助の面倒を見てくれたのう
儂らの魂胆も、透けて見えていたであろうに」
十造は、気が付いた先程から、頭を垂れずに、対等に話をしていた
「はあ、佐助は天然の人たらし、敵う術を、持っては居りませぬ」
「おう、真にその通りよ、しかし、その佐助を手足の如く操る、そなたも、やはり、名うてのひとたらしよ」
才蔵が横から
「大殿、時が惜しゅう御座いますぞ、本題へ、、、」
型に拘らぬ、珍しい殿様である、忍を人として見ていた
「おお、そうよ儂の倅たちも、宜しく頼むぞ、歳から言うても、この二人の方が、付き合いは長くなろう程に」
「信幸様、信繁様、十造をお見知り置きを」
若殿様二人も気さくに頭を下げた
「さて十造、武田の旧領が草刈場と化した、先にお主達の活躍で、北条を追い払う事が出来た
此度、徳川と北条の間で、北信濃界隈の切り取りを話し合うたのだ
真田を無視して、勝手にしてくれおった
儂は、北条方でも、徳川方でも無いわ、徳川とは、縁切りしたでの
度重なる戦で、領民は疲弊しておる、新たな区割り等すると、又、更に年貢を課せられる、領民は生き地獄よ、真田の領地は、確かに狭い、だが、力に物を言わせてやって良い事と、悪い事がある、
そうは思わぬか十造」
なかなか、熱い物を持った領主である、二人の若殿もなかなか、良い面構えだ
「地理的には、北条、徳川を敵にしても、もう一国対抗出来る国が有りますな」
「む、策を読まれたか、徳川方に対抗するため、長年の仇敵、越後上杉と結んだ、そして、今正に徳川が儂らに、攻め込もうとしておる
状勢は極めて悪い、だがの、十造、領民が儂達の味方よ、それが有る限り、儂は諦めぬぞ
幸いに、余りにも小国故、完全になめられておる、つけ入る隙がそこに有るわ
大して給金も払えぬが、助けてはくれぬか」
殿様が忍に頭を下げた、もしこれも策の一つだとしても、子も見ている中で、あり得ない
「解り申した、で、私の役目は、、、」
「まずは、近辺の地理、地形を探り、利用出来そうなものを、見てくれぬか、戦の中心は、間違い無く、上田の城近辺、徳川方は大目に見て一万、当方はせいぜいが二千
儂らは、今少し鉄砲と、人をやり繰りするで」
十造と才蔵が城の外で、地形を見ていた
「才蔵あの二つの川に名前は有るのか」
「おう、上田の城側が千曲川、戸石の城側が神川よ、もう少し下手で混じり合うておる」
「ほう、成る程の、して火薬は、どれ程蓄えが有るのか
佐助の奴遅いのう」
「火薬は、鉄砲分を除くと、三樽位、足りぬかの、皆で手分けして集めるとするか」
「いや、無ければ作るまでよ、地形は大方覚えたわ、其よりも、至急に、硫黄と炭の粉、硝薬が欲しいのだ、戦まで一月は有るのだろう、間に合う筈よ」
「わかった、至急にな、儂は一旦手配に消えるが、静海が落ち合う手筈よ
おう、早速来よったわ、佐助も来たわい
十造、大殿がお主の策を聞きたいそうじゃ、佐助に案内させて、顔を出してくれぬか」
「解った、お主もせわしないのう、ご苦労な事よ」
「真田の存亡が、かかっておるで、何でもするわい、御免」
佐助の案内で、上田城内に入った十造は、大殿、真田昌幸に会った
「十造どうであった、地形は使えそうかの」
「はあ、この上田の城は、最初から籠城を考えて、作られましたな
寄せ手は、正面からの攻撃しか選べませぬな
一つだけ申し上げたき事が御座る、儂は殿様の戦略や調略で働く者、戦術だけを考えさせて頂きとう御座る
出過ぎた真似は、諸将の反発を招くだけかと、、、」
「おお、済まなんだ、これは、儂の考え不足、許せ、この通りじゃ」
『そりゃあ、評判も良い筈よ、この十造、最後の仕事は中々の人間達と知り合うた』
「それでは、十造
先ずは、この図面を見よ
お主の見立て通り、敵が攻めて来たならば、正面からの攻撃しか、出来ぬ様にしてあるのだ、ましてや此度の様に、圧倒的な、兵力差が有る場合は特に、寄せ手は、奇を衒った策は取らぬ、何しろ小手先の細工なんぞ、その数に任せて押しまくればよいからの」
「正しくそこが狙い目ですな
そこに、兵を集中させ、、、」
「そう言う事よ、儂に必要なのは、そこの仕掛けよ
しかも、勝負は一度きり」
「そうですな、兵力の差から言うても、相手には、集中してもらわねば、なりませぬな」
「そうじゃ、だが、、、」
「大殿、遅くなり申した、才蔵が入ります」
「おう、入る前に酒等たのむわ、肴もの、他に誰か居らぬか、中々の話しをしておる、勿体ないわ」
話しに、才蔵と信幸が加わった
「そうよ、上田の本城は良いのよ、儂の頭の中も、そこだけなら正に、勝ち戦、此処に 矛盾が生まれるのだ」
十造が後を続ける
「城が小さな分、相手の被害も少ない」
「正に、正しく、此方の人数の倍位は、被害を与えぬと、万の敵は負け戦と思わぬ
肝心な事は、この戦で、真田に手を出しても、損害ばかりが、かさんで、無駄である、和議でよろしかろうと、成るように持って行くのが最良ではないか
これは、あくまでも酒の席の戯れ言よ、十造はいかに、、、」
十造は、何故この、真田昌幸と言う人物が、この小国の領主なのか不思議であった
初めて、敵に回したれば、恐ろしい人物に、出会った様な気がする
恐らくは勝てぬであろう、家康や信長、今や飛ぶ鳥を落とす勢いの秀吉、其よりも、うまが合いそうだ
「最早、何を言うても、大殿の策以外に何を申せと」
「術よ、正に儂には、戦術が乏しい、そこを攻めれば勝てる、じゃが、どう攻めれば良いか、現場の動きが今一つ、才蔵を始めとする、真田衆は、儂の自慢よ、しかし、火薬
、爆薬の、大掛かりな仕掛けなどは、得意ではないのだ
お主は丁度、儂と才蔵の間におるのだ、才蔵に遠慮せずに話しをしてくれぬか」
才蔵が間に入る
「十造、これは、お主と儂が、上か下かで、気を使う場ではないのだ、頼むから、言いたい事を、はっきりと言うてくれい」
「では、大殿様先程の様に、此処に仕掛けを、あそこを破壊したいと、言うていただくのが一番、手っ取り早い事かと、其と今から策やら、仕掛けを、話し出すのは、未だ早う御座います
徳川の諜報網は、その規模、人が、例えるならば、真田衆を三倍集めた様なもの、決して、油断なきように」
「そうよの、味方だけがこの話しを聞く訳では無いわな
其にしても、真田衆の三倍では、勝ち目がないわ」
「ご安心を、徳川は今や、秀吉への策で頭がいっぱいな筈、家康殿も、出張って来たき所を、三河に釘付けでありましょう」
「中々の読みよ、その通りだと思う、では、地図に戻ろう、上田本城は、儂が入る、少し山手の、戸石城には信幸、上田本城と戸石城の間に信繁の遊軍、策は至って簡単なのだ、これにどうやって、罠を仕掛けるかよの」
「大殿、戦自体の調練は、始まっておるのでしょうか
良ければ、一度拝見させて頂とう存ずる、敵がどう追い詰められるのか、予想致します」
「成る程、十造は神川を使うと言うのだな
良かろう、信幸と話し合うてくれ」
「やはり、この十造、大殿とは戦をして勝てる気がしませぬな
策が全て読まれてしまいます」
真田の存亡をかけた戦が、始まろうとしていた
「お帰り、風呂に入りなよ、そして、着替えるんだよ」
「え~このままでいいよ、着物は一着しか買ってないし」
「ふん、やっぱり解ってないね、お前は、佐助の親方とその女房は、普通じゃあ無いんだよ、女の匂いを、ぷんぷんさせて、帰ってご覧よ、あたしが楓だったら、根掘り歯掘り只じゃ済まないよ、其でも良いのかい
名残惜しいのは解るけどさ
あの二人の事なら、会わなくともわかるよ、大切にされてるんだろ、心配かけちゃ駄目だよ
何でもない振りして帰るのが一番だよ」
確かにその通りである、佐助は、むぎに従う事にした
「解ったよ、身体を洗ってから帰るよ」
むぎは素直な佐助が好きになった、面倒を見ずには居られない、その分、佐助が心配でもあった
佐助が身体を洗って居ると、いきなり、むぎが入って来た
「佐助、背中を流してあげるよ、恥ずかしがるんじゃないよ、ほら」
むぎは、佐助の背中を洗い出した、佐助が下を向いて、おとなしくしていると、むぎがいきなり、佐助を握って、さすり出した、若い佐助は、自分の意志とは裏腹に直ぐに反応した
「佐助、大人しく、あたしの話を聞きな、今あんたは、あたしに弄られて、固くしてるけどさ、好き嫌いは関係ないだろ、人は気持ち良ければ反応するんだよ
女も男も関係ないのさ、でもね佐助、こうなっても、あんたは、あたしじゃなくて、あの女(ひと)の事が好きだろ、女もそうさ、良いかい佐助、あんたの良い女が誰かに抱かれようと、その女があんたを好きと言ったら、必ず信じてあげな、心は絶対に穢れないのさ、そうだろ、どんな殿様よりも、あんたを好きなんだから、あたしの言う事が解るかい
あんたの好きな女は、好きでもない男に、股を開かなきゃならない時があるんだよ
でなけりゃ、生きてるままで、好きな男に会えないんだよ
あたしの言ってる事が解るかい、あたしは、佐助じゃなくて、佐助を好きな女が心配なのさ
多分かなりの身分だろ、あんたも、好きになったなら、覚悟を決めな、もう解るだろ、いろんな事をしたけれど、最初と最後に抱き締めあった、あの幸せな気分が、何にも代えがたい事をさ、抱き合って見つめ合ってる時が一番気持ちが良かったろ
違うかい佐助」
佐助には、むぎに返す言葉がなかった
そして突然、こみ上げて来る、あれだけ茶々としたのに、むぎの手技に成す術もなかった
「うっ、うぅ」
「解ったかい佐助、自分は良くて、相手が良くなるのは、許さないなんて、自分以外の男に抱かれて、汚れたなんて、思うんじゃないよ、決して口にするんじゃないよ、そう言われると、死ぬ程辛いんだよ、本当に好きなら尚更ね
もし、佐助がその子にそんな事を言ったら、あたしは、絶対に許さないからね
あたしの顔を見るのは、嫌だろ、そのまま帰りなよ」
むぎは、終った佐助を優しく洗いながら語りかけた
風呂の後始末をしていたむぎの、背中に佐助が声をかけて来た
「むぎ姉さん、ありがとう、本当にありがとう」
「気を付けて帰りなよ、何時でも来るんだよ」
佐助が帰って来た、随分と大人びて、楓は其が、少し不満ではあった
楓は料理を作り出し、波瑠は佐助に、ぴたりと全身が吸盤になっていた
十造も、此でやっと家族が揃ったと、安心した
「おいら、十造と楓姉ちゃんに話しがある」
「どうしたと言うのだ急に、楓、佐助が話しがあるそうだ」
楓も十造も、佐助の話を聞こうと、囲炉裏を囲んだ
「清洲に行って来たんだけど、其処の古着屋の、女将さんに大変世話になってさ、、、」
十造は、囲炉裏の灰に、枝で字を書いて行く、その手が(むぎ)で揺れる、楓が食い入る様に、次の字を待っている、(牙蛇、子供、流行病、死、むぎ達者)
佐助は、楓がこんなに、声を上げて、泣いているのを初めて見た、十造も肩を落として涙をこぼしていた
波瑠は、親の姿が、尋常ではないのを見て、益々、佐助にしがみついた
楓の涙が止まらない、早くむぎに、会わなくてはならない、でも、会って何を話せば良いのか、お陰さまで、私達はこんなにも幸せですとでも、、、
楓が佐助の目を気にせず、胡座をかいた十造の腿にしがみついて泣いている
鼻水を啜り上げながら、十造が
「佐助、済まぬ、楓と儂に手拭いを、、、取ってはくれぬか」
二人は暫くそのままであった
「十造、おいら、波瑠と外で遊んで来るよ」
佐助にとっても衝撃だった、十造と楓がこれ程までに、悲しむ姿を見るのは、堪えられなかった
暫くして、波瑠を背負って、家の中に戻って来た
「あれっ、二人共、おいらてっきり、むぎさんに、会いに行く用意をしていると思ったよ」
楓は、飯を作り終わって、佐助に膳を出して来た
十造が佐助に語る
「佐助、儂からも、お前に話があるのだ、いよいよ上田に行く時が来た、後十日もすれば、荷物を引き取りに来よう
その時までは、清洲に行くのは、我慢することにしたのだ」
「そう、いよいよか、あ、向こうじゃ、三人共おいらの言うこと聞かないと、暮らせないよ、解ったね」
「抜かせ、おい楓、お前がこいつを甘やかすから、天狗になりおったわ、折檻してくれる」
楓も佐助の、偉そうな素振りを敏感に感じ取り、十造の味方となって、佐助の頭をひっぱたいた
「楓姉ちゃん、おいらを敵に回すつもりかい、後悔するぜ」
「ほう、波瑠を抱いたままで、お前は、楓と儂に歯向かうつもりか、いつの間にやら、腕を上げたものよ、楓こやつの盆の窪を仕止めい
儂は喉元をな、波瑠、佐助にもっとしっかりと、しがみつかぬか」
「あはははは、参りました、もう大口は叩きませぬ」
「解ったら、今日から荷造りに専念せい」
荷物が上田へと運ばれて行った
僅かばかりの感傷を抱え、十造、楓、佐助、波瑠の四人は、上田を目指す旅に出た
波瑠が大喜びだ、何しろ、自分が住む敷地の、遥か遠くに、初めて出るのだ、しかも、佐助が一緒であった
「御免、着物が欲しいのだが」
店に男の客が来たようだ
「はい、はい、ただいま、どんな物をお探しですか」
「この、店の品全てをな」
『ちっ、冷やかしかい、面倒くさい』
店先には、旅装束の女が、子供の手を引いて立っていた
むぎは、両手で顔を覆って、そのまま動かなくなっていた
「良かったねえ、楓にそっくりじゃないか、可愛いねえ、波瑠、あたしにも、抱きついておくれ」
「これは、聞きずてならぬな、まるで楓に似ると良くて、儂だと駄目だと聞こえる」
「そう言ったんだよ、楓の姿にあんたの優しさがあれば、どんな男もいちころだよ、ね~波瑠」
「のう、むぎ、儂等と一緒に来ぬか、楓が、お前を一人にしたくないと言うのだ、儂も同じよ」
「解ったよ、でもこの店が有るから、直ぐには動けないよ
気にかけてくれて済まないね
あんた達が一緒になって、子供が出来て、本当に嬉しいよ
皆今日は、泊まって行ってくれるのかい」
「ああ、むぎがそう言うなら、喜んでな、
では、散歩を兼ねて、酒を買うて来る、佐助お前も来い、なんじゃ、波瑠も来るのか、よしよし」
その夜、むぎが楽しそうに酒を飲んでいた、十造よりも先に酔い、既に寝てしまった、波瑠と一緒に寝ると言い、楓が波瑠の隣に寝かしつけた
楽しい一夜は、直ぐに終わる、翌朝十造達は、むぎに別れを告げた
「むぎ、待っておるぞ、楽しみにしておるぞ」
波瑠がむぎに抱き着いて、別れを告げた
むぎは、柔らかな微笑みで皆を送り出した
十造達も、笑顔で手を振り去って行った
むぎは、今更ながら、この家には、一人きりなのを、しみじみと実感していた
まだ、昼にもなってはいない、短いため息をはいた後、店の商品である、古着をたたみ始めた
可愛い波瑠の顔を、思い出しては、一人で微笑んで、仕事を続けていた
その日は一日中、日暮れまで、その作業をしていた、翌日は、朝日と同時に、家の中を片付け始めた、さして広くもなく、一人暮らしだ、半日もあれば終わってしまう
昼前に、来客があった、清洲城下で質屋をしている主人と奉公人が二人、荷車を引いて来た、店の商品とむぎの着替え、僅かばかりの家財、全てを荷車に載せ、幾ばくかの代金を、むぎに手渡して、引き上げて行った
むぎは、家賃を大家に支払い、家の中へ入り、何も無い事を確かめて、外へ出た
着ている物の他には、懐に商品、家財を、売り払った代金と、手拭いにくるんでおいた、流行り病に倒れた、我が子と連れ合いであった、牙蛇の髪の毛があるだけであった
街道を歩くむぎの目に寺が見えた、そこの賽銭箱に、持っていた銭入れごと投げ入れた、そこでむぎは、暫し手を合わせ、歩き出した
行き先は最初から決まっていた
寺を過ぎて、もう少し歩くと、左手に細道がある、その先には、川が流れていた
結構な速さの、大きな川だ、むぎに表情はなかった、ただ川に向かって歩く、河岸が近づいている、おかしな事に、そこからむぎは、微笑んでいた、何かに似ていた、ああ、そうだ、小鳥を集める楓の姿と重なるのだ、
少し明るい、灯明の光りだろうか、顔が三つ、覗き込んでいる、本当に会いたい顔ではなかった、好きな顔ばかりではあった
むぎの家に行く前に、佐助が使う寺の離れを借りて居たのだ
「ア~あ~ああ~、が、ばが、なじに~ああ~あ~ばが、ばが~」
むぎは、楓に胸倉をつかまれ、なじられていた、十造の声が聞こえて来た
穏やかな、落ち着いた声でむぎに語り始めた
「佐助から話を聞いて、楓が直ぐに、お前の所に、行くと言い出してのう、儂も最初はそう思ったものよ、だがの、もし、死を考えて居るのならば、そのきっかけを、作る手助けにしかなりかねん、早る気持ちを押さえながら、何か策を考えてから、会いに来た方が良いと思えてな、会うてみたら、成る程、覚悟を決めて居る、言葉にも、その振る舞いにも
お前の家で別れてから、楓と波瑠は此処にきて、儂と佐助が、お前をずっと、見張っておったわ
こんなに辛い、みは、見張りは、、、は、は、初めて、、よ、うっううう
情け無くてのう」
楓が十造に手拭いを渡す
「そしてお前が、お前の影が、どんどん薄くなり、姿さえもが消えかける、佐助がたまらず、もう会おうと、何故止めぬのかとな、泣いておったわ
儂は、一度死んで貰おうと思うた、そして、生き帰って、新たな暮らしをして貰おうと、思うたのだ
お前を、飛び込んだ川から引き上げて、佐助と二人で、此処まで運んだのよ
その時の惨めな事よ」
十造が目を赤くしながら、語り続ける
「むぎ、儂等を甘く見ていたのは、自分ではないか、ずっと死に場所と、時を探しておったろう、偶々、儂等の名前を聞いて、会ってからならば、もう生きなくとも良いと、思うたのであろう、違うのか
楓は、人前では、めったに声を出さぬ、儂が知っている中では、お前も覚えていよう、あの四郎の時、佐助がしくじりそうになった時、そして此度よ、そして楓が、こんなに長く話したのは、此度が初めてぞ」
十造が床に両手をついて続けた
「むぎ頼む、楓の為にも、儂らの為にも、生きてはくれまいか、一緒に来なくとも良い、頼む、生きてくれ、お願いだ、頼む、お願いだ、むぎ
少なくとも、お前が死ぬと、悲しむ者が此処には居るのだ
考え直してはくれまいか」
同じ格好で、訳もわからず、波瑠が一緒になってやっていた
「ねえ、十造、あんたの言う通りさ、流行り病で二人を無くした時に、もうどうでも良くて、あの集落にも居たくなくて、思い出して辛いのさ、それ以来、適当に生きてた、あんた達に会う度に、よーしって、踏ん張ってたのにね、でもね、流石に生きていようが、いまいが良くなってさ、そんで、波瑠を見た時、あー最後に良いもの見させて貰ったってなってね、踏ん切りがついたのさ
でも、解ったよ、未だ生きて、波瑠が大きくなるのを見るよ、約束する、あんた達と行くよ」
楓がむぎに抱き着いて、波瑠が真似をして、むぎに抱き着いた
むぎが布団をかぶって、大声で泣き出した
「むぎ、此処で二、三日養生してから、佐助と上田に来るが良い、楽しみにしておるぞ
佐助は佐助で、此処に用があるやも知れぬしの」
清洲の城が、いつもと違って、厳重に警戒されていた
『これは、どう言うことか、戦でも有るのか、調べねば、わからんな』
本能寺の変があり、織田軍団の中で、羽柴秀吉は、いち早く、信長の仇を取る事に成功した
明智は滅び、織田の主だった遺臣達は、今後の策を、清洲城に集まって評議した
一致団結は、成らなかった、結果守旧派と、新秩序を模索する者達に別れた
そんな事は佐助には、どうでも良い事であった
城下の噂を集め、まとめてみると、嫁入りと、引っ越しの言葉に佐助は、居ても立っても居られなかった
茶々に対して後悔はしたくなかった
昼前ではあるが、城へ入り込もうと、機会を伺っていると、丁度、荷駄隊が入城するところであった、佐助はこれに素早く紛れ込み、易々と城内へ忍び込んだ、茶々が住む郭の天井裏へ潜み、茶々の部屋へと進んだ
天井板の隙間から、下を覗くと、茶々が座って書物を読んでいた
佐助は京で手に入れた御守りを、天井板を、少しばかりずらして、茶々のまえに落とした、茶々はそれに気が付いたが、立ち上がり、戸を開けて、一度外の様子を見てから、戸を閉め天井の佐助に
「大丈夫、誰もいないよ」
佐助が降りて来た
「御免、部屋が汚れたな、茶々
へえー、昼間は、化粧してるのか、一段と綺麗だな」
佐助は、良くも悪くも、思ったことを素直に口にする
好きな男に綺麗だと言われて、喜ばぬ女は居ない
「本当に、ふふふ、でも、どうしたの、嬉しいけど」
すっかり、男女の落ち着いた会話になっていた
佐助の首に手を回し、薄く紅を引いた唇が佐助を呼んでいる
暫し抱き合い、畳に座って佐助は、話をしようとする
茶々は当たり前の様に、佐助の胡座にまたぐ、そうして抱き合う、佐助の胸に顔を埋めて、佐助の匂いを確かめる
「なあ、茶々が嫁に行くのか、、、」
「ううん、母上様が、柴田権六様のところへ、私達も、一緒にね
越前の北ノ庄城だよ」
佐助は、取り敢えず安堵はしていた
だが何時かは、その時が来るのだ
それは間違いが無い
「あ、それで来てくれたの、まさか佐助は、私が何処かに嫁いだら、もう会わないつもりなの、どうして、私が好きなのは、佐助だよ、嫌だよ、もう会えないなんて」
佐助は、男と女では、逞しさと、生き方が大きく違う事に、気が付き出していた
「母上様が教えてくれたの、私達は道具や物だって、あっちに行って、こっちに行って股を開いて子供を捻り出す
折角好きになったのに、身内やら、手下やらに、攻め滅ぼされる
下手をすると、夫を亡ぼした相手に嫁がされる
犬や猫とさして変わりが無い
恋が出来るなら、しなさい、好きになったら抱かれなさい、どんな城でも乗り越えて、お前に会いに来る人は、本当にお前を好きな人、私が、初めて月の物を迎えた時に、母上様が教えてくれた大事な言葉
確かに佐助は、猫の様に忍び込む」
茶々は目を潤ませながら、佐助にきつく抱き着いた
佐助は、生まれや育ち、身分も、歳すらも違うのに、むぎと茶々が似ている事に戸惑っていた、正確には、お市の考え方を茶々が、受け継いだだけなのだが
「佐助、腹は空かないの、何か飲みたい物は、、、
この御守りは頂いて良いの」
「ああ、良いさ、でも茶々、おいら、未だ此処に居ても良いのか、お前こそ、用事が有るのではないのか」
「あったけど、一番大事な用事、佐助が出来たよ
あ、でも、少し待っていて、御願い帰らないで、帰っちゃ嫌」
佐助は改めて実感していた、自分は、茶々に溺れているのだ、好きで好きで、仕方がないのだ
むぎが言う通り、抱き合っている時の、至福の気持ちは、何ものにも例える事が出来無い、その通りよ、むぎさん
『遅い、茶々何をしておるのだ、お前がいなければ、こんな城は、儂には何の値も無いわ』
茶々が、水を張った木桶に、花を差して、手拭いを何本か持って来た
桶の中の花は、百合であった
「え、お前、百合が好きだったの」
「ううん、匂いがきつくて、、、でも他の匂いは消える、、、佐助の馬鹿」
茶々の顔が真っ赤になった
そのまま佐助に抱き着いた
何を言うても、何をしても好ましい
「儂の親方が言うておったわ、百合の花の蜜は、毒だそうな、しかも、ゆっくりと、確実だそうだ」
「佐助、私に毒は無いよ、多分」
『いいや、最早後戻り出来ぬ程の、中毒を患っておる、それすらも嬉しいが』
大好きな佐助が来て、気分が上がっていた、しかも、茶々が、嫁入りするかも知れぬと聞いて、確める為だけに、昼間の危険を侵して忍び込んでくれたのだ、他に誰を好きになれば良いのか、茶々の頭の中も、心の中も、身体の中も、全てが佐助になった、嬉しくて腹も空かぬし、喉も渇かない
「茶々、流石にもう帰らねば
お前が何処に居ても、会いに行く、約束する」
「うん、解ったよ」
茶々はそう言いながら、佐助を押し倒した
「こら佐助、わらわに何もせずに、帰るつもりか、こうなっている癖に」
「どうして欲しいのだ、こうか」
「きゃっ、嫌、好き」
夕方に、佐助がむぎの待つ、寺の離れに帰って来た
「お帰り、佐助
風呂は沸かしたけど、入りたく無いだろ
そっか、帰る時洗ってもらったか」
「へ、何なのさ、やだな、でも元気が出て来たね、むぎさん」
「うん、もう旅も平気だよ
あんたの足さえ大丈夫なら何時でもね」
「またまた、おかしな事を、おいら怪我なんぞ、してはおらぬわ」
むぎが、意味有りげに横目でニヤリと笑う
「ほう、そうかい、あたしには、解るのさ、佐助、あんたは、畳に膝を擦りむいて、膝小僧が真っ赤っか、背中に爪痕があって、胸には、小さな紅い斑点があるのさ
会う回数が増えると、そのうち、相手の方も膝を擦りむくけどね
どれ、佐助の傷を、確かめてみようか」
むぎが、佐助を脱がしにかかる
「止めて、何て事をする、頼むから、止めっ、これっ」
佐助は恥じて赤くなる
そこに、むぎが追い打ちをかける
「ねえ、佐助今度から、帰って来る時は、ちゃんと唇を拭いて戻るんだよ」
佐助が慌てて、唇を手で拭う
「あははは、引っ掛かったね、もう飯にしよう佐助
明日此処を出ようよ」
佐助は、完全にむぎの玩具になっていた
不思議な事に、腹が立たない
「本当に、もう身体は良いの」
「うん、でもさ、あたしなんかよりも、あんたは、もう良いのかい
からかったりしないから、言ってご覧よ」
「ああ、もう清洲に用は無くなったよ、多分もう、来る事はないな
それと、むぎが言ってくれた通りだったよ
おいらは、ガキだったよ、、、
女には、女の生き方があって、男とは違う戦をしているんだね」
「佐助は、随分と大人になったもんだ、あんたの好い女は、賢いんだね」
考えてみたら、茶々は信長やら浅井長政の血筋であった、賢い等と言うたら、馬鹿にするなと、叱られるやも知れぬわ
「はは、明日のためにも、早く寝ようよ」
「佐助、朝の残りは全部、握り飯にしたよ、さあ、いざ上田へ参ろう」
「うん、出かける前に、これ、楓姉ちゃんから、開けてみて」
佐助が、風呂敷に包まれた、荷物を、むぎに渡した
「何さ、楓ったら」
それは、むぎの為に楓が揃えた、旅の道具一式だった
衣装から、草鞋まで全てが新品であった
「折角生まれ変わったのだから、全部新しくしろってさ、財布も中身もね
おいら達が居ない間に、波瑠を連れて、買い揃えたらしいよ」
むぎは、それらの品を抱き締めた
身体の特徴が人と違うと、徹底的に疎まれるこの時勢に、口が不自由で、更に子連れの女が買い物をすると、どんな目で見られるか、掃き溜めの様な場所で、暮らしてきた、むぎには痛い程解る、人は自分よりも、下だと認識すると容赦がない、彼奴よりは、まだましだと、思う事で、自分の気持ちの安定と、境遇を慰めようとする
楓に対する罪の意識で身体が震えた
むぎは、直ぐに着ている物を脱ぎ出した
「え~、今直ぐに着替えるの、おいら外に行くから待ってよ」
「なんだい、もっと良いもん見てきたくせに
あたしを、抱きたいのかい、佐助、良いよ別に」
「やかましいわ、もう着替え終えたではないか
もう行くぞ」
「ふーん、あ、楓に話ていない事もあったな、向こうに着いたら、あれもこれも話さないと、、、」
「むぎ殿、他に御用命が無ければ、そろそろ参りましょうぞ」
同じ頃清洲城内
「母上様、支度が整いました
今度行くお城は、此処から遠いのでしょうか」
「解りませぬ、どうでも良い事を、、、
では、参りましょう、茶々
遠くても、近くとも、もう二度と此処に来る事は有りますまい」
『母上様は、死に場所を探して居られる、既に、何も見ては居ない、感じてもおらぬ
私は、生きたい、生きて佐助に抱かれたい、佐助が居れば何も望まぬ』
その日、茶々達は、母お市の、嫁ぎ先である、越前北ノ庄城へと旅立って行った
「ねえ佐助、上田まで何日かかるのさ」
「三、四日かな、急いでないしね、どうしたの」
「ううん、腹っぺらしの、あんたが旅に出た途端、何も欲しがらない、そして何よりも、張りつめているよ」
「そりゃそうだよ、むぎに、なんかあったら、皆悲しむよ、家族になんかあったら悲しいだろ
あ、ご、御免よ、余計な事言って」
むぎは、どうにか泣かずに済んだ
「良いんだよ、家族なら、そんなくらい、気にしないよ、
さ、行こうよ」
十造達が、上田に着いた五日後に、佐助と、むぎが到着した
才蔵が、用意してくれた住まいは、全員が住んでも部屋は、余る程であった
「ねえ、十造落ち着いたら、あたし、何処かで商いがしたいんだけど
別に金が欲しい訳では無いけどさ
何かしないと」
「おう、むぎ、儂らの本業は、薬売りよ、何処かに店でも構えようかの」
「そうして欲しい、頑張るよ、あたし、でもさ、十造の薬屋は、目玉商品が何か有るのかい」
そう、問われた十造は、美肌の水を手に塗ってあげた
「なんだい、あんた達、忍なんぞ止めて、これ一本で生きて行けるじゃないか」
「それがのう、、、原料や製造に注文をつけるものが居てのう、、、」
全ての経緯を知ったむぎは
「大丈夫、あたしが、全部引き受ければ良いんだろ、もったいないよ
商売になるよ
材料はいくらでも手に入るしさ」
「良し、これでむぎの仕事が決まったわ
誰に頼らずとも暮らせると言うものよ
儂らが居なくなっても、波瑠を頼むぞ」
「なんだい、此処はそんなに危ないとこなのかい」
「むう、此処に限らず、織田の後地は、全て刈り取られるわ
儂は、何故か此処が気に入ってのう
仲間達と、仕事をしようと思うたのよ
これが最後と決めてな」
十造達が上田に来てから、十日後に、才蔵がやって来た
「よう十造、上田の城に来てくれぬか、大殿昌之様、若の信幸様その弟君、信繁様に会うて欲しいのだ」
「行くのは構わぬが、しかし、この格好しか持たぬぞ」
「構わぬわ、佐助なんぞ、この御三方を、友達扱いしておるのだからの」
「であろうな、佐助は、初対面の徳川家康にもそうしておったわ」
「恐ろしや、叩き斬られてしまえば、良かった物を
どうせ逃げて仕舞うのであろうけどな」
「彼奴の人たらしは、最早、忍の術よ、誰にも真似出来ぬわ」
「むう、そうかも知れぬ、兎に角儂と一緒に来てくれ」
十造は、城の中庭で、随分と気さくな城主達に会った
「十造、良く来てくれたのう、お主の働きは、才蔵から全て聞いておる
もしも、十造が敵方であれば、真田の忍全て差し向けても、敵わぬのであろうな」
「とんでも、御座いませぬ、最早佐助が一人前、才蔵、静海、佐助で儂らは詰みでございます」
「ふっ、それよ、良くぞ佐助の面倒を見てくれたのう
儂らの魂胆も、透けて見えていたであろうに」
十造は、気が付いた先程から、頭を垂れずに、対等に話をしていた
「はあ、佐助は天然の人たらし、敵う術を、持っては居りませぬ」
「おう、真にその通りよ、しかし、その佐助を手足の如く操る、そなたも、やはり、名うてのひとたらしよ」
才蔵が横から
「大殿、時が惜しゅう御座いますぞ、本題へ、、、」
型に拘らぬ、珍しい殿様である、忍を人として見ていた
「おお、そうよ儂の倅たちも、宜しく頼むぞ、歳から言うても、この二人の方が、付き合いは長くなろう程に」
「信幸様、信繁様、十造をお見知り置きを」
若殿様二人も気さくに頭を下げた
「さて十造、武田の旧領が草刈場と化した、先にお主達の活躍で、北条を追い払う事が出来た
此度、徳川と北条の間で、北信濃界隈の切り取りを話し合うたのだ
真田を無視して、勝手にしてくれおった
儂は、北条方でも、徳川方でも無いわ、徳川とは、縁切りしたでの
度重なる戦で、領民は疲弊しておる、新たな区割り等すると、又、更に年貢を課せられる、領民は生き地獄よ、真田の領地は、確かに狭い、だが、力に物を言わせてやって良い事と、悪い事がある、
そうは思わぬか十造」
なかなか、熱い物を持った領主である、二人の若殿もなかなか、良い面構えだ
「地理的には、北条、徳川を敵にしても、もう一国対抗出来る国が有りますな」
「む、策を読まれたか、徳川方に対抗するため、長年の仇敵、越後上杉と結んだ、そして、今正に徳川が儂らに、攻め込もうとしておる
状勢は極めて悪い、だがの、十造、領民が儂達の味方よ、それが有る限り、儂は諦めぬぞ
幸いに、余りにも小国故、完全になめられておる、つけ入る隙がそこに有るわ
大して給金も払えぬが、助けてはくれぬか」
殿様が忍に頭を下げた、もしこれも策の一つだとしても、子も見ている中で、あり得ない
「解り申した、で、私の役目は、、、」
「まずは、近辺の地理、地形を探り、利用出来そうなものを、見てくれぬか、戦の中心は、間違い無く、上田の城近辺、徳川方は大目に見て一万、当方はせいぜいが二千
儂らは、今少し鉄砲と、人をやり繰りするで」
十造と才蔵が城の外で、地形を見ていた
「才蔵あの二つの川に名前は有るのか」
「おう、上田の城側が千曲川、戸石の城側が神川よ、もう少し下手で混じり合うておる」
「ほう、成る程の、して火薬は、どれ程蓄えが有るのか
佐助の奴遅いのう」
「火薬は、鉄砲分を除くと、三樽位、足りぬかの、皆で手分けして集めるとするか」
「いや、無ければ作るまでよ、地形は大方覚えたわ、其よりも、至急に、硫黄と炭の粉、硝薬が欲しいのだ、戦まで一月は有るのだろう、間に合う筈よ」
「わかった、至急にな、儂は一旦手配に消えるが、静海が落ち合う手筈よ
おう、早速来よったわ、佐助も来たわい
十造、大殿がお主の策を聞きたいそうじゃ、佐助に案内させて、顔を出してくれぬか」
「解った、お主もせわしないのう、ご苦労な事よ」
「真田の存亡が、かかっておるで、何でもするわい、御免」
佐助の案内で、上田城内に入った十造は、大殿、真田昌幸に会った
「十造どうであった、地形は使えそうかの」
「はあ、この上田の城は、最初から籠城を考えて、作られましたな
寄せ手は、正面からの攻撃しか選べませぬな
一つだけ申し上げたき事が御座る、儂は殿様の戦略や調略で働く者、戦術だけを考えさせて頂きとう御座る
出過ぎた真似は、諸将の反発を招くだけかと、、、」
「おお、済まなんだ、これは、儂の考え不足、許せ、この通りじゃ」
『そりゃあ、評判も良い筈よ、この十造、最後の仕事は中々の人間達と知り合うた』
「それでは、十造
先ずは、この図面を見よ
お主の見立て通り、敵が攻めて来たならば、正面からの攻撃しか、出来ぬ様にしてあるのだ、ましてや此度の様に、圧倒的な、兵力差が有る場合は特に、寄せ手は、奇を衒った策は取らぬ、何しろ小手先の細工なんぞ、その数に任せて押しまくればよいからの」
「正しくそこが狙い目ですな
そこに、兵を集中させ、、、」
「そう言う事よ、儂に必要なのは、そこの仕掛けよ
しかも、勝負は一度きり」
「そうですな、兵力の差から言うても、相手には、集中してもらわねば、なりませぬな」
「そうじゃ、だが、、、」
「大殿、遅くなり申した、才蔵が入ります」
「おう、入る前に酒等たのむわ、肴もの、他に誰か居らぬか、中々の話しをしておる、勿体ないわ」
話しに、才蔵と信幸が加わった
「そうよ、上田の本城は良いのよ、儂の頭の中も、そこだけなら正に、勝ち戦、此処に 矛盾が生まれるのだ」
十造が後を続ける
「城が小さな分、相手の被害も少ない」
「正に、正しく、此方の人数の倍位は、被害を与えぬと、万の敵は負け戦と思わぬ
肝心な事は、この戦で、真田に手を出しても、損害ばかりが、かさんで、無駄である、和議でよろしかろうと、成るように持って行くのが最良ではないか
これは、あくまでも酒の席の戯れ言よ、十造はいかに、、、」
十造は、何故この、真田昌幸と言う人物が、この小国の領主なのか不思議であった
初めて、敵に回したれば、恐ろしい人物に、出会った様な気がする
恐らくは勝てぬであろう、家康や信長、今や飛ぶ鳥を落とす勢いの秀吉、其よりも、うまが合いそうだ
「最早、何を言うても、大殿の策以外に何を申せと」
「術よ、正に儂には、戦術が乏しい、そこを攻めれば勝てる、じゃが、どう攻めれば良いか、現場の動きが今一つ、才蔵を始めとする、真田衆は、儂の自慢よ、しかし、火薬
、爆薬の、大掛かりな仕掛けなどは、得意ではないのだ
お主は丁度、儂と才蔵の間におるのだ、才蔵に遠慮せずに話しをしてくれぬか」
才蔵が間に入る
「十造、これは、お主と儂が、上か下かで、気を使う場ではないのだ、頼むから、言いたい事を、はっきりと言うてくれい」
「では、大殿様先程の様に、此処に仕掛けを、あそこを破壊したいと、言うていただくのが一番、手っ取り早い事かと、其と今から策やら、仕掛けを、話し出すのは、未だ早う御座います
徳川の諜報網は、その規模、人が、例えるならば、真田衆を三倍集めた様なもの、決して、油断なきように」
「そうよの、味方だけがこの話しを聞く訳では無いわな
其にしても、真田衆の三倍では、勝ち目がないわ」
「ご安心を、徳川は今や、秀吉への策で頭がいっぱいな筈、家康殿も、出張って来たき所を、三河に釘付けでありましょう」
「中々の読みよ、その通りだと思う、では、地図に戻ろう、上田本城は、儂が入る、少し山手の、戸石城には信幸、上田本城と戸石城の間に信繁の遊軍、策は至って簡単なのだ、これにどうやって、罠を仕掛けるかよの」
「大殿、戦自体の調練は、始まっておるのでしょうか
良ければ、一度拝見させて頂とう存ずる、敵がどう追い詰められるのか、予想致します」
「成る程、十造は神川を使うと言うのだな
良かろう、信幸と話し合うてくれ」
「やはり、この十造、大殿とは戦をして勝てる気がしませぬな
策が全て読まれてしまいます」
真田の存亡をかけた戦が、始まろうとしていた
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