薬の十造

雨田ゴム長

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一石二鳥以上

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上田の城では、大殿真田昌幸を中心に策が練られていた

昌幸が才蔵に問うた

「才蔵、民心はどうだ、かなり動揺して居るのではないか」

「いいえ、今のところ、城下は落ち着いております、徳川方の草や忍は、押さえ込んで居るかと、もしくは、十造が言う通り、手が回らないのかも」

「ふむ、才蔵、市中、村中を問わず主だった者達に、伝えるのだ
真田の治世は、どんなに飢饉が有ろうとも、良くて八公二民、払えぬ家は、若い女は未婚、既婚を問わず辱しめを受けて、身売りされ、逆らう者は、奴婢におとしめられ、僅かな米と交換しておるとな
実際には、心配な者は城へ匿うと、触れてくれい」

「は、お任せを、殿様、農民兵の申し入れが、随分有ると聞き及びましたが」

「有りがたき事よ、おそらくは、十造の工作に働いてくれよう、信幸、各隊に伝えよ、農民兵はあくまでも工作のみ、戦闘に使うてはならぬとな」

「は、しかと」

「さて、十造我らの佐助殿は何をするのだ」

昌幸が、楽しそうに聞いてくる

『あの人たらしめが、男も女も、皆あやつが好きになるわい』

「は、工作が上手く行きましたなら、三河へ向かわせようかと、考えまして」

「ほう、其は何故」

「あやつは、家康殿のお気に入り、きっと良き知らせが有りましょう
但し、戦に勝ってからの話」

「ふむ、中々面白そうな考えが、ありそうだの
頑張って何とか、そこまでもって行かねばの」

夜も更けた頃、話は終わりになった
次の日から、真田の者は、皆忙しく働き出した

十造と佐助は、戸石城の物見から、神川と千曲川の交わりを見ている

「十造、川を塞き止める場所を探しているのかい」

「おう、何処にするかのう、上流は決まったが、、、」

「ええ、下流もあるのかい、二ヶ所に」

「おう、一気に千曲川に流すのは、いたましいのだ
佐助、人はな、膝から下を泥に浸かると、最早身動きがとれぬ、此度は農民兵が居るゆえ、儂らは、殆んどが土木作業になる」

静海が、いかにも農家と言う、風体の人物三人を連れて来た

「十造、近隣三ケ郷の、総代が来てくれた、作業をしてくれるとよ、有りがたき事よ」

「忝ない、十造と申す、宜しく頼み申す
早速来て欲しい」

十造は、総代達と神川の畔へやって来た

「この神川を塞き止め、水を溜め込み一気に流す、そうして、千曲川の手前に今少し、壊れやすい、関を作って、辺りを、田んぼの様なものにしたいのだ、あの橋から下手は、葦の原っぱであるから良いのだが、上手の砥石城側を耕して、田んぼの倍位は、深さが欲しいのだ」

「儂らは、そんなことばかりやってますもんで、出来ましょう、巾は二間位で宜しいので」

「それで頼む、総代衆よこれは、あくまでも、極秘の作業で頼みたいのだが
其と、川向こうの、原っぱに、牛、馬、山羊、羊、草を食う生き物なら、何でも放してくれぬか、見通しを良くしたいのだ」

「へえ、お任せを、真田様のためならば」

静海と佐助が感激している

「静海、後を頼む、佐助、上田の城へ向かうぞ」

十造と佐助は、城の二の丸前に立って居た

「ふーん、なるほどのう、佐助、大殿は城におるかな」

「呼んで来ればいいの、解ったよ」

佐助が、まるで親しい友達を、呼びに行くかのように、すたすたと城へ入って行った

「おう、十造、どうした、なんぞ悩み事かな」

『成る程、そう言う家風なのだろう、嫌いではないがの』

「大殿、鉄砲はどれ程、有りましょう、信幸様の分は、いかほど」

「かき集めて、五十がやっとよ、信幸の分は、その方達との話で、決めようと思うとったわ、どう思う」

「そうですな、二の丸は思いの他、堅固な作り、私が爆薬その他を、運び入れますゆえ、信幸様に、二十程あれば、助かります
恐らく、戦は信幸様の、出来次第で、決まりましょう」

「そうか、では、半々にしようではないか、それでどうか」

「二の丸と、信幸様の隊には、戦のはじまりに、些か違いが生じましょう
間に合うのであれば、上田本城からの応援が、確実な物であれば、初めからの待ちは、勿体ないかと、思われます」

「そうであったの、わかった、十造の言う通りで行こう」

「大殿、最早二の丸の防備は、あなた様が居れば万全、私は、この先信幸様の方へと、肩入れ致しますが、宜しゅう御座いますかな」

「うむ、爆薬の扱い方を教える者は、居るのか」

「佐助を寄越しまする」

「ほう、其は楽しみな、威張られそうじゃ、はっははっは」

「佐助、この石垣に、爆薬を仕掛ける、火炎弾もな、後で図面を渡すで、お前が、仕掛けるのだ」

「はいよ、火薬の手配は、もういいのかい」

「才蔵が何とか、間に合わせたわい
後の細かな材料は、佐助が手配せい」

「大殿、残りの日数は、どれ位有りましょうや」

「うん、残り十日と見ておる
其では足りぬのか」

「いいえ、農民達の協力で、全てが捗っております、怖い位に」

「そうか、後は儂らの本業、戦働き次第となったの
一度、皆で総練をせねばならぬな」

「そうですな、攻めよりかは、退きの機会、機微が、重要ですな
ただ、ここまで来れば、敵の忍も見て居りましょう」

「うむ、十造其も含めて、真田の戦いをお主に、見せてやろう、十造ならば、儂の描いた絵が見える筈」

それから二日後、真田領五ケ郷の領民が各々手に、竹槍、農機具を持って集まり、城を正面に、戦装束の城兵達と対峙していた
十造を助けて、作業を請け負うてくれた、総代達の顔もあった
それらを遠巻きにして、野次馬も出ていた
農民約四百、城兵の方は、約百五十
見ていた、十造の耳に、鬨の声が聞こえ、農民達が一斉に城目掛けて、走り出すのが見えた

城兵達は、二倍以上の戦力差も物ともせずに、農民達を圧していたのだが、次第にじりじりと、後退し始め、終いには囲みを破られ、勢いの増した農民達は、城の二の丸を目指すものと、隊列を崩された城兵達を、上田本城と、砥石城の間へと追いやる、二手に別れて尚も突き進む

二の丸が空いて、其方に攻めこんだ農民は、全て城内へ消えた、もう一方の農民達も、城兵を追って、谷の奥へと、消えて行ったのである

野次馬達は、もう見る物が無くなり、誰も残っては居なかった

「佐助、これがどう言うことか解るか、言うてみよ」

「百姓一揆に見せかけた、調練だろう、昌幸様なら、さもありなん
それを、徳川方の間者に見せ付けて、真田衆や領民が広めた、真田の圧政を証拠付ける
自陣へ戻った間者は、これこれ、こうでしたと報告して
徳川の評議は、所詮真田は、とるに足らない小国よ、一捻りにしてくれよう、あわよくば、越後も見えて来ようと言うもの、違うかな」

「その通りよ、つくづくあの御方が、味方で良かったわい」

十造は、佐助の成長を実感し、それが嬉しかった、人が立てた策の意図を、語れる様になった

「お前の方は、爆薬の用意は整うたのか」

「うん、むぎのお陰で、波瑠を構わなくて良いから、楓姉ちゃんの仕事が、直ぐに終わったよ
後は、仕掛けするだけだよ」

徳川方大将、鳥居元忠と諸将が、集まっていた

「鳥居様、上田から、戻りましたる間者からの、報によりますると、上田城近辺において、百姓一揆が生じ、城兵がこれらに追われ、一揆の一部は、城内へ達したとの事
先の真田領民に関する、報せの通りかと」

「むう、大久保殿はいかに」

「さよう、兵力にも格段の差が有り、国自体も乱れおる、家康様の危惧も、解りまするが、このまま押して行き、降参か殲滅の、二通りかと存じます」

「皆の意見はどうか、なければ、儂らはこのまま、真田領内に進み、一気呵成に攻め立てる、良いな、徳川に弓を引く者が、どうなるのか知らしめる戦となろう、心してかかられよ」

徳川方七千は、真田領内に迫っていた
進軍は、何の抵抗もなく、順調であった
領民達は、口々に真田の圧政に文句を言うていた
徳川方の感心は、早くも戦後処理の方へと移って居た

才蔵が、昌幸に報告しに来ていた

「大殿、敵は北国街道を進み、明日には上田の何処かへと、陣を張りましょう」

「おう、報せは正確に、領民から入っておる、有りがたき事よ」

「十造からは、上田城二の丸石垣に、爆薬を仕掛ける作業に入る、何人も立ち入るべからず、と、言うて来ました」

「解った、才蔵手の空いて居る真田衆を集めよ、間も無く最後の軍議を開く」

真田の主だった武将と、真田の忍達が、昌幸の最後の指示を聞いている

「これまで、力を貸してくれた領民の為にも、ここは何としても、勝たねばならぬ
城下の仕掛けも、抜かりなく終わった
全ては手筈通り、今夜は、緩利とするが良い
決戦は明日になる」

「才蔵は残れ、信幸、信繁もな、じきに、十造と佐助が来よう」

二人が顔を出した

「大殿、全ての仕掛けが終わりましてござる」

「ご苦労であったの、もう明日に備えて、休んでくれい
明日は頼むぞ」

「は、明日は、信幸様信繁様の、活躍次第、儂は水門を、開けるのみでありまする、しからば、御免被りまする」

翌朝上田城内は、静まりかえっていた、其は戸石城も、同じだったのではあるが

十造は水門に張りついて、開ける時を待っていた

真田衆の一人が報せに来た

「徳川方七千、当方千二百で御座る
敵は、進軍中であり、じきに十造殿が草を消させた、原っぱに参りましょう
迎え撃つ我等の敗走部隊は三百配置に付きました、信幸様信繁様同じく配置に、落ち着いておられます」

十造の位置からは、戦況を直接知る事が出来ない、繋ぎが必要だった、役目は地味だが、機を逃すと台無しになる

其でも、大部隊の音が近づきつつあるのは解る

いきなり地響きが起きて近付き、鬨の声が聞こえ出した、声や音がどんどん近づいて来る
すると、上田の城側からも、迎え撃つ声と駆け出す地響きが聞こえた

戦の音が響き渡り、合戦しているのが解る

「十造殿、真田隊が逃げております、大して被害は有りませぬ、予定通り」

佐助は、上田城の二ノ丸の屋根に、静海と一緒に居た
報せが駆け付けて来た

「敵の先鋒、約千から八百、予定通りに運んでおりまする」

「静海、おいらの、火炎弾の後に、手投げ弾だよ、先ず相手を、怯ませてからだよ」

「おう、任せておけ、抜かりはないわ」

わらわらと、屋根越しにも、長槍の穂先が見えて来る、真田の先陣を蹴散らした勢いそのままに、続々と徳川の兵が集まり出した
突然二の丸正面から、徳川の兵に向かって、火炎が吹き出した、人が犇めき合って身動きが取れない、「ギャー」と言う叫び声が、聞こえたかと思った瞬間に、ズズーンと腹に響く音がした、黒煙が晴れると、そこは、地獄絵図であった
手足の無い者、顔が無い者は即死だから未だ良い、生きて腸が出た者、爆破された味方の骨が、突き刺さって居る者等、動くと言うよりかは、蠢いていた

だが数に勝る徳川隊は、まだ続々と攻め込んで来る、二の丸正面からは、鉄砲で激しく撃ちかけられ、横合いからは、静海と佐助が手投げ弾で攻撃してきた

この惨劇の報せを受けて、徳川の指揮隊は、一旦引き揚げを下知した、その時近隣の山や森中に、六文銭の旗指物が掲げられ、一斉に鬨の声がしてきた
農民兵の偽装部隊である、だがそこは歴戦の徳川隊、これ迄の経験と、三河武士の意地で、何とか踏み留まろうと試みた

すると、前線から思わぬ報せが入る、戸石城からと、伏兵、そして上田城内から兵が押して来ると言う、その数六百

「馬鹿たれ、此方は、三千ぞしっかりせい、押し返せ」

真田の長男、信幸は、若いが、冷静に事を運んだ、

『七、三で真田が優利、此のまま、神川まで押せば、我等の勝ちよ、後は十造に任せれば良いわ
其までは、者共儂に付いて来い
たとえこの儂が、死しても、信繁が居るわい』

「かかれーィ、押し込めー、神川まで押せー押し込めー」

どのみち、真田はこの一戦が、全てのつもり、兵の勢いが違った
何よりも、負けたら全てを失う、家族も土地も、武士から農民まで、勿論、踏ん張った

十造の元に、佐助が来た

「上手く行ってるよ、信幸様が兎に角凄いよ、皆の先頭に立ってるよ」

「解ったから肝心な事を言わぬか
今どの辺りか、早う」

佐助が素早く木に登る

「敵の先頭が目印に今、良いよ、今だよ、十造」

十造は、文字通り関を切った
最初チョロチョロと湧いた水が、爆音と共に下流へと流れて行く
十造と佐助は、その後を追って走り出した

佐助が先行して行く

「どおじゃ、佐助、信幸様は深追いしては居ないだろうな」

「大丈夫、流石は信幸様、目印の丁度で止まったよ
今、飛び道具を仕掛けているよ」

十造は、自分の仕事を確認して、安心していた

鉄砲水が、引き揚げる徳川隊を、呑み来んだ
水は退いたが、大きな水溜まりが、出来あがって、そこに将兵達が立ち入ると、嵌まって身動きが取れなくなるのだ
そこは、農民兵達が耕して、田んぼの倍の深さで、抜かる様耕した場所であった
一度嵌まると、もう抜けはせぬ
徳川の兵達は、弓や鉄砲の的になっていた
からくも生き残り、城下を逃げる兵達も、至る所に柵を作られて、ここでも伏兵の餌食となった

徳川方本陣の大将、鳥居元忠は、混乱していた

『はて、何処でどう間違うたら、こうなるのか
真田方の策の見事なことよ、敵ながら天晴れ、しかして、此のままでは、家康様に合わす顔が無いわ』

伝令が来た

「申し上げます、我が方の損害、千と三百、怪我多数相手がた約四十にございまする」

「さてさて、御一同此度の戦、相手方の兵全部よりも、我が方の死者が多いとは、如何なものか」

今さら嘆いてもしょうがない、何しろ武田信玄に、散々な目に合わされて居るので、打たれ強いのだ

「ここより南西の、丸子城を奪い、橋頭堡にしては、如何なものでしょう」

「成る程、兵は後五千、其も手かと思われまする」

同じ頃、上田城では

「才蔵は、居るか、才蔵これへ」

「は、大殿何か」

「徳川方の監視は、万全にな、何しろ此方は、後始末だけでも、おおわらわよ」

「は、監視は弛めては居りませぬ、じきに報告が有りましょうぞ」

「十造達は如何しておる、佐助も見当たらぬが」

「は、新たな武器を取りに一度、本人の屋敷へ戻りました」

「おうそうか、来たら此へ」

「此度は、信幸様、信繁様大層な活躍でしたな」

「何の、皆の協力の賜物よ、良くやって貰うた」

「大殿、お呼びでしょうか、佐助もこれへ」

「おう、十造苦労を掛けた、佐助もな、静海が、大人になったと誉めておったわ」

「あはは、殿様、用事って何なの」

才蔵が佐助の頭をひっぱたいた

「調子に乗りおってからに、もう一辺行くぞ、こら」

「わははは、まあ良いわ、才蔵その辺で
十造、お主の考えを聞こうと思うての、この後、大人しく引き揚げてくれようか」

「いえ、奴らにすれば、千三百取られて、手ぶらでは、此から、他国に舐められましょう、未だ残り五千、博打の元手ならば、十分でありましょう
ただ予想外は、此方も同じ、死した者達には、申し訳ないが、その数四十は、重畳の出来と、言えますまいか」

「知っておるか、十造、神川に関わった相手方の死人が、一番多かったわい
お主の言う通り、此方の兵千三百が、丸々残ってくれたは良いが、此にて、各在所に帰した、残り六百が精々よ、しかも一兵も失いたくはないのだ、此に付いてどう思うか」

「は、ここからが、真田衆の活躍場所で御座いましょう
矢沢様の城か丸子様の城が狙われましょうな、引き際を考えれば丸子城の方が危ういかと、、、」

「ふむ、勝ち目は未だ儂らに有るのか、そう申すか、お主」

「正しく、殿の知恵と、真田の忍があたれば、どうにかなりましょう、第一領民此皆、真田の衆では有りませぬか
この先は特に、多人数を屠るのではなく、厭戦気分を高めてやれば、勝てましょう、それこそ今に、真田の名前が一人歩きしましょうぞ」

「才蔵の考えはいかに」

「は、寡兵の真田のとれる道は、それが最良と思えまする
いや、それしか無いのかと、、、」

真田の当主である、真田昌幸が、表情を消して、話し出した

「聞いて欲しい、真田昌幸の次は、信幸、そして、配下に信繁、信繁の直属に真田の忍衆、十造はこれらの指南役、佐助は十造の配下、但し、必要とあれば、真田を優先する
何か有ろうか」

「はは、仰せの通りに」

佐助がすかさず

「なんだよ、皆畏まっちゃってさ、可笑しいよ」

流石の昌幸も、カチンと来た

「許す、誰か此奴を討ちとれい」

「殿、最早其奴を討ち取れるのは、十造の妻のみに御座います」

「ならば十造の妻を十造の上か、信幸の直属にせよ」

大殿が、佐助の頭を思い切り、ひっぱたいた

続々と徳川方の報せが入って来る
やはり、敵は丸子の城を囲んでいた

早速、信繁の命により、真田衆が集まった

「挨拶など、どうでも良い
丸子城を何とかせねばの」

十造が話し出す

「明日から、佐助と共に仕掛けに行きまする」

「ふむ、越後勢も、実積を作ろうと、仕掛け処を、探しておるわ
才蔵、政の部分は、十造よりも、土地勘もある、お主が関われ、十造は、現場の大事から、細かな事までを頼む、佐助は十造と組む傍ら、全ての繋ぎをな、他の者は、この信繁、才蔵、十造の下知に従え、静海は皆を取りまとめよ、人の遣り繰りもの、全ての知り得た報せを儂にくれい、そして何よりも、役目の責は、すべからく儂に有る、大きな仕事を終えたならば、皆で酒でも飲もうではないか、そうして又仕事に戻る、良いな」

『成る程、やはり、敵にしてはならぬ家計であったか、それにしても、昌幸様の目利きの凄さよ』

「才蔵、越後と北条の国境を探って欲しい、おそらく此方の隙を探って居ろう」

「は、然るべく」

「十造、佐助、儂も連れて行け、邪魔はせぬ、居るだけで邪魔なのも分かるが、徳川の布陣を、この目で見たいのだ」

「はは、明日、日の出前に、参ります」

十造と佐助は、楓達の元へと帰って行った
最近、楓、むぎ、波瑠の三人は、字を練習していた、むぎは、読み書きが出来ず、波瑠と一緒に楓から、字を習っていた、楓と波瑠は、喋り方を、むぎから習っていた

「とーさま、佐助殿お帰りなさいませ」

可愛い声で、行き帰りに寄って来る

男二人は、これだけで、でれでれとなり、扱い易く成る
むぎが一緒になってから、何故か波瑠の成長が、早くなった気がする
お陰で賑やかに過ごせる様になった

真田信繁、十造、佐助の三人は、丸子城を囲む、徳川の布陣を見に来ていた

「信繁様は、道具を何も持たないね、武士が、腰に刀が無けりゃ寂しくないの」

「この状況で、刀を持って居る奴は、徳川にとっては敵であろう、十造と佐助が居るのに、儂を助けられなければ、かなりの強敵よ、諦めるわ」

「ふーん、変わってるね、忍の頭らしいね」

「はっはは、十造儂は、佐助に誉められておる」

「佐助、準備せい、あそこの小高い辺りが良いだろう
風も陣地に向かって居る」

「はいよ、何時でも出来るよ」

佐助は、大きな、ふいご、を背に負っていた

「信繁様、今から決して、風下には行かれませぬように
そして、この手拭いで、口を覆って下され」

十造が信繁に、手拭いを渡しながら注意した

「おう、十造の手口を儂に、見せるとな、儂は姿を消さなくとも良いのか」

「何の、大した事はせぬゆえ、構いませぬ、但し絶対に、吸い込んだり、触れてはなりませぬぞ」

「解った、折角じゃ、儂はもう少し、高い方へ行き、見張りをしておるわ」

「忝のう御座る、佐助、良い風が吹いて来たぞ」

二人は徳川の布陣が見渡せる、風上に、ふいご、を置きその先を竹筒で伸ばして、風を送り出した
竹筒の中には、バイケイソウ、ハシリドコロ、月夜茸などの汁を煮詰め、粉にした物が詰められていた
無味無臭のそれらは、風に乗り徳川方の陣地へと流れて行った
それらは、十造が戦の時に、食料や水へ、直に放り込む訳ではないので、二日、三日後に効き始める
下痢、嘔吐、目眩いが当分続き、当然食欲も無くなり、体力、注意力、戦意が低下する
そして、敵の攻撃とは、気付かれ無いで、何人居ようが攻める事が出来るのだ

十造と佐助が信繁と合流した

「十造、お主が味方で安心したわ
敵におったら、真っ先に、真田衆皆で、消しに掛かっていたわ」

佐助が真面目な顔で

「でも、信繁様、それでは、真田の被害も大変そうな」

「佐助の言う通りだのう、未だ、聞きしに勝る、楓も居るだろうに
それはさておき、十造、攻撃は未だ続くのか」

「は、奴等が退くまでは間断無く、何かしらの、攻めを
おそらく、十日もあれば、終わるのかと、、、しかしながら、城内には、此方の動きが伝わらなくて、絶望されては元も子も有りませぬな」

「うむ、そちらは、才蔵の下知で、別の組が働いておるところよ
城内の士気も、今だ衰えず、これは、先の上田での勝ち戦が、物を言うておるな」

「では、尚の事その勝を、無駄にしたくは有りませぬな」

「そうなのだ、徳川と言う大雨が降って、真田の地盤が固まる、正に今がその時よ
この丸子の城を守り切れば、そう成ろう」

「信繁様、儂ら今日の仕事は、終いと成り申した
後はいかに」

「さようか、引き揚げようではないか、十造、佐助組は、休ませたいのだが、明日も、ここに仕掛けを致すのか」

「いえ、明日は別の仕掛けの為に、山に入りますな
今日の仕事の成否は、明後日に判りましょう
そろそろ城へ、戻らねば」

城に戻ると、才蔵に出迎えられた

「信繁様如何でしたかな、十造達もご苦労
信繁様大殿がお呼びです
十造と佐助には儂から話しが有るのだ」

「才蔵、どうしたのだ、話とは、火急の用なのか」

「うむ、どうやら密書の様だ、本来であれば、十造組に、と、なるのだが、丸子城が有るでのう、おそらく佐助になろう」

「わかった、其では、静海を呼んではくれぬか
頼みたき事が有る」

佐助は大殿に呼ばれ、十造は静海と明日以降の打ち合わせを始めた

佐助は未だ皆が、寝静まって居る時分に、真田昌幸から羽柴秀吉に宛てた書状を、届ける為に、上田を出て行った

十造は、朝早くから上田の城に入って、静海と話し合っていた

「全ての物を手配済みよ、だがの、皆こんなので、本当に勝てるのかと言うてのう、総代達が、神川の洪水策の御方、と、知らせてな、又、きっと勝つわい、だとよ」

「其は困ったのう、静海の発案にしてくれぬか」

「馬鹿な、わはははは、佐助の策にせい、丁度居らぬではないか」

「良かろう、で、いつ頃、届くのであろうかな」

「おう、何しろ生物であるからして、天気次第もあるが、早ければ、昼過ぎ、夕刻迄には、必ずとな」

才蔵が声を掛けて来た

「二人ここに居ったか、越後勢が今夜、丸子城を囲む、徳川勢に夜襲を、仕掛けるそうだ、ま、二百位で仕掛けるのだが」

「おー、才蔵其は良い知らせよ、丁度静海とな、、、、」

十造は、昨日と同じく、丸子城を囲む徳川勢の陣地を見ていた、違うのは、麻袋や、カマスが数十有るのと、仕事を手伝う、真田の衆が三人居る事だ

皆は、越後勢が、十造達の居る反対側から、徳川の居る陣地へ、攻撃を仕掛けるのを待っていた

「良いか、麻袋を開ける時には、慎重にな」

皆黙って頷いた、闇に隠れる茶色い衣装に身を包み、頬かむりをしている

夜の闇に銃声と共に赤い炎が走る、火矢も放たれている、雄叫びと、怒号、悲鳴も混じり合い混乱している、越後勢の奇襲である

「良し、掛かるのだ、行け、慎重にの」

皆袋やカマスを持てるだけ持って、徳川の陣地を目指して、駆け出して行く

徳川の兵は皆、夜襲をかけた者達への対応に追われて、十造達の動きに、気が付かない
真田衆は、袋の紐をほどき、中身をなるべく広い範囲に振り撒いて行く

カマスの中身は、がま蛙や赤蛙が入っていた、それらは、撒かれた途端に、叢へと逃げてしまった
麻袋の方は、十造に言われ無くとも、皆慎重に扱っていた
これはしかし、団子状に固まって居たので、そのまま袋の底の耳を摘まんで、外に出した
ボタッと重みがある塊であった
そいつらも生きており、地上に出された途端に、叢へと忍び込んで行った
蝮(まむし)であった、おどろおどろした塊から、一匹また一匹と蛙を追って、
姿を消して行く

夜襲をかけた、越後勢は人数の割には奮戦しており、十造達の仕事に大いに、助けとなった

皆が最初の場所へと引き返した時に、越後の部隊が、引き上げ始めていた
徳川方の損害は、さほどでも無い、だが、明日からの損害は、計り知れぬ物となろう

上田の城に居る才蔵の元には、丸子城を囲む徳川方の、物見からの報せが入って来た

「さて、今朝方より、敵陣内は、にわかにざわめき、何やら混乱している様子にて
詳しく見て、おりましたるところ、兵の四分の一位が、重い下痢と腹痛に、見舞われておるとの事
また、其方此方に叫び声が聞こえ、此方は、蝮が徘徊し咬まれて被害が広まって居る様子
十造様の策は大当たりに御座います」

「むう、ご苦労であった、引き続見張りを頼む
十造は未だ、来ては居らぬのか」

その頃、十造は波瑠とてを繋いで、散歩から帰って来た
楓とむぎが出迎えてくれた

「おかえりー、波瑠とーさま、と一緒で楽しかったかい、さあ、朝飯を食べな」

「うん、むぎ様とかーさまに、お花を摘んできたの、此だよ、はい
猿とか猪初めて見たよ」

「へーありがとう、綺麗だねー、波瑠ほどではないけどねー」

「その花は、甘草よ、薬になる」

「ふん、どうせ、散歩はついで、策でも練ってたんじゃ無いのかい
やだやだ、こんなんじゃ、二人目は未だ見られ無いね
こんな、綺麗な嫁が居るのに、全く」

むぎが、楓を指差して言い放つ
あわてて、十造が止める

「止さぬか、波瑠が、ちゃんと聞いておる」

「聞こえる様に言ったのさ、こんな男を選ばぬようにね」

「波瑠は、夫婦にはならないよ」

「え、何で波瑠、こんな可愛いらしい子が、むぎに、訳を聞かせて」

「波瑠は、かーさまの耳になって、口になるの、だから夫婦にはならないの」

むぎが、黙って波瑠を抱き締めた、声が出せなかったのだ
十造も同じく、涙を誤魔化す為に、井戸へと向かった

佐助は、見事なまでに、焼け落ちた越前北ノ庄城を見ていた

『さてと、この後は、、、どうしようか、尾張、大阪、京この辺りだよな、きっと、ああ、岐阜もあったな』

迷いながら、南下し北浜辺りで、大部隊が駐屯していた、旗印は、丸に卍紋、蜂須賀の部隊である

佐助は、荷駄隊の下っ端の一人に話し掛ける
佐助自身は薬売りの格好をしていた

「お尋ね申します、蜂須賀様の部隊とお見受けします、久利孫兵衛様に、お会いしたく」

「おう、久利様であれば、この陣のもっと先へ行くが良い」

佐助は陣内を、進みながら、大体の見当を付けて

「お尋ね申します、久利様の部隊を探しております」

平服姿の、武士が

「いかにも、ここがそうだが、その方は、、、」

「は、手前は、孫兵衛様に御贔屓頂いております、十造の手代佐助と申します、是非ともお取り次ぎを願いまする」

「佐助とやら、暫し待つが良い」

武士は、悠然と姿を消した、少しすると、孫兵衛が急ぎ駆けつけた

「おう、十造殿の手代とは、と、思うたが、そなたであったか、皆達者であるのか、急な用件であるのかな」

「は、皆大過無く、久利様実は、、、」

「わかった、陣幕の裏へ行こうではないか」

流石に、十造と何度か仕事をしただけあって、呑み込みが早かった、佐助の仕事は、極秘と読んだのである

「さあ、ここならば良かろう」

「真田昌幸様から、秀吉様宛てに、直の書状を、持って参りました、極内密に、御取り計らいを」

「良かろう、急ぎ上申書を認める、飯は未だであろう、暫し休まれよ
誰かある、この御方は、公人である、もてなしをせぬか」

佐助が飯やら、茶やらを、ゆったりと楽しんでいると、孫兵衛がやって来た

「待たせたの、早馬で報せを走らせた
この後は、蜂須賀本隊、恐らく長浜に居られる、秀吉様に会う事が出来よう」

「ありがとう御座います、久利様今一つお聞きします
柴田勝家様の御家族は、如何、為さりましたか」

「おう、そう言えば、あの小谷城からそなた達が助け出した方々よな
お市様は、柴田勝家様と共に御自害、三人の姫様は、落城前に外に出されて、御無事であった
今は、安土城におわす筈よ
儂の存じおるのは、そこまで」

佐助は、表情を変えずに

「何から何まで、御世話になりました、其では、御武運を」

「うむ、十造殿、そなた達も達者での」

『そうか、安土城か、お市様がね、、、そうか』

久利孫兵衛のお陰で後は、トントン拍子に話しが進み、蜂須賀本隊の、紹介状をもらい、佐助は長浜城に向かった

長浜の城に着いた佐助は、少しばかり飽きてきた、どんなに重要か知らないが、どうせまた、待たされるのに決まっておる
城の門番に紹介状を見せると、すんなりと、城内へ入る事が出来た
早く済ませて、そして、やりたい事があった

『そうか、本人に手渡せば良いよね
そうしよう』

佐助はすたすたと歩いて本城に着いた

『どうせ、天守に居るよな』

佐助は、荷物を背負ったままで、天守を目指した





















































































































































































































































   
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