薬の十造

雨田ゴム長

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敵の敵は誰

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本丸の中は、番兵を除いて皆平服であった
佐助は知っていた、一度厳しい囲みを抜けると、そこに入り込んだ後は、案外と楽なのだ
所謂、お墨付きを頂いた者ばかりなのだから
草鞋を脱いで、廊下を歩いて、上階へと登る
結構な人が行き来をしている、其も武士ばかりが、居る訳でもなく、商人や茶人も居る、佐助は誰にも、呼び止められなかった
仮に、咎められても、蜂須賀の紹介状を見せれば良いのだ

長浜の城主は、山内一豊である、恐らく秀吉は、休息か何かで立ち寄ったとすると

『俺なら、どこかの部屋で寝てるか、横になる、、、ふーん、はて、、、』

丁度正面から、警護の槍持ちが来た

「お尋ね申します、今日始めて、登城致しました、立ち入ってはならぬ場所を、お教え願います」

「む、二階までは、咎め無し、其と中庭、それと離れの方は何人も禁止である、薬屋ならば其で用件は足りよう」

「は、ありがとう存じます」

『離れね、成る程』

生け垣に囲まれ、入り口に、二名の平服の武士が、のんびりと佇んでいるだけである
(ガサッ)二名の武士は、物音に気が付いて、其方に歩き出した
佐助は、易々と建物に入り込んだ
天井に、忍び込もうとしたのだが、良く見ると細い糸が張られている、触れると、鳴子か鈴が鳴るのだろう
仕方なく、近くの戸に耳をあて、人気が無いと見て取ると、素早く入り込んだ
十畳位の部屋に、酒器や食事の用意があった、手は付いていた
襖の奥から、人のくぐもった声が、聞こえて来た

佐助は、耳を近付け中の様子を伺った

『あ~あ、やってやがる、しょうが無いや、待つとするか、偉いさんは、何食ってるのかな、どれ頂こうではないか』

取り敢えず、襖の端を開けて中の様子を見ると、若い女が布団の上で、着物の裾を捲られて、四つん這いになっていた、尻を高くさせられて、布団に付いた顔は泣いていた
赤黒く日焼けした、小男が女の尻の間に顔を埋めていたが、自分の位置を変えて、女に体を繋いだ
その小男の顔は、結構な歳の様だが、女の胸を揉んだりしながら、激しく腰を振っていた

佐助は、思わず声をあげて、笑いそうになった

『まるで、道端の犬の様な、まぐわいではないか』

そっと襖を閉めて、取り敢えず、秀吉の為にあった料理を、楽しんで待つ事にした

『しかし、どれも此も、米以外は、楓姉ちゃんや、むぎが作る方が旨いな
其にしても遅いね、未だ、やってんのかね』

また、覗いてみると、秀吉は、うつ伏せになって、泣いている女の着物のすそで自分の股間を拭い、空いた手で、女の尻を撫でていた

「ふふふふふ、お前が泣こうが、喚こうが人質に差し出されたお前なぞ、誰も助けには来ぬわ」
そう言いながら、着物を直して、襖を、開け放ち、佐助の居る部屋へと、出て来た
居る筈の無いところに、人が居たのだ、驚かぬ訳もなく

「なんじゃー、おみゃー」

秀吉の、声を聞いて、おんなが「ヒッ」と布団をかぶって、身を隠した

「は、上田の城主、真田昌幸が家来、佐助と申します、羽柴秀吉様に、直接お渡しするようにと、ここに、書状をお持ち致しました」

秀吉も、ただ者では無かった、直ぐに平静を取り戻した

「上田の真田とな、確か、四日前位に徳川と戦しておったの、違うたか」

佐助から書状を、受け取りながら、さりげなく、自分の情報網を誇示してくる
佐助は、秀吉が、書状を読み終えるのを待った

「佐助、わかった、返事は諸将と謀ってからにする
苦しゅうない、お前もどうだ、嫌がられる程に、燃えてくるぞ、泣かれる程に、細かな動きがたまらぬわ」

「えーおいらは、いいかな、止めときます
行くとこが、未だ有るし」

「ほう、何処に行くのだ、まあ、教えられる訳も無いか」

「家康様のとこだよ、それが、どうかしたの」

「わはははは、佐助お前は、愉快な奴よ、その名を出して、儂が素直に、お前を帰すと思うてか」

佐助は、落ち着いた声で、静かに語る

「うん、そうなったら、秀吉様に、人質になって貰うから、別に良いよ」

秀吉は、この若い忍が気にいった
恐らく秀吉なんぞ、何時でも消せると思うているし、事実こうして対峙しても、此奴は、普段通りなのであろう
しかも、此から家康に会いに行くと、事も無げに言ってしまう
多分、それは殺しの命令が無かっただけで、秀吉や家康を消す事など、佐助にとっては、訳もない事なのだ、当然その後姿を消すことも、簡単なのであろう
早い話が、仮に天下を取っても、佐助に狙われたら、それどころでは無いのだ

「のう、佐助お前、儂の処へ来ぬか、金でも何でも、不自由はさせぬぞ」

「おいら、今の親方と真田様が良いから嫌だね
其に、そこの家の飯が旨いし、金もあまり使わぬしさ、
第一、金があっても、決着付がつかぬ事は、結構あるじゃない」

正しく、今この場面が、その通りと言えよう

「ほう、親方が好きなのじゃな」

「ああ、皆、良くしてくれるよ、でもさ、今日の書状によっては、そうなると思うけどね」

「では、儂は佐助に殺されなくとも、済むのだな」

「うん、あ、そうだ、お市様の娘たちは、まだ生きてるよね、酷い事になったら解らないよ
折角助け出したのにさ、何でこんな事に成るかな」

其で命が助かるなら、安いもの

「おう、約束ぞ佐助、それさえ為せば儂の命は、続くのか」

「うん、酷い目に会わせなけりゃね」

「おう、必ずや三人共に、幸せにするわい」

「それじゃ、おいら帰るから」

「待たぬか、関門を抜けるのに、儂の書状があると良いであろう持って行け」

「いらないよ、出る方が簡単だし」

佐助は簡単に、長浜の城を抜けた
相変わらず、多くの人が、出入りをしていた
子供相手の飴売りや、瓜売りなど行商人も、多くの出入りがあった
佐助が門を抜けると、その姿が急に、見えなくなってしまった
佐助と同じ薬売りだろうか、一人の小綺麗な格好をした、背中に荷を負った男が、辺りを伺っていた
男が前に、歩もうとすると、首筋に何かヒヤリとするものを感じた、その途端

「動くな、あんたには、おいらを付け回すなんて無理だね、今度見つけたら、面倒臭いから殺すよ、あんたも、手ぶらで帰るのは嫌だろ、此を秀吉様に渡しなよ、大事な物だから、きっと喜ばれるよ」

佐助を、つけようとした男は、それを持って消えた

「なんと、門を出て直ぐにとな、で、儂の大事な物とは、ええい、早うせい
なんじゃ、これは、あの糞がきゃー、儂の褌を盗みおって」

佐助は安土城に来て、茶々の居場所を、探していた
もう、多分住まって居そうな場所が判って来た
日陰で、ひっそりとした離れを見つけ出すと良い
佐助は廊下を歩く、茶々の背中に、松笠をなげつけた
茶々は振り向かずに部屋に入り、静かに戸を閉めた
佐助が忍び込んだ時、茶々は、部屋の中程に、立て膝で、佐助が来るのを待っていた

「待っていた、会えて良かった、佐助、茶々を抱き締めて」

すっかり大人の女がそこに居た
佐助は、正直なところ、寂しさと、安心があった

「茶々、御免よ助けに来れなくて、お市様を救えなかった」

「良いの、母上様は、きっと来なかったと思う、燃えて居る、お城の中で私達に母上様は、こう申した、、、嫁いだ先に、いつも誰かが攻めて来る、偶々とは言え、相手はいつも同じ(秀吉)、そして助け出される、そいつに、助けて貰うて忝ない、ありがとう御座いましたと頭を下げる、その時は既に、自分を愛してくれた人達は、首になり、市中に晒されている、或は、自分の兄が、頼りとしておった腹心に、攻め殺されて、一体このような事、誰が堪えられようか、一度目は、私達三人姉妹が、幼かった故に、母上様は堪えたが、此度は、私達も成長している、もう良い、会いたい人の処に行く、ただそれだけ、母上がそう申しても私には、止める言葉が見つからぬ」

茶々は、佐助の胸にすがり、静かに泣いている
佐助は黙って、茶々の肩を擦りながら、茶々の薫りを感じていた

「佐助、わたくしは、もう子供ではない、妹二人の身の振り方もすでに決まりかけて居る、、、」

「茶々、おいらも、これが最後と思うて来たのよ、幾ら好きでも、叶わぬものは叶わぬ、お前を抱き締めて、帰ろうと思うて来たわ」

「そう、そうなのですね、佐助わたくしは近々、羽柴様の所へ側室として、妹達はわたくしの願いが届いて、この先永く幸せが続く所へと行きましょう、其も全て羽柴秀吉様の差配次第」

既に決まっていたのだ、羽柴秀吉ならば色々な意味で、確かに女を幸せにしそうだ
其にしても、矢張女は逞しい、茶々は、最悪の中で、最良を探そうと考えていた
母の分も背負って、妹二人を助けようとしていた

「茶々、儂は、お前一人を幸せに出来ぬ自分が恥ずかしい、申し訳ない、どうかこの先、幸せになってくれ」

「待って、佐助、待って、そんな事を言う為だけに来たの、違うでしょう、わたくしを好きだから、会いたいから、来てくれたのでしょう、違うの
お願いだから、今だけは、そんな事を言わないで」

茶々は、佐助に堅く抱き付いた、佐助は、茶々がそのうちに、あの秀吉に、これ以上の事をされると思うと、悲しみが湧いて来るのを止められなかった
むぎに、言われていなければ、佐助は、最悪な言葉を茶々に言っていただろう
茶々は、妹二人の為に、自分の心を殺したと言うのに

「茶々、未だ日が高い、お前も用があろう、儂も今少し、暗くなってから戻って来よう、どうじゃ」

「何故に、今直ぐではないの、でもわたくしも、未だ体を洗ってはおらぬ」

「ふっ、儂はお前の、そのままが良いがな」

「なんと、嫌らしい、犬や猫では有るまいに」

「会うたびに、儂の胸に顔を埋めて、確かめる癖に、何を言うか」

そう言って、唇を合わせた
既に何を言うても、許しあえる男女の会話があった
其も、今日が限り
言葉とは裏腹に、二人は、抱き合うたままで過ごした

「茶々、おいら、もう、行くよ」

「うん、どうか佐助も、達者で居て」

静かな別れであった、最初から結果が判っていた事だ、お互い、収まるべき場所に、収まっただけだ
佐助は安土城から、三河に向かった、三河の領内へ足を踏入れてから、見張られて居るのを感じ出した、それは、敵意でもなく、後をつけられているわけでもない、すれ違う通行人の誰か、或は、野良仕事をしている者等、常に誰かが人を監察しているのだ

『はて、尾張側に見張りとは、成る程ね、家康様が、上田に来れない程、秀吉様を警戒してるのは、本当だったか』

家康は、浜松城にいた、浜松城下も、やはり、警戒監視がされていた
佐助は、何処から忍び込もうかと、城下を、周り巡っていた、すると、物陰から、槍持ちの侍が現れた

「待て、お役目である、そなた、いずれから参った、何処に行くのか」

「は、大津より参りました、薬売り、佐の助、と申します、何しろ始めての浜松城下、迷うておりました」

徳川方は領内を、油断なく警戒している

「うむ、佐の助とやら、城下は、暗くなる前に、立ち去るが良い、咎めが厳しくなろう」

「は、ご忠告有り難く存じます」

佐助は一礼してその場を立ち去った
侍が出て来た 辻を、横目で見ると、一人で鎧櫃に、腰掛けて居たのだ
その見張りは、佐助が立ち去ると、侍は、元の鎧櫃に戻った
何処からか、同じ調子の鈴の音が聞こえて来る、「チリーン、チリーン、チリーン」

侍の手から、槍が離れて横に倒れた、侍は項垂れていた、その侍の前に、人影が現れた、鈴を手にした佐助が立っていた
暖かい日差しを浴びながら、佐助の術に懸かり、侍は眠りに落ちていた

その頃上田では、十造と静海が、丸子城を取り囲む、徳川隊の様子を見に来ていた

「敵は、大分とくたびれてきておるの、後一押しと、言うところかの十造」

徳川方の動ける兵は、既に三千迄その数を減らしていた
その残りも、劣悪な環境に、飽き飽きしていた

「静海、上田の城へ行こう、仕上げに懸かろうではないか」

上田城に、昌幸親子、才蔵、静海、十造が、顔を揃えた

「今こそ、最後の仕上げをする時、武器も見つけました」

その場を代表して、昌幸が問うた

「いいえ、三日前に、娘を連れて、散歩をしました折りに、兵隊を見つけました、何とか成りましょう」

「成る程、して、儂らは、どうすれば良いのか
早う申せ、どうせ、奇想天外な策なのであろう」

才蔵が続ける

「十造、お主の策は、味方の損害が殆ど無いのだ、しかして、途轍もなく、莫大な費用もかかるでも無し、効果は絶大、従わぬ訳が無かろうが」

信幸が続ける

「十造、儂は、父に自分の活躍が見せられず不満である以外は、文句は無い」

信繁も

「十造、父と兄を出し抜く、絶好の機会と見た」

静海

「十造、準備は早い方が良い、佐助が居らぬでの」

十造は、この集団が
気に入った、誰もが好きに意見を言える、身分は、あまり気にしては、無さそうだ

「では、此度は第一に銭が必要、そして、人数は判らぬが農家の手伝いが必要、但し危害が及ぶのは、武士が殆どでありまする
作業の幅が、広くなります故、板に指図と手配を認めまして御座る」

その場に居た皆が、目を凝らす
昌幸が、確信を持って言い切った

「良し、これで行く、但しじゃ、この策には、後詰が必要よ、十造が仕切る兵の多く、その殆どが退いては困る、信繁は兵三百を従え途中から農民達と代われ、丸子の兵の加勢を従え、敗走する敵の兵を追うのは信幸がやれ、側面は、十造の兵達が、突撃した後に戻らぬようにな、此でどうかの
南に逃れる者は、追う必要は無い」

矢張、最後の仕切りは、大殿様の差配で締まりおる

才蔵が皆に告げる

「其では、異論、疑問が無ければ、十造の策に従うよって、皆の手配と動きを決めましょうぞ
農家を纏める者、芋を手配して切る者、それらを俵に包む者、ここまでを速やかに段取れば、八割方の備えは、終りましょう」

徳川方の陣地、大将鳥居元忠

「何やら、遠くの山が騒がしいのう、物見は出ておるのか」

「は、間も無く、戻りましょう」

「申しあげます、報告によれば、秋の収穫に備え、害を為す獣達を、近隣の百姓共が、追い払っている由に、御座います
又、詳しく聞こうと致しました所、戦のお陰で、青田刈りや付け火があって、大掛かりにやらねば成らぬと、終いには、百人位に取り囲まれて、やっと脱け出せたと言うておりました
尚、一晩続く由に御座います」

「合い判った、城攻めの方は、どうじゃ、何か進展は有ろうか」

「は、調子を崩しておった兵達も、回復が見込まれ、今宵以降は、戦が可能と成りましょう」

「それは、重畳、抜かりなく、備えよ」

十造は、徳川の陣地が望める木の上にいた

「十造殿、勢古の動きは予測のとおり、十造殿の兵達も、着々と集まっております
城の兵は、夕刻に合わせ待機しております、丸子城の兵も、信幸様が入られて、備えております」

「おう、わかった、真田衆の、備えはどうかの」

「は、全て終りました、昼過ぎに配置に付きましょう」

『そうか、では夕刻迄休むとしよう』

遥か遠くの山の中では、才蔵が指揮を取りながら、勢古を誘導していた

「総代殿、今少し緩利とな、夕刻までには、未だ間があるわい」

深い山や谷の奥に、勢古達が鳴らす、鐘や太鼓が鳴り響いてていた


「チッ、ここにも、鳴子があるよ、服部様は慎重だね、全く、徳川様の城は、家風として、慎重なのだね、きっと」

佐助は本丸からは、天井裏に潜んで、家康の所へ行こうと考えたが、罠があちこちに、有りそうなので、敢えて廊下と部屋を、忍び歩いて一刻を費やして、家康の部屋を突き止めた

「殿、真田昌幸様から、書状が届いておりまする」

部屋の外で、若い侍の声がした

「ほう、もって参れ」

「はっ、失礼致します」

家康は、机に向かって、何やら書を認めていた
部屋に入った使いが何もしないので、家康が顔を挙げて、振り向いた

「なんと、佐助ではないか、なんじゃ」

「あはは、暫くでした、家康様、達者にしてましたか」

「馬鹿たれ、此で寿命が縮んだわい
第一、お前の所とは(真田)、戦の最中であろうに、何しに来たのだ」

「えー家康様何時でも来いって言った癖に」

「わはははは、呆れた奴よ、じゃが、用件があるのでは、無いのか」

「うん、十造が未だやるのかって、これ以上やっても、徳川方には益が無かろうってさ」

「なんじゃ、十造が真田昌幸と組んでおるのか、最悪の組合わせではないか」

「うん、今夜辺り、最後の仕掛けをして、残り三千をもう少し、減らすってさ
それから、其で駄目なら、本気を出すって言ってた
仮に上田を取ったとしても、徳川方は、元が取れぬとも」

家康には、返す言葉が見つからぬ

「ぬぬぬ、佐助、十造に伝えい、儂は、これから戦後処理の為、兵五千を向かわせる、それには、手出し無用とな
それから佐助、上田に帰るついでじゃ、我が陣にも、書状を届けては、くれぬか」

「良いけど、皆と計るんでしょ、おいら神部藤六様の所に居るから」

その時外から声が懸った

「殿、服部正成(半蔵)が申しあげます
先程城下において、不審な者が現れました、手口から申して、おそらく忍、一人警護を、お付けします」

「良い、服部入れ」

「はっ、御免くだされ、へっ、さ、佐助っ」

「服部、警護はもうよいわ、無駄なことよ」

佐助が二人を慰めるように

「でも、羽柴方より警護は、しっかりしているよ」

「なんじゃ、秀吉にも、会うて来たのか、あやつは、何をしておった」

「だって、徳川と戦してるんだもの、そりゃあ、反目同士固まるよ、秀吉様は、いたしてたよ」

「やれやれ、身も蓋も無いの、儂は、普通にしておって、良かったわい、のう、服部」

佐助が藤六の家の玄関にいた

「まあ、まあ、旦那様珍しい客人が見えました」

「おお、佐助何をしておるか、早う入らぬか、千代佐助に飯じゃ、早う早う」

佐助は藤六に、問われるままに、上田の戦から、家康に会うまでを話しした

「そうか、そうか、皆が元気そうで、何よりじゃ、のう、千代」

「佐助、いやもう、立派になられた、佐助殿食べなされ」

「藤六様、そう言う訳だから、城からの使いが来るまで、待たせてくだされ」

「わはははは、天下を分けようかと言う二人が、佐助の、友達とはのう、愉快、痛快な事よ
三郎も、お主達に会いたがっておったわ
流石に上田には、遣れんかった」

佐助は、藤六の家で家康からの、書状と、藤六、千代が十造達に宛てた書状を預かり、上田へと発って行った

丸子城を狙う、徳川方の陣を、見張っていた十造は、暗くなると同時に、真田衆に命を下した

「静海に伝えてくれ、芋を撒け、馬の手綱を切れとな
信繁様には、本番開始とな」

「はっ、承知」

暗くなってから、あちこちから、太鼓や鐘の音が、近づいて来ていた
それに連れて、地響きもしている、何やら悲鳴のような、鳴き声の様な、そんなものも聞こえる

「信繁様本番開始であります」

「おう、さあ者共農民達の前に出よ、最後の追い込みぞー、かかれーい」

「ウワー、オオー、オオー」

ジャンジャン、シャンシャン、ドンドコドンドコ

勢古が一層大きく音を立てる
その前を、多くの動物達が、追い立てられて行く、猪、猿、鹿、熊、狸、狐、かなりな大群だった、それらが、徳川の陣に向かって、駆けて行く

木の上に居る、十造にも見えて来た、土埃を、上げながら獣達が、徳川の陣へ向かって行く

「十造殿、真田衆は、仕事を終えました、信幸様が入れ替わりに出陣なさいました」

その時、徳川方の陣から声が上がりだした
十造は木を下り、敵陣を目指した、途中信繁に会う

「信繁様上手く行きそうですな、儂は、今少し、進んで様子を見ましょう」

「おう、十造お主の兵は、中々の強者揃いよ、儂らは、これ以上進んでも、邪魔なだけよ、ここにおるわい」

「静海、信幸様に決して、深追い為さらぬよう、伝えてくれぬか」

「おう、任せよ」

徳川の陣地は、ただただ混乱の極み、皆が右往左往するばかりであった
日が落ちて、いきなり、騒音や悲鳴と共に、何かが陣内に押し入って来た、途端に馬が暴れだし、猪や猿が暴れだした

猪は、恐ろしい相手であった、丁度、人の股の高さ位の、大きさがあり、文字通り、猪突猛進してくる、鋭い牙をカチカチとならし、股の間に入り込む、人の内股には、太い血管が有る、鋭い牙で其処をやられると致命傷である、其処は鎧も護っては居ない
何しろ、どいつもこいつも、朝から追い掛け回されて気が立っていた
猿も同じであった、刀や槍、其処らの掴める物を何でも投げたり、振り回した
鞘付きの太刀を振り、最初は鞘が飛んで来る、次に剥き身になった刀を、所構わずに、振り回すのだ、間合いも、何も有ったものではなかった、人とは、剣の高さも違う、近寄る事が出来ない、鉄砲や弓で始末しようとしても、同士討ちで、かえって味方の損害を大きくするだけである
其でも何人かは、何とか、この地獄の様な陣地を、脱け出そうと、試みるのだが、陣の東側は丸子城の堀、西側は、信繁、北側は信幸の兵達が、出張って来ており、上手く脱け出す事は、叶わなかった
其でも、勢古に、追い掛け回される事も無くなって、猪や猿は、藪の方へ逃げ込んだ
動物達の暴動が収まり、馬達も落ち着かせ、全てが元に戻った時、いつの間にか、真田の兵も引き揚げて、戦も自然と、収まりが付いた様だ
各部隊は、休息の時を向かえた
徳川の隊は、将から兵まで、くたびれ果てていた
生き残った者共は、危なく、猪や猿に殺されかけたのだ、もしも、死んだら原因が其なのだ、浮かばれまい、猪の牙で、あるいは、刀を振り回す猿に、殺られました等と言おうものならば、末代までの恥、もう良い、もう帰りたい
十造は、今夜、徳川の将兵三千の、戦意を消す事に成功した

そうして向かえた朝、もう帰る決意が固まった
朝幕舎を出ると、夜の内に居なくなった筈の、猪や猿が我が物顔で、彷徨き回っていた、そして、鴉までもが、夜の内に回収されなかった、仲間の死体が、顔を半分噛られたり、腸を引っ張り出されたり、明るい日差しの中では、正視に耐えぬものがあった
そして、何処を歩いても、此奴らの、糞尿を踏んでしまう
その、臭いと相まって虫も凄い事になっている

「あの、鳥居元忠様に、用件が有るんだけど」

「なんじゃ、お前は」

「うん、徳川家康様から鳥居様へ、手渡しでって、書状をね、預かって来たの、早くして、多分貴方の裁量じゃ、無理なのが判るから誰か偉い人を呼んで、、、」

佐助は、その武士を付けた、その行き先に、立派で大きな幕舎を見つけ、其処へと忍び込む、恐らく先程の武士は、もうひとつ手前の、幕舎に行った事だろう

『段階を踏むのって大変だよね』

佐助が忍び込んだ幕舎の中には、一人の立派な、身なりをした武将が、朝の粥を啜っていた

「誰か、ここは鳥居元忠が幕である、間違うたのなら許す、戻り職に、付くが良い」

「鳥居元忠様に用件があって参りました、家康様からの書状を手渡しでって
あ、此です、それじゃ」

「これ、待たぬか、引き返すなら、儂の書状を、持たぬでどうするか」

「あ、御免なさい、戻らないから
上田城に行くので」

「なんと、その若さで、調停を任されたのか」

「えー違うよ、、、」

その時、数人の武将が入って来た

「鳥居様只今、大殿家康様よりの伝令らしき者が、、、」

書状を読みつつ、落ち着いた声で、鳥居元忠が答えた

「その者ならば、ここに居るわ、暫く待たれよ、集める手間が省けたわ
ところで、お主名は何と申す」

「佐助だけど、鳥居様、未だなの」

「貴様、我等が総大将に向かって、何と言う」

「止めい、儂ら、皆この者に、見切られて居るわ、夕べの猪以上に、手強いぞ
第一、浜松の城へ入り、大殿に直に、お会いしたと有る
ふーむ、佐助こうしようではないか、儂らは、此から速やかに、後を片付け、立ち去る、もしも、追撃があるなら、援軍五千と立ち向かい、上田城を、再度攻め立てようとな」

「判りました、鳥居様、おいらの大殿様に言いに行くね」

「待て待て、佐助此度の策は、真田昌之殿が為されたのか、それとも、お子達かの」

「違うよ、おいらの親方十造、家康様も知ってるよ、伊賀越えの人達なら皆知ってるよ」

「ふーむ、佐助、徳川方の援軍五千が上田に向くと、此方は合わせて七、八千、となるが、このまま、上田に行くとどうなるかの」

「鳥居様、勿論この一帯は、徳川領に成るけど、でもさ、親方とおいらが、残ったら駿府の城に引っ越しても、一番上の人が居なくなるよ
多分家康様も、書状に、その辺の事を、書いてそうだけど
そもそも、本来敵方のおいらに、自分とこの書状を託した時点で、勝負ありでしょう、違いますか」

「佐助、此より我が徳川軍は、引き揚げる、上田の城にそう伝えよ」

佐助が帰って来た、十造は戦勝よりも、それが一番嬉く思えた
きっと帰ると、楓やむぎ、波瑠が佐助を見て喜び、それを見て十造が喜ぶ
今までの全てが、家族の笑顔で報われる
そんなことを、考えながら、佐助と家の近くまで来たのだが

「佐助」

声をかける必要も無かった、異常を感じて、佐助は姿を消した、忍び足になり、考えを巡らせる

『あの、楓を征するとは、かなりな者、ならば、むぎ、波瑠も当然、生きては居るまい、佐助は怒る、其では相手の思う壺よ、だが楓が居なければ、儂はどうにでも、さあ、いざ』

十造は、必殺を誓い、必死を考えていた、楓が居ないのならば、其奴を屠り、出来なければ、自分も死ぬだけ、それだけだった

勝手知ったる、自分の家、参る

「待てい、十造、止まれい、大殿も居られる待てい」

才蔵の声だった、其を聞いた途端に、十造の首筋に、抱きつく者がいた、混乱していた、しかもこの薫りは、楓、えっ









































































































































































































































   
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