薬の十造

雨田ゴム長

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悲しみの先に

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佐助は呆れていた、西軍が負けてしまった、それも、内部の武将達の、何かがあって、戦わぬ奴等の多い事、そして最初は、東を向いていた奴等も、いきなり西へ向かって攻める奴も出始めた、酷いのになると、高台で見物している奴等もいた
やはり、東西の大将の差が、大きく響いていた、負けるべくして負けた、西軍の大将は、素晴らしい逃げ足で、既に佐和山の自分の城へ、戻ったそうだ

『やれやれ、これでは、真田の骨折り損ではないか、大殿も信繁様も、あれだけの働きをしたのに、かえって悪目立ちだよ、どうしてくれんだい、あれ、やっぱりこの場合文句は、茶々(淀の方)に言うのかね、どうなんだろう』

佐助は、そんなことを思いながら、大阪城に向かった、この城は、大きさも去ることながら、今や、魑魅魍魎の住まう、悪しき世界と化していた

『何なのだ、負けたくせに、何故こんなに皆、普通と言うか、まるで、他人事の様に、暮らしておるのか、おかしな事よ』

佐助は、忍の姿や、構えを止めて、中元の武者姿に変装して、堂々と城の中を歩き回っていた、その内宮ノ前か、茶々に、出くわすだろうと考えていた、いた、中庭を挟んで、向かい側に
宮ノ前が、歩いている、佐助は、懐に入れていた小石を、宮ノ前に向かって投げた、中庭に落ちた石を、気付きもしない振りをして、廊下を左に曲がった、佐助が、それを見て後を追った

廊下を曲がると、いきなり手を引かれ、部屋へ引き込まれた

「佐助、暫くだったね、あんたの殿様だけが、馬鹿を見た戦だったね、これからは、大変になりそうだよ
それにしても、正しく馬子にも、衣装じゃないか、えェー大したもんだよ」

「うん、そうだな、淀の方はどうだ、お前は、、、」

「おや、あたしの事も心配してくれるのかい、嬉しいじゃないか」

そう言って、佐助の手を取って、自分の胸に差し入れた

「ほら、案外と大きいだろ、遠慮しなさんな、約束だったろう、あたしを抱くってさ」

宮ノ前は、佐助を困らせるのが楽しかった、特に他意は、ないのだが、単調な毎日の刺激にはなった
佐助は、ここが正に鬼門ではないかと思えて来た、宮ノ前を抱かねば、茶々を味方してくれる者が、いなくなるのだ

「解ったよ宮、夜にお前の部屋に行くよ、さあ話を聞かせてくれぬか」

「ほんとかね、さあ口付くらいしなよ、そうしたら信じてあげるよ」

佐助と宮ノ前が抱き合った、佐助は宮ノ前の、巧みな技巧に驚いた
宮ノ前は、嬉しそうに微笑み、佐助を擦りながら、囁いた

「ふふ、未だ序の口だよ、夜が楽しみ、、、あたしだってたまには、いい事もしたいさ、生きてるんだからさ」

確かに、その通りである、特に、宮ノ前の場合は、忍ではあるが、くノ一であり、その能力が男よりも上であっても、決して、男よりも上に立つことは、無いのだ

「淀の方様は、頑張っておられるよ、でもさ、時期や段取りが悪すぎるよ、秀頼様の跡目問題からずっと、足並みも揃わぬし、淀の方様を取り込もうと、大変なのさ」

「ふーん、しかし、関ヶ原で、西が負けたのであるから、此で少し楽になるんじゃないのか」

「そうは、行かないのさ、秀頼様が御わす限り、豊臣がこの世に有る限り、追い込みが続くね、そして、あたしにも限界があるよ」

「そうか、きつくなって来たか、誰か強力な、後ろ立てが居ればの」

「一番強力な徳川が、最大の敵だしね、毛利、上杉、そして、伊達も、首根っこを押さえられたよ、可哀想だけど、もう、、、」

「だが、家康様は、慎重な方よ、全てを、固めてからしか動かぬわ、暫しの平穏が来るであろう」

「そうだね、そうなって欲しいもんだよ、しかしさ、不思議な城だよね、徳川から何から、戦の後も関係なく出入りしてさ、とりあえずは、淀の方様の、ご機嫌を伺ったりして、まあ、淀の方様をものにしちまえば、楽だけれどね、本人は秀頼様以外に、関心が無いしね」

「茶々もなかなか、忙しくしておるわけか、儂に会っても、仕方なさそうだの」

「わかって無いね、あの方の、気晴らしになるから、会ってあげなよ、何しろ、この大きな城に、二人だけの味方なんだから、あたしは、何でもしてあげたいのさ」

「お前も、結構世話焼きだの、有り難い限りよ」

「だって、もう、そんなに先は長くはないよ、あんたが言うように、家康さまは、きっちりと詰めて来るさ、淀の方様は、ここが、、、」

「うむ、茶々は、もうここ以外に行くところがないな、それに秀頼様について、政に口を出すからには、その責めを負わされよう、、、あ、そうか、徳川も出入り自由だと、不味いのが見張っておるな、宮、やはり茶々には会わない、万が一が有ると、不味かろう」

「そうかい、徳川の忍も、かなりな、もんなんだね」

「情報集めならば、儂等も敵わぬ、人手のかけかたもな、さて夜まで、城内を見て回ろうと思う、宮の部屋は何処だ」

佐助は特に、城内にも興味はないので、宮ノ前の部屋で、ごろごろと寝て過ごした
夕方、宮ノ前が来て布団を敷き、灯りも灯さず、身体を洗うと言いながら、出て行った、そして、帰って来て、暗闇の中布団に入った
佐助も続き

「久しぶりだな、茶々
案外と元気そうだな、また会えて嬉しいよ、もう諦めておったわ」

「私の代わりに、宮ノ前を抱こうとしたくせに、憎らしい」

『なるほど、宮め、図りおったな、まあ良いわ、此がおそらく最後の、、、』

「佐助、同じ思いでしょう、もう話す時も惜しい、茶々をきつく抱きしめて、其だけで良い、ああ、幸せです、嬉しい佐助、もっときつく抱きしめて」

初めて会った時から、変わらない、抱き合ってる時が嬉しく楽しい、そしてこれが最後の包容である

「佐助、我が儘を許して欲しい、此のままが良い、もう、何もしてくれなくとも良い、茶々は此のままが良い、う、うう、う、ううう、う、わーァああああぁ、わーァああ、あーあ、あ、あ、うう、う、う」

佐助の胸の中で、茶々は思い切り哭いた、溢れる涙は忽ちのうちに、佐助の着物も胸も濡らした
悲しみが止まらない、どんなに哭いても、止まらない、茶々は決めていた、この先どんな事があっても、絶対泣かない、佐助に甘えるのも、今日が最後、会うのも最後
佐助は、茶々の頭を優しく撫でながら、茶々の好きにさせていた、着物の胸の辺りは、茶々の涙で重く濡れていた

どれくらいの時が、過ぎたのか、抱き合っていた、茶々が佐助の唇を、求めてきた、離した時には、糸を引くくらい長かった

「佐助、今まで有り難う、佐助約束して、茶々の分も生きて、お願いします
さようなら、佐助」

茶々は、淀の方様に戻り、部屋を出て行った
後から、宮ノ前が入って来た

「ちゃんと話をしたかい、これが最後かも知れないよ」

宮ノ前は、そう言いながら、佐助の着物を脱がしにかかる

「佐助、大丈夫だよ、あたしが全部、忘れさせてあげるよ」

翌朝、宮ノ前は、佐助を求めてから、出て行った、佐助は身支度をして、よろよろと部屋を後にした

『もう、当分この城には、用が無いだろう、皆に会いに、早く帰ろう、気が重くなるばかりよ
むぎの言うた通りよ、家に持ち込んで、波瑠を泣かせたくは無いわ』

佐助は、もう波瑠の事を、考えている自分の節操の無さを、もて余していた

囲炉裏の灰を、意味も無くつついていた、やがて、むぎと波瑠が帰って来た、十造は、畑を見に行くと、皆に告げ、土間に下りた

「とー様、波瑠も手伝いまし、、、あっ、むぎ様何」

むぎが、波瑠の手を引いて止めた

「止めときな、一人になりたい時も有るのさ、かー様も、何も言わないだろ」

楓が二人に、静庵からの書状を見せた

「おお、なんと言うこと、、、兄上が一人ぼっちに、、、」

楓が酒を用意していた、そして、今夜は、皆早く寝よう、一人通夜をする人がいるからと告げた

「ね、波瑠、あたしと一緒の部屋で寝よう、やっぱり、寂しいよ」

「うん、私が後で、むぎ様の部屋へ行くから」

十造が畑から戻って来た、別にいつもの、十造だった
風呂に入り、皆で夕飯となった、途中から、楓が酒を持って来て、十造についでやる、むぎも波瑠も、部屋に引っ込んでしまった、楓が十造に寄りかかり、酌をしている、十造は酔っている、甲賀の時も一度こんなことがあった、今回は違った、楓に部屋で、一緒に飲もうと言うて聞かない

部屋に来て、十造は、楓にいきなり頭を下げた、今まで、有り難う、沼田での事にも目を瞑り、怒りもせずにいてくれた、お前に甘えてしまった事を申し訳なかった
十造は、そう言って楓に謝った
楓は、十造に酒をついでやる、その表情は柔らかい
十造の、雰囲気が落ち着いているのだ、取り乱す事もなく、酒を飲んでいる
十造には、楓が居るのだ、寂しくなど無かった、それは、これからも変わらない
静が亡くなったのは寂しいが、楓がいつも、そばにいるのだ、取り乱すのは、楓に、何かがあった時だけだ、だからこうして、酒を飲んでいられるのだ

『静よ、安心せい、儂は大丈夫だ、こうして楓が居てくれるわ、儂は幸せ者よ、お前の分も、幸せに生きてやる、だから成仏せい、のう、静や、、、これから儂は、静の分も含めて、楓を大切にするわい』

十造は、楓の膝枕で、横になった、静かに時が流れて行く、何の物音も聞こえない、十造は、やがて眠りに落ちた
楓は、眠りに落ちた十造を見ながら、この大きな荷物をどうしようかと、思い悩んでいた、随分と皺が増えたものだ、これからは、少し楽に暮らせますな、旦那様

『静殿、この楓が貴女の分まで、旦那様を幸せにさせて見せます、楓は、貴女の分まで可愛がって貰います、どうか、見守っていて下さいまし』

十造と楓は、久しぶりに、一つの布団で朝を迎えた、早速、仲の良いところを、静に見せてやったのだった

昼過ぎに才蔵がやって来て、戦の仕置きが、決まった事を、伝えに来た

「大殿と信繁様は、紀州、へ配流、信之様は沼田から上田一帯を加増と決したわ」

「ほう、徳川としては、珍しく詰めが甘いの、儂は、てっきり大殿と信繁様は、死罪は免れぬと、思うておったが」

「信之様、小松様、そして、本多忠勝様迄もが、助命嘆願を願い出て、やっとこの様に、落ちついたわ、嬉しい限り、、、」

才蔵が心の底から有り難がっていた

「しかし、これから、奥方様や何やら、大変であろうに」

「儂等(真田の忍衆)も、上田と紀州の、往復が続くわな、それと、これからの暮らしの糧もな、おそらくは、信之様が頼りとなろうが、、、」

「そうか、才蔵達もそろそろ、世代が変わる頃ではないのか、このままでは、佐助だけに、なってしまうぞ」

「もう、切った張ったなんぞよりも、鉄砲やら、大砲の時代ぞ、儂等も飛脚や、行商で各地の、情勢を探れば良いわ、佐助の仕事も様変りよ、波瑠と、ずっと一緒に、暮らす時も、近いのではないか、それと十造、儂は、紀州に付いて行くわい、身軽に動ける者が、居らぬでな」

「なんと、それを早く言わぬか、おーい、皆、才蔵が紀州へ引っ越すとよ、酒でも飲まぬか、晴海もか」

「晴海は、未だ上田におる、半々に別れてな、交代でやろうと思うておる
なあに、儂も連絡で来るわい、だから、酒など要らぬわ」

楓やむぎ、波瑠にも見送られながら、才蔵が紀州へ発って行った

それから数日後、佐助が帰って来た、なんのかんの言うても、皆が揃うのは嬉しいものである
むぎが、嬉しそうに話し出す

「此で、美肌の水を、売り歩く者が帰って来たから、あんた達しっかりしなよ、稼ぎ時だよ」

「むぎ様は、私の旦那様が帰って来ると、その話しばかりして、嫌だ、もう」

「あら、馬鹿だねこの子は、稼ぎが無くてどうやって暮らすのさ、あんた達に、子が出来たら、どうやって、おまんま、食べ差すのさ」

「未だ子が居ないし、それに、とー様と旦那様の、今までの分もあるし」

「だから、それを使わずに、済むならいい事じゃないか、第一子供なんか直ぐ出来るに決まってるじゃないか、毎日、毎日家を揺らしやがってさ」

流石に、波瑠は言い返せ無かった

「はっはっは、まあ、元気に働くのは、いい事よ、儂も薬作りに精を出すとしよう」

楓が珍しく慌てて、皆を呼びに来た

「なんだい、楓あんたが慌てると、皆落ち着かないから、止めとくれよ、どうしたのさ」

皆が楓に誘われるままに、入口へ行くと、そこに若狭静庵が立っていた

「おお、静庵、、、」
「兄上、、、」
「静庵殿じゃないか、、、」
「へっ、だ、誰なの」

「ああ、そうか佐助は知らないんだった、後で波瑠に聞きな」

「おおおお、さあ、兎に角上がれ、楓、何か飲み物は有ろうか、無ければ買って来ぬか、腹は空いて居らぬのか」

十造も些か、慌てていたのだが、静庵は、いたって冷静であった

「父上、皆様ご機嫌麗しゅうございます、母の件では、ご心配をおかけしてしまい、申し訳ございませんでした」

「何を言うか、何もしてやれなくて、儂の方こそ済まなんだ、勘弁してくれ、して、一体どうしたのだ」

「十造、取り敢えず上がって貰いなよ、静庵さん、何か食べたい物は、あるのかい、酒はどうなんだい」

「わはははは、実は酒を買うて参りました、皆さんと飲む為に」

むぎが足を洗ってあげる、楓は酒と肴の支度、波瑠は敷物、等々皆忙しく動き出した

「ほう、この方が、波瑠の旦那様ですな、初めまして、若狭静庵と申す」

「あ、あ、佐助、佐助です、父ちゃん、どうなってんのさ」

「お、おう、それがな、その、なんだ、ほれ、、、」

「わからん、どうなってんだい、全く」

しどろもどろの、十造に、むぎが、助け舟を出した

「佐助、さあさあ、取り敢えず、酒をほれ、兄上や父上に、あんたから注ぎなよ、ほら」

「ああ、はいはい、どうぞ、兄上、父ちゃんもどうぞ、ええい、皆で飲もうよ、むぎも、波瑠も、母ちゃんもさ、皆来いよ」

むぎも、その気になった、珍しく、楓も、波瑠も乗って来た、いつもは飲まぬ酒を、佐助に注がれ喜んでいた

「やあやあ、楽しいですな、家族が多くて羨ましい、賑やかで、実に良いものですな、父上」

「おおそうか、緩利として行けば良いわ、ところで、どうして急に、ここに参ったのか、銭なら少しばかりあるが、学問やら、研究には銭が必要であろうに」

「いやいや、父上、私は信之様に、召し抱えられたのです、従って、ここ上田か沼田に、居を構える事になりましょう」

皆が久しぶりに、笑顔になって、笑っている

「そうか、後は嫁を貰うだけで良いな」

「わははは、父上、こんな貧乏医者に、嫁ぐ物好きなど、果たして居りましょうか」

「何を言うのですか、兄上程の人物ならば、引く手余多でありましょうに」

「そうだよ、こんな男前の医者なら、わたしゃ何でも見せてあげるよ、何処がお望みだい」

「兄上、聞いては成りませぬ、耳が腐りまする」

「わははは、しかし、こんなに楽しく、面白い時を過ごすのは、初めてです、あははは」

静庵は、皆が泊まって行けと言うのを、笑って受け流し、爽やかに帰って行った

光陰矢の如し、月日は、瞬く間に、人を呑み込んで行く、楓の、父母、藤六と千代が相次いで亡くなった、
紀州の九度山へ、配流となっていた、真田昌之も亡くなった
そして、今、むぎが病に臥せていた
静庵が来て、むぎを、診てくれたのだが、もう既に胃の腑が駄目になっており、これからは、ただただ食欲が落ちて行く、痛み止めの為に、父上の漢方でもよいが、最後のほうは、阿片に頼るしか無くなるであろう、それも、遠くない先であると言う

「かなり前から、痛んでいた筈です、良くここまで何事もなく、いや、皆にばれずに、隠し通したものです」

囲炉裏を囲んで、静庵の話を聞いていた十造達は、一様に肩を落とした

「そうか解った、既に後の祭りか、そうか」

「でも、本人が言うておりました、もう、何も思い残す事はない、最期にこんなに、幸せな思いをさせて貰って、生きていて良かったと、、、いずれにしても、時はそれ程ありませぬ
私は、信之様の加減も悪いので、これで失礼いたします」

楓も波瑠も涙が出て止まらなかった、佐助も目を赤くしている、十造は、むぎに、残りの時間を、どうやって過ごして貰うかを、考えた

「佐助、お役目は、当分無いのか、、、そうか、ならば、これから少し手伝え」

床に臥せて居る、むぎを、一旦別の部屋へと移し、二人で、むぎの部屋を改装した、普通は綺麗にするものなのだが、十造は、比叡山の近くの、むぎとその家族が暮らした、粗末な小屋の中を思い描いて作ってあげた、畳も外し、粗末な板を敷いていた、もう既に、むぎは、十造の調合する、痛み止めの薬しか効かない身体になっていた、それは、とりもなおさず、麻薬による酩酊状態でもあった
出来上がった部屋は、御世辞にも素晴らしくは無かったのたが、むぎは、大層よろこんだ、涙を流して喜んでいた、それも、ほんの一時で、薬が効いてくる

「ああ、、、あんた、坊やはどうしたのさ、あんた、未だ熱があるのかい、この子は昨日から動かないんだよ、あんた、あんた、返事をしてよ、あんた」

むぎは、亡くした家族が頭の中に居るのだろう、しきりに話をしていた
世話をしていた波瑠が居たたまれなくなって、出て行った
楓は、全てを受け止めていた、これが、むぎの最後の姿になる事を、覚悟していた、全部見届けてやろうと、ずっとこの部屋に入っていた、悲しみなど、とっくに無くなっていた
既にオムツも必要が無くなっていたが、むぎには、兎に角世話を焼きたかった、離れたくないのだ

十造が、恐れていたことを楓に告げた

「楓、最早薬さえも、今のむぎには毒になる、せいぜい、唇を湿らせる位しかないわ、残念だがの」

波瑠が、真っ赤な目で言った

「とー様、旦那様、むぎ様の体を拭いて、綺麗な着物を着せてあげたいの、お願い、、、」

十造と佐助は、部屋から出て、ふたりは、囲炉裏の前に座っていた

「とーちゃん、むぎは、もう、、、」

「む、残念だがの、、、」

「そう、、、なんだ」

「もうすぐ、儂の薬が切れる、だが、もう痛みは感じない筈よ、おそらくは、それが皆で語り合う最期になる、佐助、儂はな、もうそろそろ、むぎを助けてやりたい、楽にさせてやりたいのだ、一生懸命看病している、楓と波瑠には、申し訳ないのだが、、、」

「でも、あと少し一緒に居られるよ、痛みを感じないなら、もう少しいいじゃない」

「ああ、そうだな、お前の言う通りよ、はははは」

佐助は、十造の力の無い話しぶりに、深い悲しみを感じた、十造自身が既に何も感じては居ないのだ

「とー様、むぎさまが、目を覚ましたみたい」

むぎの部屋へ入ると、綺麗な浴衣を着た、むぎが十造を見て話し出した

「お陰で随分と楽になったよ、皆に迷惑かけたね、有り難う、さっきまで、家の人と坊やが居たのに、何処に行ったかな、佐助と波瑠の子供も早く見たいよね」

既にむぎは、夢と現実の狭間を往き来している
皆涙を堪えるのが辛かった、それでもちゃんと、むぎの、言葉を噛み締めながら聞いていた
楓はむぎの手を握り締めて離さない、波瑠はむぎの口が乾かぬように、湿らせてやっていた

「十造達と暮らしてるって言ったら、こっちに来いってさ、ここもいいけど、家の人と坊やが心配さ、何、直ぐに戻るよ、楓、十造世話になったね、皆仲良く暮らしなよ、じゃぁね」

楓の手を握っていたむぎの手から力が抜けた

「くっ、むぎ、むぎ、む、ぎ、」

四人が下を向いた、楓は握っていたむぎの手を離し、目蓋を閉じてあげた
波瑠は動かなかった、佐助がそっと肩を抱いても、動かない

「佐助、今一度、むぎが着替えをする、波瑠、はるっ、しっかりせい、かー様を手伝え、波瑠、聞こえておるか」

「グズッ、だいじょうぶ、やるから、綺麗にしてあげるから、、、ウグェッ、ウグェッ、、、ウェ、ヴウグェ」

「だいじょうぶか、波瑠、おそらく、看病疲れよ、佐助部屋へ連れて、寝かせてやれ」

「うん、さあ波瑠、部屋へ戻ろう、少し休みな」

男二人は、囲炉裏に戻った

「のう佐助、皆何も食うてはおらぬ、儂はこれから支度をする、佐助は、酒をたんと買うて来い、皆で浴びる程飲むのだ、むぎが驚いて、飛び起きるほどにな」

「あー、良いね、そうしよう、食い物も買って来るよ、皆で、ぱーっと飲もうよ、むぎが寂しくならないようにさ」

むぎを囲んで、三人で通夜を営む、むぎには、どんぶり鉢に、白い米の飯を盛ってやった

「さあさあ、楓も佐助も、飲まず、食わずではまずいわ、むぎを賑やかに送り出してやろう」

十造と楓、二人の愛する者達が、二人が生きて来た歴史が、凄い速さで、無くなってしまう、特に楓は、悲しみが溜まっていた、父、母、そして、むぎ、何故こうも、自分の大切なものばかり、奪われてしまうのか

看病の疲れと、むぎの死が三人を酔わせた、十造は、楓が、酔い乱れるのを初めて見た、今まで堪えて、堪えて、堪えて、たまったものが、今一気に溢れ出ていた

「とーちゃん、ごめんよ、波瑠が心配だから、部屋に戻るよ」

「おう、そうしてやれ、看病の疲れであろう、儂は、楓に付き合うわい」

楓は、もうかなり以前、甲賀の家で、十造が茶碗や皿等を叩いて、悲しみを、まぎらわしていたのを、思い出した
勿論歌など知らない、聞こえぬのだから、適当に箸を使って、試してみる、手や身体に響が伝わって来る、これで、むぎを送り出してやろう、むぎが寂しい思いをしないように、、、
楓は、その辺に在るものを、片っ端から、箸で叩いて行った、あの日、あの時十造がやっていた様に、ひたすら、叩き回っている、でも、何故か泣けて来る、伝い落ちる涙は、頬ではなくて、顎まで来ている、何かに後ろから、包み込まれた、十造がそっと抱き締めてくれている、益々涙が、嗚咽が止まらない、今夜は、十造に思い切り甘えて、泣いてやるのだ、涙が渇れはてるまで、泣いてやる
皿やら何やらを、叩く音が聞こえて来る、波瑠が佐助に詫びていた

「ご免なさい、こんな時に、少し寝ておれば良くなるから、二人のところに行ってあげて」

「いや、波瑠、二人きりの方が良いよ、そうしてむぎとの別れを惜しむと良いよ、付き合いが長かったんだし、第一、波瑠が心配だ」

十造は、楓の好きにさせておこうと思っていた、悲しい事ばかりが続けば、何処かで、晴らしたくもなるだろう、思い切り泣きたくもなるだろう

「楓、とことん付き合うてやるぞ、思い切り泣くなり、暴れるなり好きにするが良い、儂がついておる」
十造は、楓を止めるつもりで抱き締めて居る訳ではなく、自分も一緒に、茶碗や皿を、叩いて居るつもりであった
突然、楓がそれらを叩くのを止め、十造の身体にしがみついて、泣き出した、まるで、赤ん坊の様に、大きな声で不器用に泣いている、十造は楓の背中を優しく擦りながら、話しかけた

「さあ、思い切り泣くが良い、お前は、頑張って来た、我慢なんぞしなくとも良い、気が済むまで、そうするが良い、悲しいのう、楓、ほんに悲しいのう」

楓は、とうとう力尽きて、十造の膝で寝てしまった、流石に、風邪をひかせる訳には行かない、布団をかけてやった
もう、夜があける、むぎとの別れを惜しむ時だ、胡座をかきながら、思いとは裏腹に、十造は、うとうとしだした

楓が目覚めた時、もう既に夜が開けていた、十造が目の前で、むぎの、遺体に向かって座っていた
楓はそっと、十造の背中に抱きついた、十造が楓の手を握る、優しく温かい手で、楓の心も温まる、十造も楓も、一緒に居られる幸せを、かみしめていた

佐助も波瑠も、起きて来た波瑠は、未だ具合が悪そうだ

「二人とも早いな、波瑠は未だ寝ておれば良い、墓にはまだ間がある」

「うん、そう言ったんだけどさ、やはり、、、そうもしてられないじゃない
それよりも、とーちゃん、静庵殿に、知らせなくてもいいのかな」

「おお、そうだな、知らせなくては、怒られるな、佐助、行ってくれるか」

程なく、上田の城から、佐助と静庵の他ににも、三人の下働きがついてきた

「とーちゃん、信之様の知るところとなり、手伝いを付けてくれたよ、線香を買ってやれって、過分に包んでくれてさ」

「そうか、有難い事よ、申し訳ないの、静庵、すまぬが、信之様に会うたら、儂に変わって礼を頼む」

「解りました、父上それよりも、むぎ殿に会わせて下さい」

皆がむぎに、最後の別れをして、むぎは、骨になった

「あっけないものよ、こんなになってしもうた、さあ、帰ろうではないか、ここに居ても仕方がない」

家に戻るなり、静庵が聞いて来る

「ところで、波瑠は、何処か具合が悪いのでしょうか、元気が無いようですが、波瑠、波瑠がむぎ殿の分も元気をださねば、どうするのだ」

「兄上、申し訳ないけど、昨日から気分が、、、」

「どうしたと言うのだ、どれ、熱は、手を出して、ベロを見せてみるのだ、ほーん、なるほどのう、、、
これは、これは、わははは、わははは」

「ひどい、兄上病人を笑うなどと、、、」

具合が悪いので、波瑠には気持ちに余裕が無かった、他の者も急に笑い出した静庵を、理解してはいなかった

「あー、済みませぬ、コホン、波瑠、我が妹よ、佐助も良く聞きなさい、懐妊であるぞ」

「ええ~」

十造、波瑠、佐助、少し遅れて楓の四人が、同じ声をあげた
全てが消し飛んだ、嫌なことが何もかも、勿論故人達にも聞いて欲しかった
でも、この場の、家族全員が、久々に明るい笑顔になった

「儂と楓が遂に、じじ、ばばかい、ハッハッハッハッハッ、佐助が親父に、波瑠がおっかさん、静庵は叔父上とな、わははは、わははは、嬉しい、嬉しいぞ、わははは、わは、わははは」

つられて、皆が笑い出した、皆が目の端に涙を貯めて、笑っている

「むぎの生まれ代わりかも知れぬな」

「えー、扱いきれないよ、勘弁してくれよ」

「楓、今度は、皆で祝いをしなくては、三日三晩飲みあかしてやる、静庵も付き合うのだ、良いな」

十造達にも、やっと明るい話題がやって来た
だが、時は容赦なく、人々を呑み込んで行く



































































































    
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