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第一章
26:納得のいかない社長秘書
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OP社を出た後、オイゲンはいったん社に戻って通信で経営企画室長にOP社との交渉結果を報告する。
「……ということで、まずはOP社の監査を受けることになりました。援助の話はその後で、ということで」
報告を聞いた室長、サワムラは声を荒げた。
「何てことをしてくれたんですか! 援助の申し出が何故監査の話になるんですか!? とにかく、明日詳しい話を聞かせてもらいます! 責任問題ですよ!」
サワムラは言うだけ言って通信を切った。
「参ったなぁ。早まったか」
オイゲンはそうつぶやいたが、かといって有効な対策も思いつかなかった。
(なるようになるしかない。考えようによっては社長を辞めるいい機会かもしれない)
と考えた。不安はあるが睡魔の方が強く、考えを進めることも難しそうだ。
(明日は厳しいことになりそうだから、とりあえず休んでおくか……)
オイゲンは社長室の床に寝袋を広げ、その中に転がり込んだ。
ECN社からオイゲンの自宅までは自転車で一五分、歩いて三、四〇分ほどなのだが、自宅に戻るのが面倒になるとこうして社長室に泊り込むことが多い。
そのため、オイゲンは社長室のロッカーに、自分用の寝袋を持ち込んでいたのである。
オイゲンが眠りについたころ、ECN社本社に一人の男がやってきた。
男は経営企画室のオフィスへ移動し、端末を操作し始める。
しばらく端末と格闘した後、机やキャビネットを順番に開き、中の書類をチェックする。
そして、いくつかの書類を抜きだして、それらをシュレッダーにかけたのであった。
翌朝、オイゲンは目を覚ましてからシャワー室でシャワーを浴び、スーツを着替える。着替えが終わって社長室に戻るのとほぼ同時にメイが出勤してきた。
どうやら今日は早めに出勤することで、他の従業員と顔を合わせるのを避けたらしい。
この日は土曜日で、本来は休みの日である。
しかし、今日に限っては業務の関係で出勤日とされていた。
メイが早めに出勤してきたのも、そのあたりに原因があるように思われた。
「あ、カワナさんか。ちょうど良かった。急いで相談しておきたいことがあるんだ」
「……え? あ、はい?」
メイは状況を理解しているかどうかよくわからない様子だったが、とにかくオイゲンはハドリとの交渉の内容を話してみた。
「……という状況なんだよ。交渉に行く前にカワナさんに相談しておくべきだったと後で気づいたけどね。相変わらずこういうところ、自分は鈍いからなぁ」
オイゲンの話にメイは少し考えてから答える。
「……OP社の社長は、自分の意思に従わない相手を従わせるまで徹底的に攻撃する人のようです。徹底抗戦したら、体力に劣るうちが不利です。社員の数も、売上も、OP社はうちの一.五倍以上あるのですよ。
それに、昨日の事件で犠牲が出ているとはいえ、六千人というレベルの犠牲で揺らぐ会社ではないでしょう」
「やっぱりそうだよなぁ。ただ、経営企画室をすっ飛ばして監査を決めちゃったのはマズかったかな。責任を問われることになりそうだけど、それは仕方ないね」
オイゲンはメイの説明に納得した様子であった。
メイはというと、経営企画室という単語に反応した。
「何故責任を問われるのです? わが社の最高責任者は社長ですよ? 経営企画室が異議を唱えるはおかしくないですか?」
「そうは言っても、実質的に戦略を決めているのは経営企画室だしなぁ……」
「……でも、最高責任者は社長と規定されています。経営企画室ではありません。常に経営企画室に意見を求めなければならない、なんて規定はありませんよ」
あくまでメイは納得できない、といった表情である。
「確かにその通りだけどね。いつも経営企画室の意見を求めているのに、こういうときだけ彼らをすっ飛ばしてしまったら、向こうも気分が良くないのではないかな」
「気持ちは関係ないでしょう。ここは規定どおりに考えるべきところです。うちでは規定が最優先されると定められています」
納得できないとなるとメイは意外に執拗である。普段の対人恐怖症のメイしか知らない人間がこの様子を見たら驚くに違いない。
規定を前面に出されるとオイゲンも有効な反論はできない。
そもそも争いごとが苦手なオイゲンである。確執を避けるために多少規定を曲げることにはあまり抵抗が無い。
よく言えば柔軟、悪く言えば芯がないと評価されるのもこうした性質のためだ。
本人が自覚しているかは不明だが、彼の芯は「取り返しのつかない確執の発生を未然に防ぐ」という点にある。
特に、今回のケースのように自分が引くことで確執が避けられるケースならなおさらだ。
「……ということで、まずはOP社の監査を受けることになりました。援助の話はその後で、ということで」
報告を聞いた室長、サワムラは声を荒げた。
「何てことをしてくれたんですか! 援助の申し出が何故監査の話になるんですか!? とにかく、明日詳しい話を聞かせてもらいます! 責任問題ですよ!」
サワムラは言うだけ言って通信を切った。
「参ったなぁ。早まったか」
オイゲンはそうつぶやいたが、かといって有効な対策も思いつかなかった。
(なるようになるしかない。考えようによっては社長を辞めるいい機会かもしれない)
と考えた。不安はあるが睡魔の方が強く、考えを進めることも難しそうだ。
(明日は厳しいことになりそうだから、とりあえず休んでおくか……)
オイゲンは社長室の床に寝袋を広げ、その中に転がり込んだ。
ECN社からオイゲンの自宅までは自転車で一五分、歩いて三、四〇分ほどなのだが、自宅に戻るのが面倒になるとこうして社長室に泊り込むことが多い。
そのため、オイゲンは社長室のロッカーに、自分用の寝袋を持ち込んでいたのである。
オイゲンが眠りについたころ、ECN社本社に一人の男がやってきた。
男は経営企画室のオフィスへ移動し、端末を操作し始める。
しばらく端末と格闘した後、机やキャビネットを順番に開き、中の書類をチェックする。
そして、いくつかの書類を抜きだして、それらをシュレッダーにかけたのであった。
翌朝、オイゲンは目を覚ましてからシャワー室でシャワーを浴び、スーツを着替える。着替えが終わって社長室に戻るのとほぼ同時にメイが出勤してきた。
どうやら今日は早めに出勤することで、他の従業員と顔を合わせるのを避けたらしい。
この日は土曜日で、本来は休みの日である。
しかし、今日に限っては業務の関係で出勤日とされていた。
メイが早めに出勤してきたのも、そのあたりに原因があるように思われた。
「あ、カワナさんか。ちょうど良かった。急いで相談しておきたいことがあるんだ」
「……え? あ、はい?」
メイは状況を理解しているかどうかよくわからない様子だったが、とにかくオイゲンはハドリとの交渉の内容を話してみた。
「……という状況なんだよ。交渉に行く前にカワナさんに相談しておくべきだったと後で気づいたけどね。相変わらずこういうところ、自分は鈍いからなぁ」
オイゲンの話にメイは少し考えてから答える。
「……OP社の社長は、自分の意思に従わない相手を従わせるまで徹底的に攻撃する人のようです。徹底抗戦したら、体力に劣るうちが不利です。社員の数も、売上も、OP社はうちの一.五倍以上あるのですよ。
それに、昨日の事件で犠牲が出ているとはいえ、六千人というレベルの犠牲で揺らぐ会社ではないでしょう」
「やっぱりそうだよなぁ。ただ、経営企画室をすっ飛ばして監査を決めちゃったのはマズかったかな。責任を問われることになりそうだけど、それは仕方ないね」
オイゲンはメイの説明に納得した様子であった。
メイはというと、経営企画室という単語に反応した。
「何故責任を問われるのです? わが社の最高責任者は社長ですよ? 経営企画室が異議を唱えるはおかしくないですか?」
「そうは言っても、実質的に戦略を決めているのは経営企画室だしなぁ……」
「……でも、最高責任者は社長と規定されています。経営企画室ではありません。常に経営企画室に意見を求めなければならない、なんて規定はありませんよ」
あくまでメイは納得できない、といった表情である。
「確かにその通りだけどね。いつも経営企画室の意見を求めているのに、こういうときだけ彼らをすっ飛ばしてしまったら、向こうも気分が良くないのではないかな」
「気持ちは関係ないでしょう。ここは規定どおりに考えるべきところです。うちでは規定が最優先されると定められています」
納得できないとなるとメイは意外に執拗である。普段の対人恐怖症のメイしか知らない人間がこの様子を見たら驚くに違いない。
規定を前面に出されるとオイゲンも有効な反論はできない。
そもそも争いごとが苦手なオイゲンである。確執を避けるために多少規定を曲げることにはあまり抵抗が無い。
よく言えば柔軟、悪く言えば芯がないと評価されるのもこうした性質のためだ。
本人が自覚しているかは不明だが、彼の芯は「取り返しのつかない確執の発生を未然に防ぐ」という点にある。
特に、今回のケースのように自分が引くことで確執が避けられるケースならなおさらだ。
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