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第二章
87:囚われの社長
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ポータル・シティのOP社本社に程近い治安改革センターへ一人の中年女性が駆け込んできた。
中にいた若者が女性に席を勧め、彼女の話を聞く。
若者が誰かを知れば、彼女も驚いたかも知れない。しかし、彼女は若者を単なるOP社の一従業員と考えたようだった。
ECN社社長のオイゲン・イナはこの治安改革センターでの研修としてセンターの業務に従事していた。
主な業務は地域住民からの治安に関する相談を受けることであった。
会話はすべて録音され、OP社本社でチェックされている。
ただし、これはオイゲンが例外なのではなく、すべての治安改革センターがそうなのであったが。
オイゲンの向かいに座った中年女性が目の前の若い男が何者か気づかなかったのは、彼がいわゆる「よくある外見」だったからかもしれない。
オイゲンは中肉中背で、ごくありふれた顔をしている。
特徴といえば、眼鏡をかけていることと多少眠そうな目をしていることくらいだろうか? とても一〇万人以上を率いる会社の社長には見えなかった。
女性がオイゲンの勧めた席に着く。
「あの……こういう広告が家に来ていました」
そう言って、一枚の紙をオイゲンの前に差し出した。
「タブーなきエンジニア集団」の広告であった。
基本的には自社のサービスを売り込む広告であるが、「我々は、特定企業による司法警察権の独占に反対します」のキャッチコピーが目立つ。
「あなた方の会社の活動に反対する危険な人たちがうちの近所にまで来ているようです。うちには小さい子供もいるので、子供が狙われたりしないか不安です。警備をお願いできないでしょうか?」
女性の訴えにオイゲンは彼女の住所を確認し、
「警備の人間を回します。他にも何かありましたら情報提供をお願いします。ご協力ありがとうございました」
と型どおりの台詞を述べた。OP社の多くの業務はマニュアル化されており、それを逸脱することは許されないのであった。
オイゲンはセンター内の端末を使って警備依頼を送信した。
そして、端末の画面を注視し、自センターの管轄エリアで何か問題が発生していないかを確認する。
(ウォーリーの奴……あまり無理するなよ。OP社の警戒は予想以上に厳しいよ。ミヤハラあたりが気付いて手綱を引いてくれるといいのだけど……)
オイゲンは「タブーなきエンジニア集団」の広告をしまいながら心の中でそう警告した。
彼は現在の状況をウォーリーのグループに伝えたいと考えていたが、がんじがらめに管理されており、とてもそれができる状態ではなかった。
「タブーなきエンジニア集団」については、メイも自宅で調査していたが、しょせん個人の自宅でできる程度の調査である。
ポータル・シティから離れたハモネスからでは入手できる情報も限られるだろうから、メイに多くを期待するのも酷というものだろう。
それでも彼女ならやってくれるかも知れない、とオイゲンは考えたが、すぐにその考えを打ち消した。
精神的なものとはいえ、彼女は病み上がりだ。
特に今回の落ち込み方は激しかった。精神的に立ち直るのにも時間がかかるように思われる。
それでもオイゲンが彼女に期待してしまうのは、何故だろうか?
自分自身でもよくわからない部分がある。
オイゲンから見てもメイは不思議な人物である。
その挙動もそうなのであるが、オイゲンが一番驚かされるのは彼女の持つ視点なのだ。
彼女の仕事の多くは、オイゲンの依頼による情報収集である。
その情報収集力は高いといえば高いのだが、収集した情報は多少気を遣えば一般の人々が入手できる情報がほとんどである。
彼女のすごさは、そこから必要な情報を取捨選択する能力と、取捨選択された情報から結論を導くときの視点の鋭さ━━時としてそれは突拍子のなさ、とも評価される━━にあるとオイゲンは考えている。
何か引っかかりを覚えたときの彼女は執拗ですらある。
疑問を持つことを覚えた子供が親に対してするように、ひたすら「何故?」を繰り返してくるのだ。
今彼女がオイゲンの近くにいれば、オイゲンに対して「これは何でしょうか? 何故このようなことになっているのでしょうか?」と何度も尋ねてきたかもしれない。
ECN社のお膝元でOP社の影響がまだ少ないハモネスと違って、ポータル・シティは何かと監視の目が厳しい。
OP社によるものだけではなく、市民がお互いに監視し合っているようにオイゲンには感じられた。
治安改革センターに向けられる市民の視線は好意的なものが多かったが、それは市民に代わって何かやらかしそうな者達を監視してくれるという期待の現れであろう。
オイゲンはこうした人々の心理に疎いと自分で思っているが、それでもポータル・シティの雰囲気の異常さを感じる。
メイは彼よりはるかに敏感であったから、今のポータル・シティの異変をより強く感じとったであろう。
また、今の状況に対して疑問が尽きないのではないか?
そのように考えながらも、彼は端末の画面に表示される情報と格闘を続けていた。
治安改革センターでの業務中、気を抜くことは許されない。
それがOP社のやり方だ。
中にいた若者が女性に席を勧め、彼女の話を聞く。
若者が誰かを知れば、彼女も驚いたかも知れない。しかし、彼女は若者を単なるOP社の一従業員と考えたようだった。
ECN社社長のオイゲン・イナはこの治安改革センターでの研修としてセンターの業務に従事していた。
主な業務は地域住民からの治安に関する相談を受けることであった。
会話はすべて録音され、OP社本社でチェックされている。
ただし、これはオイゲンが例外なのではなく、すべての治安改革センターがそうなのであったが。
オイゲンの向かいに座った中年女性が目の前の若い男が何者か気づかなかったのは、彼がいわゆる「よくある外見」だったからかもしれない。
オイゲンは中肉中背で、ごくありふれた顔をしている。
特徴といえば、眼鏡をかけていることと多少眠そうな目をしていることくらいだろうか? とても一〇万人以上を率いる会社の社長には見えなかった。
女性がオイゲンの勧めた席に着く。
「あの……こういう広告が家に来ていました」
そう言って、一枚の紙をオイゲンの前に差し出した。
「タブーなきエンジニア集団」の広告であった。
基本的には自社のサービスを売り込む広告であるが、「我々は、特定企業による司法警察権の独占に反対します」のキャッチコピーが目立つ。
「あなた方の会社の活動に反対する危険な人たちがうちの近所にまで来ているようです。うちには小さい子供もいるので、子供が狙われたりしないか不安です。警備をお願いできないでしょうか?」
女性の訴えにオイゲンは彼女の住所を確認し、
「警備の人間を回します。他にも何かありましたら情報提供をお願いします。ご協力ありがとうございました」
と型どおりの台詞を述べた。OP社の多くの業務はマニュアル化されており、それを逸脱することは許されないのであった。
オイゲンはセンター内の端末を使って警備依頼を送信した。
そして、端末の画面を注視し、自センターの管轄エリアで何か問題が発生していないかを確認する。
(ウォーリーの奴……あまり無理するなよ。OP社の警戒は予想以上に厳しいよ。ミヤハラあたりが気付いて手綱を引いてくれるといいのだけど……)
オイゲンは「タブーなきエンジニア集団」の広告をしまいながら心の中でそう警告した。
彼は現在の状況をウォーリーのグループに伝えたいと考えていたが、がんじがらめに管理されており、とてもそれができる状態ではなかった。
「タブーなきエンジニア集団」については、メイも自宅で調査していたが、しょせん個人の自宅でできる程度の調査である。
ポータル・シティから離れたハモネスからでは入手できる情報も限られるだろうから、メイに多くを期待するのも酷というものだろう。
それでも彼女ならやってくれるかも知れない、とオイゲンは考えたが、すぐにその考えを打ち消した。
精神的なものとはいえ、彼女は病み上がりだ。
特に今回の落ち込み方は激しかった。精神的に立ち直るのにも時間がかかるように思われる。
それでもオイゲンが彼女に期待してしまうのは、何故だろうか?
自分自身でもよくわからない部分がある。
オイゲンから見てもメイは不思議な人物である。
その挙動もそうなのであるが、オイゲンが一番驚かされるのは彼女の持つ視点なのだ。
彼女の仕事の多くは、オイゲンの依頼による情報収集である。
その情報収集力は高いといえば高いのだが、収集した情報は多少気を遣えば一般の人々が入手できる情報がほとんどである。
彼女のすごさは、そこから必要な情報を取捨選択する能力と、取捨選択された情報から結論を導くときの視点の鋭さ━━時としてそれは突拍子のなさ、とも評価される━━にあるとオイゲンは考えている。
何か引っかかりを覚えたときの彼女は執拗ですらある。
疑問を持つことを覚えた子供が親に対してするように、ひたすら「何故?」を繰り返してくるのだ。
今彼女がオイゲンの近くにいれば、オイゲンに対して「これは何でしょうか? 何故このようなことになっているのでしょうか?」と何度も尋ねてきたかもしれない。
ECN社のお膝元でOP社の影響がまだ少ないハモネスと違って、ポータル・シティは何かと監視の目が厳しい。
OP社によるものだけではなく、市民がお互いに監視し合っているようにオイゲンには感じられた。
治安改革センターに向けられる市民の視線は好意的なものが多かったが、それは市民に代わって何かやらかしそうな者達を監視してくれるという期待の現れであろう。
オイゲンはこうした人々の心理に疎いと自分で思っているが、それでもポータル・シティの雰囲気の異常さを感じる。
メイは彼よりはるかに敏感であったから、今のポータル・シティの異変をより強く感じとったであろう。
また、今の状況に対して疑問が尽きないのではないか?
そのように考えながらも、彼は端末の画面に表示される情報と格闘を続けていた。
治安改革センターでの業務中、気を抜くことは許されない。
それがOP社のやり方だ。
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