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第二章
90:講演の評価
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職業学校の講堂では、本日付で着任した新任教官レイカ・メルツの講演が続いている。
「……さて、自己紹介に戻りますが、私の今までの仕事はこうした『優れているけど、何かが足りなくて皆さんに知られていない商品』を発掘して、その良さを皆さんに知っていただくこと、でした。
これから皆さんに……」
今度はいつもテレビなどで見られるレイカの姿だった。
洗練されているが、あくまでも控えめな様子だ。時々、後ろの画面などを指し示したりするのだが、この仕草がきまっている。
指先までピンと伸ばして画面を指し示す姿は映える。
彼女は長身であるだけではなく手足も長かったから、このようなピンとした姿も似合うのだ。こうした様子は、特に女性の学生に評判がよい。
レイカ自身も自分の外見のことをよく把握していたし、自分を一番良く見せる方法を知っている。これも彼女の売り込み方のひとつなのだ。
客席はしんと静まり返り、レイカの話に聞き入っていた。
ときどきレイカが客席に向けて何かを問いかけることがあり、その度に静寂は破られる。
しかし、レイカの話が始まると再び客席が静まり返る。それの繰り返しだった。
今回の講演でレイカは大多数の聴衆から支持を得たといえよう。今後の教官としての活動にも大いにプラスになると考えられる。
後ろの方の客席ではモリタが落ち着かない様子で身体を左右に動かしながらレイカの講演を聴いていた。それとは対照的にセスとロビーは落ち着いたものだ。
その一列後ろにリスク管理科教官のトニー・シヴァが座っている。彼もちゃっかりレイカの講演を聞きに来ていたのだ。
講演が一段落したところで、トニーがロビーに声をかけた。
「タカミ、あのネーちゃんをどう思う?」
「見てくれは悪くないですね。人気があるのも理解できます」
ロビーは質問の意図を理解しかねていたのだが、正直に感想を答えた。
「……それだけか?」
「今の段階では、それ以上何ともいえませんね」
「……そうか。勉強が足りないな」
「どういうことですか?」
ロビーの口調が少し強くなる。
トニーは落ち着いて答える。
「しょせんは女だ、ってことだ。もうちょっと女として上手に売れる奴かと思ったが、期待はずれだった」
トニーの評価にロビーが怪訝な表情を見せる。
「もう少し詳しく説明いただけると助かります」
ロビーの嫌味が含まれた頼みにトニーは一瞬、出来の悪い生徒を見るような視線を向ける。しかし、それも一瞬のことであった。
「こういうレベルのこともわからないのか……まあいいだろう。
つまり、こういうことだ。
あのねーちゃん先生は、女としてそれなりに見られる見てくれをしているんだから、女で売り込めばよかった。最初にやったように、な」
「……それ以降も女性らしくないですか?」
「いや違う。あの堂々とした動きを見てみろ。あれは男と真っ向からやり合うような姿だ。途中からスタイルを変えるのは、誰に対して売るのかがはっきりしなくなる。まずはそれで減点一、だ」
「他にも減点要素がある、と?」
「……そうだ。男と女では役割は違う。しょせん女は女でしかないのだから、男と勝負する必要はなかった。そこがあのねーちゃん先生の限界だな。
あの顔とスタイルだから男に女としての自分を売り込めば、得られるものが大きかったのだがなぁ」
(結構女好きに見えるのだが、ずいぶん女性に厳しいな……)
ロビーはそう考えながらも、トニーの言葉に積極的に反論を加える気にはならなかった。
「それが、女性に自分を売り込んじまった。これじゃ男が味方にならないし、女も敵に回しかねない。あの顔とスタイルじゃ、他の女に妬まれるぞ。女同士の嫉妬は怖いからな……
リスク管理を学ぶなら、こういった心理にも慣れてないと方向を見誤るぞ。これから補習に行くか?」
「補修?」
「そうだ。あのでっかいのと車椅子のも連れて行こう。講演が終わったら行くぞ!」
ロビーは訳がわからないという様子だったが、断るのも野暮かと考え直し、セスとモリタを連れてトニーについてくことにした。
講演が終わるとトニーはさっと立ち上がって、
「じゃ、補修に行くぞ」
と短く告げた。
「はい。セス、モリタ、悪いけどついてきてくれ」
ロビーが立ち上がり、セスを急いで車椅子に乗せた。
トニーは三人の準備ができるのを待ってから、行くぞ、と言ってどこかへ向けて歩きだした。
移動中セスはロビーに
「補習をするってどうしたの?」
と声をかけていたが、ロビーも内容がわからなかったので、とりあえずついていってみよう、と回答した。
モリタは途中何度も逃げ出そうとしたのだが、その度にトニーに「でっかいの、逃げるなよっ!」と指摘され、しぶしぶついていく羽目になった。どうやらトニーの方が一枚上手らしい。
たどり着いた先はネオンが妖しく光る建物が乱立する繁華街だった。
「今日はこれからここで心理の勉強だ」
トニーが建物の一つを指さして、にこやかな表情で三人に告げた。
「……さて、自己紹介に戻りますが、私の今までの仕事はこうした『優れているけど、何かが足りなくて皆さんに知られていない商品』を発掘して、その良さを皆さんに知っていただくこと、でした。
これから皆さんに……」
今度はいつもテレビなどで見られるレイカの姿だった。
洗練されているが、あくまでも控えめな様子だ。時々、後ろの画面などを指し示したりするのだが、この仕草がきまっている。
指先までピンと伸ばして画面を指し示す姿は映える。
彼女は長身であるだけではなく手足も長かったから、このようなピンとした姿も似合うのだ。こうした様子は、特に女性の学生に評判がよい。
レイカ自身も自分の外見のことをよく把握していたし、自分を一番良く見せる方法を知っている。これも彼女の売り込み方のひとつなのだ。
客席はしんと静まり返り、レイカの話に聞き入っていた。
ときどきレイカが客席に向けて何かを問いかけることがあり、その度に静寂は破られる。
しかし、レイカの話が始まると再び客席が静まり返る。それの繰り返しだった。
今回の講演でレイカは大多数の聴衆から支持を得たといえよう。今後の教官としての活動にも大いにプラスになると考えられる。
後ろの方の客席ではモリタが落ち着かない様子で身体を左右に動かしながらレイカの講演を聴いていた。それとは対照的にセスとロビーは落ち着いたものだ。
その一列後ろにリスク管理科教官のトニー・シヴァが座っている。彼もちゃっかりレイカの講演を聞きに来ていたのだ。
講演が一段落したところで、トニーがロビーに声をかけた。
「タカミ、あのネーちゃんをどう思う?」
「見てくれは悪くないですね。人気があるのも理解できます」
ロビーは質問の意図を理解しかねていたのだが、正直に感想を答えた。
「……それだけか?」
「今の段階では、それ以上何ともいえませんね」
「……そうか。勉強が足りないな」
「どういうことですか?」
ロビーの口調が少し強くなる。
トニーは落ち着いて答える。
「しょせんは女だ、ってことだ。もうちょっと女として上手に売れる奴かと思ったが、期待はずれだった」
トニーの評価にロビーが怪訝な表情を見せる。
「もう少し詳しく説明いただけると助かります」
ロビーの嫌味が含まれた頼みにトニーは一瞬、出来の悪い生徒を見るような視線を向ける。しかし、それも一瞬のことであった。
「こういうレベルのこともわからないのか……まあいいだろう。
つまり、こういうことだ。
あのねーちゃん先生は、女としてそれなりに見られる見てくれをしているんだから、女で売り込めばよかった。最初にやったように、な」
「……それ以降も女性らしくないですか?」
「いや違う。あの堂々とした動きを見てみろ。あれは男と真っ向からやり合うような姿だ。途中からスタイルを変えるのは、誰に対して売るのかがはっきりしなくなる。まずはそれで減点一、だ」
「他にも減点要素がある、と?」
「……そうだ。男と女では役割は違う。しょせん女は女でしかないのだから、男と勝負する必要はなかった。そこがあのねーちゃん先生の限界だな。
あの顔とスタイルだから男に女としての自分を売り込めば、得られるものが大きかったのだがなぁ」
(結構女好きに見えるのだが、ずいぶん女性に厳しいな……)
ロビーはそう考えながらも、トニーの言葉に積極的に反論を加える気にはならなかった。
「それが、女性に自分を売り込んじまった。これじゃ男が味方にならないし、女も敵に回しかねない。あの顔とスタイルじゃ、他の女に妬まれるぞ。女同士の嫉妬は怖いからな……
リスク管理を学ぶなら、こういった心理にも慣れてないと方向を見誤るぞ。これから補習に行くか?」
「補修?」
「そうだ。あのでっかいのと車椅子のも連れて行こう。講演が終わったら行くぞ!」
ロビーは訳がわからないという様子だったが、断るのも野暮かと考え直し、セスとモリタを連れてトニーについてくことにした。
講演が終わるとトニーはさっと立ち上がって、
「じゃ、補修に行くぞ」
と短く告げた。
「はい。セス、モリタ、悪いけどついてきてくれ」
ロビーが立ち上がり、セスを急いで車椅子に乗せた。
トニーは三人の準備ができるのを待ってから、行くぞ、と言ってどこかへ向けて歩きだした。
移動中セスはロビーに
「補習をするってどうしたの?」
と声をかけていたが、ロビーも内容がわからなかったので、とりあえずついていってみよう、と回答した。
モリタは途中何度も逃げ出そうとしたのだが、その度にトニーに「でっかいの、逃げるなよっ!」と指摘され、しぶしぶついていく羽目になった。どうやらトニーの方が一枚上手らしい。
たどり着いた先はネオンが妖しく光る建物が乱立する繁華街だった。
「今日はこれからここで心理の勉強だ」
トニーが建物の一つを指さして、にこやかな表情で三人に告げた。
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