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第三章
99:オイゲン・イナという肴
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メイが自宅に戻ったのと同じ頃、「タブーなきエンジニア集団」の事務所には先程メイによってビラ配り中のメンバーに貼り付けられた記録チップが持ち込まれた。
ウォーリーが現場に出ていて不在だったので、ミヤハラがチップを受け取ったのだが、「あとで中を見てみるよ」と言いながらお茶を飲んでいる。
さすがにまずいと思ったのか、別の従業員がミヤハラの机の上からチップをひったくり、自分の端末で中身をチェックした。
その結果、
「OP社がECN社に対し、『タブーなきエンジニア集団』のメンバーを拘束するため、人員の派遣を命じました。身辺に細心のご注意を」
というメッセージが記録されていることがわかった。
「どうせOP社に目をつけられているのだから、放置しても大過ないと思うが……」
ミヤハラの言葉にサクライもうなずく。この二人にはまるで危機感というものが感じられない。
「まあ、そういうところだな。内容から考えて、多分メッセージを渡した人間は味方になる人間だろうよ」
サクライはメッセージの主に対して好意的だ。
メンバーが記録チップを貼り付けた者のいでたちに関する話をすると、サクライが何か思いついたようにつぶやく。
「ECN社の社長秘書みたいな奴だな。殆ど姿を見たことは無いんだが、一度それらしい奴を廊下で見かけたときにものすごい勢いで逃げ出したことがあったっけ?」
サクライの言葉の直後にウォーリーが帰ってきた。
「おう、俺が居ない間に何かあったか?」
サクライが記録チップの件を話した。ウォーリーはそれを聞くと、
「うちらの活動を応援してくれるんだから味方だろう。OP社の動きには注意すべきかもしれんが、うちらはビラを配っているだけで、人様に危害を加えている訳じゃねえ。さすがにビラを配っているだけでいきなり逮捕、とかはありえんだろうよ」
と答えた。
そして、記録チップを貼り付けた者のいでたちに関する話から、メイ・カワナの話になる。
メイ本人の意図はともかく、彼女の姿は少なくともオイゲンと親しいECN社の幹部社員の間では有名である。
口火を切ったのはウォーリーだ。
「それにしても、あの社長も役に立ちそうもない秘書を置いておいてどうしよう、ってのかねぇ。まあ、あの社長は甘いからな。悪い人間じゃないんだろうけど」
ECN社を飛び出したとはいえ、ウォーリー自身はオイゲン・イナを嫌っている訳ではない。
会社のトップとしては不適格だろうが、話はしやすいし人としては悪くない、という程度の評価はしている。
ウォーリーの言葉に続いたのはサクライだ。
「愛人とかだったとしたら趣味悪いですね」
「どっちがだ、サクライ?」
ウォーリーの質問にサクライは少し考えてから、
「多分両方」
と答えた。
いつの間にか終業時間を過ぎたので、ウォーリーが冷蔵庫から酒とつまむ物を持ち出した。今日はオイゲンとメイを肴にして飲むことにするらしい。
「でも、まあ、何だ。イナに秘書を愛人にできる度胸はないだろうな。学生時代からあいつはかなり晩生だったぞ」
ミヤハラがウォーリーにグラスを差し出した。
ウォーリーの方が役職は上なのだが、ミヤハラが動こうとしないから必然的にウォーリーが酒を注ぐ役になる。
ミヤハラがオイゲンを姓で呼ぶのは、職業学校時代の同級生だからだ。また、ミヤハラはオイゲンと親友と呼べるレベルの仲である。
「違いないな。そういうのに縁がある人間とも思えん。男好き、というのはジョークだろうが、秘書に手を出すってタイプの人間でもなかろう」
ウォーリーは手酌で自分のグラスに酒を注いだ。
オイゲンはこうした面で彼らにとって信頼できるようで、秘書とできているという話は冗談の範囲を超えていない。
「そういえば、あの秘書……自分は顔を知らないんですよ。いつもサングラスとマスクをしているから。どんな顔なんですかね?」
サクライは彼の言葉通りメイの素顔を見たことが無かった。
実はメイが入社してから数ヶ月程度は彼女も社内で顔を隠していたわけではなかった。
しかし、配属される部署でことごとくメンバーに馴染めなかった彼女は次第に職場でもマスクやサングラスで顔を隠すようになっていた。
だから、彼女の素顔を知らないECN社の従業員も多い。サクライもその一人である。
それに対しウォーリーとミヤハラはメイの素顔を見たことがある。
ウォーリーがメイの素顔を見たときの記憶を手繰り寄せる。
「化粧っ気は無かったな。特別美人とかではなかったような気がするが、整えればそれほど見られない顔ではなかったはずだぞ」
実はウォーリー自身にもメイの素顔にはあまり強い印象がない。
マスクと帽子とサングラスのイメージが強すぎて、素顔がはっきり浮かばないのだ。
もっとも後にメイの素顔を知り、自身の記憶がいかにあてにならないものか、思い知らされる結果となったのだが。
ミヤハラに至っては目の色の記憶しかない。
「目の色が緑っぽいからちょっとな。どちらにせよ、こういっちゃ悪いが少々気味が悪い……イナが引き受けてくれてちょうどいい、ってところじゃないか」
「はは、それは悪くないですね」「はは、違いないな」
ミヤハラの言葉にウォーリーとサクライが笑った。
三人が更にオイゲンとメイを肴に飲んでいると、事務所の端末が着信を知らせる音を鳴らした。
残っていた別のメンバーが対応する。
三人が顔を見合わせた。
ウォーリーが現場に出ていて不在だったので、ミヤハラがチップを受け取ったのだが、「あとで中を見てみるよ」と言いながらお茶を飲んでいる。
さすがにまずいと思ったのか、別の従業員がミヤハラの机の上からチップをひったくり、自分の端末で中身をチェックした。
その結果、
「OP社がECN社に対し、『タブーなきエンジニア集団』のメンバーを拘束するため、人員の派遣を命じました。身辺に細心のご注意を」
というメッセージが記録されていることがわかった。
「どうせOP社に目をつけられているのだから、放置しても大過ないと思うが……」
ミヤハラの言葉にサクライもうなずく。この二人にはまるで危機感というものが感じられない。
「まあ、そういうところだな。内容から考えて、多分メッセージを渡した人間は味方になる人間だろうよ」
サクライはメッセージの主に対して好意的だ。
メンバーが記録チップを貼り付けた者のいでたちに関する話をすると、サクライが何か思いついたようにつぶやく。
「ECN社の社長秘書みたいな奴だな。殆ど姿を見たことは無いんだが、一度それらしい奴を廊下で見かけたときにものすごい勢いで逃げ出したことがあったっけ?」
サクライの言葉の直後にウォーリーが帰ってきた。
「おう、俺が居ない間に何かあったか?」
サクライが記録チップの件を話した。ウォーリーはそれを聞くと、
「うちらの活動を応援してくれるんだから味方だろう。OP社の動きには注意すべきかもしれんが、うちらはビラを配っているだけで、人様に危害を加えている訳じゃねえ。さすがにビラを配っているだけでいきなり逮捕、とかはありえんだろうよ」
と答えた。
そして、記録チップを貼り付けた者のいでたちに関する話から、メイ・カワナの話になる。
メイ本人の意図はともかく、彼女の姿は少なくともオイゲンと親しいECN社の幹部社員の間では有名である。
口火を切ったのはウォーリーだ。
「それにしても、あの社長も役に立ちそうもない秘書を置いておいてどうしよう、ってのかねぇ。まあ、あの社長は甘いからな。悪い人間じゃないんだろうけど」
ECN社を飛び出したとはいえ、ウォーリー自身はオイゲン・イナを嫌っている訳ではない。
会社のトップとしては不適格だろうが、話はしやすいし人としては悪くない、という程度の評価はしている。
ウォーリーの言葉に続いたのはサクライだ。
「愛人とかだったとしたら趣味悪いですね」
「どっちがだ、サクライ?」
ウォーリーの質問にサクライは少し考えてから、
「多分両方」
と答えた。
いつの間にか終業時間を過ぎたので、ウォーリーが冷蔵庫から酒とつまむ物を持ち出した。今日はオイゲンとメイを肴にして飲むことにするらしい。
「でも、まあ、何だ。イナに秘書を愛人にできる度胸はないだろうな。学生時代からあいつはかなり晩生だったぞ」
ミヤハラがウォーリーにグラスを差し出した。
ウォーリーの方が役職は上なのだが、ミヤハラが動こうとしないから必然的にウォーリーが酒を注ぐ役になる。
ミヤハラがオイゲンを姓で呼ぶのは、職業学校時代の同級生だからだ。また、ミヤハラはオイゲンと親友と呼べるレベルの仲である。
「違いないな。そういうのに縁がある人間とも思えん。男好き、というのはジョークだろうが、秘書に手を出すってタイプの人間でもなかろう」
ウォーリーは手酌で自分のグラスに酒を注いだ。
オイゲンはこうした面で彼らにとって信頼できるようで、秘書とできているという話は冗談の範囲を超えていない。
「そういえば、あの秘書……自分は顔を知らないんですよ。いつもサングラスとマスクをしているから。どんな顔なんですかね?」
サクライは彼の言葉通りメイの素顔を見たことが無かった。
実はメイが入社してから数ヶ月程度は彼女も社内で顔を隠していたわけではなかった。
しかし、配属される部署でことごとくメンバーに馴染めなかった彼女は次第に職場でもマスクやサングラスで顔を隠すようになっていた。
だから、彼女の素顔を知らないECN社の従業員も多い。サクライもその一人である。
それに対しウォーリーとミヤハラはメイの素顔を見たことがある。
ウォーリーがメイの素顔を見たときの記憶を手繰り寄せる。
「化粧っ気は無かったな。特別美人とかではなかったような気がするが、整えればそれほど見られない顔ではなかったはずだぞ」
実はウォーリー自身にもメイの素顔にはあまり強い印象がない。
マスクと帽子とサングラスのイメージが強すぎて、素顔がはっきり浮かばないのだ。
もっとも後にメイの素顔を知り、自身の記憶がいかにあてにならないものか、思い知らされる結果となったのだが。
ミヤハラに至っては目の色の記憶しかない。
「目の色が緑っぽいからちょっとな。どちらにせよ、こういっちゃ悪いが少々気味が悪い……イナが引き受けてくれてちょうどいい、ってところじゃないか」
「はは、それは悪くないですね」「はは、違いないな」
ミヤハラの言葉にウォーリーとサクライが笑った。
三人が更にオイゲンとメイを肴に飲んでいると、事務所の端末が着信を知らせる音を鳴らした。
残っていた別のメンバーが対応する。
三人が顔を見合わせた。
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