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第三章
109:緊迫感に欠ける逃亡劇
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ECN社の代表がヘンミという人物である。
捜索と称して「タブーなきエンジニア集団」本部へ侵入を試みようとしているOP社治安改革センターの隊長からそう聞かされた。
「ヘンミぃ? 誰だ、そいつは?」
ミヤハラはヘンミという名前が誰を意味するか分からず、思わず声をあげてしまった。
一方、隊長はミヤハラとヘンミはECN社時代に同じタスクユニットに在籍していた、という情報を事前に得ていた。
そうであるにもかかわらず、ミヤハラは「ヘンミという人物など知らん」といった予想外の反応を見せたため、隊長はその場に固まらざるを得なかった。
微妙な沈黙が場を支配した。
しばらく沈黙が続いた後、不意にパン、という甲高い音が響いた。
「……あぁ、トワマネージャーのところにいた、あのヘンミか?」
しばらく思案した後、ミヤハラが思い出したというように手を叩いたのだった。
それはこれまでのやり取りの中で、ミヤハラがあげたもっとも大きい声であった。
辺りを見回すと何人かが首を縦に振った。それでミヤハラは自分の言葉が正しいことを知った。
よりによって、ECN社時代、自分よりも役職が下だったはずの人間がどうして代表をやっているのだ、という疑問が湧いてくる。
それより上位の役員なり上級チームマネージャーなりがいたはずなのに、それよりも数ランク下の役職の者が代表を代行しているとはどういうことだろうか?
「……イナ社長はどうした?」
ミヤハラは普段オイゲンを「イナ」と姓で呼ぶ。
これはミヤハラとオイゲンが親友と呼べるレベルの親しい間柄であるからなのだが、今回は敢えて「社長」と呼んだ。相手に関係を悟られないためである。
「……わが社のやり方を知っていただくために、社長の管理下で学習してもらっている。ヘンミ氏はその間、ECN社の代表代行を務めている」
ミヤハラの問いに隊長が答えた。
(まさかヘンミがねぇ……)
ECN社時代、ヘンミはミヤハラの直属の部下だったのだが、ミヤハラからすれば殆ど印象が無い。
いつもスーツを着ていた目立たない奴だったな、という程度だ。
ミヤハラには考えがあった。いろいろ無駄な会話をしているように見えるが、彼は時間を稼いでいたのである。
事務所にいた従業員を裏口から逃げさせながら、自宅などに待機しているメンバーに連絡を取らせた。
非常事態発生時に避難する場所を特には決めていなかったから、「タブーなきエンジニア集団」の活動から離れたい者は自由に離れさせた。
活動を継続したい者については、一時的にミヤハラ自身がジンに移動する旨だけを伝えて、対応を各自の判断に任せた。
OP社の動きを警戒しておきながら、具体的な対応策を準備できなかったことは悔やまれるが、ことが起こってしまっては仕方がない。できる限りのことをしておこう、とミヤハラは開き直っていたのである。
ミヤハラは一度だけウォーリーに対応策を準備するよう進言したことがあった。
しかし、ウォーリーは「うちみたいな小規模な相手にOP社が本気を出してやってくることもないだろう。ことが起きてから臨機応変に対応してくれ」と進言を退けてしまった。
ミヤハラもウォーリーの不興を買いたくないので、それ以上何も言わなかったのである。
「?!」
不意にミヤハラの携帯端末が二度鳴って切れた。事務所から全員外へ出た、という合図だ。
ミヤハラが隊長に更に何か言おうとすると、隊長の身体が硬直した。よく見ると耳のイヤホンに手をやっている。
その直後、隊長自らが「タブーなきエンジニア集団」の事務所に突入した。それに後の者も続く。
ミヤハラは身体を張って侵入を阻止しようとしたが、多勢に無勢、人の波に押される形で事務所へ押し込まれてしまった。
(……交渉の余地なし、か。さて、どうしたものか)
ミヤハラが大して深刻でもない様子で思案していると、OP社治安改革センターの腕章をした男にいきなり腕を引かれた。
よく見ると名前は思い出せないが、ECN社時代に隣のタスクユニットで働いていた社員の仕業だった。今はOP社側の者として、「タブーなきエンジニア集団」と敵対している立場のはずである。
「TM、こっちです」
ECN社時代の役職で呼ばれたミヤハラはその声に従い、腕を引かれるにまかせて、事務所の外に出た。
「……すみません、私どもにはここまでしかできません。OP社のやり方には強く反対しますが、逆らうこともできません。TMをとり逃がしたことにして、怒られておきますので。どうかご無事で」
ミヤハラは事務所の敷地から外に出されてしまった。
よく見ると事務所の周辺は大勢に取り囲まれていた。
しかし、逃げるミヤハラの仲間を追おうとする者達と、消極的なサボタージュで追っているフリをする者達、そして事態にパニックになって右往左往している者達とがごっちゃになって大混乱となっている。
消極的サボタージュをしている者達とパニックになっている者達には見覚えのある者も多くいる。主にECN社の従業員だ。
ミヤハラは混乱に乗じて、大して苦労することもなく騒ぎの輪から外へ抜け出した。
「……やれやれ、とりあえずメディットに向かうか」
そうつぶやくと、ゆったりとした歩調で妻子が待つであろうメディットに向けて歩き始めた。
捜索と称して「タブーなきエンジニア集団」本部へ侵入を試みようとしているOP社治安改革センターの隊長からそう聞かされた。
「ヘンミぃ? 誰だ、そいつは?」
ミヤハラはヘンミという名前が誰を意味するか分からず、思わず声をあげてしまった。
一方、隊長はミヤハラとヘンミはECN社時代に同じタスクユニットに在籍していた、という情報を事前に得ていた。
そうであるにもかかわらず、ミヤハラは「ヘンミという人物など知らん」といった予想外の反応を見せたため、隊長はその場に固まらざるを得なかった。
微妙な沈黙が場を支配した。
しばらく沈黙が続いた後、不意にパン、という甲高い音が響いた。
「……あぁ、トワマネージャーのところにいた、あのヘンミか?」
しばらく思案した後、ミヤハラが思い出したというように手を叩いたのだった。
それはこれまでのやり取りの中で、ミヤハラがあげたもっとも大きい声であった。
辺りを見回すと何人かが首を縦に振った。それでミヤハラは自分の言葉が正しいことを知った。
よりによって、ECN社時代、自分よりも役職が下だったはずの人間がどうして代表をやっているのだ、という疑問が湧いてくる。
それより上位の役員なり上級チームマネージャーなりがいたはずなのに、それよりも数ランク下の役職の者が代表を代行しているとはどういうことだろうか?
「……イナ社長はどうした?」
ミヤハラは普段オイゲンを「イナ」と姓で呼ぶ。
これはミヤハラとオイゲンが親友と呼べるレベルの親しい間柄であるからなのだが、今回は敢えて「社長」と呼んだ。相手に関係を悟られないためである。
「……わが社のやり方を知っていただくために、社長の管理下で学習してもらっている。ヘンミ氏はその間、ECN社の代表代行を務めている」
ミヤハラの問いに隊長が答えた。
(まさかヘンミがねぇ……)
ECN社時代、ヘンミはミヤハラの直属の部下だったのだが、ミヤハラからすれば殆ど印象が無い。
いつもスーツを着ていた目立たない奴だったな、という程度だ。
ミヤハラには考えがあった。いろいろ無駄な会話をしているように見えるが、彼は時間を稼いでいたのである。
事務所にいた従業員を裏口から逃げさせながら、自宅などに待機しているメンバーに連絡を取らせた。
非常事態発生時に避難する場所を特には決めていなかったから、「タブーなきエンジニア集団」の活動から離れたい者は自由に離れさせた。
活動を継続したい者については、一時的にミヤハラ自身がジンに移動する旨だけを伝えて、対応を各自の判断に任せた。
OP社の動きを警戒しておきながら、具体的な対応策を準備できなかったことは悔やまれるが、ことが起こってしまっては仕方がない。できる限りのことをしておこう、とミヤハラは開き直っていたのである。
ミヤハラは一度だけウォーリーに対応策を準備するよう進言したことがあった。
しかし、ウォーリーは「うちみたいな小規模な相手にOP社が本気を出してやってくることもないだろう。ことが起きてから臨機応変に対応してくれ」と進言を退けてしまった。
ミヤハラもウォーリーの不興を買いたくないので、それ以上何も言わなかったのである。
「?!」
不意にミヤハラの携帯端末が二度鳴って切れた。事務所から全員外へ出た、という合図だ。
ミヤハラが隊長に更に何か言おうとすると、隊長の身体が硬直した。よく見ると耳のイヤホンに手をやっている。
その直後、隊長自らが「タブーなきエンジニア集団」の事務所に突入した。それに後の者も続く。
ミヤハラは身体を張って侵入を阻止しようとしたが、多勢に無勢、人の波に押される形で事務所へ押し込まれてしまった。
(……交渉の余地なし、か。さて、どうしたものか)
ミヤハラが大して深刻でもない様子で思案していると、OP社治安改革センターの腕章をした男にいきなり腕を引かれた。
よく見ると名前は思い出せないが、ECN社時代に隣のタスクユニットで働いていた社員の仕業だった。今はOP社側の者として、「タブーなきエンジニア集団」と敵対している立場のはずである。
「TM、こっちです」
ECN社時代の役職で呼ばれたミヤハラはその声に従い、腕を引かれるにまかせて、事務所の外に出た。
「……すみません、私どもにはここまでしかできません。OP社のやり方には強く反対しますが、逆らうこともできません。TMをとり逃がしたことにして、怒られておきますので。どうかご無事で」
ミヤハラは事務所の敷地から外に出されてしまった。
よく見ると事務所の周辺は大勢に取り囲まれていた。
しかし、逃げるミヤハラの仲間を追おうとする者達と、消極的なサボタージュで追っているフリをする者達、そして事態にパニックになって右往左往している者達とがごっちゃになって大混乱となっている。
消極的サボタージュをしている者達とパニックになっている者達には見覚えのある者も多くいる。主にECN社の従業員だ。
ミヤハラは混乱に乗じて、大して苦労することもなく騒ぎの輪から外へ抜け出した。
「……やれやれ、とりあえずメディットに向かうか」
そうつぶやくと、ゆったりとした歩調で妻子が待つであろうメディットに向けて歩き始めた。
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