121 / 336
第三章
117:三人の新しい仕事
しおりを挟む
年が明けたLH五〇年一月下旬のある日、チクハ・タウンにある職業学校では、いつものように講義や実習などが行われていた。
一ヶ月ほど前の一二月二二日に「タブーなきエンジニア集団」が引き起こした事件 (とOP社やマスコミは報じていた)のため、職業学校も一週間ほどは混乱していた。
しかし、混乱も次第に治まっていき、一部の例外を除いて一月の上旬には日常が戻っていたのであった。
「モリタの奴、いい気なものだな、セス」
ロビーの言葉に車椅子のセスが無言でうなずいた。
職業学校の教室の一つに隣接している機械室の一番前でモリタが表面上は冷静な様子で機械を操作している。
彼の視線の先にはガラス窓を通して、教室で講義をしているマーケティング学科教官レイカ・メルツの姿があった。
職業学校の授業でのひとコマである。
職業学校ではLH五〇年の年初に組織改編があり、セス、ロビー、モリタはリスク管理学科とマーケティング学科の職員を兼任することとなった。
これは「タブーなきエンジニア集団」が昨年末に引き起こした事件に関連している。
事実とは異なるのだが、少なくない数の一般市民が昨年末の風力エネルギー研究所の爆破事件を「タブーなきエンジニア集団」によるテロ行為と理解していた。
未だ犯人は捕まっていなかったから、職業学校では主に生徒の安全を守る観点から、学校内の警備を強化することとした。
若手職員の一部を警備担当とし、学内の巡回パトロールや監視カメラのチェックなどの業務に充てたのだった。
しかし、セスは車椅子だったから、警備担当にはなり得なかった。
その代わり、従来のリスク管理学科以外にマーケティング学科の業務も兼務することとなったのだ。
ロビーやモリタはセスに付き添う格好で、やはりマーケティング学科の業務を兼務することとなった。
マーケティング学科側のたっての希望により、午前はリスク管理学科、午後はマーケティング学科の選任のような形で三人は仕事をしている。
この形になってから約三週間が過ぎていた。午前はトニーの授業中心に、午後はもっぱらレイカの授業ばかり三人は補助を行っていた。
「まあいいんじゃないかな」
セスは穏やかな表情でロビーに答えた。
ロビーには気がかりなことがある。昨年の四月に体調を崩して以来、セスの調子が良くならないのだ。
これまでもセスが一時的に体調を崩すことはよくあったが、今回はいつもと違うように思える。
八月と一ニ月にはそれぞれ長期休暇を利用して、一週間程度入院もした。それでも回復した、という様子ではない。
仕事に大きな支障があるほどではなかったから、現在でもこうして仕事には出ているが、それも良くないのではないかとロビーは思う。
ただ、病院のベッドにセスを縛り付けておくのも心配である。普段の診察の時は、そんな素振りを見せないのだが、入院と決まった途端、セスが取り乱したのを目撃したからだ。
ロビーやモリタに相談するなら理解できるのだが、昨年の八月に入院したときは、教官のトニー・シヴァやロビーの両親、モリタの母親にまで電話をかけて「どうしたらいいか?」と相談を持ちかけたのである。
未だにトニーは、「入院くらいで今にも死ぬんじゃないかと取り乱したからなぁ」とセスを笑い話の種にしているくらいの様子だったのだ。
肝心のセスは、もっぱら兄探しの情報収集と、モリタとレイカの仲を取り持とうという計画に熱中しているように見える。
ロビーから見ると体調のことを忘れたいがために熱中しているように見えるので痛々しい。
何とかしなければ、とロビーが考えていると不意に周囲が騒がしくなった。
いつの間にかレイカの講義は終わっていて、セスが機械の片づけを始めていたのだ。
一方のモリタは
「まだまだメルツ先生は能力を出し切れてないよ。緊張しているんじゃないかな」
とレイカの講義にケチをつけている。
それなら本人に言えばいいだろう、とロビーは一言文句を言ってやりたい気分になっていた。
少しして機械室のドアが開き、長身の女性が中に入ってくた。
「皆さん、お疲れ様でした! 今日の講義で気づいたこととかありました?」
講義を終えたレイカ・メルツだった。彼女は講義を終えると必ず機械室に入ってきて、職員に講義のコメントなどを求めるのだった。
「あ、いえ、メルツ先生の講義はいつも完璧ですっ!」
モリタが立ち上がった。
「……ありがとう。モリタさん、タカミさん、クルスくんがジャストのタイミングで機械を操作してくれるから、こちらも講義がしやすくて助かっています」
レイカは礼儀正しい。
こういうところが受けるのかな、とセスは考えていた。
セスだけ何故か「くん」付けなのだが、セスにとっては気にならない。
これを気にしているのはむしろロビーの方なのだが、そのロビーですら三人が並んだらセスが年下に見えることは承知している。
「あのー。メルツ先生。三限のクラスとくらべると今の時間はリラックスして講義しているように見えました。三限は何かあったのですか?」
セスが柔らかい口調で指摘した。
指摘にレイカは口に手を当てて驚いた様子を見せてから、考え込んだ。
反応を見たセスは、
「あ、いえ、僕が何となく思ったことだったので、気のせいだったかもしれません」
と手を振った。
セスがレイカの三限の授業を見て、多少ぎこちなさを感じたのは事実である。
モリタが皮肉を言ったのも、このぎこちなさをうすうすながら感じとったためだった。
一ヶ月ほど前の一二月二二日に「タブーなきエンジニア集団」が引き起こした事件 (とOP社やマスコミは報じていた)のため、職業学校も一週間ほどは混乱していた。
しかし、混乱も次第に治まっていき、一部の例外を除いて一月の上旬には日常が戻っていたのであった。
「モリタの奴、いい気なものだな、セス」
ロビーの言葉に車椅子のセスが無言でうなずいた。
職業学校の教室の一つに隣接している機械室の一番前でモリタが表面上は冷静な様子で機械を操作している。
彼の視線の先にはガラス窓を通して、教室で講義をしているマーケティング学科教官レイカ・メルツの姿があった。
職業学校の授業でのひとコマである。
職業学校ではLH五〇年の年初に組織改編があり、セス、ロビー、モリタはリスク管理学科とマーケティング学科の職員を兼任することとなった。
これは「タブーなきエンジニア集団」が昨年末に引き起こした事件に関連している。
事実とは異なるのだが、少なくない数の一般市民が昨年末の風力エネルギー研究所の爆破事件を「タブーなきエンジニア集団」によるテロ行為と理解していた。
未だ犯人は捕まっていなかったから、職業学校では主に生徒の安全を守る観点から、学校内の警備を強化することとした。
若手職員の一部を警備担当とし、学内の巡回パトロールや監視カメラのチェックなどの業務に充てたのだった。
しかし、セスは車椅子だったから、警備担当にはなり得なかった。
その代わり、従来のリスク管理学科以外にマーケティング学科の業務も兼務することとなったのだ。
ロビーやモリタはセスに付き添う格好で、やはりマーケティング学科の業務を兼務することとなった。
マーケティング学科側のたっての希望により、午前はリスク管理学科、午後はマーケティング学科の選任のような形で三人は仕事をしている。
この形になってから約三週間が過ぎていた。午前はトニーの授業中心に、午後はもっぱらレイカの授業ばかり三人は補助を行っていた。
「まあいいんじゃないかな」
セスは穏やかな表情でロビーに答えた。
ロビーには気がかりなことがある。昨年の四月に体調を崩して以来、セスの調子が良くならないのだ。
これまでもセスが一時的に体調を崩すことはよくあったが、今回はいつもと違うように思える。
八月と一ニ月にはそれぞれ長期休暇を利用して、一週間程度入院もした。それでも回復した、という様子ではない。
仕事に大きな支障があるほどではなかったから、現在でもこうして仕事には出ているが、それも良くないのではないかとロビーは思う。
ただ、病院のベッドにセスを縛り付けておくのも心配である。普段の診察の時は、そんな素振りを見せないのだが、入院と決まった途端、セスが取り乱したのを目撃したからだ。
ロビーやモリタに相談するなら理解できるのだが、昨年の八月に入院したときは、教官のトニー・シヴァやロビーの両親、モリタの母親にまで電話をかけて「どうしたらいいか?」と相談を持ちかけたのである。
未だにトニーは、「入院くらいで今にも死ぬんじゃないかと取り乱したからなぁ」とセスを笑い話の種にしているくらいの様子だったのだ。
肝心のセスは、もっぱら兄探しの情報収集と、モリタとレイカの仲を取り持とうという計画に熱中しているように見える。
ロビーから見ると体調のことを忘れたいがために熱中しているように見えるので痛々しい。
何とかしなければ、とロビーが考えていると不意に周囲が騒がしくなった。
いつの間にかレイカの講義は終わっていて、セスが機械の片づけを始めていたのだ。
一方のモリタは
「まだまだメルツ先生は能力を出し切れてないよ。緊張しているんじゃないかな」
とレイカの講義にケチをつけている。
それなら本人に言えばいいだろう、とロビーは一言文句を言ってやりたい気分になっていた。
少しして機械室のドアが開き、長身の女性が中に入ってくた。
「皆さん、お疲れ様でした! 今日の講義で気づいたこととかありました?」
講義を終えたレイカ・メルツだった。彼女は講義を終えると必ず機械室に入ってきて、職員に講義のコメントなどを求めるのだった。
「あ、いえ、メルツ先生の講義はいつも完璧ですっ!」
モリタが立ち上がった。
「……ありがとう。モリタさん、タカミさん、クルスくんがジャストのタイミングで機械を操作してくれるから、こちらも講義がしやすくて助かっています」
レイカは礼儀正しい。
こういうところが受けるのかな、とセスは考えていた。
セスだけ何故か「くん」付けなのだが、セスにとっては気にならない。
これを気にしているのはむしろロビーの方なのだが、そのロビーですら三人が並んだらセスが年下に見えることは承知している。
「あのー。メルツ先生。三限のクラスとくらべると今の時間はリラックスして講義しているように見えました。三限は何かあったのですか?」
セスが柔らかい口調で指摘した。
指摘にレイカは口に手を当てて驚いた様子を見せてから、考え込んだ。
反応を見たセスは、
「あ、いえ、僕が何となく思ったことだったので、気のせいだったかもしれません」
と手を振った。
セスがレイカの三限の授業を見て、多少ぎこちなさを感じたのは事実である。
モリタが皮肉を言ったのも、このぎこちなさをうすうすながら感じとったためだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
4
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる