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第三章
127:交換条件
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十秒ほど考えた後、レイカはロビー、モリタ、セスの三人にこう申し出た。
「それなら……こうしてみるのはどうかしら? 私のほうからここに持ち込める仕事を持ってくるわ。それを君たちにお願いする代わりに、シヴァ先生からのお仕事を私も手伝うわ。スタッフと同様、と言うわけには行かないけど、少しならお給料も出すわ。お役に立てるかわからないけど……」
レイカの申し出に、驚きながらも同意しようとするモリタを制止しながらロビーが答える。
「申し訳ないけど、先生。金は受け取れないですよ。俺のところの問題で、先生のところの仕事ができなくなったわけだし。それに俺達で受けた仕事を先生に手伝ってもらうのは筋違いだし」
ロビーがレイカからの申し出を拒否してしまったので、しぶしぶモリタもそれに従う。
「……でも、それだと君たちがただ働きになっちゃうけど。それでは私も困るし……」
レイカがそう言って黙り込んでしまった。
実はレイカにも思惑があった。
彼らを失った場合、彼女には専任のスタッフがつかないことになってしまう。
さすがにスタッフ無しで講座を支えるのは、彼女としても厳しい。
学科に新たなスタッフが追加されないところで、彼女がスタッフを求めたらどうなるであろうか?
業務の処理能力を疑われる可能性もあるし、この状況でスタッフを求めるのは有名人の我侭に取られる可能性もある。彼女としては避けたい選択であった。
レイカが思案していると、ロビーがこう提案した。
「じゃ、先生。こうしましょう。 先生は、こっちに持ってこられる仕事を持ってくる。俺達はシヴァ先生から頼まれた仕事をここへ持ち込む。
先生、俺、モリタ、セスの四人で持ち込んだ仕事を分担して片付ける。四人一緒でやりゃ貸し借りなし、ってことでちょうどいいでしょ」
ロビーは友人に簡単な頼みごとをするような気安さで提案した。
モリタが慌てて異論を唱える。
「ろ、ロビー、待てよ。いくら何でも先生にそんな提案ありかよ?」
ロビーは気にしない、気にしないと言いながらレイカの返答を待った。
そして、人懐っこそうな笑顔を浮かべてレイカの方を向いた。
「……どうする、先生?」
「……わかったわ。そうしましょう。仲間みたいなもの、だったわね」
「そうそう。というわけでモリタ、こういうことに決まったから。セスには起きたら俺が伝えておこう」
セスは検査疲れか薬の影響かで何時の間にか眠ってしまっていたようだった。
ロビーはモリタ、レイカと詳しい内容について打ち合わせた。セスを起こさないよう小声でだ。
ある程度内容が決まったところで、レイカは病室を後にした。病室には再びセス、ロビー、モリタの三人が残された。
「……まあ、幸いここで作業することは問題ないからな。この際はメディットで助かった、ってところだ」
ロビーが昆布茶を飲みながら言った。いつの間にか昆布茶のセットを持ち込んで自分で作ったのだ。
この男にとって昆布茶は切っても切り離せないアイテムらしい。
彼の言うとおり、メディットでは病室で入院患者が職場関係者と仕事をすることが珍しくない。
労働力人口が不足しているエクザロームならではの事情なのだが、仕事をすることに支障の無い入院患者━━特に骨折などの整形外科系の患者に多い━━が、病室でも業務に従事できるよう、机や通信環境が整えられている病室が多くある。
セスの病室もこのタイプの病室で、六人が同時に作業できる大机がある個室だ。
医師からセスの場合は一二時から一九時半までの業務が認められていると説明を受けていた。
病院側で電話の取次ぎなどもやってくれるので至れり尽くせりなのだが、これが果たして患者にとって好ましいかどうかは賛否が分かれるところである。
「……それにしてもメルツ先生、何でここに来たのだろう……?」
モリタが思わず疑問を口にした。
「何だろうな? 意外とセス目当てかも知れないぞ。セスの頼んだ資料を持ってきていたからな。ああ見えてセスは、学校の女の職員とかにも人気があるし、あの先生もセスみたいなのが好みだったりしてな」
「だとしたら、メルツ先生も意外と趣味が良くないなぁ。マーケターという割には見る目が無いように思えるよ」
モリタが悪態をついた。
「わはは、悪い悪い。まあ、実際のところはよくわからんが、昨日の最初の方で見た姿が案外本心かも知れねえな。仲間が欲しい、ってやつだ」
ロビーがモリタの肩を叩きながら詫びた。
ロビーの言葉にモリタは懐疑的だったが、それ以上反論するのは止めた。それ以上の心配事を思いついたからだった。
実はモリタは近いうちに職場の近くであるチクハ・タウンにアパートを借りようと考えていた。
彼の母親の知人を通して、職業学校近くの物件を手配してもらい近日中に契約する予定だった。
しかし、職業学校を辞めたことでアパートが必要なくなってしまった。
これから通うことになるであろうメディットは、チクハ・タウンから行くよりも今の自宅からの方がずっと近いのだ。
また、職業学校の職員ならば信用があるが、その地位を失った今、家主に信用してもらうのも難しい。
モリタは職場を辞めたことを母親に説明して、その知人を通して契約を止めてもらわなければならないと考えた。母親のつてを頼ったのが完全に裏目に出てしまっていた。
(急に一体何が起きたっていうんだ! ああ、もう!)
モリタは慌てて病室を出て、母親に連絡を取りに行った。
「それなら……こうしてみるのはどうかしら? 私のほうからここに持ち込める仕事を持ってくるわ。それを君たちにお願いする代わりに、シヴァ先生からのお仕事を私も手伝うわ。スタッフと同様、と言うわけには行かないけど、少しならお給料も出すわ。お役に立てるかわからないけど……」
レイカの申し出に、驚きながらも同意しようとするモリタを制止しながらロビーが答える。
「申し訳ないけど、先生。金は受け取れないですよ。俺のところの問題で、先生のところの仕事ができなくなったわけだし。それに俺達で受けた仕事を先生に手伝ってもらうのは筋違いだし」
ロビーがレイカからの申し出を拒否してしまったので、しぶしぶモリタもそれに従う。
「……でも、それだと君たちがただ働きになっちゃうけど。それでは私も困るし……」
レイカがそう言って黙り込んでしまった。
実はレイカにも思惑があった。
彼らを失った場合、彼女には専任のスタッフがつかないことになってしまう。
さすがにスタッフ無しで講座を支えるのは、彼女としても厳しい。
学科に新たなスタッフが追加されないところで、彼女がスタッフを求めたらどうなるであろうか?
業務の処理能力を疑われる可能性もあるし、この状況でスタッフを求めるのは有名人の我侭に取られる可能性もある。彼女としては避けたい選択であった。
レイカが思案していると、ロビーがこう提案した。
「じゃ、先生。こうしましょう。 先生は、こっちに持ってこられる仕事を持ってくる。俺達はシヴァ先生から頼まれた仕事をここへ持ち込む。
先生、俺、モリタ、セスの四人で持ち込んだ仕事を分担して片付ける。四人一緒でやりゃ貸し借りなし、ってことでちょうどいいでしょ」
ロビーは友人に簡単な頼みごとをするような気安さで提案した。
モリタが慌てて異論を唱える。
「ろ、ロビー、待てよ。いくら何でも先生にそんな提案ありかよ?」
ロビーは気にしない、気にしないと言いながらレイカの返答を待った。
そして、人懐っこそうな笑顔を浮かべてレイカの方を向いた。
「……どうする、先生?」
「……わかったわ。そうしましょう。仲間みたいなもの、だったわね」
「そうそう。というわけでモリタ、こういうことに決まったから。セスには起きたら俺が伝えておこう」
セスは検査疲れか薬の影響かで何時の間にか眠ってしまっていたようだった。
ロビーはモリタ、レイカと詳しい内容について打ち合わせた。セスを起こさないよう小声でだ。
ある程度内容が決まったところで、レイカは病室を後にした。病室には再びセス、ロビー、モリタの三人が残された。
「……まあ、幸いここで作業することは問題ないからな。この際はメディットで助かった、ってところだ」
ロビーが昆布茶を飲みながら言った。いつの間にか昆布茶のセットを持ち込んで自分で作ったのだ。
この男にとって昆布茶は切っても切り離せないアイテムらしい。
彼の言うとおり、メディットでは病室で入院患者が職場関係者と仕事をすることが珍しくない。
労働力人口が不足しているエクザロームならではの事情なのだが、仕事をすることに支障の無い入院患者━━特に骨折などの整形外科系の患者に多い━━が、病室でも業務に従事できるよう、机や通信環境が整えられている病室が多くある。
セスの病室もこのタイプの病室で、六人が同時に作業できる大机がある個室だ。
医師からセスの場合は一二時から一九時半までの業務が認められていると説明を受けていた。
病院側で電話の取次ぎなどもやってくれるので至れり尽くせりなのだが、これが果たして患者にとって好ましいかどうかは賛否が分かれるところである。
「……それにしてもメルツ先生、何でここに来たのだろう……?」
モリタが思わず疑問を口にした。
「何だろうな? 意外とセス目当てかも知れないぞ。セスの頼んだ資料を持ってきていたからな。ああ見えてセスは、学校の女の職員とかにも人気があるし、あの先生もセスみたいなのが好みだったりしてな」
「だとしたら、メルツ先生も意外と趣味が良くないなぁ。マーケターという割には見る目が無いように思えるよ」
モリタが悪態をついた。
「わはは、悪い悪い。まあ、実際のところはよくわからんが、昨日の最初の方で見た姿が案外本心かも知れねえな。仲間が欲しい、ってやつだ」
ロビーがモリタの肩を叩きながら詫びた。
ロビーの言葉にモリタは懐疑的だったが、それ以上反論するのは止めた。それ以上の心配事を思いついたからだった。
実はモリタは近いうちに職場の近くであるチクハ・タウンにアパートを借りようと考えていた。
彼の母親の知人を通して、職業学校近くの物件を手配してもらい近日中に契約する予定だった。
しかし、職業学校を辞めたことでアパートが必要なくなってしまった。
これから通うことになるであろうメディットは、チクハ・タウンから行くよりも今の自宅からの方がずっと近いのだ。
また、職業学校の職員ならば信用があるが、その地位を失った今、家主に信用してもらうのも難しい。
モリタは職場を辞めたことを母親に説明して、その知人を通して契約を止めてもらわなければならないと考えた。母親のつてを頼ったのが完全に裏目に出てしまっていた。
(急に一体何が起きたっていうんだ! ああ、もう!)
モリタは慌てて病室を出て、母親に連絡を取りに行った。
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