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第三章
132:運営管理委員長トニー・シヴァ
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時は少し流れてLH五〇年二月二五日、職業学校の幹部会議である決定がなされた。
リスク管理学科主任教官のトニー・シヴァが運営管理委員長を兼任することになったのである。
これまで職業学校は、寄付を行っている企業が推薦する理事長によるトップダウンの組織となっていた。
しかし、運営に不透明な部分が出やすいとして、運営を管理する委員を七名置くことが決定された。
その委員会のトップとしてトニーが選ばれたのである。学校の実質的なナンバーツーといってよい。
職業学校に最も多く出資している企業がECN社だという状況がトニーに味方した。
ECN社時代に上司だった経営企画室長サワムラも職業学校のリスク管理学科教官に着任していた。
そのサワムラが「若手を幹部に抜擢することが学校の発展に繋がる」として、トニーを運営管理委員長に推薦したのである。
職業学校にOP社からの寄付は無かったから、ECN社の元幹部の推薦は非常に大きな意味を持っていた。職業学校への寄付の金額ではECN社は圧倒的なトップである。
また、トニーは寄付金集めによる学校の運営資金確保と一般職員のリストラによる経費削減に大きく貢献しており、そのことも手伝って圧倒的な支持を集めた。
「実務に役立つのは儲ける力だ。それを教官が実践できなくて、学生に何を教えられるのか? 実務の世界はすなわち、儲けるための競争である。教官もバンバン競争させて無能なのは切る! 優秀な教官が優秀な学生に教えればよい」
トニーは運営管理委員長に着任するにあたっての抱負を求められた際、そう答えた。
これには不満をもつ教官なども多くいたのだが、「職業人としての即戦力」を育成する学校の理念に合致するという意見に一定の説得力があったから、表立って反対することが困難だった。
トニーが目指していたのは、職業学校で儲けて、その金で人生を楽しむことだった。そのためには、学校の財布を握る必要がある。
ただし、彼には不当な利益を得ようという意識が無い。彼は自分の能力には相応以上の自信を持っていたし、彼の出した実績相応の金を得ているという認識である。
事実、彼の実績は教育だけではなく学校の資金繰りの改善など運営にも及んでおり、総合的な面でいえば彼以上の成果を出している教官はいない。
トニーからすれば、他の教官が働き以上の俸給を得ており、彼らこそが不当に利益を得ている者たちであった。そういった者達の俸給を適正化することも、彼の構想に含まれていた。
この日の幹部会議では、マーケティング学科教官のレイカ・メルツがトニーにこっぴどく責められた。
トニーは教官を評価する指標として、「卒業生が得ている俸給」を選択することを宣言した。
そして、現状の学科ごとの「卒業生が得ている俸給」のグラフを資料として提示したのである。
提示された資料では、マーケティング学科の数値が圧倒的に低かった。
これを根拠にトニーはマーケティング学科は努力が足らないと指摘したのである。
(何よ、自分の学科はデータを出していないじゃない)
レイカはトニーの指摘を受けてそう考えた。
実際にトニーのリスク管理学科はいまだ卒業生を出していなかったから、当然「卒業生が得ている俸給」のデータも無い。
レイカはトニーにマーケティング学科としてどう考えるか、と発言を求められた。
彼女には真っ向から言い争うつもりは無かったから、やんわりと答える。
「『卒業生が得ている俸給』のデータは重要ですし、指標に含めるべきだと思います。その意味では、私達マーケティング学科は結果を真剣に受け止める必要があります。
ただ、評価をこの指標だけで行うと、卒業生が出ていない学科の数値がゼロになってしまいますから、他の指標の導入も併せて考えてみてはいかがでしょうか?
例えば、学生に評価を求める、といった方法も考えられると思います」
レイカの口調はゆったりしていて、決して強いものではなかった。
しかし、トニーの反論は容赦が無かった。
「そう言った甘えを許すことが、教官の質の低下を招くことになる。メルツ先生は新人だからわからないかもしれないが、特にマーケティング学科は露出が多い関係か教官が甘くなる傾向があるように思われる。
別の指標を設けることは教官に逃げ道を作ることになるし、学生の評価を取り入れては、学生に甘い教官が評価されることにつながる。メルツ先生は、逃げ道が欲しくてこのような意見を出しているのか?」
この反論にレイカは驚いた。
このような意識を持たれるであろうということは予想していたが、面と向かって指摘されるとまでは考えていなかったのである。
マーケター時代と比較して激減したとはいえ、マスコミなどへの露出は他学科と比較して多いのは事実であったから指摘そのものは納得できなくても理解はできた。だから、一瞬言葉に詰まりかけた。
後になって、よくもここまで厳しく責め立てられるものだ、と感心してしまったが、今、この時点では冷静に事態を受け止めきれる余裕は無い。
「いえ。そのような逃げ道が欲しい、ということではなく、多面的に評価するという方法もあるのではないでしょうか、ということだったのですが……」
レイカは自分の動揺を表には出さずに冷静に答えた。
正面切って言い争って勝ち目のある相手ではないことは、容易に予想できる。
リスク管理学科主任教官のトニー・シヴァが運営管理委員長を兼任することになったのである。
これまで職業学校は、寄付を行っている企業が推薦する理事長によるトップダウンの組織となっていた。
しかし、運営に不透明な部分が出やすいとして、運営を管理する委員を七名置くことが決定された。
その委員会のトップとしてトニーが選ばれたのである。学校の実質的なナンバーツーといってよい。
職業学校に最も多く出資している企業がECN社だという状況がトニーに味方した。
ECN社時代に上司だった経営企画室長サワムラも職業学校のリスク管理学科教官に着任していた。
そのサワムラが「若手を幹部に抜擢することが学校の発展に繋がる」として、トニーを運営管理委員長に推薦したのである。
職業学校にOP社からの寄付は無かったから、ECN社の元幹部の推薦は非常に大きな意味を持っていた。職業学校への寄付の金額ではECN社は圧倒的なトップである。
また、トニーは寄付金集めによる学校の運営資金確保と一般職員のリストラによる経費削減に大きく貢献しており、そのことも手伝って圧倒的な支持を集めた。
「実務に役立つのは儲ける力だ。それを教官が実践できなくて、学生に何を教えられるのか? 実務の世界はすなわち、儲けるための競争である。教官もバンバン競争させて無能なのは切る! 優秀な教官が優秀な学生に教えればよい」
トニーは運営管理委員長に着任するにあたっての抱負を求められた際、そう答えた。
これには不満をもつ教官なども多くいたのだが、「職業人としての即戦力」を育成する学校の理念に合致するという意見に一定の説得力があったから、表立って反対することが困難だった。
トニーが目指していたのは、職業学校で儲けて、その金で人生を楽しむことだった。そのためには、学校の財布を握る必要がある。
ただし、彼には不当な利益を得ようという意識が無い。彼は自分の能力には相応以上の自信を持っていたし、彼の出した実績相応の金を得ているという認識である。
事実、彼の実績は教育だけではなく学校の資金繰りの改善など運営にも及んでおり、総合的な面でいえば彼以上の成果を出している教官はいない。
トニーからすれば、他の教官が働き以上の俸給を得ており、彼らこそが不当に利益を得ている者たちであった。そういった者達の俸給を適正化することも、彼の構想に含まれていた。
この日の幹部会議では、マーケティング学科教官のレイカ・メルツがトニーにこっぴどく責められた。
トニーは教官を評価する指標として、「卒業生が得ている俸給」を選択することを宣言した。
そして、現状の学科ごとの「卒業生が得ている俸給」のグラフを資料として提示したのである。
提示された資料では、マーケティング学科の数値が圧倒的に低かった。
これを根拠にトニーはマーケティング学科は努力が足らないと指摘したのである。
(何よ、自分の学科はデータを出していないじゃない)
レイカはトニーの指摘を受けてそう考えた。
実際にトニーのリスク管理学科はいまだ卒業生を出していなかったから、当然「卒業生が得ている俸給」のデータも無い。
レイカはトニーにマーケティング学科としてどう考えるか、と発言を求められた。
彼女には真っ向から言い争うつもりは無かったから、やんわりと答える。
「『卒業生が得ている俸給』のデータは重要ですし、指標に含めるべきだと思います。その意味では、私達マーケティング学科は結果を真剣に受け止める必要があります。
ただ、評価をこの指標だけで行うと、卒業生が出ていない学科の数値がゼロになってしまいますから、他の指標の導入も併せて考えてみてはいかがでしょうか?
例えば、学生に評価を求める、といった方法も考えられると思います」
レイカの口調はゆったりしていて、決して強いものではなかった。
しかし、トニーの反論は容赦が無かった。
「そう言った甘えを許すことが、教官の質の低下を招くことになる。メルツ先生は新人だからわからないかもしれないが、特にマーケティング学科は露出が多い関係か教官が甘くなる傾向があるように思われる。
別の指標を設けることは教官に逃げ道を作ることになるし、学生の評価を取り入れては、学生に甘い教官が評価されることにつながる。メルツ先生は、逃げ道が欲しくてこのような意見を出しているのか?」
この反論にレイカは驚いた。
このような意識を持たれるであろうということは予想していたが、面と向かって指摘されるとまでは考えていなかったのである。
マーケター時代と比較して激減したとはいえ、マスコミなどへの露出は他学科と比較して多いのは事実であったから指摘そのものは納得できなくても理解はできた。だから、一瞬言葉に詰まりかけた。
後になって、よくもここまで厳しく責め立てられるものだ、と感心してしまったが、今、この時点では冷静に事態を受け止めきれる余裕は無い。
「いえ。そのような逃げ道が欲しい、ということではなく、多面的に評価するという方法もあるのではないでしょうか、ということだったのですが……」
レイカは自分の動揺を表には出さずに冷静に答えた。
正面切って言い争って勝ち目のある相手ではないことは、容易に予想できる。
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