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第三章

133:執拗な追及

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 LH五〇年二月二五日に行われた職業学校の幹部会議の後半は荒れた。
 前半は穏やかに進んだのだが、これは関係者が事前に根回しを済ませていたことが大きく影響している。

 しかし、後半になって状況は一変した。
 後半はトニーの提案により、教官の評価指標についての議論が行われた。
 
 その議論の中で運営管理委員長兼リスク管理学科主任教官のトニー・シヴァとマーケティング学科教官のレイカ・メルツとの舌戦が繰り広げられたからだ。
 評価という多くの関係者が興味を持つ議題であったから、議論が激しくなることは予測できた。
 しかし、幹部会議には出席者同士がお互いに必要以上の干渉をしないという不文律があった。少し前であればこのような繊細な議題でも荒れることはほぼあり得なかったのだ。

 この不文律が破られたのは、トニーとレイカという不文律の存在を知らない二人の若手教官によってであった。

 両者のやり取りは舌戦、というよりトニーが一方的にレイカを責めているという方が実情に近いかもしれない。
 レイカは場の雰囲気を保ったまま意見を述べるが、相手は場の雰囲気など知ったことではないからだ。
 まともにぶつかるのは得策ではないし、選択肢が限られているレイカの方が明らかに不利な戦いだ。それ以前にレイカの方は戦いになることを望んでいなかった。

「できない者を甘やかす必要は無いと思いますね。多面的に評価するというのは、できない人間をかばうだけの意義しかありませんね。逃げ道を用意しているだけです。
 職業学校はエクザロームを支える優秀な職業人を育成する機関です。優秀な職業人とは、すなわち儲けることのできる者。その意義を否定してまで、優秀なメルツ先生ができない者を保護しようとする提案をするのはどういうことか?」
 トニーにここまで言われてしまっては、レイカも立つ瀬が無い。
 トニーの意見にも一理あることはレイカも理解している。

 それでも、こちらの意見を一方的に切り捨て、罪まで負わせようとしているようにさえ見える姿勢にはレイカも違和感を覚えている。
 少なくともレイカ自身は、自分の意見にも理があると思っているし、幹部会議の参加者にも賛同する者がいるのではないかと考えているからだ。

 言い争っている二人の態度を見ると、トニーはどちらかというと不要なものは切り捨てるべし、という姿勢であるがレイカは逆だ。
 レイカについては前職のマーケター時代にもその姿勢は顕著に現れていた。

 マーケター時代の彼女の真骨頂は誰も注目していないマイナーな商品を掘り出し、それをヒットさせることにあった。
 若手の彼女が切り込める部分が他者の注目しない商品、ということもあったのだ。
 そうすることで、同僚のマーケターと対立する危険を避けたともいえる。
 だが、それだけではなく彼女自身誰もが見向きもしないような有象無象の山の中からダイヤの原石を見つけるような作業が好きだったのだ。

 このような姿勢の両者がお互いの考えを表明すれば、対立につながることは容易に予想できる。特にトニーの側に対立を回避する考えがなかったからなおさらだ。

 トニーとレイカのやりとりを見かねたのか、一人の年配の教官がもう少し検討してから評価指標を決めたらいいのではないか、と提案した。
 賛同の声はあがらなかったが、何名かの出席者は心の中で安堵した。
 これらの出席者は、不毛ともいえる言い争いを早く止めて欲しいと思っていたからだ。
 提案した本人も同じ考えから発言したのであった。

 しかし、この提案もトニーの怒りを買う結果となった。提案者の本心が本心だけに仕方のない部分もあるのだが。
「何を言っているのか! それは優秀な職業人が欲しいと資金を提供する企業と学びにくる学生に失礼ではないか!」
 すると、別の教官がトニーを支持する発言をした。ECN社時代トニーの上司だった元経営企画室長のサワムラである。

「メルツ先生、ここは教官として責任放棄と取られかねない発言をした貴女に非があります。新人と言うことで今までは多少目をつぶってきたところはありますが、言動には少し注意された方がいいように思いますが」
 ここまで言われてレイカはカチンときたのだが、表面上は平静を保って、ことを荒立てない方法を選択した。基本的に彼女は争いを好まない。

「……申し訳ございませんでした、運営管理委員長。以後、言動には注意します」
 レイカの謝罪に一瞬、トニーは怒りの矛先を納めたように見えた。
 しかし、トニーは更にレイカに対して
「以前、当科の職員に対して断りもなく、自分のところの業務を兼務させたこともあったな。すぐに対処したから当科の運営に支障は出なかったが、あのような勝手なことをされては困る。以後、この点も注意するように」
 と釘を刺したのである。

「……はい、申し訳ございません。以後、そのようなことにならないよう心がけます」
 ここでもレイカは素直に引き下がった。
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