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第五章

187:望まれない痕跡

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 ポータル・シティとフジミ・タウンの関係が険悪に変わりつつある頃の出来事である。
 ポータル・シティの海岸寄りにマサヨシ・ハドリという者がいた。
 彼はポータル・シティの海岸エリアを統括するスザキという有力者の部下で、海洋調査の統括をする職員である。

 当時、海は有力な資源が眠っている可能性がある場所として、海洋調査がかなり積極的に行われていた。
 あるとき、マサヨシは海洋調査隊の資料に気になるものを見つけた。
 フローレンス・トワという当時二七歳の女性のプロフィールに関するものであった。
 フローレンスという名前と、写真に写った表情に思い当たる節があった。

 マサヨシには年齢が一回り離れた兄がいた。現在、彼の生死は不明である。兄は遠く離れた地球に残っているはずだからだ。
 そして、兄夫婦にはサトミ・カワチという娘がいた。姓が異なるのはマサヨシがエクザロームに住むようになった少し後に改姓したためで、マサヨシの生来の姓は「カワチ」であった。

 フローレンス・トワは映像で見る限り、若いころのサトミ・カワチに良く似ているのである。
 マサヨシはある可能性に思い至り、密かに自分とフローレンスのDNA鑑定を実施した。
 犯罪者が多く集まる海洋調査隊では、調査隊参加者のDNA情報を採取するのが通例であるため、DNA鑑定に支障はなかった。
 鑑定結果は「マサヨシとフローレンスの間に親子関係がある可能性は極めて高い」という内容であった。

 マサヨシの姪、サトミは庶民的で明るい女性であった。
 幼い頃からの彼女を見ていたマサヨシは、いつしか彼女に激しい感情を抱くようになった。

 (この娘を他の汚らわしい男どもに奪われてはならない)
 マサヨシの感情を察知した兄夫婦はサトミに縁談をもちかけてきた。
 マサヨシは絶望した。自分を良く知る兄ですら自分の娘を汚らわしい男のもとへやってしまうのか、と。
 そのときマサヨシの目に入ったのが当時の日本政府の政府広報 (※)であった。

「宇宙ステーション ルナ・ヘヴンス、移住者募集」
 マサヨシはサトミを連れ、駆け落ち同然にルナ・ヘヴンスに乗り込んだのだった。

※作者註)マサヨシ、サトミらは当時の日本国民であり、人名の表記は本来「姓」「名」の順である。また、彼らは漢字名を持っている。しかし、ルナ・ヘヴンス内やエクザロームでは人名に漢字は用いず、表記も「名」「姓」とするのが通例となっている。このため、本文中も便宜上、人名表記をエクザロームのものと合わせている。

 ルナ・ヘヴンスに乗り込んでから数ヶ月後、サトミの身体に新たな生命が宿っていることが判明した。
 しかし、二人は三親等の血族である。血の繋がった三親等内の婚姻は認められていないから、子供の扱いに苦慮した。

 結局、新たな生命を奪うことは忍びない、としてサトミは子供を産むことを選択した。
 ステーション内では二人は夫婦で通していたから、特に不審の目で見られることもなかった。せいぜい年の離れた夫婦だというくらいの認識であった。
 二人の年の差は一三である。年が離れているとはいえ、ステーション内で不自然に思われるほどでもなかった。

 そして翌年、娘が生まれた。二人は法的な許可を得ていない施設での出産を選択した。サトミが二人が夫婦でないことが明るみに出ること恐れたからである。
 この頃、ステーション内では居住区の組換えが行われようとしていた。
 ステーションのメンテナンス時に問題が生じ、周辺の数居住区が利用できなくなったためである。

 二人には代替の居住区として遠く離れた場所をステーションの管理センターから提示された。
 引越自体は問題なかったが、問題はその周辺住民であった。
 二人をよく知る知人が近くに住んでいたのである。
 引越先を変えるよう管理センターに詰め寄ったが、徒労に終わった。
 関係が発覚することを恐れた二人は出産した施設に相談を持ちかけた。
 この手の施設は、望まれない子供を多く取り上げている。そして、こうした子供の取り扱いには慣れているのだ。
 このような施設が存在すること自体、「ルナ・ヘヴンス」に望まれない子供が数多く生まれていることの証左でもある。

 フローレンスと名づけられた娘は、こうして生後間もない時期に両親の手から離れたのだ。
 二人は施設から子供がステーション内の篤志家の家に養子として引き取られたと聞いた。
 この後、二人は十六年以上もの日々を、罪悪感に震えながら過ごしてきた。
 一六年以上が経過したLH一九年一月ニ七日、ステーションはある惑星に不時着した。後にエクザロームと呼ばれるようになった惑星である。
 安住の地を見つける旅の途中、二人は離れ離れになった。このとき、サトミは二人目の子供を身ごもっていたのだが、マサヨシはその事実を知らない。

 知らなかったことは、マサヨシにとって幸いであった。子供の父親は彼ではなかったのだから。
 一八歳のとき叔父を信じてルナ・ヘヴンスに乗ったサトミも、不時着の時点ではその信頼を揺るがせていた。
 長女を手放したことを手始めに一〇年以上も自らを偽り、隠れるような生活を強いられたがゆえに。

 このような日々を過ごしていたある日、一人の男性が彼女の目の前に現れた。
 隠遁生活に飽きていた彼女は、男にその不満をぶちまけた。
 男はその話に、マサヨシ・ハドリへの怒りをあらわにした。そして、彼女にこう告げたのである。
 「何かに怯え、隠れるような生活から君を解放する」と。
 その言葉に惹かれ、彼女は男と関係を持った。
 身ごもっていたのは、そのときの種だったのである。
 ルナ・ヘヴンスが不時着してから安住の地を見つける旅の途中で、サトミと男は意を決して旅の集団から離れた。
 ほどなくして二人は別の旅の集団と合流し、ようやく見つけた安住の地で夫婦として生活を始めたのだった。
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