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第一章

精霊と存在界とのかかわり

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「……こっちがカフェになっているわ。質問の件はカフェで説明するわね」
「はい、よろしくお願いします」
 しばらくしてアイリスに連れられた一人の男性が「ケルークス」に入ってきた。
 先ほど来たイドイさんという相談客だろう。
 見た感じ年齢は五十代か六十代といったところ。

 これといって外見に特徴はないのだが、何となく普通のサラリーマンとは雰囲気が違う。
 うまく説明できないのだが、どこか浮世離れしているような感じなのだ。
 加えて服装はハイキング用のそれだが、持っているのがノートパソコンが入るようなビジネスリュックだ。
 服装と荷物が見事にマッチしていない。浮世離れした雰囲気を感じたのはこれが理由かもしれない。

 アイリスは「予約席」の札の置かれたテーブルの席の一つにイドイさんを座らせ、自らも同じテーブルの空いた席に陣取った。
「精霊には色々種類がいるけど、今日は前回イドイさんが見ていないタイプの精霊たちに来てもらっているわ」
「ありがとうございます。勉強させていただきます!」
 イドイさんは興奮気味に周囲を見回した。

「あ、精霊じゃなくて存在界からの移住者もいるから。移住者は手を挙げて」
 アイリスの言葉で私、ベネディクト、エリシアの三名が手を挙げた。
「ほう、彼らが存在界からの移住者ですか。確かに私のような者と変わらないですなぁ! 精霊には少し違いのある方もおられますが……」
 私はイドイさんという相談客の反応に違和感を覚えた。
 カフェに連れてこられたということは、相談に来るのは二回目かそれ以上になるが、相談客の多くは精霊界での生活や精霊との付き合い方などに興味を持つ。
 それも不安に起因する興味であることがほとんどだ。
 精霊の種類がどうとか、外見の違いについて興奮気味に尋ねてくるというのは今までにないパターンだ。

「精霊と我々の住む存在界が結びつく、ということについて説明願いたいものです。見ただけでは、誰が我々の住む世界の何に結びついているのか皆目見当がつきません」
「でしょうね。説明しますわ」
 アイリスがリモコンのようなものを操作すると、上から大型のスクリーンが下りてきた。
 いつの間にこんなものを準備していたのだろうか?

「まず、世界は私たち精霊の本拠地である精霊界とイドイさんのような人間の住む存在界とに分かれている、というのは理解できているかしら?」
「ええ、問題ありません」
 アイリスが講義を始めたので私も思わずそちらに目を向けてしまった。
 イドイさんもノートパソコンを広げてメモを取っている。

「精霊は精霊界の存在だけど、存在界ともかかわりを持っているの。私はナイアスという種類の精霊になるけど、存在界では生物の生命にかかわりを持っている」
「なるほど」
「言い換えれば、私の存在は存在界にいる生物の生命とつながっているとも言えるわ」
「それは……アイリスさんが私のような人間の生命に影響を及ぼすことができる、ということを意味していますか?」
 イドイさんの顔にわずかにだが警戒の色が浮かんだ。
「生命とつながっている」と言われればそう思われても仕方ない。

「精霊が正気を保っている限り、自分の意思でかかわりのある対象に影響を及ぼすことはできないわ。あくまでも存在がつながっているだけだから」
「……正気を保てなくなったら?」
「それを防ぐために移住者を募集しているのだけど、自分と直接つながっている存在界の対象に影響が出る。残酷だけど存在界での災厄の大半はそれが原因と言っていい」
 アイリスがピシャリと言い放った。

「……それは興味深い。証明するための実験をする気にはなれませんが……」
 アイリスの言葉を信じたのかはわからないが、少なくとも表面上イドイさんは冷静だった。
「されても困るけどね。このかかわりを持つことを精霊界では『生命を司る』とか、『ナイアスは生命の精霊だ』と表現するの、いい?」
「そういうことでしたか」
 どういう訳か今回のアイリスの説明は丁寧で正確だ。
 イドイさんもノートパソコンと手帳を使いわけながら凄まじい速度でメモを取っている。
 私の位置からだと手帳の中が見えるのだが、他人に説明できるような図などが書き込まれていた。

「こっちの緑髪の精霊はドライアド、という種類になるけど聞いたことあるかしら?」
「美男を木の中に取り込む、などと言われていますね」
「まあ、そう思われても仕方のないところはあるわね。ドライアドは樹木を司るの。だから木とはかかわりが深いのよ」
「なるほど、私どもの世界での伝説もあながち間違いではないと」

「ちょっと待った!」
 アイリスとイドイさんが盛り上がっているところに、メラニーが割り込んだ。
「メラニー、今は説明中だから後にしてくれない?」
「これだけは言わないと気が済まないから言っておくけど、普通のドライアドは人間を捕まえたりはしないわよ! そこのところ、肝に銘じておいて!」
「そういうものなのでしょうか?」

 メラニーも怒っているというほど冷静さは欠いていないようなので、私は彼女を止めなかった。
 確かにドライアドについて間違った理解をされるのはメラニーとしても納得できないだろう。

「ドライアドの名誉のために言っておくと、普通はそういうことはしないわ。ただ、事故とかがあるのも事実なのよね」
 アイリスの言っていることは間違いないのだが、メラニーはどこか納得できないといった様子だ。
「メラニーは悪くない。人間に精霊のすべては理解できないから今はここまでにしておこう」
 私はメラニーに小声で伝えた。
「アーベル……わかった」
 納得してくれたとは思えないが、とりあえずメラニーが引き下がってくれたので安心だ。

「こっちの角の生えているのはグレムリンという精霊で、彼は科学を司っている。科学はサイエンスの方ね」
「ほう、科学とは! モノだけではなく、知識や情報を司る精霊もおるのですな!」
 イドイさんは感心していたが、私も精霊界に移住してきた直後はグレムリンのような「科学を司る精霊」というのがいまいち理解できなかった。
 知識とか知恵、学問といったものは神話における神が司るもので精霊は関係ないと考えていたからだ。
 精霊はモノに結びつくのだとばかり思っていたのだ。

 私のような勘違いをしている者は人間には少なくないらしい。
 こうした勘違いの原因は、人間が精霊と神という存在を区別したことにあるようだ。
 精霊界に来てわかったことは人間がいう「神」「精霊」「妖精」というのはすべて同一の存在だということだ。

「で、向こうで本を読んでいるのはヴァルキリー。勝負を司る精霊ね」
「彼女が読んでいるのはマンガ本でしょうか?」
「そうね。存在界の本やマンガに興味を持つ精霊もいるのよ。彼女はその中でも極めつけの方だけど」
 自分のことを言われているにも関わらず、ヴァレリィの意識は目の前のマンガから一瞬たりとも離れることはなかった。すごい集中力だ。

「あと一体おりましたな。あちらの妙齢の女性は?」
「ああ、そっちの女性は……さすがに禁忌レベルの話だからあまり説明したくないんだけど」
 アイリスの声が急にトーンダウンした。
「そこを何とか!」
 イドイさんがアイリスに食らいつくように頼み込んだ。
 私にはアイリスの言葉は絶対にイドイさんを誘っているとしか思えなかった。
 わざと声のトーンを落として気乗りがしない体を装ったのだろう。

「禁忌」と言われてもイドイさんから見ればしょせんは他所の世界のことだ。今までの彼の態度を見れば、知りたがると思わない方がどうかしている。
 でも、よく考えてみたらナイアスであるアイリスとメイヴとでは司っているものに大きな差はないような気が……

「いいわ。彼女はメイヴといって、墓所を司っているの」
「墓所とは! 是非お話を伺いたいものです! これは貴重な情報です!」
「今回はダメ。精霊と存在界とのかかわりについてはこんな感じでいいかしら?」
「……仕方ありません。メイヴさんに話を聞くのは後日としましょう」
 イドイさんは露骨に残念そうな表情を見せたが、すぐに表情を改めた。
「それでは、次の質問にお答えいただけますか?」
「わかったわ。次は『属性』ね」
 どうやらアイリスの講義はまだ続くようだ。
 それにしてもこのイドイさんという相談客は一体何者だろう?
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