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第二章

アーベル、パートナーと旅行する その5

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 テントを設置してある海岸に戻ってきたのは昼過ぎのことであった。
 午後はのんびり海岸で過ごすことに決めていた。

 私とパートナーたちは昨日のうちに設置していたビーチチェアの上で横になった。

「アーベルさん! バハムート、大きかったですね!」
 カーリンが興奮気味に話しかけてきた。
「ああ、存在界にあんなに大きな生き物はいないから驚いた……」
 私にはあのような巨大な生き物を表現する言葉が思いつかなかった。
 ただただ圧倒されていたのだ。

「エントも大きい精霊だけど、あのサイズはないわね……」
 メラニーもバハムートの大きさには圧倒されていたようだ。

 ニーナとリーゼが説明してくれたが、水属性の大型の精霊は海に住んでいる者ばかりなのだそうだ。
 また、バハムートのような巨大精霊でも人間と同じような姿になることもできるそうだ。

「カーリンやリーゼのようなニンフは淡水の近くに住んでいますし、わたくしのようなウンディーネも基本的には淡水を好みます。海水を好む精霊は多くないので、そのために大型化したのかもしれません」
「なるほど……確かに陸上と比べると海は精霊の数が少なかったな……」
 場所にもよるが、精霊界の陸上は日本の都市部並みに精霊の密度が高いのだ。
 私の家や勤務している「精霊界移住相談所」の付近は存在界との境界が近いため居住に制限があるので、精霊の密度はそれほど高くない。
 だが、そうでない場所には狭いところに精霊がぎゅうぎゅうに詰まって住んでいるケースも少なくない。

「んーっ! 海を歩くのも面白かったけど、広い場所でのんびりするのはいいわねー」
 メラニーが長い手足を伸ばしている。
「このまま夜までぼーっとしてたいです……」
 リーゼがビーチチェアの上でごろごろ転がっている。
「カーリンとニーナものんびりしてくれ。休むために来たのだからね」
「はい」「承知しました」

 カーリンとニーナは放っておくと動き出して仕事をしてしまう恐れがあるので、休むよう釘を刺しておく。
 ブラウニーやボーグルなど働いている方が落ち着くというタイプもいるが、精霊はのんびりしている者が多い。
 本来カーリンやニーナものんびりしたタイプだと私は思っている。
 彼女たちも用事がなければ誰かと他愛のない話をしていることが多いのだ。

「「……」」
 カーリンとニーナも私の意図を理解してくれたのか、ビーチチェアの上でのんびりと横になっている。
 後で飲み物を持ってきてもいいだろう。
 この場所の日差しは強いが、刺すようなそれではない。
 パラソルで作られた日陰にいれば、少し暑いが汗をかくほどではないといった感じだ。
 精霊や魂霊は日焼けすることもないので、文字通りぼーっとしていても問題ない。

 ざざーっという波の音だけが聞こえている。
 睡眠不要の私も、単調な波の音だけ聞いていると眠くなってくるから不思議だ。
 私のパートナーの中にも目を閉じて眠りについている者もいるようだ。

 家ではないが、こうした時間の過ごし方が精霊界らしいと思う。
 人間であった頃は、何もせずに過ごすということに罪悪感を覚えることもあった。
 また、生産的な活動をすべし、という外野の声に動かされたこともあった。
 後になって考えてみると、そのような声に動かされて行った活動は生産的というより刹那的な消費 (浪費)であったような気がする。
 ある程度年齢がいってからは休息こそが大事だと気付いたが、それでも効率的に休息を取ろうなどとズルいことを考えたりしたものだ。

 しかし、精霊界は異なる。
 ここでは何もしなかったり、他愛もない話や遊びをすることがもっとも重要だと思う。
 生産的な活動をしなければならない、などという指針で行動したら肉体はともかく精神がもたない。

「アーベルさん、今日でなくていいのですがグラネトエール酒を一緒に造っていただけますか?」
「カーリンはグラネトエールも造るのか? 構わないが一体どうしたのだ?」
 グラネトエールは普段カーリンが造らない酒だ。
 怪訝に思って私が理由を尋ねてみると、持ってきた樽だけだと酒が足りなくなりそうだという答えが返ってきた。

「道具や材料はあるのだろうか?」
「はい。持ってきています。お酒にして持っていくとかさばりますし、グラネトエールなら一度にたくさん造れるのでちょうどいいかな、と」
 そういえばリヤカーには山のように荷物が積まれていた。
 荷物が多すぎて必要な分の酒を詰め込めなかった、ということらしい。

 カーリンはいつもアンブロシア酒を造っているが、あれは結構負荷のかかる仕事だ。その点は引っかかる。
「カーリン、家でアンブロシア酒を造るときのように張り切らなくていいからな。ここには遊びに来ているのだから」
「大丈夫です。ぱぱぱっ! と造れちゃうので」
 カーリンの説明では、グラネトエール酒はアンブロシア酒と比較すると五分の一以下の工程で造れるものらしい。
 精霊界でよく飲まれているのもそのためのようだ。

「それにしてもケルークスじゃないところでグラネトエールを飲むなんて久しぶりだな」
「家ではソーマ酒かネクタル酒が多いですものね。アンブロシア酒は売り物ですし……」
 カーリンの造るアンブロシア酒はほとんどケルークスに卸しているから、私たちもそう飲めるものではない。
 ソーマ酒は存在界でいう蒸留酒に相当するが、こちらはニーナが造る。
 また、ネクタル酒もニーナが造ってくれる。
 このため、我が家で消費する酒の大部分はニーナの手によるものだ。一応彼女はグラネトエール酒も造れるそうなのだが。

「私の勝手なイメージだけど、旅行にソーマは何か違うと思うのよ」
 メラニーがデッキチェアの上を転がってこちらの方を向いた。
「そうですね……確かにネクタルとかグラネトエールの方がイメージに合うように思います。ネクタルでしたら、わたくしが造ってもよかったのですが……」
「ニーナ、ゴメンね。私もしばらくネクタル酒を造っていなかったから、久しぶりにやってみたかったんだ」
 カーリンがニーナの方を向いて手を合わせた。
 この謝り方は存在界独自のものらしいが、私がやるのを見てカーリンやメラニーが真似をするようになったのだ。

「そういうことでしたら構いません」
 ニーナも納得してくれたようだ。

 その後もだらだらと他愛もない話をして過ごす。
 存在界なら海辺で女性陣に日焼け止めを塗るというシチュエーションが普通なのだろうが、精霊は日焼けしないし、精霊界には日焼け止めがない。
 午前中に海に入って遊んだので、午後は身体を動かすという気分でもない。

「アーベルさま、新しいゲームはいつ頃入ってくるというような情報はありますか?」
 リーゼが何気なしに尋ねてきた。
「昨日出勤したときにユーリに聞いたらもう少しかかるようなことを言っていたな……存在界に出張しているメンバーが足りないみたいで、ゲームとか本が後回しになっているらしい」
「むぅ、それは仕方ないです」
 リーゼは残念そうであったが、こちらにも打てる手がない。

「リーゼ、皆で遊べるゲームとかは持ってきていないの?」
 カーリンがそう尋ねた瞬間、リーゼの目が猫のように光ったように見えた。
「ふふ……その言葉を待っていました……」
 やおらリーゼがビーチチェアの上に立ち上がった。
「ちょっと待っていてください。すぐ持ってきます」
 リーゼがビーチチェアから飛び降り、テントの方に向けて走っていった。
 どうやら彼女は誰かからゲームの話が出るのを待っていたようだ。
 新しいゲームの話を私に振ったのもそのためだったのだろうか?
 リーゼの場合、周りに遠慮しているというよりもこのようなやり取りを楽しんでいる節がある。
 私が気付いて、話を振ってあげるべきだったとは思うが。

「これです!」
 戻ってきたリーゼの手にはトランプとボードゲームの箱が握られていた。
 ボードゲームはフランシスから教えてもらったもので、確か参加者が協力して敵を倒すものだったはず。
 精霊は争いを好まない者が多いし、トランプより協力型のボードゲームの方が良さそうかな、と私は考えた。

「アーベルさま、お姉ちゃんたちにわかりやすそうなトランプのゲームって何だと思いますか?」
「そうだな……」
 リーゼ以外のメンバーは、トランプでの遊びの経験がほとんどない。
 ポーカーとか七並べ、ババ抜きくらいならやったことはあるが、思ったほど盛り上がらなかった。
 仲間内での駆け引き、というのがどうも私のパートナーたちの性に合わないようだ。
 リーゼとはよく遊んでいるが、対戦型の遊びはあまり好まないようで、彼女が独りで遊ぶのを私が見ていることが多かった。
 私もそれほどトランプゲームに詳しくないので、私のパートナーたちに合ったゲームが思いつかない。

「リーゼ、そっちのボードゲームにしないか? トランプを使った方が遊びやすくなるからちょうどいい」
 そう、このボードゲームはリソース管理が必要なものだ。
 メモを取ってリソース管理すると説明書には書いてあるが、トランプを使った方が管理が楽だ。

「なるほど。そういう使い方があるのですね。では、明日はみんなでゲーム、でいいですか?」
 リーゼの案に反対する者はなかった。

 この後話をしてボードゲームは明日、カーリンとのグラネトエール酒造りは明後日と決まった。
 今日は海の中の散歩をしたので、明日明後日くらいは海らしくないことをしてみるのも一興であろう。
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