最後の君へ

海花

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そこで突然目の前に二人が現れたことでソファーの下の子猫が驚いて『シャーッ』と威嚇し、直斗が我に返った。

「うおっっ!!──ごめんっ!!」

直斗が慌てて紡木から離れ、起き上がった。
心臓が破裂しそうな程音を立て、耳まで真っ赤になっている。
床で紡木が呆けたような顔をしているが、こちらも負けじと真っ赤になりだす。

「ホントごめん!!」

直斗が真っ赤な顔のまま紡木を引っ張り起こした。

「……いや……大丈夫……ちょっと驚いただけだから……」

紡木が起き上がりながら、真っ赤な顔で「ははは……」と笑った。

───そんな訳ねーだろ!男にキスされて大丈夫とか……!

「って言うか!あんたも抵抗くらいしろよ!」

「……ごめん…………」

紡木が申し訳なさそうに謝るのを見て、直斗はため息をついた。

──自分が悪いくせに今のは八つ当たりだ……。

「ごめん……あんたは悪くない。マジで…ごめん」

紡木は落ち込む直斗の頭を優しく撫で

「本当に、気にしなくていいから。コーヒーでも飲もうか」

そう言って立ち上がりキッチンへ向かった。


紡木は電気ポットのスイッチを入れると二つしかないマグカップを取りだした。
手が微かに震えている。

───びっくりした……ダメだ…めちゃくちゃ動揺してる……。

本当は傷の手当をするのが先だと解っていたが、落ち込んでいる直斗に動揺しているのを気付かせたくなかった。

───誰かとキスしたのなんか…何年ぶりだろう……。

無意識に指を唇に当て、思い出して顔が熱くなる……。

──ダメだろ!教育実習先の…しかも同性の生徒と……。

直斗に分からない様に小さく深呼吸して、インスタントコーヒーをカップに入れた。
リビングの直斗をチラッと盗み見ると、ソファーで項垂れている……。

──そりゃそうだよな……。藤井くん、その気は無さそうだもんな……。

「……俺……誘うようなこと……してたかなぁ……」

小さくぽつりと呟き、ポットからカップにお湯を注いだ。


──俺何やってんの!?バカじゃん!男相手に押し倒すとか……。

直斗は再びため息をついた。

──いやいやいや……見境なさすぎだろ……キレイな顔してるとは思うし…女みたいなとこあると思うけど……。

直斗はチラッと紡木の後姿を見て、ソファーの背もたれに倒れ天井を仰いだ。

──気持ち悪いって思われたよな……。


「お待たせ」

紡木が少し引き攣った様な笑顔でコーヒーを直斗の前に置いた。

机に置く瞬間、机とカップがぶつかって『カタカタ』と音を立てる。

───マズイ……震えが止まらない……

───あ……手…震えてる……

気まずい空気が二人を包んでいる。

「消毒……続けていいかな?」

何もせず二人で黙っているのも余計緊張しそうで、紡木が再び傷の消毒をしだした。
紡木は、直斗が時々チラッと見ては視線を外す、というような事を繰り返しているのに気付いていた。
その内そこに何か言いたそうな素振りが加わる…。

───なんだろう……まあ…さっきの事だよな……あんまり意識させないでほしいんだけどな……。

「……後は顔だけだね」

紡木が直斗の顔に手を伸ばすと、直斗がその手を掴み

「本当にごめんなさい!」

と、深々と頭を下げた。

「いや……マジで!本当にごめん!」

「……………………」

紡木は目を丸くして直斗を見つめていたと思ったらクスクス笑いだした。

「なっ……!?笑うとこじゃないだろ!?」

謝っている直斗の顔が真剣で……

耳まで真っ赤で……

――可愛い……とか思ってしまう……

「平気だから……。本当に……」

笑いながら紡木が顔の消毒をしだす。

「でもさ!男に……キス……とか……されて……」

直斗の声がだんだん小さくなっていく。

「ほら!動かないで」

今度は紡木が直斗の顔を自分の方に向かせた。もちろん消毒をする為だ。

「気持ち悪い……だろ……。いや!俺も何でそんな事したのか解んなくて!今までした事も、しようと思った事もないから……」

「別に気持ち悪いなんて思わないよ」

必死で言い訳をする直斗の言葉を紡木が遮った。

「俺は……同性としかキスしたことないから」

「…………へ…………?」

「だから、藤井くんが気にする必要ないから」

それだけ言うと

「はい、終わり」

と、にっこり笑った……。

──え?え?……今……同性としか……って……え…?……

「洗濯…終わったかな?」

紡木が立ち上がって洗面所へ向かった。
直斗はソファーに座ったまま、紡木がいた場所を見つめている。
紡木の言葉を頭の中で必死になって反芻して理解しようとしていた。

──同性としかって…遠回しに俺が初めてって言ってるのか!?……いや、そんな訳ねぇよな……ってことは……どうゆう……


──言っちゃった…………

必死に謝る直斗が可哀想で、思わず口にしていた。

───まぁ…同性愛者だと噂になったところで……実習に支障は……あるかな……

紡木は洗濯機から直斗の制服を取り出しながら、軽くため息をついた。


「藤井くん、洗濯終わったけど…どうする?乾燥機、かけても良いけど…そうすると一時間近く掛かっちゃうけど」

洗面所から紡木が声を掛けた。

「──え!?……あー……」

直斗は返答に迷った。
自分がした『馬鹿なマネ』の所為であんなこと言わせて、このまま帰るのも…逃げたみたいで感じが悪い気もするし……
変に残るのも気まずい気がする……。

──だって…今のって……つまり……あいつが…………

それに直斗がこれ以上気にしない為にそんな事を言ってくれたのも解っていた。

「……じゃぁさ、明日返してよ」

直斗が立ち上がり洗面所へ向かい

「明日、病院連れてくんだろ?そん時返してよ」

紡木に告げた。

「……一緒に行ってくれるの?」

「さっきそう言ったじゃん」

「けどそれは……」

──色々あった前の話で……

「行くっていったら行くよ」

直斗の顔がまだ赤い…。

「ごめんね……ありがとう。」

紡木には『同性愛者』だと告げてしまった自分への気遣いがそこにあるのが分かった。


紡木が車で直斗の家に着く頃にはもう12時を回っていた。

「遅くなってしまってごめんね」

紡木が申し訳なさそうに謝ると

「別に…帰ったところで誰もいないから。って言うか、あんた謝りすぎ」

直斗が呆れている。

「え……ごめ……あ……はい……」

しどろもどろになる紡木にフッと笑うと、

「じゃあ…」

と、直斗は車を降りて家へ向かった。
紡木はアパートの階段を上っていく直斗の背中を見送りながら

──水野先生が言ってた通り……良い子だな…………

無意識に笑顔になっていた。

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