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「───なにを………」
「……今は黙ってこうしていろ」
ただ抱きしめる腕に、強張った力が徐々に抜けていく。
温かい胸が、幼い頃安心させてくれた匂いが、押さえつけていた想いを溢れさせた。
「…………俺だって……強くなりたかったんです………兄のように……逞しく……強くなりたかった…………」
絞り出す様な声が震えている。
「………俺は……役立たずなんかじゃないって……言って欲しかった………」
嗚咽に紛れた声を、幸成の涙で濡れる胸も、琥珀はそのままに震える細い身体を抱きしめ続けた。
「…………好きでこんな姿に…………生まれたんじゃないッ…………」
堪えきれず声を上げ子供の様に泣き出した幸成の髪を撫でながら、以前自分の腕の中で女が言った言葉を思い出していた。
まだ心を許す前、何故いつも笑っているのかと聞いたことがあった。
『笑っていたら、辛いことも辛くなくなるかもしれないじゃない?それに……人は傷付いた分人に優しくなれるんですって。……そう思ったら傷付くのだって怖くなくなるでしょ?』
そう言いながら笑っていた。
その時は何を言っているのか解らなかったが、後になって解った。
強いからこそ戦わない者がいるのだと言うことを。
強いから……優しくいられるのだと……。
「……お前は充分強い………」
髪を撫でる手が不意に止まり、温かく心地好い声が幸成を包んだ。
「自分に牙を剥いた相手に、笑って手を差し伸べられる者がどれだけいる?……よく知りもしない子供の為に……オレのような得体の知れない奴に刃向かう者がそういるか?」
拗ねた子供に言い聞かせる様に「ん?」と笑う声に幸成は胸にしがみついた。
あの日と同じだ。
この声と匂いに、心が和らいでいく。
「……力で相手をねじ伏せることだけが強さじゃねぇだろ。そんな力だけの強さよりお前の方が余程強い……」
琥珀の声が、幸成の中に渦巻く様に濁った感情の堰を少しづつ溶かしていく。
「………それに俺は……お前の持つ強さの方が、ずっとすげぇと思うよ」
髪に触れる琥珀の唇からの吐息が幸成の細い髪を揺らす。
兄の何倍も稽古に励み、それでも足元にも及ばない自分を何度も責めた。
その度に父が向ける冷たい視線も、蔑むような兄の言葉も、自分が頑張りさえすれば終わりが来ると思っていた。
いつか……認めてもらえると……。
ただずっと…………認めて欲しかった……。
誰かに認めて欲しかった。
腕の中で、小さな子供の様に精一杯しがみつき泣き続ける幸成を、琥珀はずっと抱きしめた。
幸成が憐れに思えたからでも、慰めてやりたかったのでもない。
ただ自分がそうしたいと思ったからだった。
「……今は黙ってこうしていろ」
ただ抱きしめる腕に、強張った力が徐々に抜けていく。
温かい胸が、幼い頃安心させてくれた匂いが、押さえつけていた想いを溢れさせた。
「…………俺だって……強くなりたかったんです………兄のように……逞しく……強くなりたかった…………」
絞り出す様な声が震えている。
「………俺は……役立たずなんかじゃないって……言って欲しかった………」
嗚咽に紛れた声を、幸成の涙で濡れる胸も、琥珀はそのままに震える細い身体を抱きしめ続けた。
「…………好きでこんな姿に…………生まれたんじゃないッ…………」
堪えきれず声を上げ子供の様に泣き出した幸成の髪を撫でながら、以前自分の腕の中で女が言った言葉を思い出していた。
まだ心を許す前、何故いつも笑っているのかと聞いたことがあった。
『笑っていたら、辛いことも辛くなくなるかもしれないじゃない?それに……人は傷付いた分人に優しくなれるんですって。……そう思ったら傷付くのだって怖くなくなるでしょ?』
そう言いながら笑っていた。
その時は何を言っているのか解らなかったが、後になって解った。
強いからこそ戦わない者がいるのだと言うことを。
強いから……優しくいられるのだと……。
「……お前は充分強い………」
髪を撫でる手が不意に止まり、温かく心地好い声が幸成を包んだ。
「自分に牙を剥いた相手に、笑って手を差し伸べられる者がどれだけいる?……よく知りもしない子供の為に……オレのような得体の知れない奴に刃向かう者がそういるか?」
拗ねた子供に言い聞かせる様に「ん?」と笑う声に幸成は胸にしがみついた。
あの日と同じだ。
この声と匂いに、心が和らいでいく。
「……力で相手をねじ伏せることだけが強さじゃねぇだろ。そんな力だけの強さよりお前の方が余程強い……」
琥珀の声が、幸成の中に渦巻く様に濁った感情の堰を少しづつ溶かしていく。
「………それに俺は……お前の持つ強さの方が、ずっとすげぇと思うよ」
髪に触れる琥珀の唇からの吐息が幸成の細い髪を揺らす。
兄の何倍も稽古に励み、それでも足元にも及ばない自分を何度も責めた。
その度に父が向ける冷たい視線も、蔑むような兄の言葉も、自分が頑張りさえすれば終わりが来ると思っていた。
いつか……認めてもらえると……。
ただずっと…………認めて欲しかった……。
誰かに認めて欲しかった。
腕の中で、小さな子供の様に精一杯しがみつき泣き続ける幸成を、琥珀はずっと抱きしめた。
幸成が憐れに思えたからでも、慰めてやりたかったのでもない。
ただ自分がそうしたいと思ったからだった。
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