神殺しの花嫁

海花

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「奴らを放っておくつもりか?」

「……それしかねぇだろ?それとも、オレから仕掛けるか?」

「そうじゃねぇ、馬鹿」

揶揄うような口振りに紫黒は顔を顰めた。

「威嚇だ!威嚇ッ!牽制すんだよッ!……やり合わなくて済めば……お前はその方がいいだろ」

「牽制ねぇ…………オレがそんな器用な真似出来ると思うか?」

のらりくらりと躱す琥珀に苛立ちを隠すことさえせずに、紫黒は大きく溜息を吐いた。
しかし自分と何処か似通っていると思えるこの男を睨みつけたところで何処吹く風で、それに気付いてすらいないのでは…とすら思わせる。

お互い決して気が長いとはいえず、やるとなれば相手が誰であろうが、自分がどれ程不利であろうが見えなくなる。
相手を徹底的に叩きのめすか、逆に自分が指一本すら動かせなくなるまで挑み続ける。
それが解っているだけに、紫黒は琥珀と人間を正面からぶつけさせる様な事はしたくなかった。
人間を傷付ければ傷付けただけ、全てこの男の身体に跳ね返ってくる。
本人が言うように死ぬような事は無いだろう。
しかし殺せばそれと同等の痛みを味わう。
それが人間が束になった軍と戦うとなれば、その数十、数百倍の痛みを味わいながら戦わなけばらならなくなるのだ。
いくら黒曜がいると言っても、その力は琥珀の足元にも及ばない。
自分も加勢するつもりではいるが、大主の手前そう表立って動くことも出来ない。
このままいけば、結局琥珀が前面に出ざる負えないのだ。


「俺だったら『神殺し』なんてくだらねぇ祭りは始まる前に捻り潰してやる……。奴等人間は“神”ってもんは自分達のもんだと思ってやがる……。自分達の願いを聞き届け、その為にいるってな………だからこんな糞みてぇな事を思いつく……」

紫黒は忌々しそうに口にすると、奥の歯で“ギリッ”と音を立てた。

「その思い上がりが気に入らねぇ……」

「あの舵をとっいる『菊池』という者の屋敷に…………俺が出向きます」

ずっと黙っていた黒曜が、紫黒の腹立たしげに歪んだ顔を真っ直ぐに見つめた。

「幸いなことに人間等やつらに『真神』の姿は知られてはいません。俺が行ったところで真神では無いと気付く者もいない筈です」

「…………身代わりになるってのか……?」

「易々と捕まる気はありません。紫黒様の言う通り……威嚇くらいなら俺にもできます」

「……お前……馬鹿だろ?」

躊躇いの感じられない黒曜の言葉に、琥珀は呆れながら溜息を吐いた。

「あの狐はどうする?お前の中のオレの血に逆らってまで守ったんだろ?……なら最後まで守り通せ」

「───それはッ…………」

思わず向けた視線の先の鋭い眼差しに黒曜はすぐさま目を逸らした。

「……だから……捕まったりはしねぇし……」

「阿呆か……人間等も必死になって向かってくる。オレなら死なねぇが、お前はそうはいかねぇ。……生け捕りが無理となりゃ死体だけでも手に入れようとする。それが偽物だって知らねぇんだからな」

「……それならそれで…………好都合じゃねぇか……」

「──あ……?」

黒曜の言葉に、琥珀の顔つきが変わった。





「なぁにしてんの?」

耳元で突然囁かれ、幸成の身体が竦むように震えた。

「立ち聞き?面白いもの聞こえる!?」

すぐ横から覗き込む初めて見る顔に、喉がゴクリと音を立てた。
父が大事にしていた陶磁器の壺を思い出させる程の白い肌に、青みがかった黒目がちな大きな瞳が、雲から僅かに覗いている薄い陽の光にすら透ける様に輝く白銀の髪を美しく揺らしながら微笑んでいる。

「……あ…………いえ…………」

やっと口にした言葉と、逸らされた視線にも構わず細い腕が幸成の肩に回された。
ヒヤリとした冷たい肌が布を通しても分かる。

「───なッ……」

冷たい肌を押し戻そうとした幸成の身体を、そのか細い腕からは到底想像もつかない力で引き、美しい顔がニヤリと笑った。

「……んー……人間のいい匂い……」

そうポツリと呟くと、たった今立ち聞きしていた部屋の障子を白く長い腕が思い切り開け放った。

「琥珀ッ!この子がお前のお気に入りちゃん!?」

快然たる声とは不似合いな、真剣な表情の三人の視線が、幸成と白い肌に一斉に向けられた。


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