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落胤
しおりを挟む薬が余程効いたのか、何をしても起きない琥珀に加え、幸成が突然姿を消した事が、紫黒等を騒がせ、その矛先は当然白姫へ向いた。
知らぬ存ぜぬで通していたが、白姫自体も自分に「ありがとう」と言ったあの馬鹿みたいに正直な男が胸の奥に支えていた事が、再び幸成と別れた屋敷に足を向かわせた。
丑の刻を過ぎるのを待ち、百姫は蛇に姿を変え屋根の隙間から入り込み幸成の匂いを探した。
すぐにふたつの混じりあった腎水の匂いが、容易く幸成へ導いたが、音もなく梁を這っていた白姫に成一郎だけは気付いたのだ。
事が済み、着物を肌に纏っていた成一郎の頭上、梁の上で様子を窺っていた白姫を、不意に成一郎が振り向き目が合った。
白蛇は神の使いと云われていても、嫌う者は嫌う。
そう思い身を潜めた白姫を、躊躇うことなく成一郎は真っ直ぐに見つめた。
「…………貴様……何者だ……」
聞こえた声がまさか自分へ向けられているなどと、すぐには気付かなかったが、しかしどう見ても男の目は自分へ向けられている。
そこまではただ“稀にいる六感の鋭い人間”と思っていた。
この時の白姫にはまだ成一郎のことを“面白い男”と思う余裕すらあった。
よもや、何れこの男に逆らう事すらできなくなるなどとは夢にも思っていなかったのだ。
そこで実の弟を犯す男の過去を見てみたくなった。
どんな過去がこの男をそこまで捻じ曲げたのか、ただ純粋に覗いてみたいと思った。
「……真神の手の者か……?」
目の前で人の姿へ戻った白姫に、臆することなく成一郎が口を開いた。
「まさか!……ただ、あんたの弟のことは知ってる。あいつをここに連れて来たのはぼくだし……それに……あんたがあいつに“何をした”かも知ってる」
そう言って成一郎の肩越しに、布団の上のぐったりとしている幸成を見つめた。
薄暗い行灯に照らされた顔が青白く、何をされたのか意識を失っている様に見える。
「あーぁ……可哀想に……」
茶化した様に言葉にしたが、胸が微かに疼いた。
昨日ここまで連れてきた男が、これと引き換えに何を得たのか……
それとも実は何も得られていないのか……
身動ぎもしない幸成に近付くと、身体中に散らされた噛み跡に白姫の女のように長く美しい指が伸ばされた。
「───触れるな」
しかし成一郎の声に指がビクリと震え、止まった。
怒鳴った訳では無い。
ただ感情の無い冷たい声だった。
それなのに、意図せず動きを止めていた。
それに苛つき白姫は成一郎へ視線を戻すとゆっくりと傍へ向かった。
「…………人間のくせに……随分偉そうじゃん」
しかしその男から今まで気付かなかった“人”とは違う、また別の匂いが鼻をつき、白姫は思わず眉を顰めた。
主を含む、大御神達の纏う匂いに似ている。
───まさか…………そんな事ある訳ない……。
自分の愚かな考えを嘲笑すると、今度は成一郎へ手を伸ばした。
“過去を見れば、この匂いの正体も解るかもしれない”そう思い、羽織っただけの寝間着から曝け出された胸に触れた。
抗うでも無く慄くでも無い肌が、白姫の指を受け入れ、布団から出ていたせいか、ヒヤリとした感触が伝わった。
それにも、自分を見つめる成一郎の感情の無い眼差しにも気味の悪さを感じながら、男の過去へ意識を向けた。
しかし───
成一郎から何も視えない。
過去が無い人間などいる訳も無いのに、何も覗けない。
正確に言うなら“暗闇”だけが視えるのだ。
底知れない、漆黒の闇…………。
咄嗟に引いた百姫の手を成一郎の手が掴んだ。
「……何をした……?」
「───何もしてないよッ!」
成一郎の厭に落ち着いた声にも表情にもゾッとしながら手を振り解こうとするが、それも儘ならない。
「お前……先ほど“幸成を連れてきた”と言ったな?」
「───だったら何だよッ!」
「…………真神の手の者でも無く……俺の事まで知っているとは、どういうことだ……?詳しく話してもらおう……」
自分の内を見透かす様な、どこか楽しんで見える眼差しに、畏怖の念を抱きながらも白姫は目を逸らせずにやがて口を開いた。
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