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寝静まり、灯りすら見えなくなった真神の屋敷を白姫の瞳が見つめた。
何もかもが忌々しく思える。
あの男の、偉そうな食ったような態度にも
人間の分際でと思うのに、逆らえない自分にも。
あんな男の言葉など無視して主の元へ帰っても良かった。
しかし何故かそれすら恐ろしく感じるのだ。
まさかあの男が大御神の一人である自分の主にまで害をなすとも、ましてそこまで来れるとも思わない。
それなのに、それすら逆らえない。
そして“二人の行く末”を見届けたい自分もいるのだ。
──もし、琥珀が死ぬようなことがあれば……
木の上から二人がいるであろう寝所を、白姫はぼんやりと見つめた。
──あいつのした事は、何の意味も無くなる……。
「───白姫様……」
背中から声を掛けられ、白姫は視線は逸らさず意識だけをそちらに向けた。
「大主様が……そろそろ戻ってははどうかと…………ご心配されておられます」
「………………お前……僕の元に来て、どれくらい経つ?」
ここ暫く気に入ってそばに置いている青麟の言葉には返さず、白姫は独り言の様に口を開いた。
「私…………ですか……?」
口調とは似つかわしく無い、幼さの残る青麟の丸い目が不思議そうに見開かれた。
「………ここにお前とぼく以外がいるなら違うかもね」
機嫌の悪そうな拈くれた言葉に、困った様に笑うと、拗ねた子供を慰めるような青麟の柔らかい声が白姫の耳を撫でた。
「随分機嫌がお悪いんですね。……私が白姫様にお仕えして……じきに三十回目の冬を迎えます」
「…………三十回目………」
三十年の年月と言えば決して短い時間ではない。
しかし琥珀より遥かに長い時間を生きてきた白姫にとって、それは長い時間とは言えなかった。
「……そっか……じゃぁお前は知らないんだな……」
「何をですか……?」
不思議そうにしながらも、それ以上は何も聞かない青麟の顔を目の端で捉えた。
琥珀が神使やその眷属を片っ端に手に掛けてから、それよりずっと長い時間が経っている。
しかし白姫には昨日の事のように思い出せるのだ。
大切な者が、目の前で息の耐えていく姿を見ていたあの時を……。
「…………お前は知らなくていいよ。……憎しみに囚われるのは……琥珀と……ぼくだけで充分だ」
悲哀とも後悔とも違う白姫の言葉を青麟は黙ったまま聞いていた。
自分が眷属になってから、白姫は常に憂いを纏っていた。
我儘で奔放で、女神を守るだけの強さもある。
しかしどこか儚げで危ういのだ。
いつか不意に何処か遠くへ行ってしまうのではと胸を締め付けられる程に……。
「…………青麟……」
「はい」
「……今夜は冷えるな……」
ずっと視線は同じ所を見つめながら、白姫がポツリと呟いた。
「お傍に寄っても構いませんか?」
「…………ん……」
青麟はすぐ隣に座ると白姫の肩を抱いた。
甘えるように頭を預ける白姫が堪らなく愛おしい。
決して一人の眷属を長くは傍に置かない白姫が、いつか自分も手放すだろうと解っている。
それでも今は、傍にいられる。
「……夜が明けたら……お前ら主様の元へ帰れ」
「…………申し付けとあらば……」
皆それぞれの想いを胸に抱きながら、穏やかな夜に身を任せていた。
やがて来る時を、肌で感じながら。
何もかもが忌々しく思える。
あの男の、偉そうな食ったような態度にも
人間の分際でと思うのに、逆らえない自分にも。
あんな男の言葉など無視して主の元へ帰っても良かった。
しかし何故かそれすら恐ろしく感じるのだ。
まさかあの男が大御神の一人である自分の主にまで害をなすとも、ましてそこまで来れるとも思わない。
それなのに、それすら逆らえない。
そして“二人の行く末”を見届けたい自分もいるのだ。
──もし、琥珀が死ぬようなことがあれば……
木の上から二人がいるであろう寝所を、白姫はぼんやりと見つめた。
──あいつのした事は、何の意味も無くなる……。
「───白姫様……」
背中から声を掛けられ、白姫は視線は逸らさず意識だけをそちらに向けた。
「大主様が……そろそろ戻ってははどうかと…………ご心配されておられます」
「………………お前……僕の元に来て、どれくらい経つ?」
ここ暫く気に入ってそばに置いている青麟の言葉には返さず、白姫は独り言の様に口を開いた。
「私…………ですか……?」
口調とは似つかわしく無い、幼さの残る青麟の丸い目が不思議そうに見開かれた。
「………ここにお前とぼく以外がいるなら違うかもね」
機嫌の悪そうな拈くれた言葉に、困った様に笑うと、拗ねた子供を慰めるような青麟の柔らかい声が白姫の耳を撫でた。
「随分機嫌がお悪いんですね。……私が白姫様にお仕えして……じきに三十回目の冬を迎えます」
「…………三十回目………」
三十年の年月と言えば決して短い時間ではない。
しかし琥珀より遥かに長い時間を生きてきた白姫にとって、それは長い時間とは言えなかった。
「……そっか……じゃぁお前は知らないんだな……」
「何をですか……?」
不思議そうにしながらも、それ以上は何も聞かない青麟の顔を目の端で捉えた。
琥珀が神使やその眷属を片っ端に手に掛けてから、それよりずっと長い時間が経っている。
しかし白姫には昨日の事のように思い出せるのだ。
大切な者が、目の前で息の耐えていく姿を見ていたあの時を……。
「…………お前は知らなくていいよ。……憎しみに囚われるのは……琥珀と……ぼくだけで充分だ」
悲哀とも後悔とも違う白姫の言葉を青麟は黙ったまま聞いていた。
自分が眷属になってから、白姫は常に憂いを纏っていた。
我儘で奔放で、女神を守るだけの強さもある。
しかしどこか儚げで危ういのだ。
いつか不意に何処か遠くへ行ってしまうのではと胸を締め付けられる程に……。
「…………青麟……」
「はい」
「……今夜は冷えるな……」
ずっと視線は同じ所を見つめながら、白姫がポツリと呟いた。
「お傍に寄っても構いませんか?」
「…………ん……」
青麟はすぐ隣に座ると白姫の肩を抱いた。
甘えるように頭を預ける白姫が堪らなく愛おしい。
決して一人の眷属を長くは傍に置かない白姫が、いつか自分も手放すだろうと解っている。
それでも今は、傍にいられる。
「……夜が明けたら……お前ら主様の元へ帰れ」
「…………申し付けとあらば……」
皆それぞれの想いを胸に抱きながら、穏やかな夜に身を任せていた。
やがて来る時を、肌で感じながら。
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