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始まり
しおりを挟む薄れそうになる意識をどうにかハッキリさせる為に冬音夜は強く唇を噛んだ。じんわりと温かい物が滲み出る感覚と口の中に鉄の味が広がる。そしてその痛みすら心地良く感じる現実へと自分を繋ぎ止めた。
「———いいね……その金への執着………」
鏡に映る冬音夜の顔を見ながら坂崎亮太は意地の悪い笑顔を向けた。
『最後まで意識をしっかり保っていられたら金を倍払うよ』
今夜冬音夜を呼び出し、真っ先に口にした。
ホテルのベッドの上で冬音夜は手錠で繋がれている。部屋に入るなり自由にならない身体を風呂でもベッドでも涼太の好きな様に弄ばれた。
一体何がどれだけ自分の中に入ってきたのか………もう分からなくなっていた。
涼太が冬音夜の話を聞いたのは医者仲間からだった。酒の席でその男はうっかり冬音夜のことを口にした。
『金さえ払えばなんでもやらせる男がいる』
おそらくは話すつもりはなかったのだろう。もしくはその場に『男』にそこまで興味を持つ者はいないと思ったのか………。
しかし涼太はその言葉に惹かれ、無理に冬音夜のことを聞き出した。最初は最近遊べる相手が決まっていて退屈していたのと『金さえ払えば…』と言うなら後腐れ無くて良いと思っただけだった。
しつこく聞く涼太に、不満げに渋々と何処に行ったら『冬音夜』に会えるかをその医師は別れ際にボソッと口にした。
そして涼太は翌日には冬音夜のいる店へと足を運んでいた。
快楽とはほど遠い表情で声を上げる冬音夜を鏡越しに見つめがら涼太は激しく冬音夜の中をかき回した。
少し前に手に入れた、人のそれとは比べ物にならないセックストイで散々嬲ったせいか、いつもより緩く感じる冬音夜の中が余計気持ちを昂らせた。
意識を失わない様に噛んだ口の端からよだれに薄められた血液が冬音夜の美しい顔を艶かしく飾っている。
その朦朧としている表情に陶酔しながら涼太が果てようとした時、冬音夜の身体が力なく崩れた……。
「これ……」
冬音夜はいつもの倍の金を手に涼太を見つめた。
朝を迎えても目を覚さない冬音夜を無理に起こし金を渡すと涼太はさっさと着替え始めた。
「約束だったろ。お前が意識を失う前に俺はイったからお前の勝ちだ」
「………勝ち負けだったんだ…………」
冬音夜がポツリと呟く。
「そうだろ。賭けなんだから」
冬音夜はどこか納得出来ない様に、しかしその金を自分の小さなバッグへしまった。
涼太が冬音夜を買うようになって一月が過ぎていた。最初はただセックスするだけだったが、次第に自分の欲求を冬音夜にぶつける様になっていった。
『金さえ払えばなんでもやらせる』そう聞いていた通り金さえ払えば冬音夜は何一つ拒まなかった。
自分の遊び相手を誘って二人で冬音夜を犯した時も、それなりの金額を払うと黙って頷いた。
まだ怠そうな身体を無理に動かし服を身に付ける冬音夜を見つめる。
線の細い人目を惹くような綺麗な顔をしているが、決して一晩でそこそこの金額を稼いでいる様には見えない。その辺にいる大人しそうな普通の大学生だ。
何にそんな金額をつぎ込んでいるのか………気にならない訳では無かったが、お互い干渉しても良いことなど一つもない。だから涼太が知っているのは『冬音夜』という名前の大学生という事だけだったし、自分のことも何一つ話す気など無かった。
「もう少し休んでいったらどうだ?ホテル代なら払ってある」
涼太が声を掛けると驚いた様に冬音夜が目を見開いた。
「………なんだよ…その顔……」
不満げに言うと
「あなたがそんな優しい事言うなんて……意外で……」
「……お前…失礼だな……。俺は優しいって有名なんだよ」
「……そうなんですか?………覚えておきます」
そう言って冬音夜は本当に微かに笑った。
思わず涼太の視線が釘付けになった。
こんな風に話すのも初めてだが……初めて笑った冬音夜を見た………。
「———お前も……笑うんだな……」
「———え……?」
「いや……初めて笑ったとこ見たなと思ってさ」
「……そりゃ……セックスの最中に……笑うこと無いですから……」
俯き、ボソッと告げた冬音夜をしばらく見つめていたが
「まぁ……適当に休んでから帰れよ」
そう言って一人ホテルの部屋を後にした。
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