記憶の海

海花

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「調子はどうですか?坂崎先生」

院長室の大きな座り心地だけは良さそうな椅子から長倉が笑いかける。

「特に…変わらないですよ。良くもなく悪くもなくです」

ソファーに座り涼太もそつの無い笑顔でにっこりと微笑んだ。

「呼び出したのは……解ってると思いますが『坂崎静流医師』のことです」

その言葉に笑顔を顔に貼り付けたまま長倉の瞳を見据える。

「でしょうね」

「……7回忌の法事の準備はどうです?……1人で全てやるのは大変でしょう……もし、何か手伝えることがあれば…と、思いましてね……。実際…“7回忌くらい”はやったらどうか…と、私も言われている。それに─あなたに対して批判的な意見も届いている」

長倉は涼太の瞳を探るように見つめ返事を待ったが、続くだけの沈黙に大きなため息を吐いた。

「……静流の7回忌もやらないつもりか…?涼太……」

「もちろんやりませんよ。葬儀もやらなかったのに……法事だけやるなんて、おかしいでしょう。それに…俺が異常だ、気狂いだと言われところで…別に痛くも痒くもない」

涼太の頑なな言葉に長倉は再びため息を吐いた。

「……葬儀もやらなければ、法事もやらない……。静流にも友人がいて…患者からも慕われてもいた。それに…それなりの付き合いもあった。……静流の死に方を考えれば葬儀をやらなかった気持ちは解る。しかし…」

「静流さんに友人がいたなんて……初耳ですね」

涼太はクスッと笑った。

「友人だと思っていたのは…相手だけだと思いますよ」

その言葉に長倉は再びため息を吐いた。

「涼太………いい加減、静流の死を受け入れたらどうだ?静流が死んでもうまる6年になる」

その言葉に涼太の笑顔が崩れ、微かに眉をひそめた。

「……なんの冗談のつもりですか?…俺はとっくに静流さんの死なんて受け入れてますよ。現に……静流さんの遺体を見つけたのも俺です」

「………それなら……」

「静流さんは人と過ごすのが苦手でした。それに…そんな建前だけ偲んでくれる様な人が大勢集まっても喜ぶとは思えません。理由はそれだけです」

長倉の言葉を遮りこれ以上話す事は無いと言いたげにソファーから立ち上がる。

「……確かに…静流はお前と二人で過ごす方が喜ぶかもしれない……あいつが唯一愛してたんだからな……」

長倉の嫌味とも取れる言い方に

「………それはどうですかね…。静流さんは……ずっと俺を嫌ってましたから」

涼太はにっこりと微笑んで院長室を後にした。



長倉との会話にイラつきながら午後の診察へ向かった。

──『そろそろ静流の死を受け入れたらどうだ?』──

頭から消したくてもその言葉が何度も繰り返される。

───余計なお世話だ。あの人の死なんて嫌って程解ってる……。

そう思った途端、目の前にソファーに座り首がパックリと割れた静流の姿が急に現れ足を止めた。
着ていた服が何色だったのかも分からない程に赤く染った……最後に目にした静流の姿だ。
涼太は怪訝な顔をして追い越していく人を気にもせず立ち止まりそれを見つめる。

───解ってる……。手を伸ばせば消えてしまうんだろ………………?

涼太の手が静流の幻に伸ばされた瞬間、何も無かった様にそれは見えなくなった。

───解ってるよ……あなたが………もういないことくらい………………

そして涼太も静流の幻のように、何も無かった様に歩き出した。



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