記憶の海

海花

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変化

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改札口を出ると大きな白い建物が視界に入り、冬音夜はそれに向かって歩き始めた。

───なんで病院なんだ……。

理由も言わず病院に呼び出した事にまだ少し腹を立てながら、それでも言われた駐車場を探す。
あの後、まだ話したそうな渡辺に別れを告げなければならなかったのにも腹を立てていた。
渡辺に味見をしてもらった日は下らない話から、渡辺のしている研究の話までお互い時間の許す限り話す。冬音夜はそれも楽しみにしていたのだ。

───病院のすぐ裏の駐車場って…ここでいいのかな――

道を挟んだ向かい側にある大きな駐車場とは別に、病院のすぐ裏に十数台停められるだけの駐車場がある。
冬音夜はスマホを取り出すと涼太に掛けながら、周りをキョロキョロと見回した。
呼出音が切れ、涼太が出たらしいのは分かるが、しかし何も聞こえず

「………あの……着きましたけど……」

戸惑いながら話しかけた。

「…………一番奥の…黒い車だ」

愛想の無い声が聞こえ冬音夜は言われた方を振り向いた。
確かに黒い車が一台止まっている。
近付き、国産車の中でも“高級車”と言われる車の中を恐る恐る覗き込んだ。
確かに……涼太の姿が見えるが、シートを倒し横になっている。しかも助手席で……。

「……あの…………」

細く開いた窓を『コンコン』と軽く叩いた。
涼太は薄らと目を開け、冬音夜を確認すると顎で運転席に乗るよう言っている。

───いや……無理だよ……こんな大きな車…運転したことないし……。

涼太の車と思われる黒光りするそれを見ながら運転席へ周り、冬音夜はおずおずと乗り込んだ。
フカフカの座り心地の良いシートに感動しながら、しかしハンドルに触るのは躊躇われる。
実家に帰った時にせいぜい叔母の軽自動車を運転するくらいだったからだ。

「……どこでもいい。ホテルに着いたら起こしてくれ……」

涼太はそれだけ言うとすぐに目を閉じた。

「え!? ──ちょっと…」

──そんな…こと言われても…………。

目を閉じたまま何も言わない涼太を横目で睨みながら、どうしたものか頭を悩ませた。
すると、涼太の息遣いが少しおかしい事にそこで初めて気付いた。
どこか苦しげに息をしているのだ。

───体調悪いのかな………だから……病院なんだ……。でもじゃぁ……ホテルは無理なんじゃ…………。

暫く様子を見ていたが起きる様子も無ければ息遣いは少しづつ苦しさを増している。

───なんで……こんな具合悪いのに呼び出すんだよ…………。

冬音夜は大きな溜息を吐くと、意を決した様にハンドルを握った。



「お前は、自分の具合悪いのにも気付かないの?」

大きな溜息を吐く優しい手が前髪をかき上げ額に触れる。

「……昼間は具合悪いるくなかったんです」

面白くなさそうに答える涼太の髪を、ひんやりとした長い指が弄ぶ。

「……すぐ熱出すクセに…。お前は昔からそうだよ」

「………良いんです。…熱が出るとあなたがそばに居てくれるから」

涼太の言葉に、男性にしては優しい声がクスッと笑った。

「随分甘えん坊だ」

「……俺はあなたが…好きですから……」

「………知ってるよ。俺はお前が嫌いだけどね」

優しい笑顔のまま、同じ言葉を繰り返す。しかし離れることのない冷たい手を涼太は強く握った。

「…………そんなこと知ってますよ……静流さん……」



「──静流………」

涼太は掴んだ手を唇にあてゆっくりと目を開けた。

「──え…っと………大丈夫…ですか……?」

すると少し困ったように自分を見つめる冬音夜の顔が自分を見下ろしていた。




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