記憶の海

海花

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上半身裸のままの涼太を見ながら静流はコーヒーを口に運んだ。
その身体に出会った頃の面影はなく、広い肩幅と適度についた筋肉が大人の男としての色気すら感じさせる。
仕事中に倒れてから数日が過ぎ、大分すっきりした頭で見るともなく静流は涼太に視線を向けていた。
ずっと頭に掛かった靄のようなモノを今は感じなくて済んでいた。
理由は解っている。

涼太のそばにいて今までの不眠症が嘘のようによく眠れていた。
毎夜涼太に抱かれその腕の中で眠っていたから…。

「……お前………友達と旅行行くって言ってなかった?」

静流の言葉にスマホから視線を外すと涼太はにっこりと微笑んだ。

「あんなの断ったよ。静流さんが家にいるのに行く訳ないでしょ……。元々付き合いで仕方なく行くだけのつもりだったし」

ダイニングのテーブルに肘をつき甘えた瞳が静流を見つめ返す。

「彼女も行くんだろ?」

「……あー……いいのいいの。どうせ卒業の前に別れるつもりだったし……」

「お前は…………本当に一人と長く続かないな……」

涼太から目を逸らし、静流はわざと呆れた様に口にした。
その後の言葉を解っていながら言っている自分に気付いてた。心まで向けてはいけないと、それを悟られてはいけないと解っていながら涼太の言葉を求めている。

「いいんだよ。俺は静流さんだけいればいいんだから……」

視線を床に落としたままの静流の前までま来ると、涼太はその視線の先に膝を付き静流の柔らかい腿に頬をのせた。

「静流さんが恋人くらい作った方がいいって言うから付き合ってるだけだよ……。医者になるのも、静流さんがそうしろって言ったからだ……解ってるでしょ?俺には静流さんが全てなんだよ……」

───精神科医にするのは…勿体ないな……。

不意にそんな事を考えながら自分の胸をなぞる長く細い涼太の指に目をやる。

「静流さんの望むことなら……俺は、なんでもやるよ」

静流はその指に自分の指を絡めた。
若い頃特有の柔らかさと弾力を兼ね揃えた指を唇まで連れていく。

「なら……俺から離れてくれよ……」

言葉とは裏腹に涼太の指に口付ける静流を見つめながら、涼太はその美しい唇の中へ指先をゆっくりと入れていく。

「……それはダメ………。だって……静流さんの本当の望みじゃないから…………」

何もかも見透かした様な瞳に囚われていくのが解るのに、静流は自分を止められずに引き込まれていく。

「相変わらず自惚れてるな。何度嫌いだと言えばわかる?」

「静流さんが本気で言ったらだよ。……本気で俺を『嫌いだ』と言ったら……」

絡めていた指を離すと、今度はクスッと笑う涼太の滑らかな首へと静流の指が絡みついた。
ほんの一瞬、涼太の瞳が大きく見開かれたがすぐにどこか快感に浸る時の様な笑顔になった。

「───俺を殺したら……その後…静流さんはどうするの…?」

「………すぐに後を追うさ」

「……………ならいいよ。……俺は静流さんとさえ一緒にいれるなら……」

言い終わらない内に瞼を閉じる涼太の首に絡めた指に少しづつ力を入れていく………。
呼吸が出来なくなり苦しげに歪む顔が、しかしどこか幸せそうな色を残し抵抗することなく自分に全てを委ねている。

「………嘘だよ……」

静流は赤く染まった涼太の首から手を離した。

「……俺にお前を殺せるわけない…………」

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