5 / 13
灼熱の過去に触れる海色
かつての血との対峙
しおりを挟む「なになに!?もう二人って出会って早々付き合ってたりするわけ!?」
「えぇっ!?」
「……??」
ナルタは奏子が興奮気味に聞いた言葉の意味が分からず、ハテ?と首を傾げた。
「付き合ってるって……そりゃ海音に召喚された訳だし……」
「な、ナルタくん!!ち、違うよ!!」
「え?」
「い、今の奏子の言葉の意味は、ナルタくんの知ってる意味とは別の意味なの!!」
顔を赤くしてナルタの発言を遮る海音の反応を見て、ナルタはぱちくりと目を瞬かせた。
「奏子!!ナルタくんとはそういう関係じゃないよ!!」
しかし奏子はニヤニヤと楽しそうに笑みを浮かべている。
「まあそうだよね……まだ出会って一日なんだもんね……」
「もう、奏子!!」
珍しく海音が声を荒らげた。
「え?じゃあどういう意味なんだよ」
「いっ、今はまだナルタくんには早いと思うな!!!!」
出会って一日でキスを交わしてるのにか?というツッコミは控えておく。
「とりあえず、この本は奏子に返すね」
「ありがとう!!私も帰ってから早速召喚してみる!!」
「無駄に異世界から呼び出そうとすんなよ」
海音から黒魔術書を受け取った奏子が満面の笑みを浮かべながら親指をビシリと立てる。
勿論すかさずナルタが真面目にツッコんだ。
「そもそも今のこの世界って、俺みたいな異世界の力とか必要ないんだろ?何でわざわざ召喚するんだよ」
奏子はキョトンとした顔で口を開いた。
「だって……ロマンじゃん?」
「は?」
ナルタが今度はキョトンとした。
「あのな……。俺が前に召喚された時は戦争の真っ只中だったんだぞ?でも今の世界は戦争の気配すら感じないし、平和そのものなのに何で俺達の力を求めるんだよ」
ナルタの問いに続いて、海音も口を開く。
「……ねぇ奏子、私も詳しくはないけど……。そもそも黒魔術が行われていたのは英国の方だったよね?だったらこの黒魔術の本だって、本来は英国の言葉で記されてるはずなんじゃ……」
本を渡された時から疑問に思っていた事を奏子に改めて問うた。
「うーん……ナルタの質問に関しては、今が平和だからこそ、って言うしかないかも。未知への探求??みたいな??あと、この国にはあまり黒魔術が浸透してないんだよね!!だから私みたいな趣味を持つ人が色々調べたり取り寄せてみたりするってわけ!!」
びし!!と得意気に人差し指を天に向けてふふんとふんぞりながら、奏子は続けて海音の質問に答えた。
「だからこの黒魔術書も、ネットのオークションで落札して買ったやつ!!何でこの国の言葉で翻訳されてるのかはよく分かんないけど、まぁ訳しながら召喚するよりお手軽で良いじゃん?」
「そ、そんな怪しいもの、本当によく落札する気になったよね……私には分からないや……」
奏子の楽観っぷりに若干引き気味に笑う海音の横で、ナルタはうーんと更に頭を捻った。
『千年前くらいにこの世界に召喚された事は多分間違ってない。体内時計にそれくらいは寝てたっていう認識があるし……。それにしても、前に召喚された国と、今回召喚されたのは別の国だったんだな。言われてみれば見覚えのない文字だな』
黒魔術書の内容を思い出しながら、二人の言う「英国」の文字と「この国」の字が全く違う事にナルタは今更気付いた。
「ナルタは当たり前のようにこの国の言葉を話してるし、意味も理解してるみたいだよね?もしかしてたった一日で覚えたの?」
今度は奏子からの質問を受け、ナルタはそういえばそうだなと逡巡した。
「この世界に限らずの話で、召喚の儀式の時にお互いに意思疎通が出来ないと契約なんて結べないだろ?だからあの魔法陣で召喚される時に、召喚士側が最も理解している言語を、召喚された側がある程度理解出来るように黒魔術で調整されてるんだよ。だから普段使う言葉や生活には困らない」
「へぇ~!!こりゃ黒魔術様々だ!!!!」
奏子がぱちぱちと拍手し、海音もナルタの言葉に納得してこくこくと首を縦に振った。
「じゃあじゃあ、次の質問なんだけど!!」
意気揚々に奏子がビシッとナルタに挙手をしたところで、再び玄関のチャイムが鳴った。
「あれ?今度はなんだろう……」
海音が立ち上がり、玄関のドアを開ける。
「はぁい、どちら様で……えっ」
玄関を開けた瞬間、海音は来訪者から突然肩を掴まれた。
『!!!!!!』
ビリッ!!と鋭い電撃のようなものが脳に響く感覚がして、ナルタは瞬時に目にも止まらぬ速さで海音の部屋から玄関まで走り抜けた。
『"契約"が発動した!!!!』
海音との契約は"より長生きすること"。つまり、海音が本能的に身の危険を察知すると、ナルタの身体が強制的に"召喚士を護る体勢に移行"する。
「だから玄関を開ける前に誰か聞けと毎度言ってるだろう!?」
「海音からっ、離れろ!!!!」
来訪者が海音に対して叱責するのとほぼ同時に、炎を帯びたナルタの鉄拳が来訪者の鳩尾にくい込んだのはほぼ同時だった。
「…………………………」
「………………」
「……………………」
「府城がぶっ倒れてるとこなんて滅多に見れないし、記念に撮っとこ~」
ナルタは頭を抱えながら自身のしっぽをぺしぺしと床に叩きつけていた。
海音はクッションを枕代わりにして床に横になり、重い倦怠感に襲われていた。
突然の来訪者……それは府城という苗字を持つ男であり、海音との間柄は不明ではあるがナルタの鉄拳によって昏倒してしまった。
そして奏子は、運び込まれた府城を面白おかしくスマホで撮っていたのだった。
『"召喚士が魔力不足で倒れた時の対処法……"』
ナルタは魔術書に書かれていた内容を記憶から掘り起こして、そして再び頭を押さえる。
『"召喚された側……ここでは便宜上召喚獣と総称する。召喚士が召喚した召喚獣の精液か愛液を飲むことで、迅速に回復する事が可能である。"』
『……これってつまり、俺の精液を海色に飲ませるって事だよな……』
海音の胸を揉みしだいた時に限界まで昂った下半身の熱は、あの後ビンタと叱られた事によって不発に終わっている。
しゅんと落ち込んでいたソレも、あの胸の感触を思い出したことでムクッムクッと元気に隆起を始めていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
『海音……っ!!ごめん、俺、俺の力のせいで、お前をこんな目に……っ!!』
『な、ナルタくん……し、仕方ないよね、こうするしか……方法、ないんだもね……』
『ううっ!!海音……海音っ!!俺のでお前が元気になるなら、幾らでもっ……んぁあっ!!』
『きゃっ!!な、ナルタくんっ……あ、あったかくて、ぬるぬるしたの、いっぱい掛かっちゃった……』
ーーーーーーーーーーーーーーーー
『いやいやバカ!!なんかめちゃくちゃに興奮するけど多分そりゃダメだろ!!!!』
などという、思わず海音のあのやわらかぁい胸にありったけの性欲をぶっかける妄想をしてしまった。
なんてこった。こいつはもう性欲魔だ。
「ナルタくん……」
ぐったりとした海音がナルタの服の裾をつんと引っ張った。
「海音……」
「ナルタくん、さっき黒魔術書読んでたよね……?何か書いてあったの……?」
『海音……。海音がこうなったのも、"契約"が発動して俺が力を使ったから……なんだよな』
ナルタが来訪者……府城を殴った後、海音はその場で崩れ落ちるように倒れてしまった。
黒魔術書に書いてあったように、自分の精液を海音に飲ませるか、それとも……。
性欲に駆られながら悩んだナルタは、奏子がまだ伸びている府城の顔をつつき回して遊んでいる事を確認してから、そっと海音の唇に唇を重ねた。
なんと!!性欲より愛情が勝ったのだ!!
「ん……!!」
ふわりと海音の頬が桃色に染まる。
『やっぱりそんなこと俺には出来ない……せめてこれで少しでも良くなってくれたら……!!』
長いようで短いようなキスをしてから、ナルタは海音の顔を覗き込んだ。
「海音……少しは良く、なったか……?」
心配そうに見つめてくるナルタを見て、海音は唇に触れた優しい温もりに心をとくとくと鳴らしながら、こくりと頷いた。
「ごめんね……私にもっといっぱい魔力があったら……」
「そんなこといいんだよ、気にすんなって。その……幾らでも、キス……するからさ」
海音を心配する気持ちの方が大きいことに変わりはなかったが、ほんの少しだけ、もっと海音とキスがしたいと思ってしまった。
「うぐ……うう」
「あ、起きた」
ナルタが顔を上げて首を向けると、府城という男が腹を抑えながら上体を上げるところだった。
「府城大丈夫??異世界の生き物の攻撃食らっちゃったから死んだかと思ってたよ!!」
「冗談は後にしろ宍戸……それより海音は……」
府城はよろよろと立ち上がり、海音の部屋の中を見回した。
と、そこでついにナルタを視界に捉える。
「…………子供か?海音の親戚の子供はこんな見た目じゃなかった筈だが……」
「……俺の事を言ってるなら、俺は子供じゃないし親戚の子供でもない」
ナルタは警戒心を保ちつつ、自分のしっぽを見せた。
「!!!!」
ナルタのしっぽを見た途端、府城の顔が蒼白になる。
そして血相を変えて今度は奏子の肩を掴み激しく揺さぶった。
「おい奏子!!!!お前が海音にお願いしたという召喚術はどんなものだった!?」
「いっ、痛いって!!そんなに強く掴まないでよバカ!!」
「お前はとんでもない事をしでかしたんだぞ!?分かってるのか!?」
「な、何言ってんの!?だって府城だって昨日はバカバカしいとか言って興味無さそうだったじゃん!!!!」
「とにかく早く!!!!どんな召喚術をやったのか教えろ!!!!」
海音や奏子とは全く違う反応を見せる府城を見て、ナルタは逆に驚いた。
この府城という男が突然来訪するまでは、海音や奏子の口からはこの男についての話は一切出てこなかった。
勿論、話の中心となっていたのがナルタと黒魔術に関するものだったからということもあるのだが……。
過去に何度も恐怖の対象として人間に恐れられてきたからこそ、ナルタには分かる。
この府城という男、ナルタを見て恐怖を抱いたという訳ではなさそうだ。
奏子から黒魔術書を奪い取り、府城は物凄い形相で内容を斜め読みしていた。
海音もナルタのキス療法(?)が効いたのか、あれから三十分程度たった今では、起き上がって話をする程度までには体力も回復したようだった。
「……なあ海音、あのフジョーとかいう男、あれもお前の友達なのか?」
「うん、あの人は府城アラン君。英国出身のハーフで、私とは小学生……あっ、えっと、十年以上くらい付き合いのある幼馴染なんだ。」
「そっか……。なんか俺に対してビビるでもなく、なんか……なんて言ったら良いのか……とにかく、信じられないものを見た、みたいな反応してたからさ」
海音はふふっと優しく吐息を漏らした。
「私だって、ナルタくんが出てきた時は信じられないものを見た気持ちだったよ?」
「でもお前はすぐに俺に殺されるって思って泣いてただろ」
「あ……!!あ、あの時のナルタくん、だって凄く怖かったから……」
「ご、ごめん……」
奏子がニヤニヤしながら見てきたので、海音は何故か恥ずかしくなって府城……アランに話しかけた。
「アラン君、いつも黒魔術なんてくだらんとか言ってたのに、今回は凄く熱心に読んでるね」
「……黒魔術なんてくだらないに決まってるだろ」
吐き捨ててから、アランは黒魔術書を閉じて奏子の頭にボスッと置いた。
「いた!!ちょっと!!もう少し丁寧に扱ってよね!!」
「お前が妙なことしなければこんな事にはならなかったんだよ、このバカ!!!!」
奏子をじろりと睨みつけてから、改めてアランはナルタに視線を移した。
「かの世界よりようこそおいでくださいました。この度迄の不敬につきましては、私やこの者たちの非礼、どうかご容赦頂きたく。」
「!!」
突然、ナルタに対して跪いたアランを見て海音と奏子、そしてナルタまでもが目を丸くした。
床に両足を投げっぱなしだったナルタも、アランの態度を見て思わず立ち上がる。
「お前……いや、貴様。"心得て"いるな?何処の血の者だ」
瞬時にナルタの身に纏う雰囲気が変わり、声も少年の幼さは消え失せ、唸るような低い声へと変わる。
思わず畏れを感じる程の重圧感のあるオーラを放ち始めたことに海音と奏子はついていけず、慌てふためいた。
「畏れながら、私はフォンクローゼ家の末裔、更にその分家にあたるシャルター家の血を引くものに御座います。」
「フォンクローゼ……ふん。縁とはよく言ったものだな。」
「は……全くその通りに御座います。」
「ちょっとちょっとなになに!?この空気、怖すぎるんだけど!?」
「な、ナルタくんどうしちゃったんだろう??いつもと全然雰囲気が違うよ……」
圧迫感のある空気から逃れる為に、奏子と海音は部屋の隅でお互いに肩を抱き合い、怯えながらナルタとアランの様子を眺めていた。
「しかし、畏れながら炎龍様……。今回貴方様を呼び起こした者はフォンクローゼ家とは一切無縁の者……かつ、どこの派閥にも属さない、適性を持たぬ者です。何故この者の召喚に応じたのでしょうか。」
アランの口にした「炎龍」という言葉に奏子がギョッとした。
「え!?ナルタってドラゴンなの!?」
「そ、そうみたい……」
思わず奏子は隣の海音の目を覗き込み、海音は若干たじろぎながら頷いた。
一方、ナルタはアランの問いに対して、まぁそうなんだよなぁと内心頭を捻っていた。
この世界への召喚は二度目になるが、別の世界ではもっと召喚されてきた経験がある。
別の世界への召喚では、大抵は初めて召喚した人物の血族が再召喚するという事例の方が圧倒的に多かった。
しかし今回は前回ナルタを召喚した者とは一切血の繋がりのない、魔術師の家系ですらない海音が召喚してしまった。
海音はナルタから見ても召喚術に長けてはおらず、本当に、ただの一般人なのだ。
威圧的なオーラを放ちつつも、黙るナルタの様子を黙秘だと解釈したアランは、傅きながら深く頭を下げる。
「重ね重ね恐縮ではありますが、この者は貴方様の力を発揮出来るほどの力を持ち合わせておりません。どうか何卒、この者との契約は破棄として頂けないでしょうか」
『えっ……』
海音は自分の耳を疑った。
アランが口にした「契約は破棄」という言葉。
それは、ナルタとの契約を無かったことにして、ナルタと別れるという事になるのだろうか。
そう思うと、海音は強い焦燥感に駆られた。
もっと単純に言い換えると、嫌だ。離れたくない。
海音は思わず口を開いた。
「やっ……やだよ!!な、なんでいきなりアラン君がそんなこと言うのっ!?」
ナルタは威圧的なオーラを放ったまま、じろりと海音を見た。
いつもとは雰囲気が全然違うナルタに見られ、ふっと殺されそうになった時のことを思い出す。
それでも、海音はそのナルタの燃えるような紅い瞳から目を逸らさなかった。
しかしアランは海音を見て切羽詰まったように早口で叫んだ。
「海音!!この龍はお前の手には負えない!!それくらい強大な力を持ってるんだ!!あっという間にお前の生命力を吸い尽くされて、コロッと死んであの世行きだ!!!!」
「えっ」
海音は驚愕し、ナルタはしまったと思った。
ナルタ自身は既に己の力が海音の命をあっさりと奪い尽くせる事も、海音を守ろうとする度に、召喚士である海音自身の生命力をごっそりと奪い取ってしまう危険性がある事実を一度も話していなかった。
「今はお前の事が物珍しくてその期を伺ってるだけかもしれない!!!!けどこれだけはハッキリしてるんだ!!!!この龍がその気になれば一瞬でお前の事を殺せる!!!!今はお前の事を面白がって遊んでるだけで、飽きたらポイするような相手なんだよ!!」
アランは必至だった。
十年以上も付き合いのある幼馴染が、目の前でいつ死んでもおかしくない状況に陥っている。
しかも、その状況を作り出している相手は、一族の持つ歴史の中で最も畏れられているあの炎龍だからだ。
『くそっ!!これ以上勝手な事を喋らせる訳にはいかない!!』
ナルタも焦りを隠しながら、重々しく口を開く。
「貴様……我の眼前でよくそのような不敬の言葉を口に出来るな?」
「くっ……」
アランもナルタから殺意に近いオーラを向けられてどっと冷や汗が吹き出す。
「貴様の態度に免じて、先程の不敬も赦してやろうかと思っていたところだが……所詮は上っ面と言ったところか?かつての血族の人間風情が」
「な……ナルタくん……」
『やばい!!めちゃくちゃ海音が動揺してる!!!!どうすりゃいいんだ!!!!』
海音のあの綺麗な海色の瞳が、絶望の色を帯び始めている。
海音の信頼を失ってしまったらどうなる?
無理矢理"契約"を理由にして海音を縛り付けることは可能だ。
しかし、ナルタのこの熱く滾る恋情を受け入れることは一切なくなってしまうだろう。
『ダメだ!!それは絶対にダメだ!!!!というか俺が海音に嫌われたくない!!!!』
目の前にはかつてナルタを召喚した人間の血を引く人間。
横にはつい昨日、ナルタを召喚した今の契約相手。
どちらを優先するか、なんて比較対象にもならない。
ナルタは奥歯を噛み締めてから、叫んだ。
「うるせぇこのバーカ!!!!この俺がどれだけ海音に惚れてると思ってんだ!!!!!!海音殺すくらいなら心中してやるわこのボケカス!!!!!!」
酷い愛の告白だった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
0
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる