常世の守り主  ―異説冥界神話談―

双子烏丸

文字の大きさ
15 / 63
第参章 葛藤

離別

しおりを挟む


 家の外は快晴で、穏やかな日差しが降り注ぐ。
 しかし、それはトリウスの張った結界によるものであり、結界の一歩外には吹雪が吹きすさんでいる。
 まるでそれは純白の壁だ。壁は家の周囲を取り囲み、二つの空間の境界を形成している。


 その対照的な風景の境目で、ラキサは彼を待っていた。

「待っていました、ルーフェさん」

 彼女はニコリと笑って出迎える。
 ルーフェはゆっくりと歩み寄った。
 そして彼は、苦悩を隠すかのように、無感情を装って言った。

「君の父さんには、もう別れは済ませた。ありがとう、ラキサ。色々と世話になった」

「ルーフェさんと一緒に居れて、私も楽しかったわ。こんな場所には、殆ど人なんて来ないから」

 対するラキサは、相変わらずの笑顔。

 ――どうして笑える! 君だって辛いはずだろう!?――

 そんな笑顔にルーフェは、そう叫びたくなった。
 ……が、彼にはどうする事も、その資格すらない。
 彼は悔しさで拳を、強く握る。

「あなたと一緒に過ごせたお礼、最後にそれを、渡したくて……」

 そして、ラキサは今まで握っていた右手をルーフェに差し出し、その手を開いた。

「……それは!」

 手に握っていた物、それはルーフェが大切にしていた、あの指輪だった。二つとも、ちゃんと揃っている。

「私とお父様が、時間を見つけては探していたの。物探しの魔術でも、山は広くて時間がかかったわ。
 だけど……何とか見つかって良かったわ。ルーフェが行ってしまう、その前に」

「本当に、探していたのか」

「ええ。ルーフェさんの大切な物ですから」

 ルーフェはラキサから指輪を受け取り、昔を思い返すかのように眺める。

「この指輪は……俺が家を捨てて、エディアと駆け落ちしようとした時に買ったんだ。二人で何処か穏やかな町にたどり着いて、結婚式を挙げる約束をしてな。指輪はその時に、彼女に渡すつもりだった。……きっとエディアには、よく似合うだろうと」

 そして彼は、再びラキサを見つめた。

「思えば今まで、俺が心を許していたのはエディアただ一人だった。
 でも君は、そんな俺の事を思ってくれた。ありがとう、例え俺がどうなったとしても、君の事は忘れない」

 ルーフェは彼女に、感謝を示した。
 しかし彼が知ったラキサの真実、それは言えなかった。言ったところで結局、二人が戦わなければならないのは変わらない。
 それならばいっそ―― 最後まで、心優しい普通の女の子として接したかった。 
 きっとラキサも、そう願っているからこそ、何でもないように振舞っているはずだ。そう彼は考えた。

「私もルーフェさんの事は忘れません。だから、どうか無事でいて」

 ラキサも、冥界を守護する守り主として、ルーフェとは敵になると分かっていた。
 『どうか無事でいて』――自身の言葉とは大きく矛盾する、彼女の役目とその使命。
 しかしその言葉は、心からのラキサの言葉だ。
 ルーフェは彼女を横切り、安穏の保証された結界の中から、元の寒さと雪が支配する世界へと出ようとする。


 だが彼は、結界の境界線、一歩手前で立ち止まった。

「……」

 拳を握り、表情には陰りを見せる。
 そしてラキサへと振り向き、自分の胸の内を、彼女に告白した。

「……エディアは俺の両親に殺された、家の財産を盗もうとした罪を着せられて。
 駆け落ちしようとした夜、俺は街外れでエディアを待っていた。いつまで経っても来ない彼女が心配になって、街へと戻ったが…………もう手遅れだった。街に戻った俺が見たのは、人だかりに囲まれ煌々と燃え盛る焚火の中で、生きたまま焼かれる彼女の姿だ!」

 彼は強く、叫んだ。それは彼女を守ることの出来なかった、自分に対する、怒り。
 ラキサもまた、その事実に、口元を手で覆う。

「勿論すぐにでも助け出そうとしたさ。だが……すぐに取り押さえられた。
 そして俺の名前を呼びながら悲鳴をあげ、焼き殺されていくエディアの様子を、ただ何も出来ずに見せられたんだ! 
 今でも――――その光景は嫌でも脳裏から離れやしない!」

 ルーフェは絶望に顔を歪ませ、唇を噛む。
 やがて彼の表情は次第に、深い悲しみに満ちたものへと変わった。

「……ああ、思えばエディアに着せた罪は、半分は真実。両親は家を継がせる一人息子を、使用人の娘に奪われない為に処刑した。――結局は、俺のせいだ。彼女を守ると……約束したのに。
 俺はあの約束を果たしたかった。そして一日だけでも、ただ、普通に彼女と暮らしたかった。身分も人目も気にせず、普通の恋人同士みたいに一緒に笑って、泣いて、喜んで…………。
 たったそれだけを、俺は願っていたんだ。せめて君には、最後にその気持ちを知ってもらいたかった」

「ルーフェさん、私は……」

「……さようなら、ラキサ」

 最後にそう言い残して、ルーフェは結界の外へと出た。
 彼の姿は吹雪の中に掻き消え、すぐに見えなくなった。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...