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第参章 葛藤
離別
しおりを挟む家の外は快晴で、穏やかな日差しが降り注ぐ。
しかし、それはトリウスの張った結界によるものであり、結界の一歩外には吹雪が吹きすさんでいる。
まるでそれは純白の壁だ。壁は家の周囲を取り囲み、二つの空間の境界を形成している。
その対照的な風景の境目で、ラキサは彼を待っていた。
「待っていました、ルーフェさん」
彼女はニコリと笑って出迎える。
ルーフェはゆっくりと歩み寄った。
そして彼は、苦悩を隠すかのように、無感情を装って言った。
「君の父さんには、もう別れは済ませた。ありがとう、ラキサ。色々と世話になった」
「ルーフェさんと一緒に居れて、私も楽しかったわ。こんな場所には、殆ど人なんて来ないから」
対するラキサは、相変わらずの笑顔。
――どうして笑える! 君だって辛いはずだろう!?――
そんな笑顔にルーフェは、そう叫びたくなった。
……が、彼にはどうする事も、その資格すらない。
彼は悔しさで拳を、強く握る。
「あなたと一緒に過ごせたお礼、最後にそれを、渡したくて……」
そして、ラキサは今まで握っていた右手をルーフェに差し出し、その手を開いた。
「……それは!」
手に握っていた物、それはルーフェが大切にしていた、あの指輪だった。二つとも、ちゃんと揃っている。
「私とお父様が、時間を見つけては探していたの。物探しの魔術でも、山は広くて時間がかかったわ。
だけど……何とか見つかって良かったわ。ルーフェが行ってしまう、その前に」
「本当に、探していたのか」
「ええ。ルーフェさんの大切な物ですから」
ルーフェはラキサから指輪を受け取り、昔を思い返すかのように眺める。
「この指輪は……俺が家を捨てて、エディアと駆け落ちしようとした時に買ったんだ。二人で何処か穏やかな町にたどり着いて、結婚式を挙げる約束をしてな。指輪はその時に、彼女に渡すつもりだった。……きっとエディアには、よく似合うだろうと」
そして彼は、再びラキサを見つめた。
「思えば今まで、俺が心を許していたのはエディアただ一人だった。
でも君は、そんな俺の事を思ってくれた。ありがとう、例え俺がどうなったとしても、君の事は忘れない」
ルーフェは彼女に、感謝を示した。
しかし彼が知ったラキサの真実、それは言えなかった。言ったところで結局、二人が戦わなければならないのは変わらない。
それならばいっそ―― 最後まで、心優しい普通の女の子として接したかった。
きっとラキサも、そう願っているからこそ、何でもないように振舞っているはずだ。そう彼は考えた。
「私もルーフェさんの事は忘れません。だから、どうか無事でいて」
ラキサも、冥界を守護する守り主として、ルーフェとは敵になると分かっていた。
『どうか無事でいて』――自身の言葉とは大きく矛盾する、彼女の役目とその使命。
しかしその言葉は、心からのラキサの言葉だ。
ルーフェは彼女を横切り、安穏の保証された結界の中から、元の寒さと雪が支配する世界へと出ようとする。
だが彼は、結界の境界線、一歩手前で立ち止まった。
「……」
拳を握り、表情には陰りを見せる。
そしてラキサへと振り向き、自分の胸の内を、彼女に告白した。
「……エディアは俺の両親に殺された、家の財産を盗もうとした罪を着せられて。
駆け落ちしようとした夜、俺は街外れでエディアを待っていた。いつまで経っても来ない彼女が心配になって、街へと戻ったが…………もう手遅れだった。街に戻った俺が見たのは、人だかりに囲まれ煌々と燃え盛る焚火の中で、生きたまま焼かれる彼女の姿だ!」
彼は強く、叫んだ。それは彼女を守ることの出来なかった、自分に対する、怒り。
ラキサもまた、その事実に、口元を手で覆う。
「勿論すぐにでも助け出そうとしたさ。だが……すぐに取り押さえられた。
そして俺の名前を呼びながら悲鳴をあげ、焼き殺されていくエディアの様子を、ただ何も出来ずに見せられたんだ!
今でも――――その光景は嫌でも脳裏から離れやしない!」
ルーフェは絶望に顔を歪ませ、唇を噛む。
やがて彼の表情は次第に、深い悲しみに満ちたものへと変わった。
「……ああ、思えばエディアに着せた罪は、半分は真実。両親は家を継がせる一人息子を、使用人の娘に奪われない為に処刑した。――結局は、俺のせいだ。彼女を守ると……約束したのに。
俺はあの約束を果たしたかった。そして一日だけでも、ただ、普通に彼女と暮らしたかった。身分も人目も気にせず、普通の恋人同士みたいに一緒に笑って、泣いて、喜んで…………。
たったそれだけを、俺は願っていたんだ。せめて君には、最後にその気持ちを知ってもらいたかった」
「ルーフェさん、私は……」
「……さようなら、ラキサ」
最後にそう言い残して、ルーフェは結界の外へと出た。
彼の姿は吹雪の中に掻き消え、すぐに見えなくなった。
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