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ロッカの街〜アイオール皇国

第26話 全力商人

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「アイオールへ送ってもらえるなら、食料と、武器、それに薬を沢山仕入れていったほうがいいです」

 セフィーがおにぎりを食べながら突然そんなこと言い出した。
 どうしてだ?と聞くと、今は国内に不穏な空気が漂っていて小競り合いも増えてきているからそれらは必ず高く売れる、とのことだった。

「戦争特需、みたいなことか……?」

 俺はなんとなく聞きかじったことのある単語を呟いた。

「はい。わたしとしては自分の国だし、平和なのが一番なのですけど」
「そりゃそうだろうな。でもそんなこと考えてるなんてセフィーは賢いんだな」
「……わたしは貴族の産まれなのですが、実は商人になりたかったので」
「そうだったのか。じゃあそういった勉強もしていたのか?」
「こっそり、ですけど。お父様方には当然のように猛反対されちゃいまして……」

 セフィーは笑いながらも少し悲しそうな顔をした。
 まぁ貴族の娘が商人になるというのもなかなか難しいだろうからな。

「きっともう少し大きくなったら婚約者と結婚して、それでわたしの夢は終わり。家の為には仕方がないとは思ってはいますけど……ね」

 俺は死んでなお、やりたいことをこうやってさせてもらっている。
 なのに目の前の少女は生きているのにやりたいことができないのか。
 産まれが貴族というのはそれだけで人生勝ち組みたいなイメージだったけど、そうでもないのかもしれないな。

「……セフィーはアイオールのどこまで乗せればよかったんだっけ?」

 そんな俺の突然の質問にセフィーは可愛らしく首を傾げる。

「えと、できれば首都のアイオリアまで、と」
「そうか。フィズ、アイオリアまでどれくらいかかる?」
「アイオールは広いから十日くらい、かな?」
「そうか。じゃあそんな短い時間にはなっちゃうけど、なるべく小さい村も回るからさ。……その間だけ商人になってみないか?」

 俺の提案に目の前の少女は口をパクパクさせている。

「まぁ真似事にはなっちゃうけど、行商人として安く仕入れて高く売りながらアイオリアを目指す。どうだ?」

 セフィーへの同情はあった。
 でも馬車を手に入れてからその考えはずっと持っていた。
 物を運びながら人を運ぶ……それが俺の描いている未来予想図だった。

「いいん……ですか?」
「ああ。二週間もしたら覚めちまう夢のようなものだけど……な」
「わたし……やってみたい、です」
「それじゃあ決まりだ!」

 俺が手を一つたたいてそういうとセフィーは涙を浮かべながらこくりと頷いた。
 利発そうに見えるけどまだ子供だもんな。
 ずっと諦めなきゃって我慢していたんだろうし、少しの間でも夢が叶うならそれは素晴らしいだろうな。

「あ、そういえば勝手に決めちゃったけどリリアはそれで大丈夫か? 少しだけ寄り道が増えるかもしれないが——」
「何言ってるんですか、それが最短距離じゃないですか」
「ふふ、姫様のいうとおりだな。私もそれが我が国までの最短ルートだと思うぞ」

 自分たちの帰国が遅くなるだけの提案だったのに、二人は何故か嬉しそうな顔をしてそういってくれた。
 セフィーの嬉し泣きをみたらそういう気持ちにもなる……か。


「それじゃ、早速仕入れといきたいけどキッチンのコンロに大分金を使ったから先に盗賊から回収した金品を換金するか」

 セフィーは盗賊、という単語を聞くと顔をこわばらせた。
 それだけ怖い思いをしてきたんだろうな。

「えーっと、剣が二十二本に軽鎧が十八、それに弓が五つと矢が……百ちょっとか。これはそのまま行商に回して平気なのか?」
「平気だと思いますよ。正直なことをいえば我が国の刻印は消したいところですが……この際仕方ないでしょう」

 セフィーは困ったような渋い顔をしてそういったけどそんな顔も可愛らしい。
 前の世界にいた時は子供と触れ合うことなんて全くなかったけど、こんな気持ちになるもんなんだな。

「他には宝石類と、魔物の素材がいくつかあるな」
「それは商業ギルドや冒険者ギルドで換金したらいいでしょう」
「あとは……おや、これはなんだろう?」

 俺は台帳をセフィーに見せる。
 そこには『火龍の外套』と書いてあった。

「これは……我が国の国宝になるような魔道具、ですね……」
「えっ、そんなものを何故盗賊が!?」
「あの盗賊たちは我が国の元騎士で……特に頭領は部隊を任されるような地位にあったものなのです。でもまさかそんなものまで持ち出しているとは……」
「じ、じゃあ返すぞ?」

 俺は馬車から火龍の外套を取り出すと、悔しそうな顔をしているセフィーに渡そうとした。
 しかし、セフィーはしずかに首を横に振る。

「いいえ。これは討伐をした者の権利です。もし本当に返して欲しければそれなりの対価を出すのが決まりですから。それまではカケルさんが着用していて下さい」
「で、でもなあ……」

 そんな国宝なんて畏れ多くて、着るだなんてできるわけが——。

「ご主人さまに似合いそうな色だから着てみたらどう?」
「確かに似合いそうです。それに倉庫で腐らせているより使う人が着たほうが道具も喜ぶかもしれませんしね」

 結局、フィズとセフィーに押し切られるようにして俺は外套を着ることになった。

「やっぱりご主人さまにぴったりよ!」
「そ、そうか?」

 確かになんとなくしっくりくるけど……でも後で返せと言われるかもしれないから、なるべく汚さないようにしないとな。
 そんなことを考えてしまうのは小心者だからかな?

 とんでもなく高そうなお宝はこの外套くらいのようだったので、他の細々とした魔道具などは商業ギルド売ってしまうことにした。
 行商をはじめるにあたって、登録も必要らしかったので売却ついでに登録をした。
 これでいつでも行商をはじめていいそうだ。

「それじゃ、この売り上げと手持ちの金貨で商品を仕入れに行こう。何を買うかはセフィーに任せてもいいか?」
「は、はいっ!」

 セフィーはこうして憧れだった商人になった。
 それは短い時間限定の夢みたいなものだったから、だからこそセフィーは全力で商人になった。
 まるで、残りの人生を全て捧げるような熱意で大量の仕入れをしたのだった。
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