御者転生 〜俺が勇者より強いのはわかったから、そんなことより人を運ばせてくれ〜

梓川あづさ

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ロッカの街〜アイオール皇国

第32話 踊る断末魔

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 俺とセフィーは横に並ぶようにして、金色の鎧をまとった優男の前に立った。

「ほぉら、やっぱりセフィラスじゃないか」
「どういうことですか?」
「昨日、君の母君に聞いたら『やっぱり別人だった』なんて言われてしまってねえ。でもそんなはずはないから……と」
「それで……待ち伏せを?」

 セフィーは非難めいた瞳で男を見やる。

「待ち伏せなんて人聞きの悪い……確認……そうだ、確認をしにきたんだ」
「わたしが本物であるか、ですか?」
「いや、本物であることは知っていたさ。ロールヒルからずーっと君たちを見ていたんだから」
「……っ!?」

 その言葉には俺も驚くしかなかった。
 つまり、盗賊からセフィーを奪い返してからずっと監視をされていたということか?
 上空ではジャックとローズが警戒していたはずなのに、どうやって……?

「……隠蔽魔術かっ!」

 思わず呟いてしまった俺を見て、優男は目を細めて笑った。

「御者くん、ご明察だよ。そうだ、君には聞きたいことがある」
「……なんでしょう?」
「どうしてわざわざ国まで送り届けたはずの妹がまた乗っているのか、ということだよ」
「それは……セフィーが俺たちの仲間になったから、です」
「仲間に? ……くくく、それじゃあ遠慮は要らないわけだ」
「遠慮?」
「ああ、こっちの話だ。さて、確認は済んだ」

 そういうと、優男はゆらりとその腕を天に掲げた。
 周りに控えていた兵はそれを見て取ると一斉に後退をはじめた。

「セフィラスはいい仲間が出来てよかったねぇ」
「?」
「一緒に旅が出来るじゃあないか。……死地へのねっ!」

 優男がそう言い切ると同時に腕を下ろす。

「マスターッ!!」

 上空からジャックの叫び声が聞こえた。
 その瞬間、誰もいなかったはずの場所から俺とセフィーへ向けて一斉に矢が放たれた。

「くっ!」

 俺はセフィーをかばうように、その身を抱きよせると腰から鞭を取る。
 逃げ場がないように多方向から放たれた矢は、俺がいくら知覚時間を引き伸ばしてもどうなるものでもなかった。
 せめて直撃だけは避けなくては……。
 俺は集中し、殺到する矢の中から当たりそうなものを見定めて鞭を振るう。
 数十は下らないであろうその矢を捌いていると腕の中のセフィーが苦悶の声をあげた。

「うっ!」

 直撃こそしていないが、矢が腕を掠めてしまったらしい。
 あとでローズに治してもらおう、そう思いながら俺はなんとか矢を捌ききった。

「おお、これはすごい」

 矢の雨が止むと、目の前の優男が拍手を送ってくる。

「くっ、どういうつもりだ!?」
「ただの御者じゃないとは思っていたけれどまさかここまでやるとはね」

 優男は俺の叫びを無視して、そんなことを呟いている。
 そしてセフィーをちらりと見ると口元を歪ませた。

「……まぁ、目的は達成されたか」
「目的だと……っ!?」

 そんな不穏な言葉の意味はすぐに分かることになる。

「あ……ああぁっ!!」

 胸に抱えていたセフィーが激しく身をよじる。

「な、なんだ!? どうしたんだ!?」
「くくく……」

 なおも暴れ続けるセフィーは、爪で自分の腕をかきむしる。
 ほじくるように爪を刺しているそこは、さっきの攻撃で矢がかすめた部分だった。
 よく見ると、じゅくじゅくした傷口は紫色に染まりはじめている。

「毒かッ!?」
「くくく。それはただの毒じゃないぞ。を伴う神経毒だ。あまりの激痛で暴れまわった末に死に至ることから”踊る断末魔ダンシングキラー”と呼ばれているのだよ」
「なんだと……。くそっ、セフィー大丈夫か!?」

 腕の中でもがく少女は苦悶に顔を歪めている。

「大丈夫? そんななわけがないだろう。その毒に解毒薬などはないのだからな」
「き、貴様ッ!!」

 俺が睨みつけると、優男はやれやれと肩をすくめる。

「君はそれよりも自分の心配をしたほうがいい」

 優男は馬鹿にしたようにそういうと、懐から気味の悪い色をした宝石を取り出した。
 そして思い切り振りかぶって地面に叩きつける。

 ——パリィィィン

 宝石は甲高い音を上げながら割れ、紫の光と共に煙を吐き出した。

「じゃあから僕らは帰らせてもらうよ」
「ま、待てっ!!」

 俺はその後を追おうとして、諦めた。
 胸の中にセフィーがいたからだ。
 少女はその小さい体をガクガクと震わせながら、滝のような汗を流している。

「一体どうしたら……」

 そう思案している俺の頭上にふと影が落ちる。
 慌てて顔を上げると、そこには鈍い光を放つ金属の鎧を纏った巨人がいた。

「ああ、そのヨトゥンはお土産だ。……冥土のね」

 優男はそんな捨て台詞を残し、今度こそこの場から去っていった。
 残されたのは俺たちと——鉄の巨人だけ。

「ウ゛オォォォォォォォッ!!」

 鉄巨人はそんな腹の底を揺らすような低い叫び声をあげて、剣を掲げた。
 どうやら俺たちを排除するべき敵だと見定めたらしい。

「マスター、セフィーを!」

 空からローズが降りてきてそういってくれたので、俺はローズへセフィーを預けることにする。
 これでなんとか戦うことはできるか。

「ローズはこの場から離れてセフィーに回復魔法を使ってくれっ!」
「これは……。はい、とにかくやれるだけやってみます」

 そういうローズへ首肯を返すと、俺はヨトゥンと呼ばれていた鉄巨人へと向き直る。
 隣にはいつの間にかジャックも並んで立っていた。

「マスター、これはなかなかの強敵ですね」

 珍しくジャックが汗を拭いながらそんなことを口にした。

「ああ。だろうな……でも退けないぞ」
「分かっております、いざとなったらマスターだけでもお逃げ——」
「馬鹿野郎ッ! そんなこと出来るわけがないだろう」
「……申し訳ありません。では……せめて最後までお供させて頂きます」

 こうして俺たちと鉄巨人——ヨトゥンとの戦闘が始まった。
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