御者転生 〜俺が勇者より強いのはわかったから、そんなことより人を運ばせてくれ〜

梓川あづさ

文字の大きさ
40 / 57
アイオール皇国〜ニエの村

第38話 ニブルヘイム

しおりを挟む
「キサマ……我ノ尻尾デナニヲシテイル?」

 いきなり襲いかかってきそうなくらい牙を剥いていたはずのフェンリルは、意外にもまずは対話を選んだらしい。

「何って……魔物避けだよ。お前はなかなか強かったし、その匂いでも漂ってりゃ少しは効果があるんじゃないか? ってな」
「フザケテイルノカ?」
「いや、そんなつもりはないんだが……それにお前の尻尾、また生えてきてるからいいだろう」

 目の前の狼は尻尾を逆立てて、鼻息を荒くしている。
 認めてやっているつもりだったんだけど、なぜかますます怒らせてしまったようだ。

「生エタカラ許サレルトイウモノデハ無イ。アノ日、逃ゲルシカナカッタ我ガ恥ナルゾ?」
「なんでだよ、結局は俺も仕留めきれなかったし引き分けだろ」
「グ……愚弄スルナァッ!」
「結局何をいってもダメじゃないか……俺たちは少し休んだらすぐに出ていく。それでいいだろう?」
「逃ガスト思ウカ?」
「はは。それが前に逃げたヤツのいう台詞か?」

 結局のところこいつはやる気満々というわけだ。
 じゃあ四の五の言わずにかかってくればいいのにな。
 そんな俺の心を読み取ったかのようにフェンリルは地面を蹴った。

「黙レェッ!!」

 そんな絶叫に似た叫びと共に、フェンリルは牙を剥き出しにして襲いかかってきた。
 正直なことをいうと、実家で飼っていた犬にちょっと似ているから傷付けたくはない。
 でも向こうは俺を食い殺さんとしているから……仕方がないか。
 俺はフェンリルの噛みつきを、サイドステップでかわしながら腰の鞭を手にした。

 この前、鉄巨人に苦戦したことを反省して馬車ではずっと鞭を触っていた。
 だからもうこの鞭が普通の鞭じゃない事を知っている。
 そもそも女神様がくれた鞭なんだからもっと早く色々試さないといけなかった。

「モードチェンジ——ソードッ!」

 別にわざわざそんな事をいわなくても形を変えてくれるんだけど、こういうのは気分だ。

 鞭は、俺の思い描いた通りに形を変えると剣になった。
 やっぱり何度見てもまさに異世界って感じでテンションがあがる。

「はっ!」

 俺は短く息を吐いて、着地をしたばかりのフェンリルに斬りかかった。
 フェンリルは鞭が突然剣になったことで驚いたのか一瞬反応が遅れる。

 ——ギャリリッ。

 タイミング的に殺ったと思ったけど、フェンリルは自分の前にブ厚い氷の塊を出してそれを防いでいた。

「こいつ、魔法も使えるのかッ!? だけどこんなもんじゃ止められねぇぞ!」

 俺は剣を持つ手に力を込めると分厚い氷を一気に切り裂く。

「グゥゥッ!」

 フェンリルも自慢の氷を切り裂かれることは想定していなかったか、その場を動くことが出来なかったようだ。
 結果として俺はフェンリルの左足の付け根辺りを深く斬ることが出来た。
 でもこんなもんじゃ足りない。

 フェンリルの足についた傷から白い煙が立ちのぼる。
 これは傷を癒やしているサインだ。

「させるかッ!」

 俺は振り切った剣を引き戻すと、その切っ先をフェンリルに向けた。

「伸びろッ!」

 鞭は俺の意思に正しく応じてくれた。
 その剣先はフェンリルに向けて伸び、その体を貫かんとする。
 フェンリルは慌てたように体を傾け、どうにか致命傷は免れたようだ。
 だが、その体からは少なくない血が流れている。

 さらに、そこへフィズが突っ込んでいく。

「えいっ!」

 そんな可愛らしい掛け声とともに、風を巻き起こすほどの蹴りが放たれた。

「ギャンッ!」

 フェンリルはフィズの蹴りをまともに食らい、積もっていた雪の上を転がるようにして吹っ飛んでいった。

「フィズ、よくやった」
「ええ。ご主人さまとはじめての共同作業ね!」

 それはちょっと違うような気がするけど……まぁいっか。

「娘……何故ソノ男ノ味方ヲスル? オ前モ我トオナジ幻獣種ダロウニ……」

 フェンリルはフラフラと立ち上がりながらフィズへ疑問を投げかけた。
 フィズは何を当たり前のことを言っているんだ、とでもいうような顔をして答える。

「だって、カケルは私のご主人さまだもの」
「フッ……キサマニハプライドガ無イヨウダ……ソレナラ遠慮モイラヌカ」

 フェンリルはそんな不穏な事をいうとカアッと目を見開いた。
 一体に何をしてくるつもりだろうか……何にしても碌なことにならなそうだ。
 なら先手必勝だ。

「させるかよっ!」

 俺はフェンリルに向かって走りだそうとした。
 しかしその瞬間——世界が凍った。

 一瞬にして体の表面が凍りつき、俺は動くことままならない。
 視線だけで周りを見ると、フィズとジャックの体を厚い氷が覆っているのがみえた。

「フハハ。我ガニブルヘイム氷の世界ハドウダ?」
「おい、フィズ! ジャック!!」

 俺は動かぬ二人に声を掛ける。
 しかし二人は氷の牢獄に囚われていて声を出すことすら出来ないようだ。

「おい……二人を元に戻せ……」
「馬鹿ナ事ヲイウナ。キサマヲ殺シタ後デユックリ食ラッテヤルサ」
「…………せるか……」
「モウ声モ出セナイカ? デハ喉笛ヲ食イチギッテヤロウ」
「そんなこと……させるかぁぁ!!」

 俺は怒りのままに自分を縛る氷の鎖をブチ破る。

「マ、マサカソンナ事ガ……」

 ふと視界に入った火龍の外套からは湯気が立ち上っている。
 もしかしたらこれのおかげで俺は完全に凍りつかずにすんだのかもしれない。

「二人を戻さなかったら酷い目に合わせてやるぞ……」
「ナ、ナニヲスルツモリダ!?」

 自信があったであろう必殺の魔法を破った俺をみて、フェンリルは畏れを抱いたようだ。
 その足はガクガクと震え、尻尾は丸まってしまっている。
 でも大切な仲間にあんなことをした犬ッコロを俺は許さないぞ。

「決まっているだろう——お仕置きだ」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです

NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

嫁に来た転生悪役令嬢「破滅します!」 俺「大丈夫だ、問題ない(ドラゴン殴りながら)」~ゲームの常識が通用しない辺境領主の無自覚成り上がり~

ちくでん
ファンタジー
「なぜあなたは、私のゲーム知識をことごとく上回ってしまうのですか!?」 魔物だらけの辺境で暮らす主人公ギリアムのもとに、公爵家令嬢ミューゼアが嫁として追放されてきた。実はこのお嫁さん、ゲーム世界に転生してきた転生悪役令嬢だったのです。 本来のゲームでは外道の悪役貴族だったはずのギリアム。ミューゼアは外道貴族に蹂躙される破滅エンドだったはずなのに、なぜかこの世界線では彼ギリアムは想定外に頑張り屋の好青年。彼はミューゼアのゲーム知識をことごとく超えて彼女を仰天させるイレギュラー、『ゲーム世界のルールブレイカー』でした。 ギリアムとミューゼアは、破滅回避のために力を合わせて領地開拓をしていきます。 スローライフ+悪役転生+領地開拓。これは、ゆったりと生活しながらもだんだんと世の中に(意図せず)影響力を発揮していってしまう二人の物語です。

処理中です...