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最終話・私が思っていた将来とちがう
最終話・その小さな発見を
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ご両親は、この時はじめて誠慈君の譲り癖に気付いた。譲ることに苦しまないで済むように、もともと薄かった執着やこだわりを、誠慈君が更に無くしてしまったことを。
子どもの頃から無意識に染みついた性分を、後になって変えるのは難しい。誠慈君は誰かや何かに特別な興味や執着を持てと言われても、持てない人間になっていた。
ご両親は、このままでは誠慈君が人に譲ってばかりの人生になってしまうのではないかと危惧していた。
「だからなんでも譲れてしまう誠慈に、譲れないものができて嬉しいんです」
「この子と出会ってくれて、ありがとう」
ご両親は温かな笑顔で言った。が、次の瞬間
「……興味と執着があなたに集中しすぎている誠慈を、重いと捨てないでくれて、ありがとう」
問題から目を背けるように明後日の方向を向いて言うお義父さんに、誠慈君は震えながら
「自覚はあるけど、代わりに言うのはやめて欲しい……」
そんな初対面を思い出した。結婚式でも、ご両親は涙ながらに私の手を取って
「誠慈を選んでくれて、ありがとう」
と厚く感謝した。一般的には私のほうが不良品なのに、こちらが感謝されている不思議。
今の生活は私ばかり毎日楽で幸せすぎて、本当にこれでいいのかな? 誠慈君が損じゃないかなと疑う日もあるのだが、未だに彼のご両親と顔を会わせるたびに
「萌乃さんのお陰で、誠慈はすごく幸せそう!」
お義母さんは、誠慈君によく似た温かな笑顔で言うと
「だから捨てないであげてね……」
次の瞬間ほの暗い表情でキュッと手を握って来るので、こんな私でも誠慈君には必要なんだろうと考えている。
でもいちおう私を頼りにしてくれるのは、光城家の人たちだけじゃない。就職はできなかったものの、お世話になった大学の先生が
『君がしたいのは就職ではなく、人の苦しみを解くことだろう。それなら形にこだわらず、君なりの働きをすればいい』
と言ってくれた。人の苦しみを解きたいなら、まず自分の弱さから許して、それでもできることを自分なりにすればいいと。
だから私は誰に誇れることでもない、ほんの小さな働きだけど、大学を卒業してから、ずっとネットで人の相談に乗っている。
対面で話すのは苦手だけど、文章は大学で山ほど書いた。だから落ち着いて自分の考えをまとめられる文章という形でなら、人の役に立てるのではないかと考えた。
せっかく誰かの相談に乗っても、顏も見えないネット社会なので、返事も無く消えられてしまうことも多い。お礼を言ってくれても、それは義理で、心に響いていないと気付くこともある。さらには私にしたのと全く同じ相談を、また新たにしているのを見て、私の答えでは役に立てなかったんだと、まま打ちのめされる。
お金になるわけでもない作業で、一喜一憂するなんて馬鹿みたいかもしれないけど
『周りの人には分かってもらえなくて、ずっと1人で辛かったからmonyoさんに聞いてもらえて良かった』
『そういう考えもあるんだって楽になりました』
心からの「ありがとう」をもらって、報われる瞬間もある。
単に少しでも人の役に立てて嬉しいだけでなく、人の悩みに触れることで、世の中は本当に私が思っていたのと違うんだと、日々知っていく。
子どもの頃は私だけが弱くて、ダメな気がしていた。でも人は通常いかにも辛いなんて顔で歩いていない。心に不安や苦しみを抱えながらも、それを隠すように生きている。私がずっとそうしていたように。人に弱さを見せて、気の毒だとか異常だとか思われて、これ以上、傷つかないように。
でも人って、いいところだけでできているわけじゃない。性格的にも経験的にも。
私が普通にクラスに馴染めていたら、きっと誠慈君の目に留まっていなかった。
誠慈君の愛情があれほど強くなければ、私たちの縁は途中で切れていた。
他の人が「あれさえ無ければ」と呆れる部分によって出会い、強固に結ばれる人も居る。
だから自分の個性を、異常や欠点と呼んで嫌わなくてもいいんだと思う。多分、長所や短所はただの凹凸なんだ。歯車みたいに硬く噛み合い、お互いを動かしていくための。
今はその小さな発見を、人にも伝えられたらなと思う。いつか誰かと噛み合うための心や体の凹凸を、欠けや歪みと呼ぶことなく、そのままの自分で生きられるように。
子どもの頃から無意識に染みついた性分を、後になって変えるのは難しい。誠慈君は誰かや何かに特別な興味や執着を持てと言われても、持てない人間になっていた。
ご両親は、このままでは誠慈君が人に譲ってばかりの人生になってしまうのではないかと危惧していた。
「だからなんでも譲れてしまう誠慈に、譲れないものができて嬉しいんです」
「この子と出会ってくれて、ありがとう」
ご両親は温かな笑顔で言った。が、次の瞬間
「……興味と執着があなたに集中しすぎている誠慈を、重いと捨てないでくれて、ありがとう」
問題から目を背けるように明後日の方向を向いて言うお義父さんに、誠慈君は震えながら
「自覚はあるけど、代わりに言うのはやめて欲しい……」
そんな初対面を思い出した。結婚式でも、ご両親は涙ながらに私の手を取って
「誠慈を選んでくれて、ありがとう」
と厚く感謝した。一般的には私のほうが不良品なのに、こちらが感謝されている不思議。
今の生活は私ばかり毎日楽で幸せすぎて、本当にこれでいいのかな? 誠慈君が損じゃないかなと疑う日もあるのだが、未だに彼のご両親と顔を会わせるたびに
「萌乃さんのお陰で、誠慈はすごく幸せそう!」
お義母さんは、誠慈君によく似た温かな笑顔で言うと
「だから捨てないであげてね……」
次の瞬間ほの暗い表情でキュッと手を握って来るので、こんな私でも誠慈君には必要なんだろうと考えている。
でもいちおう私を頼りにしてくれるのは、光城家の人たちだけじゃない。就職はできなかったものの、お世話になった大学の先生が
『君がしたいのは就職ではなく、人の苦しみを解くことだろう。それなら形にこだわらず、君なりの働きをすればいい』
と言ってくれた。人の苦しみを解きたいなら、まず自分の弱さから許して、それでもできることを自分なりにすればいいと。
だから私は誰に誇れることでもない、ほんの小さな働きだけど、大学を卒業してから、ずっとネットで人の相談に乗っている。
対面で話すのは苦手だけど、文章は大学で山ほど書いた。だから落ち着いて自分の考えをまとめられる文章という形でなら、人の役に立てるのではないかと考えた。
せっかく誰かの相談に乗っても、顏も見えないネット社会なので、返事も無く消えられてしまうことも多い。お礼を言ってくれても、それは義理で、心に響いていないと気付くこともある。さらには私にしたのと全く同じ相談を、また新たにしているのを見て、私の答えでは役に立てなかったんだと、まま打ちのめされる。
お金になるわけでもない作業で、一喜一憂するなんて馬鹿みたいかもしれないけど
『周りの人には分かってもらえなくて、ずっと1人で辛かったからmonyoさんに聞いてもらえて良かった』
『そういう考えもあるんだって楽になりました』
心からの「ありがとう」をもらって、報われる瞬間もある。
単に少しでも人の役に立てて嬉しいだけでなく、人の悩みに触れることで、世の中は本当に私が思っていたのと違うんだと、日々知っていく。
子どもの頃は私だけが弱くて、ダメな気がしていた。でも人は通常いかにも辛いなんて顔で歩いていない。心に不安や苦しみを抱えながらも、それを隠すように生きている。私がずっとそうしていたように。人に弱さを見せて、気の毒だとか異常だとか思われて、これ以上、傷つかないように。
でも人って、いいところだけでできているわけじゃない。性格的にも経験的にも。
私が普通にクラスに馴染めていたら、きっと誠慈君の目に留まっていなかった。
誠慈君の愛情があれほど強くなければ、私たちの縁は途中で切れていた。
他の人が「あれさえ無ければ」と呆れる部分によって出会い、強固に結ばれる人も居る。
だから自分の個性を、異常や欠点と呼んで嫌わなくてもいいんだと思う。多分、長所や短所はただの凹凸なんだ。歯車みたいに硬く噛み合い、お互いを動かしていくための。
今はその小さな発見を、人にも伝えられたらなと思う。いつか誰かと噛み合うための心や体の凹凸を、欠けや歪みと呼ぶことなく、そのままの自分で生きられるように。
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みんなの感想(8件)
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この作品をムーンの方で知って、こちらに追加があると知ってこっちに来ました。
結構内容が思う恋愛モノとは違ってて、それが私的にはツボでした。
イケメンなヒーローがヒロインに翻弄されて、病んでくのもまたツボで。
大学編がほぼ無く、あればぜひ読みたいなぁ。
と、思うほどには。
結婚後が見れたのは僥倖でした。
素敵な作品有難うございました。
ねぎっこ様へ
こちらこそ、このお話を読んでくださったことと嬉しいコメントを、ありがとうございます。
大学編では無いのですが『もしヒロインが地下アイドルだったら』という設定の小説を、年内には投稿する予定です。
相変わらずヒロインとヒーローがイチャイチャしているだけですが、よろしければ、そちらもご覧いただけますと幸いです。
2人が別れちゃってオロオロしましたが復縁してよかった!!!(2人の大学生ライフや結婚式なども読みたかったです)
最新話まで読みしたが宇宙猫になっちゃう萌乃ちゃんに笑っちゃっいました。かわ(*'ω'*)でも誠慈くんの愛...きっとビッグバンしてんだなって思いました。誠慈くんにとってトラウマにもなってる出来事で胸痛だけど、その反面、パーフェクトは誠慈くんの弱点というかヤンデレみを感じるところが逆にきゅんとします。(ヤンデレが好き) これからお義兄さんも出てくるのかな?萌乃ちゃんとの相性は心配ですが、これからも更新楽しみにしてます!夏バテ等お気をつけてくださいね。
pipin様へ。
いつも明るく楽しいコメントで応援してくださって、ありがとうございます。
2人の大学生ライフや結婚式を読みたかったと言っていただけて、すごく嬉しかったのですが、実は次回で最終回です。
このお話は本来、誠慈君が薔薇を渡したところで終わる予定だったのですが、ちゃんと2人が結ばれるところまで書きたいと延長したものでした。
後半はコメディ路線から外れて暗い内容になったせいか少しずつ読む人が減って、読者さんの期待を裏切ってしまったかなと少し後悔していました。
ですからpipin様が私が自信を無くしていた延長部分に何度も感想を送ってくださったことが本当に嬉しくて、少しでも人を楽しませられたなら書いて良かったなと思えました。
このお話を好きになってくださったこと、温かい言葉で応援してくださったこと、本当にありがとうございました。
誠慈くんの無限の愛に胸が苦しい!なんてスパダリ!名前通りの人柄にほっこり。萌乃ちゃんの過去も少し分かって学校というかその人個人なのか型に嵌めようとさらるのは自分の学生の頃の苦い思い出が浮かびました。誠慈くん視点も有難うございます!引き続き2人の見守り隊の一員になって更新楽しみにしています╰(*´︶`*)╯ そんな私は先日マフィンを作ったらクッキーになりました。誠慈くんの器用さが欲しい!
pipin様へ。
また嬉しいコメントをくださって、ありがとうございます。
気軽なラブコメとしてはじまったお話で、鬱展開を入れたらガッカリされる方も居るのではないかと密かに心配していました。
ですからpipin様が暗い部分に差し掛かっても「引き続き更新を楽しみにしている」と明るい言葉で励ましてくださり、とても元気が出ました。
次回もちょうど誠慈君視点なので、楽しんでいただけたら幸いです。
追伸・面倒臭がりの私からすれば、自分でお菓子を作ろうとする積極性が素晴らしいです!