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第一章

出逢っちゃった

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 今日も騎士様を見送って、薬作りに精を出すよ。
 騎士様は蜂蜜色の髪を輝かせながら優雅に走っておられたし、目の保養は完璧。僕の元気の源だからね。
 
 僕が鍋に入った薬草をかき混ぜていると、隊長さんが少しかがみながらカウンター窓から顔を出した。

「隊長さん。おはようございます」
「おう、おはよーさん。今日は、ちょっと入用で、回復薬と魔力回復薬50個ずつ追加して欲しいんだ。足りそうか?」
「はい。大丈夫ですよ。いつものものと一緒に入れてもいいですか?」
「それでかまわねぇよ」
「……回復が50と……魔回が50——、と、ハイ。追加分も合わせて、5500ルッツですね」
「はい、ちょうどな」
「何かあったんですか? こんなに回復薬が必要だなんて…」
「ああ、街道沿いの森に魔物の氾濫が発生して、討伐隊が組まれてる。街の中心地にある店はどこも品薄状態だ」
「え……魔物の氾濫…」

 その響きにドキッとする。
 魔物の氾濫は襲われれば町が一つ消えてしまうぐらい恐ろしいもの。だからギルドと王国が協力して討伐に向かう。一番初心者向けの魔物——風兎ウインドラビットだって僕には倒すのが大変なのに、群れとなったらどうなるんだろう。もし王都に魔物たちが流れてきたらどうしようと考えて、さっと鳥肌が立った。

「そんな顔しなくても大丈夫だ。今回は見つけるのが早くてな、先行部隊はもう到着して陣営を張ってるから」
「そ、そうなんですね。——隊長さんもこれから?」
「ああ、俺は後援と物資供給だな。俺じゃ前線だと足手まといだからな」
「え、隊長さんが?」

 こんなクマさんみたいに大きくて隊長っていう役職についてても足手まといになっちゃうのか。だったら僕なんて小石以下かも。いや、小石も投げたら武器になるから、小石さんに申し訳ない。
 前線で戦ってる人って、強くてかっこいいんだろうなぁ。憧れの存在だ。

「ギルドのSランクになれば一師団以上の戦力って言われてるからな」
「一師団、」
「騎士団も若手には有望なのがいるしな。競い合って討伐してくれると思うぜ」
「それを聞くと安心します。——そうだ、隊長さん少し時間ありますか?」
「ん? 少しなら」
「ちょっと待っててくださいね」

 僕は隊長さんを引き留めて、試作品を置いてる棚から小さな瓶を大量に篭に詰めた。
 このお薬を作ったはいいけれど、自分では小さな怪我しかしないから試すこともできず、はっきりした効力がわからなくて困っていた品物。
 その篭をどさっとカウンターに置くと、隊長さんがぎょっと驚いて目を瞠らせた。そうなんだよね。緑色のとろっとした液体だからとっても怪しい。

「これ、まだ試作品の段階なんですけど、傷に直接塗る薬で軽い外傷には有効なので、良ければ使ってください。効力の低い回復薬の代わりにはなると思います」

 有効、という言葉に反応して、隊長さんは片方の眉を上げた。

「ちょっと見せてもらってもいいか」
「はい」

 僕は瓶を手に取って手の甲に試しに垂らして見せる。隊長さんはまだ疑わしそうな顔。すごくわかるよ、その反応。

「こんな感じで、最初はどろっとしてるんですけど、すぐに体温で揮発して…、成分は傷口に保持されるので包帯は必要ありません。止血剤も入っているので、出血しているところに直接かけることもできます」
「へー、なるほどな。包帯がいらないのはいいな」

 隊長さんは瓶を一つ取って中身を透かしながら見て、ふんふんと頷いた。
 調合中の火傷とか擦り傷用の塗り薬で常備薬としていいかな、と思ったんだけれど、見た目が見た目だから売るのを躊躇していたんだ。

「僕にはこのぐらいしかできないので、よかったら……」
「おう、ありがたく使わせてもらうな」
「はいっ! 討伐、気を付けてくださいね」

 篭を抱えて、ひらひらと手を振ると隊長さんは帰って行った。
 魔物の討伐なんて、おじいちゃんの後ろで支援魔法を使ってただけだったし、あんなこと僕には到底できない。いつも兵士さんや冒険者さんたちに守られて生活してるんだよね。もう感謝感謝だよ。
 ちゃんとお薬も効果があればいいな。こんなことしかできないのがもどかしいけど、僕は僕のできることをしよう。僕はふん、と鼻息を荒くして、袖を捲った。

 その翌日も回復薬の補充でたくさん買ってもらって、2日間だけで1か月分近いの売り上げが出ちゃった。ちょっとホクホク、嬉しい。
 
 そのお陰もあって、今日は午前中も早めに店を閉めて、ただいま市場で物色中。

 討伐隊がたくさん戦利品を持って帰ってきてくれて、市場が賑わってるって聞いて、いてもたってもいられずに来ちゃったよ。
 討伐隊に参加するって言ってた隊長さんが心配になって門番兵さんに聞きに行ったら、市場の事を教えてくれたんだ。
 隊長さんは事後処理で色々と忙しいみたい。でも怪我はしてないし、元気だって。良かった。

 市場はすっごく賑わっていた。どこもかしこも人ひとヒト! 僕は埋もれ気味になりながらも、人の流れにのって、店を覗いた。
 お肉屋さんでは魔物のお肉が山積みになっていて、すっごく繁盛している。種類も多いし、すごく安い。多めに買っちゃおうかな。
 薬に使えそうな角、爪、牙、鱗も安いね。これは買い時だよ。この際新しいレシピにも挑戦してみよう。

 そんなことを考えてたら、一番混みあっているところに入ってしまった。案の定、人波に飲まれて身動きが取れなくなって、荷物もちゃんと持てているのかわからない状態。しかも足が浮きそうになって、わわ、どうしよう。
 すると急にグイっと腕を引かれた。その僕の手を引いている人が盾になってくれる。そのまま人波を掻き分けて、脇の路地まで連れて行ってくれた。
 痛さを感じない力加減で、でもしっかりと握ってくれる。その温かい手になんだか安心した。

「——大丈夫だった?」
「は、はい。だいじょ……う、ぶ、です」

 僕は顔を上げて目を見開いた。手を放して向き直ったその方に。
 艶のある少し長めの蜂蜜色の髪に宝石みたいに透き通った深みのある紫の瞳。僕がいつも日課で挨拶している騎士様その人だった。
 キラキラオーラを纏っていて、かっこいいというか綺麗というか、うーん、どっちも!
 
「んーとなに? 俺の顔に何かついてる?」
「い、いえ、その、ありがとうございましたっ」

 いけないいけない。
 騎士様の顔に見とれてしまっていた。遠くから眺めてるだけの存在だったのに、手が届きそうなところにいるなんて、信じられないよ。僕の心臓はバクバク早鐘を打つ。
 おちつけおちつけ。
 胸に手を当てながら、ふうっと溜息をついて心を落ち着けていると、騎士様が僕の顎を長い指で持ち上げてきた。
 って、指? 騎士様の指? 
 ちょっと待って、今どういう状況?
 
「ふーん」

 意味ありげな表情で僕を探るように見てくる騎士様。僕はどこに視線をやればいいのかわからず、目をウロウロさせた。多分僕の顔は真っ赤だ。
 騎士様は何事もなかったかのように手を放して、満足そうに微笑んだ。
 なんて綺麗なんだろう。その柔らかい笑顔が眩しくて、僕は目を細めた。

「じゃあ、気をつけて帰るんだよ」

 騎士様はひらりと手を振ると路地裏から出て、市場の人ごみの中に消えていった。

 な、なんだったんだろう。心臓が止まるかと思ったよ。
 いつの間にか息もしてなかったみたいで、騎士様がいなくなってからゼーハーって必死に空気を取り入れた。僕は地面に蹲ってヘロヘロ状態。

 うわー。
 騎士様の声聞いちゃったよ。
 騎士様とお話ししちゃったよ。
 騎士様に触られちゃったよ。

 徐々に実感がわいてきて、顔の筋肉がふにゃふにゃ。
 僕が人波に埋もれてるのを助けてくれたんだ。こんな僕にまで気づいてくれるなんて、騎士様はとっても優しい人だった。
 どんな人なのかって考えたこともなかったから、すごく不思議な感じ。

 また会えたらいいのになぁ。
 
 僕はなかなか治まらない動悸に胸を押さえた。

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