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幼年期編
1-1 魔王様、転生をやらかす
しおりを挟む「うぅ。せっかく、せっかくあんなにお膳立てしたのに!」
魔王は天蓋付きだが簡素な意匠のベッドで布団に丸まり、涙で自作の低反発枕を濡らしていた。
「効率良くレベルが低い魔族から順に送り込んでレベリングさせて、各地に宝箱を配置して良い武器や防具を入れといて、レベル的にヤバそうな敵は俺がこっそり倒しておいて・・・あーもう!」
魔王が勇者一行に費やした時間とかけた労力は、並々ならぬものであった。
魔王の働きで勇者たちは爆速で成長していき、結果一年の旅路だけで魔王城にまでやって来たのだ。
しかし勇者たちは、今しがたティファーナのチートみたいな強さによって倒されてしまった。
「なんでだよ。ティファーナはレベルこそ四天王では一番高いけど、推奨レベル的に大丈夫なはずだったのに。美人だから勇者が油断したのか? いや、あいつは惚気たり女相手に容赦をするようなやつじゃない。性別や身分に関して、ザ・平等ってやつだった。じゃあなんで負けた? はぁ、ティファーナどんだけ強いんだよ」
ゲーム脳で考えていた魔王は、ティファーナの真の実力を把握していなかったのだ。
高レベル同士の戦闘では、ゲームのようにステータスで戦うのは難しくなってくる。
スキルや実際の戦闘経験が深く関わってくるということだ。
魔王はそこまでは気にしていなかった。
勇者たちは魔王のサポートにより格上と戦うことがなく、経験が浅かったのだ。そこまでは、魔王の考えが至らなかったということだ。
「もう終わった。完全に終わった」
魔王が絶望している中、扉のドアがノックされた。
ティファーナなのだろう。
「あ、あの、魔王様。お疲れのところ恐縮ですが、人間や亜人の国々、全てが降伏宣言を致しました。一応、お伝えしておこうと思いまして。それと他の四天王ですが復活させ・・・」
「今日はもうよい! 今夜は一人にしてくれと言ったであろう!」
女性相手にちょっと言い過ぎたかも。
だが流石に怒りが・・・でも、ティファーナは自分の仕事をこなしただけだ。
彼女を責めるなんて、俺は最低だな。
「はっ。申し訳ありませんでした。失礼致しました」
悪いことしてしまったな。
それにしても、全ての国が降伏したか。
つまり世界征服果たしちゃったわけだ。
「そんなの、どうでもいいよもう・・・」
魔王はベッドから起き上がり、部屋のワインセラーに手をかけた。
「酒なんてこの体で飲んだことなかったが、今日は飲もう。飲むしかない」
異世界転移して、人間から魔族の体になってからはお酒を飲むことはなかった。
だが、今は全てを忘れたい。
酒に逃げるなんて最低かもしれないが、もはや何も考えたくないのだ。
魔王は手当たりしだいに、置いてある酒をラッパ飲みし始めた。
一本、また一本と空き瓶が床に転がる。
「くそぉ、酔わねぇ。毒耐性と麻痺耐性消さないとダメか・・・」
パッシブスキルの状態異常系の耐性を一時的に解除し、また飲み始める魔王。
次第に酔いが回ってきて、思考も段々とおかしくなってきた。
「ひっく。勇者死んだぁ~。勇者ぁぁぁ~。ん~? 勇者なら呼べばいいんじゃねぇ~?」
悪酔いしてきた魔王は、とある魔法を思いついたのだ。
それは「勇者召喚の魔法」だ。
異世界から人を「転移」させる禁忌の魔法。
神々に認められた者しか使うことが許されない魔法であるが、魔王となった自分は神と等しいほどの魔力と実力があり、転移魔法も含め、あらゆる魔法を行使できるのだ。
「よ~し! そ~と決まったら、やっるぞ~!」
酔いが回る中、魔王は真面目に勇者召喚の魔法陣を床に描いた。
最早、この部屋で呼ぶつもりだ。
そして呼んだ勇者にその場で倒してもらおうという、馬鹿な考えをしてしまっているのだ。
それもこれも、酔っているからこその思考なのだろう。
判断力が著しく低下しているせいだ。
「で、できたぞ~! じゃあ~、魔力を注いで~、ゆぅしゃ~かもん!」
その瞬間、眩い光が部屋一面に広がった。
魔王はあまりの光に少しだけ酔いがさめ、チラリと自分が描いた魔法陣を見た。
「あっ、やべっ」
魔王がそう呟くと、彼の身体は光となって消えてしまう。
残ったのは彼の立派な衣服と装飾品だけであった。
◇
魔王の部屋から異常なまでに明るい光と、膨大な魔力を感じたティファーナは、魔王様の部屋にすぐさま駆けつけた。
「魔王様! どうなさいましたか!?」
「魔王様ぁ! あぅ、どこにもいないですぅ」
「魔王様のお姿が見られませんわね」
「莫大な魔力の痕跡はありますが・・・」
ティファーナが復活させた三名の四天王も含め、四名全員が異変を察知していたようだ。
「これは・・・見たところ転生魔法陣ですわね。対象種族は人族かしら」
大人の色気を放っている巨乳美女が魔法陣に注目して発言した。
「カレノアの言う通り、人へ転生する魔法陣で間違いない。対象の世界もこの世界。今頃、魔王様は人族の母親のお腹の中にいらっしゃる」
氷のように冷たい印象を受ける貧乳少女が、淡々と推察を述べる。
「はぅぅ。魔王様は人間の赤ちゃんになっちゃったってことですかぁ?」
今にも泣き出しそ・・・いや、既に涙を流し始めているおっとり系の少女が、エルビナに向けて質問を投げかける。
「シルキーナ。その認識で間違いない」
「まあ、そうなるわよねえ」
「そんなぁ。でも魔王様は魔王様ですぅ!」
三名が現状を理解していく中、一名だけ魔王様の衣服に顔を埋めながら号泣する者がいた。
「ま、魔王様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ティファーナ。貴女が一番しっかりしないといけないでしょうに。メンタル弱すぎるわよ」
「カレノアの言う通り。魔王様の留守に、魔王城を守れる実力があるのはティファーナだけ。私が魔王様を探してくるからティファーナは待ってるといい」
「あら、抜け駆けしようとしているのかしらね? それなら私も探しに行くわよ」
「ならぁ、私も行きますぅ!」
他の四天王が魔王様を探しに行くことがようやく耳に入ってきたティファーナ。
「ぐしゅん。わ、わたしも行くもん!」
「貴女はダメよ」
「ティファーナはダメ」
「ダメなのですよぉ」
「何でよ! 魔王城より魔王様でしょ! 城なんて後で作ればいいんだもん!」
ティファーナの言葉に三名はハッとした表情を見せた。エルビナだけは、あまり表情に変化はないのだが、先ほどより少しばかり目が大きく開いたように見えなくもない。
「たしかに魔王様は、この魔王城にこだわっていらっしゃらなかったわね」
「魔王様がいらっしゃるところに、魔王城を築けばいい。手分けして探した方が効率的」
「そうかもしれませんねぇ。四人いるので東西南北で分けますかぁ?」
「やった! じゃあわたしは東ね!」
「待ちなさい、ティファーナ。私も東を選ぼうとしていたのよ」
「奇遇。私も同じ」
「えぇ!? なんで皆さん同じなんですかぁ!?」
「「「 勘 」」」
「か、勘ですかぁ」
シルキーナは自分だけ分からなかったと軽くショックを受け、また涙目になっている。
「これもう、大陸の東の方角にいらっしゃることは確定よね? 私の魔王様への情熱的な愛が、東に行けと叫んでいるのよ」
「私の揺るぎない忠誠心も同じ。東に行くべきだと言っている」
「わたしはその・・・カレノアに愛は取られたから、恋心が東に・・・」
「うぅ、私だって魔王様をお慕いしてるんですよぉ。みなさん勘が凄すぎますよぉ!」
「愛の差かしら」
「忠誠心の高さ」
「好きの気持ち」
「私だって全部ありますよぉ!」
その後も散々三名にいじられたシルキーナ。彼女はいじられキャラとして定着しているようなので、いつものことであった。
そして彼女たちは大陸の東へ、手分けして魔王様(人間)を探す旅に出るのであった。
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