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3.悪夢を見た
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僕は長い廊下を早足に駆けた。周りからギョッと驚かれるが気にしていられない。目的地まで爆走だ。達成するまで誰も僕を止められない。
厳かな一つの扉の前に立ち、深呼吸を繰り返しながらノックをする。部屋の主から声を掛けられて中へ入れば、二つの目がこちらに注目する。
一つは、ここの主であり大公家当主で僕の夫、テオ・デュラン。もう一つは、主席秘書官マルタンだ。
マルタンは驚いているだけだが、テオは一瞬驚きつつも、すぐに眉を顰めて「おい、誰が彼をここまで連れて来た」と不快そうな低い声を出す。言動と声音だけで判断するなら、僕の登場を鬱陶しいと思っているだろう。
答えたのは僕の後ろを控えめに着いて来ていた護衛騎士アンドレだ。
アンドレは困惑の表情を浮かべている。
「申し訳ございません。伴侶様が閣下にお会いしたいとのことで」
「用があるなら俺が行くと言っているだろうが。ここまで来させるな」
「申し訳ございません」
アンドレが恭しく頭を下げると、テオは黒髪を掻き上げて溜め息を吐く。そして真っ赤な瞳が僕を見つめた。
「何の用だ? 俺を待てないほどの急用でもあるのか?」
……冷たく、平坦な声。誰が見ても怖いという感情を与えるだろう。結婚して六年も経つのに、僕でさえ怖さをなくせないでいる。テオは前当主が健在の頃、自ら自領の騎士団を率いていた。そのため体は大きく力は強い。無表情なことが多いため余計に威圧感ばかり感じてしまうのだ。
だけど、今の僕はそれを感じている暇はない。
大股でテオに近付き、彼を見下ろす。やはり少し驚いたように見開かれた瞳と真っ直ぐに合わせ、腹から声を出した。
「テオ様、今から僕がする質問に、嘘偽りなくお答えください」
「……なんだ?」
「僕のことを愛していますか?」
「は?」
眉根が寄せられる。一瞬恐怖心が蘇りそうだったが、グッと堪えて背を伸ばす。
「質問は禁止です。真実だけをお答えください。僕を愛していますか?」
「当たり前だ。今も昔もこれからも、君だけを愛している」
思ってもみなかった、でも淡く予想していた答えが返される。
「……では、なぜ、子どもたちに関わらせてくれないのですか?」
脳内に我が子たちの顔が浮かぶ。
リアム、レオニー、リュカ。僕とテオの可愛い子どもたち。
「君がわざわざ手を掛ける必要はない。乳母に任せれば良い。君は君にしか出来ないことがあるんだから、他の者に任せられることは他の者がする」
「僕は貴方の伴侶です。大公家の主人です。僕にしか出来ないことはたくさんあります。でも、一度も、家のことにも関わらせてくれないじゃないですか。僕にしか出来ないこととは、何を指しているのですか?」
社交界に出してもらうこともなく、城や領地の管理もさせてもらえない。……いや、社交は良い。元々苦手だし、出なくて良いなら出たくない。だが、子育ては違う。結婚して六年、僕は何もやらせてもらえない名ばかりの大公家の伴侶で親だった。
「俺のそばにいることだ」
「え?」
「俺を第一に考えて、常に俺のそばにいること。俺を愛すること。俺が君に望むことはそれだけだ。他に気を取られて欲しくない。これは君にしか出来ない」
「僕のことが、そんなに、好きなんですか?」
「愛している」
「っ今まで! そんなこと言わなかったじゃないですか!」
初めて大声を出せば、立ち上がったテオは僕の前まで来た。先程と変わり、今度は見下ろされることになる。相変わらず威圧感がすごく、思わず後退りしたくなった。
「君は俺を怖がっているだろ。愛していると言い続けられたら余計怖がるに決まっている」
「そんなことありません! 怖いのは、怖いかもしれないけど。でも言われなきゃ分かりません」
「そもそも分からなかったのか?」
テオが心底驚いた顔をする。常識を知らないのかと悪意なく馬鹿にされているように感じてしまう。
「分かりません! だって、いつも怒っているみたいだったし、一緒にいても殆ど会話もないし、家のことも子どもたちのことも何も関わらせてくれないし、だから、嫌われているのだと」
「嫌いな人間をそばに置くわけないだろう? ほぼ毎晩君を抱いているのが良い証拠だ」
僕はそのセリフにカッと全身を熱くさせる。ほぼ毎晩、確かに抱かれている。抱かれない時は僕が体調を崩した時やテオが外泊を伴う公務で不在の時くらいだ。ほぼ毎晩抱かれ、ほぼ毎朝体中を舐められて飲まれている。
だが、そんなことを恥ずかしげもなく言うなんて。それま人前で!
「馬鹿!」
「閣下、我々は外に出ております」
今更二人きりになっても遅い。
僕は顔を真っ赤にしたまま俯く。
「リュシー、俯くな」
「嫌です」
「俺を見ろ」
「嫌。……見上げるの大変だから。首が疲れるんです」
「そうか」
「わっ!?」
テキトーなことを言えばいきなり体が浮いた。何かと思えばテオに抱き上げられたらしい。再びテオを見下ろす側になった。
「今後はこうしよう。これなら見上げる必要もない」
「馬鹿なこと言わないでください。下ろして」
「俺は君の顔を見ていたいんだよ。で? 他に質問は? 終わりか?」
きっと何を言ってもテオは自分の意思を変えないだろう。自分の力でここから抜け出すことも出来ない。
僕は仕方なく、腕に抱き上げられたまま質問を続けた。
「僕のことを愛しているから、僕の借金も返してくれたんですか?」
「それもあるし、恩を売っておけば例えどんなに俺を嫌いになっても離れることはなくなるしな」
正確に言えば、僕の家の借金だ。両親は小さいが穏やかな領地を守っていた伯爵だが、僕のせいで格上の家の陰謀に巻き込まれてしまったのだ。借金を背負わされてしまった。どうすることも出来ず絶望しかないところで、テオに求婚されたのだ。
僕が十六、テオが十八の時だった。
雲の上の存在である大公家後継者からの求婚を断れるはずもなく、また、テオ以外には考えられないと思い、嵐のように婚姻から結婚式、初夜を経験した。これらはたった数日間の話である。
その際に、テオの個人資産から借金を返されたと聞き、余計に僕はテオに頭が上がらなくなった。立場も違い、肩代わりもしてもらい、テオの言うことに従う以外なかった。
だから、夫人としての仕事をしたい、直接子育てをしたい、過去に勇気を出してそう伝えても、すげなく断られたため引き下がるしかなかった。
「いつから、僕のことを愛していたのですか?」
「三回目に出会った時。子どもの頃、初めて出会った君に助けられた時はあまりにも真っ直ぐで見ていられなかった。二回目に出会った時は変わらない君のそばは居心地が良いことに気付いた。三回目に出会った時は良い匂いをさせている君が無防備で腹が立って、俺のものにしたくて堪らなくなった。でも、無理やり攫うことは出来なかった。正直出来たけど、きっとしてしまったら君を変えてしまうだろうと思ったからだ。自分の欲望よりも君の幸せを願う方が強かったんだよ」
テオは普段の無口が嘘のようにすらすらと言葉を紡いだ。
「……三回も? 会っていたんですか?」
記憶にない。僕が初めてテオを認識したのは六年前、テオがプロポーズに領地に来た時だ。
「三回とも俺は顔を隠していたし、名乗ってもいない。一回目なんて君は小さかったし、覚えていないのは当たり前だ。だが、俺にとってその三回は世界が変わるレベルに大切な思い出なんだ」
テオは過去を懐かしんでいるようだったが、すぐに自嘲気味に変わる。
「結局は君を閉じ込めてしまったけどな」
「……自覚はあったんですね」
「はは。俺たちデュラン家が受け継ぐ闇の力は、色々な力を持っているんだよ」
テオが僕を抱いたままソファーへと移動する。ようやく下ろしてもらえると思ったのに、僕を膝の上に乗せたまま座った。
「知っていますよ。細かいことは知りませんけど」
「そうだな。光と闇の詳細は受け継ぐ本人にしか分からないし基本他言しないから。その一つに」
髪を弄られ、耳に掛けられる。テオの唇が耳元に寄せられて、くすぐったくて肩をすくめる。
「人のオーラが見えるんだよ」
殊更小さく囁かれたそれに、僕は「え?」と目を見張った。振り返れば思った以上に至近距離にテオの顔があって余計驚く。反射的に反ればすぐに後頭部を掴まれてキスをされた。合わさるだけのそれではなく、口内に舌が素早く入り込み苦しくなるそれだ。
「ん、待っ、……て、ぉ」
「もうちょっと」
体を固定されて、キスから逃げることも抵抗することも出来ない。歯列を撫でられ、ひたすら舌を吸われて甘噛みされた。テオが満足してようやく離される。
「話の、途中ですよ」
恨めしげに睨むが、テオに気にした風はない。
「悪い。リュシーもキス好きだろ?」
「……普通です」
「嘘を吐くな。言っただろ? 俺は人のオーラが見える。オーラはそいつの感情を表しているんだよ」
初聞きだ。感情が見えるとはどんな感じなのか、想像しようとして――出来なかった。
「リュシーは普段、俺といると怖がったり気不味そうにしているばかりだが、キスやセックスをしている時は快感でいっぱいになるんだよ」
「……は」
「心底好きな人間に怖がられるのはまあまあキツいから、快感にオーラを変えている。リュシーとしたいのが大前提だけどな」
僕は上手く言葉の意味を理解出来ず真っ白になっていたけど、優秀な脳はゆっくりゆっくりと理解を深めていった。そして、自分でも分かるほどに全身を熱くさせた。高熱を出した時と同じくらいの熱さだ。
「な、なに、何言って、え?」
「マイナスのオーラを見たくなくて、リュシーとセックスしたくて、毎日君を抱いている」
信じられなくて、僕は口をパクパクさせるだけだった。どうして嫌っているくせにほぼ毎日抱くのかと思っていたけど、まさか、そんな理由だとは思わなかった。ちょうど良いからなのかなって胸を痛めていたのに、まさか……。
僕はあまりの恥ずかしさに顔を上げられなくなる。
「リュシー、顔あげて」
「……やだ。恥ずかしい」
「可愛いな」
「うるさい」
「可愛い」
「テオ様、もう、何も言わないで」
「前から言っているが、様を付けなくて良い。で? 質問は終わりか? じゃあ次は俺からしよう」
まだ聞きたいことはあったが今の状態ではもう無理だ。僕は肯定も否定もしなかった。
「いつも怖がるか気不味そうにしかしないのに、今日は珍しく怒っていたな? どんなキッカケがあったら自ら俺に会いに来るんだ?」
僕は言葉を詰まらせる。
答えはあるが、素直に答えて良いか分からないからだ。伝えたとしても頭がおかしくなったのかと思われるような答えなのだ。
自分が死ぬまでの、とてつもなく鮮明な夢を見たと思ったら、僕が死んだ後のテオや子どもたちの荒れ果てた姿を見てしまった。その姿がすごく悲痛で、皆がどれだけ僕を愛しているか伝わって、苦しくて堪らなかった。目が覚めてからも忘れられなくて、そんなに愛しているならどうして態度に言葉にしてくれないのかと腹が立った。激情のままテオを訪ね、今になる。
……こんな話を、どう言えば良いのか。正直テオがあの夢のように本当に愛しているかは信じていなかったのに、はっきり「愛している」と言われ、毎日抱く理由を聞かされ、夢は夢ではないのかもしれないと思った。不思議な体験ではあるが、この世には説明つかないことは多くある。もしかしたら予知夢というものかもしれない。だけど、何の力も持っていない僕が「予知夢を見たから」と定かではないそれを素直に答えて変に思われても嫌だ。
答えられずにいれば、テオはちゅっと軽く頭にキスをした。
「リュシー、言えないなら言わなくても良い。ただ、そのキッカケは君を困らせるか?」
「……ううん。大丈夫です。何と言っていいか、分からないだけなので」
「そうか。なら良い。まとまったら教えてくれ」
「はい」
「ちなみにリュシーは俺を愛してくれているか?」
言わなくても良いとのことに安心したが、またその質問にも答えに困る。
「怒らないから正直に言ってくれ」
「正直に、言うなら……分かりません。だって、テオ様としっかりした時間を過ごしていないから。テオ様を、よく知らない、し」
「正論過ぎて何も言えないな。俺も自分へのマイナスなオーラを見たくなかったし、関係をどう修正するかも分からなかったし。正直、君が俺のそばにいるだけで満足していた。可愛い子どもたちも産んでくれたし」
テオがふうっと溜め息を吐く。僕にではなく、自分に呆れているようだった。
「……でも」
僕はテオの手に自分のそれを重ねる。初めて自分から触れたかもしれない。
「テオ様のこと、知りたいと思います。これから、知っていきたいです。ダメですか?」
「まさか。ありがとうリュシー。俺もこれからはちゃんと歩み寄る。愛してもらえるように頑張ろう」
恐る恐る顔を上げれば、いつもの無表情ではなく柔らかく笑うテオがいた。
初めて見る。
六年も結婚しているのに、二人の間には初めてのことが多過ぎると思った。
「リュシー、俺にして欲しいことはあるか? 怖いだろ?」
「テオ様は体が大きいから。ちょっと怖いんです、すみません」
「謝らなくて良い。どうしたら怖くなくなる?」
「では、僕に話し掛ける時は、笑ってください。無表情だと何を考えているか分からなくて、威圧感を感じてしまうんです。あと、たくさん話してください。僕もそうします」
「努力しよう。他には?」
「今更ですけど、ちゃんと責任を主人として親として向き合いたいです」
「……嫌だな」
「テオ様」
「嘘だよ。分かった。その代わり毎日俺との時間を作ってくれ。デートをしよう」
重ねた手を取られ、甲に唇を寄せられる。
「庭園を散歩したり、街に出てデートしたり、お互いの好きなところを言い合おう」
「……僕はまだ、テオ様を好きか分かりません」
「じゃあ俺が君のどんなところが好きか聞いていてくれ」
「嫌です……恥ずかしい」
冗談なのか本気なのか、テオの言葉はイマイチ分かりづらい。まだ信頼関係が出来ていないのだから分かりづらいそういうのはやめてもらいたい。
「リュシー、冗談じゃないからな」
「……オーラで、そんなことまで分かるんですか?」
「人による。リュシーの場合は、世界で唯一愛している人だから全てを読み取りたいという俺の気持ちが大きい」
何と答えれば良いか分からず、意味もなく「なるほど」
と答えていた。何に納得したのか自分でも分からない。
「恥ずかしいので、見ないようにして欲しいです」
「無理だ。我慢してくれ。俺だってリュシー以外は見たくない。あとこのことは誰も知らないから他言無用で頼む」
「え?」
「感情を読み取れると知られたら面倒だからな。この世でリュシーしか知らないから、よろしく頼むよ」
言い方は軽かったが、その秘密がどれほど重いかは分かる。僕は神妙に頷いた。
光と闇の力について知っていることは少ない。
力は人々を導くため様々な力を有していると聞くけど、その全ては本人にしか分からないし報告義務も課されないからだ。光の力と違い、闇の力は一世代に一人にしか受け継がれないが、より初代に似通った魂を持つ者に受け継がれるらしい。そのため今日生まれた子に突然力が移動することも珍しくはないと。今、デュラン家には三人の子どもがいるが、未だ力はテオが有している。
皇家でさえ知らない力を、一部だとしても聞かされて変に緊張してしまう。
「そんな気にしなくて良い。ただ、俺には嘘は通じないとだけ覚えていてくれ」
「分かりました」
その後は、これから何をしたいか、子どもたちとどう関わっていきたいか、色々な話をした。
僕のまずやりたいこととしては、親として子育てに関わることである。
厳かな一つの扉の前に立ち、深呼吸を繰り返しながらノックをする。部屋の主から声を掛けられて中へ入れば、二つの目がこちらに注目する。
一つは、ここの主であり大公家当主で僕の夫、テオ・デュラン。もう一つは、主席秘書官マルタンだ。
マルタンは驚いているだけだが、テオは一瞬驚きつつも、すぐに眉を顰めて「おい、誰が彼をここまで連れて来た」と不快そうな低い声を出す。言動と声音だけで判断するなら、僕の登場を鬱陶しいと思っているだろう。
答えたのは僕の後ろを控えめに着いて来ていた護衛騎士アンドレだ。
アンドレは困惑の表情を浮かべている。
「申し訳ございません。伴侶様が閣下にお会いしたいとのことで」
「用があるなら俺が行くと言っているだろうが。ここまで来させるな」
「申し訳ございません」
アンドレが恭しく頭を下げると、テオは黒髪を掻き上げて溜め息を吐く。そして真っ赤な瞳が僕を見つめた。
「何の用だ? 俺を待てないほどの急用でもあるのか?」
……冷たく、平坦な声。誰が見ても怖いという感情を与えるだろう。結婚して六年も経つのに、僕でさえ怖さをなくせないでいる。テオは前当主が健在の頃、自ら自領の騎士団を率いていた。そのため体は大きく力は強い。無表情なことが多いため余計に威圧感ばかり感じてしまうのだ。
だけど、今の僕はそれを感じている暇はない。
大股でテオに近付き、彼を見下ろす。やはり少し驚いたように見開かれた瞳と真っ直ぐに合わせ、腹から声を出した。
「テオ様、今から僕がする質問に、嘘偽りなくお答えください」
「……なんだ?」
「僕のことを愛していますか?」
「は?」
眉根が寄せられる。一瞬恐怖心が蘇りそうだったが、グッと堪えて背を伸ばす。
「質問は禁止です。真実だけをお答えください。僕を愛していますか?」
「当たり前だ。今も昔もこれからも、君だけを愛している」
思ってもみなかった、でも淡く予想していた答えが返される。
「……では、なぜ、子どもたちに関わらせてくれないのですか?」
脳内に我が子たちの顔が浮かぶ。
リアム、レオニー、リュカ。僕とテオの可愛い子どもたち。
「君がわざわざ手を掛ける必要はない。乳母に任せれば良い。君は君にしか出来ないことがあるんだから、他の者に任せられることは他の者がする」
「僕は貴方の伴侶です。大公家の主人です。僕にしか出来ないことはたくさんあります。でも、一度も、家のことにも関わらせてくれないじゃないですか。僕にしか出来ないこととは、何を指しているのですか?」
社交界に出してもらうこともなく、城や領地の管理もさせてもらえない。……いや、社交は良い。元々苦手だし、出なくて良いなら出たくない。だが、子育ては違う。結婚して六年、僕は何もやらせてもらえない名ばかりの大公家の伴侶で親だった。
「俺のそばにいることだ」
「え?」
「俺を第一に考えて、常に俺のそばにいること。俺を愛すること。俺が君に望むことはそれだけだ。他に気を取られて欲しくない。これは君にしか出来ない」
「僕のことが、そんなに、好きなんですか?」
「愛している」
「っ今まで! そんなこと言わなかったじゃないですか!」
初めて大声を出せば、立ち上がったテオは僕の前まで来た。先程と変わり、今度は見下ろされることになる。相変わらず威圧感がすごく、思わず後退りしたくなった。
「君は俺を怖がっているだろ。愛していると言い続けられたら余計怖がるに決まっている」
「そんなことありません! 怖いのは、怖いかもしれないけど。でも言われなきゃ分かりません」
「そもそも分からなかったのか?」
テオが心底驚いた顔をする。常識を知らないのかと悪意なく馬鹿にされているように感じてしまう。
「分かりません! だって、いつも怒っているみたいだったし、一緒にいても殆ど会話もないし、家のことも子どもたちのことも何も関わらせてくれないし、だから、嫌われているのだと」
「嫌いな人間をそばに置くわけないだろう? ほぼ毎晩君を抱いているのが良い証拠だ」
僕はそのセリフにカッと全身を熱くさせる。ほぼ毎晩、確かに抱かれている。抱かれない時は僕が体調を崩した時やテオが外泊を伴う公務で不在の時くらいだ。ほぼ毎晩抱かれ、ほぼ毎朝体中を舐められて飲まれている。
だが、そんなことを恥ずかしげもなく言うなんて。それま人前で!
「馬鹿!」
「閣下、我々は外に出ております」
今更二人きりになっても遅い。
僕は顔を真っ赤にしたまま俯く。
「リュシー、俯くな」
「嫌です」
「俺を見ろ」
「嫌。……見上げるの大変だから。首が疲れるんです」
「そうか」
「わっ!?」
テキトーなことを言えばいきなり体が浮いた。何かと思えばテオに抱き上げられたらしい。再びテオを見下ろす側になった。
「今後はこうしよう。これなら見上げる必要もない」
「馬鹿なこと言わないでください。下ろして」
「俺は君の顔を見ていたいんだよ。で? 他に質問は? 終わりか?」
きっと何を言ってもテオは自分の意思を変えないだろう。自分の力でここから抜け出すことも出来ない。
僕は仕方なく、腕に抱き上げられたまま質問を続けた。
「僕のことを愛しているから、僕の借金も返してくれたんですか?」
「それもあるし、恩を売っておけば例えどんなに俺を嫌いになっても離れることはなくなるしな」
正確に言えば、僕の家の借金だ。両親は小さいが穏やかな領地を守っていた伯爵だが、僕のせいで格上の家の陰謀に巻き込まれてしまったのだ。借金を背負わされてしまった。どうすることも出来ず絶望しかないところで、テオに求婚されたのだ。
僕が十六、テオが十八の時だった。
雲の上の存在である大公家後継者からの求婚を断れるはずもなく、また、テオ以外には考えられないと思い、嵐のように婚姻から結婚式、初夜を経験した。これらはたった数日間の話である。
その際に、テオの個人資産から借金を返されたと聞き、余計に僕はテオに頭が上がらなくなった。立場も違い、肩代わりもしてもらい、テオの言うことに従う以外なかった。
だから、夫人としての仕事をしたい、直接子育てをしたい、過去に勇気を出してそう伝えても、すげなく断られたため引き下がるしかなかった。
「いつから、僕のことを愛していたのですか?」
「三回目に出会った時。子どもの頃、初めて出会った君に助けられた時はあまりにも真っ直ぐで見ていられなかった。二回目に出会った時は変わらない君のそばは居心地が良いことに気付いた。三回目に出会った時は良い匂いをさせている君が無防備で腹が立って、俺のものにしたくて堪らなくなった。でも、無理やり攫うことは出来なかった。正直出来たけど、きっとしてしまったら君を変えてしまうだろうと思ったからだ。自分の欲望よりも君の幸せを願う方が強かったんだよ」
テオは普段の無口が嘘のようにすらすらと言葉を紡いだ。
「……三回も? 会っていたんですか?」
記憶にない。僕が初めてテオを認識したのは六年前、テオがプロポーズに領地に来た時だ。
「三回とも俺は顔を隠していたし、名乗ってもいない。一回目なんて君は小さかったし、覚えていないのは当たり前だ。だが、俺にとってその三回は世界が変わるレベルに大切な思い出なんだ」
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「結局は君を閉じ込めてしまったけどな」
「……自覚はあったんですね」
「はは。俺たちデュラン家が受け継ぐ闇の力は、色々な力を持っているんだよ」
テオが僕を抱いたままソファーへと移動する。ようやく下ろしてもらえると思ったのに、僕を膝の上に乗せたまま座った。
「知っていますよ。細かいことは知りませんけど」
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髪を弄られ、耳に掛けられる。テオの唇が耳元に寄せられて、くすぐったくて肩をすくめる。
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「もうちょっと」
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「話の、途中ですよ」
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「悪い。リュシーもキス好きだろ?」
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「リュシーは普段、俺といると怖がったり気不味そうにしているばかりだが、キスやセックスをしている時は快感でいっぱいになるんだよ」
「……は」
「心底好きな人間に怖がられるのはまあまあキツいから、快感にオーラを変えている。リュシーとしたいのが大前提だけどな」
僕は上手く言葉の意味を理解出来ず真っ白になっていたけど、優秀な脳はゆっくりゆっくりと理解を深めていった。そして、自分でも分かるほどに全身を熱くさせた。高熱を出した時と同じくらいの熱さだ。
「な、なに、何言って、え?」
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「リュシー、顔あげて」
「……やだ。恥ずかしい」
「可愛いな」
「うるさい」
「可愛い」
「テオ様、もう、何も言わないで」
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まだ聞きたいことはあったが今の状態ではもう無理だ。僕は肯定も否定もしなかった。
「いつも怖がるか気不味そうにしかしないのに、今日は珍しく怒っていたな? どんなキッカケがあったら自ら俺に会いに来るんだ?」
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答えられずにいれば、テオはちゅっと軽く頭にキスをした。
「リュシー、言えないなら言わなくても良い。ただ、そのキッカケは君を困らせるか?」
「……ううん。大丈夫です。何と言っていいか、分からないだけなので」
「そうか。なら良い。まとまったら教えてくれ」
「はい」
「ちなみにリュシーは俺を愛してくれているか?」
言わなくても良いとのことに安心したが、またその質問にも答えに困る。
「怒らないから正直に言ってくれ」
「正直に、言うなら……分かりません。だって、テオ様としっかりした時間を過ごしていないから。テオ様を、よく知らない、し」
「正論過ぎて何も言えないな。俺も自分へのマイナスなオーラを見たくなかったし、関係をどう修正するかも分からなかったし。正直、君が俺のそばにいるだけで満足していた。可愛い子どもたちも産んでくれたし」
テオがふうっと溜め息を吐く。僕にではなく、自分に呆れているようだった。
「……でも」
僕はテオの手に自分のそれを重ねる。初めて自分から触れたかもしれない。
「テオ様のこと、知りたいと思います。これから、知っていきたいです。ダメですか?」
「まさか。ありがとうリュシー。俺もこれからはちゃんと歩み寄る。愛してもらえるように頑張ろう」
恐る恐る顔を上げれば、いつもの無表情ではなく柔らかく笑うテオがいた。
初めて見る。
六年も結婚しているのに、二人の間には初めてのことが多過ぎると思った。
「リュシー、俺にして欲しいことはあるか? 怖いだろ?」
「テオ様は体が大きいから。ちょっと怖いんです、すみません」
「謝らなくて良い。どうしたら怖くなくなる?」
「では、僕に話し掛ける時は、笑ってください。無表情だと何を考えているか分からなくて、威圧感を感じてしまうんです。あと、たくさん話してください。僕もそうします」
「努力しよう。他には?」
「今更ですけど、ちゃんと責任を主人として親として向き合いたいです」
「……嫌だな」
「テオ様」
「嘘だよ。分かった。その代わり毎日俺との時間を作ってくれ。デートをしよう」
重ねた手を取られ、甲に唇を寄せられる。
「庭園を散歩したり、街に出てデートしたり、お互いの好きなところを言い合おう」
「……僕はまだ、テオ様を好きか分かりません」
「じゃあ俺が君のどんなところが好きか聞いていてくれ」
「嫌です……恥ずかしい」
冗談なのか本気なのか、テオの言葉はイマイチ分かりづらい。まだ信頼関係が出来ていないのだから分かりづらいそういうのはやめてもらいたい。
「リュシー、冗談じゃないからな」
「……オーラで、そんなことまで分かるんですか?」
「人による。リュシーの場合は、世界で唯一愛している人だから全てを読み取りたいという俺の気持ちが大きい」
何と答えれば良いか分からず、意味もなく「なるほど」
と答えていた。何に納得したのか自分でも分からない。
「恥ずかしいので、見ないようにして欲しいです」
「無理だ。我慢してくれ。俺だってリュシー以外は見たくない。あとこのことは誰も知らないから他言無用で頼む」
「え?」
「感情を読み取れると知られたら面倒だからな。この世でリュシーしか知らないから、よろしく頼むよ」
言い方は軽かったが、その秘密がどれほど重いかは分かる。僕は神妙に頷いた。
光と闇の力について知っていることは少ない。
力は人々を導くため様々な力を有していると聞くけど、その全ては本人にしか分からないし報告義務も課されないからだ。光の力と違い、闇の力は一世代に一人にしか受け継がれないが、より初代に似通った魂を持つ者に受け継がれるらしい。そのため今日生まれた子に突然力が移動することも珍しくはないと。今、デュラン家には三人の子どもがいるが、未だ力はテオが有している。
皇家でさえ知らない力を、一部だとしても聞かされて変に緊張してしまう。
「そんな気にしなくて良い。ただ、俺には嘘は通じないとだけ覚えていてくれ」
「分かりました」
その後は、これから何をしたいか、子どもたちとどう関わっていきたいか、色々な話をした。
僕のまずやりたいこととしては、親として子育てに関わることである。
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