13 / 16
13.番様をお迎えする前のこと
しおりを挟む
我らが仕える主は、一言で表すなら『恐怖心を煽る人』である。
見た目は背が高くガタイが良い美丈夫だが、醸し出される空気は威圧的であり、長年仕えている使用人でさえ緊張感を消すことは難しい。主と直接関わることが出来る人間は上位の使用人十数名のみのため、言葉を交わすことも十分以上同じ空間にいることもないのだが、主の姿を遠目から見るだけでドキドキハラハラしてしまう。
理由は、主に与えられた力による。主は言葉には表せられない闇の力を受け継いでいる。皇家でさえその力の底を知ることはない。だからこそ、余計に恐れてしまうのだろう。人は自分に理解出来ないこと、自分とは違うことを受け入れられないから。
だが、主がその力を無闇に使うことはないし、無体を強いられることもない。むしろ使用人への無関心さがちょうど良いくらいだ。一度でも他の屋敷に仕えたことのある者からしたら、仕事さえしていれば福利厚生がしっかりしている大公家ほど仕えやすいところはない。
同僚間での差別や虐めはないし、能力や適性で仕事を割り振ってくれるし、珍しく福利厚生は手厚いし、主からの無体はないし、主に色目を使う馬鹿な同僚もいない。他の屋敷ではそれらが当たり前にあるし、給金が遅れることもままある。
だから、私としてはずっと大公家に仕えていたい。主は雲の上の存在であるため関わることもないし、自分の仕事を懸命に熟せば良い。……そう思っていたのに、まさか、直接言葉をかけられる日が来るなんて。誰が想像していただろうか。
その日の夜。街が深く眠りについた時分。この屋敷で働く全ての使用人と参集可能な騎士団員が集められていた。突然の号令に皆が疑問符を浮かべていた。長年大公家に仕えている私でさえ、全員が集められたことはない。
主は高い場所から、一人ひとりの顔を見渡す。
シン、と静まり返ったそこに、主の声が響いた。
「来週、結婚式を挙げる」
その一言に、思わず全員が騒ついてしまう。すぐに治ったが内心の動揺は落ち着かない。何故なら、主にそういう話があったことなんて噂でさえ聞いていなかったからだ。十八という若さで大公家を引っ張っている主は、自分の責任を果たしている姿しか見せていなかった。皇家と対等であるため、上から政略結婚を望まれることもないし、主自身も政略として結婚を選ぶようなタイプではない。結婚なんて面倒なことなどせず、主ならばその手腕で望み通りに進められるはずだからだ。
いきなり結婚なんて、そしてそれをわざわざ皆に伝えるなんて、何の意図があるのだろうか。
次の言葉を待っていれば、すぐに主は続けた。
「名はリュシー・ユニカ、伯爵家の末息子だ。お前たちは、誰よりも何よりもリュシーに尽くせ。彼を最上の存在とし、全てを尽くし、守ることがお前たちの仕事だ。お前たちの雇用主は俺だが、主人はリュシーだ」
低く、地を這う声音は、人の本能を揺さぶるように身の内に浸透していく。人の言葉だけでこんなにも恐怖を覚えたことはない。
「お前たちは、俺よりも皇族よりも、リュシーに尽くせ」
ビリビリと背筋が伸びるようだった。絶対に違えてはいけないと、本能が警鐘を鳴らす。
「この城内でリュシーが怪我をすることも、気分を害することも、あってはならない」
あからさまな殺意を向けられているわけでも、脅されているわけでもない。なのに、圧倒的な存在を前に全身は強張り、呼吸すらもままならなくなる。これは闇の力の一部なのだろうか。
「彼はこの世で最も尊く奇跡のような存在だ。もしも違えた時は、自分の命だけでは償えないことを忘れるな」
主はそれだけ言うと、その場を後にする。
続いて秘書官のマルタンが軽やかな声で引き継いだ。
「はい! みなさん。旦那様が仰ったように番様をお迎えすることになりました。ユニカ伯爵家の末息子様で、オメガでいらっしゃいます。この城にはオメガはいないので、全員、オメガに関する勉強をしてもらいます」
「オメガ、ですか」
騎士の一人、アンドレが少し困ったように手を上げる。
「アンドレ、どうしました?」
「この城にはアルファも多いですが、大丈夫でしょうか?」
オメガには発情期があり、そのフェロモンはアルファを狂わすと言われている。そのためどの家でもアルファとオメガを同じ空間に置くことは少ない。
「ご安心を。すでに旦那様は項を噛まれ番契約が成されています。結婚式を来週行うだけで、届出も無事に受領されています」
「あ、そうなんですね。なら番様のフェロモンはもうテオ様にしか感じ取れないということですね。安心しました」
「はい。今後、番様とお呼びするように。絶対にお名前をお呼びすることがないように。旦那様がわざわざ全員に釘を刺したことからも分かるように、旦那様は番様を何よりも大切にされています。絶対に、死んでも、番様を傷付けることがないようにお願いします。一人の命では絶対に足りませんからね」
マルタンからも釘を刺され、改めて気を引き締める。粗相をするつもりはないが、緊張でミスをしてしまう可能性はなくはない。
「番様をお迎えすることにより、人員の配置換えをいたします。まず、アンドレ。君は番様の筆頭専属護衛に任命します」
これは、少し、いや、結構驚いた。
アンドレは騎士団の中でも特に優秀だ。騎士団は三つの部隊があり、その下に複数の班で編成されている。アンドレは部隊長を担っている。頭脳、戦略、戦闘センス、どれをとってもズバ抜けている、騎士団内のナンバースリーだ。
そんな人物を、護衛騎士にすることは騎士団にとっても大きな影響がある。
アンドレは一瞬驚いたが、すぐに「はい」と頷いた。
「大役ですね」
「よくお分かりで。番様の専属護衛はアンドレが決めるように。騎士団長を任命しても良いとのことでした。人数も良きように」
「わ~……本当にテオ様は番様を何よりも大切にされているのですね」
マルタンは力強く頷いた。
「お願いですから、本当に、粗相のないようにお願いしますよ、みなさん」
皆は頷くしかない。
「旦那様にとって、番様は何よりも大切なお方です。寵愛しているなどと簡単に表現出来るものではない。今後も当たり前の日常を送りたいならば、番様を第一に考え生きなさい」
マルタンは他にも人員の配置指示や注意事項を出し、解散となった。
この数日後、ついに迎えた番は、驚くほどに美しい存在だった。
主が寵愛しているから、という理由以上に、この存在をぞんざいに扱うことなんて出来ないと思わせる人だった。
見た目は背が高くガタイが良い美丈夫だが、醸し出される空気は威圧的であり、長年仕えている使用人でさえ緊張感を消すことは難しい。主と直接関わることが出来る人間は上位の使用人十数名のみのため、言葉を交わすことも十分以上同じ空間にいることもないのだが、主の姿を遠目から見るだけでドキドキハラハラしてしまう。
理由は、主に与えられた力による。主は言葉には表せられない闇の力を受け継いでいる。皇家でさえその力の底を知ることはない。だからこそ、余計に恐れてしまうのだろう。人は自分に理解出来ないこと、自分とは違うことを受け入れられないから。
だが、主がその力を無闇に使うことはないし、無体を強いられることもない。むしろ使用人への無関心さがちょうど良いくらいだ。一度でも他の屋敷に仕えたことのある者からしたら、仕事さえしていれば福利厚生がしっかりしている大公家ほど仕えやすいところはない。
同僚間での差別や虐めはないし、能力や適性で仕事を割り振ってくれるし、珍しく福利厚生は手厚いし、主からの無体はないし、主に色目を使う馬鹿な同僚もいない。他の屋敷ではそれらが当たり前にあるし、給金が遅れることもままある。
だから、私としてはずっと大公家に仕えていたい。主は雲の上の存在であるため関わることもないし、自分の仕事を懸命に熟せば良い。……そう思っていたのに、まさか、直接言葉をかけられる日が来るなんて。誰が想像していただろうか。
その日の夜。街が深く眠りについた時分。この屋敷で働く全ての使用人と参集可能な騎士団員が集められていた。突然の号令に皆が疑問符を浮かべていた。長年大公家に仕えている私でさえ、全員が集められたことはない。
主は高い場所から、一人ひとりの顔を見渡す。
シン、と静まり返ったそこに、主の声が響いた。
「来週、結婚式を挙げる」
その一言に、思わず全員が騒ついてしまう。すぐに治ったが内心の動揺は落ち着かない。何故なら、主にそういう話があったことなんて噂でさえ聞いていなかったからだ。十八という若さで大公家を引っ張っている主は、自分の責任を果たしている姿しか見せていなかった。皇家と対等であるため、上から政略結婚を望まれることもないし、主自身も政略として結婚を選ぶようなタイプではない。結婚なんて面倒なことなどせず、主ならばその手腕で望み通りに進められるはずだからだ。
いきなり結婚なんて、そしてそれをわざわざ皆に伝えるなんて、何の意図があるのだろうか。
次の言葉を待っていれば、すぐに主は続けた。
「名はリュシー・ユニカ、伯爵家の末息子だ。お前たちは、誰よりも何よりもリュシーに尽くせ。彼を最上の存在とし、全てを尽くし、守ることがお前たちの仕事だ。お前たちの雇用主は俺だが、主人はリュシーだ」
低く、地を這う声音は、人の本能を揺さぶるように身の内に浸透していく。人の言葉だけでこんなにも恐怖を覚えたことはない。
「お前たちは、俺よりも皇族よりも、リュシーに尽くせ」
ビリビリと背筋が伸びるようだった。絶対に違えてはいけないと、本能が警鐘を鳴らす。
「この城内でリュシーが怪我をすることも、気分を害することも、あってはならない」
あからさまな殺意を向けられているわけでも、脅されているわけでもない。なのに、圧倒的な存在を前に全身は強張り、呼吸すらもままならなくなる。これは闇の力の一部なのだろうか。
「彼はこの世で最も尊く奇跡のような存在だ。もしも違えた時は、自分の命だけでは償えないことを忘れるな」
主はそれだけ言うと、その場を後にする。
続いて秘書官のマルタンが軽やかな声で引き継いだ。
「はい! みなさん。旦那様が仰ったように番様をお迎えすることになりました。ユニカ伯爵家の末息子様で、オメガでいらっしゃいます。この城にはオメガはいないので、全員、オメガに関する勉強をしてもらいます」
「オメガ、ですか」
騎士の一人、アンドレが少し困ったように手を上げる。
「アンドレ、どうしました?」
「この城にはアルファも多いですが、大丈夫でしょうか?」
オメガには発情期があり、そのフェロモンはアルファを狂わすと言われている。そのためどの家でもアルファとオメガを同じ空間に置くことは少ない。
「ご安心を。すでに旦那様は項を噛まれ番契約が成されています。結婚式を来週行うだけで、届出も無事に受領されています」
「あ、そうなんですね。なら番様のフェロモンはもうテオ様にしか感じ取れないということですね。安心しました」
「はい。今後、番様とお呼びするように。絶対にお名前をお呼びすることがないように。旦那様がわざわざ全員に釘を刺したことからも分かるように、旦那様は番様を何よりも大切にされています。絶対に、死んでも、番様を傷付けることがないようにお願いします。一人の命では絶対に足りませんからね」
マルタンからも釘を刺され、改めて気を引き締める。粗相をするつもりはないが、緊張でミスをしてしまう可能性はなくはない。
「番様をお迎えすることにより、人員の配置換えをいたします。まず、アンドレ。君は番様の筆頭専属護衛に任命します」
これは、少し、いや、結構驚いた。
アンドレは騎士団の中でも特に優秀だ。騎士団は三つの部隊があり、その下に複数の班で編成されている。アンドレは部隊長を担っている。頭脳、戦略、戦闘センス、どれをとってもズバ抜けている、騎士団内のナンバースリーだ。
そんな人物を、護衛騎士にすることは騎士団にとっても大きな影響がある。
アンドレは一瞬驚いたが、すぐに「はい」と頷いた。
「大役ですね」
「よくお分かりで。番様の専属護衛はアンドレが決めるように。騎士団長を任命しても良いとのことでした。人数も良きように」
「わ~……本当にテオ様は番様を何よりも大切にされているのですね」
マルタンは力強く頷いた。
「お願いですから、本当に、粗相のないようにお願いしますよ、みなさん」
皆は頷くしかない。
「旦那様にとって、番様は何よりも大切なお方です。寵愛しているなどと簡単に表現出来るものではない。今後も当たり前の日常を送りたいならば、番様を第一に考え生きなさい」
マルタンは他にも人員の配置指示や注意事項を出し、解散となった。
この数日後、ついに迎えた番は、驚くほどに美しい存在だった。
主が寵愛しているから、という理由以上に、この存在をぞんざいに扱うことなんて出来ないと思わせる人だった。
22
あなたにおすすめの小説
大人になることが分かったから何でもできる!
かんだ
BL
病弱で十歳も生きられないと言われていた受けだったが、自分が大人になるまでの人生を夢で見た。それは精霊が見せてくれた『本当』のことで、受けは歓喜した。
心のままに生きる受けと、それに振り回される周りの話。
世界一大好きな番との幸せな日常(と思っているのは)
かんだ
BL
現代物、オメガバース。とある理由から専業主夫だったΩだけど、いつまでも番のαに頼り切りはダメだと働くことを決めたが……。
ド腹黒い攻めαと何も知らず幸せな檻の中にいるΩの話。
遊び人殿下に嫌われている僕は、幼馴染が羨ましい。
月湖
BL
「心配だから一緒に行く!」
幼馴染の侯爵子息アディニーが遊び人と噂のある大公殿下の家に呼ばれたと知った僕はそう言ったのだが、悪い噂のある一方でとても優秀で方々に伝手を持つ彼の方の下に侍れれば将来は安泰だとも言われている大公の屋敷に初めて行くのに、招待されていない者を連れて行くのは心象が悪いとド正論で断られてしまう。
「あのね、デュオニーソスは連れて行けないの」
何度目かの呼び出しの時、アディニーは僕にそう言った。
「殿下は、今はデュオニーソスに会いたくないって」
そんな・・・昔はあんなに優しかったのに・・・。
僕、殿下に嫌われちゃったの?
実は粘着系殿下×健気系貴族子息のファンタジーBLです。
既成事実さえあれば大丈夫
ふじの
BL
名家出身のオメガであるサミュエルは、第三王子に婚約を一方的に破棄された。名家とはいえ貧乏な家のためにも新しく誰かと番う必要がある。だがサミュエルは行き遅れなので、もはや選んでいる立場ではない。そうだ、既成事実さえあればどこかに嫁げるだろう。そう考えたサミュエルは、ヒート誘発薬を持って夜会に乗り込んだ。そこで出会った美丈夫のアルファ、ハリムと意気投合したが───。
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
傷跡傭兵の強制結婚-実子かどうかはどうでもいいので義理の息子を溺愛します-
同軸
BL
前の世界で凄惨な死を迎えた傭兵であった自分、シラー・イーグルズアイは神の使徒として異世界に転移してしまう。
現地の法令の元、有力貴族であるロアイト公爵との結婚を強引にも取り付けられ急な結婚生活が始まるが、傷んだ食事を出されたり冷遇されたりと歓迎されていない様子。でも誰も殺そうとしてこないし良いか。
義理の息子が成人するまではしっかり面倒をみてその後に家を出ようと画策するが、ロアイト公爵の様子がどうにもおかしくなってきて……?
この運命を、あなたに。
皆中透
BL
オメガが治める国、オルサラータ。この国は、王がアルファを側室に迎える形式で子孫を残し、繁栄して来た。
イセイは現王ジュオの運命のつがいとの間の息子で、ジュオの二番目の子供にあたる。彼には兄が一人と弟が二人いるのだが、その弟の父であるイファに長年恋心を寄せていた。
しかし、実父の側室であり、弟たちの父親である人を奪ってまで幸せになる事など出来ないと思い、一度もその想いを告げたことはなかった。そして、成人後には遠くの領地をもらい、イファから離れる道を選ぶと決めている。そうして想いに蓋をしたまま、彼は成人の日を迎えた。
祝宴の日の朝、正装をした四兄弟は杯を交わし、これからも変わらずにいることを誓い合おうとしていた。すると、その杯を飲み干したイセイは、そのままその場に倒れ込んでしまう。
暗殺かと思われたその出来事は、イセイが翌日目を覚ましたことで杞憂に終わったのだが、目覚めたイセイはなぜかオメガになっていて……。
秘めた想いが絡まり合い、真っ直ぐに繋がれない恋。
不器用な二人が番うまでの日々を綴る、訳ありオメガバース。
カワウソの僕、異世界を無双する
コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26
BL
本編完結いたしました♡コツメたん!無双おめでとう㊗️引き続きの番外編も完結しました💕
いつも読んでいただきありがとうございます♡ ほのぼのとワクワク、そしてコツメたんの無双ぶりを楽しんで下さい!
お気に入り1200越えました(new)❣️コツメたんの虜になった方がこんなにも!ʕ•ᴥ•ʔキュー♡
★★★カワウソでもあり、人間でもある『僕』が飼い主を踏み台に、いえ、可愛がられながら、この異世界を無双していく物語。
カワウソは可愛いけどね、自分がそうなるとか思わないでしょ。気づいたらコツメカワウソとして水辺で生きていた僕が、ある日捕まってしまった。僕はチャームポイントの小さなお手てとぽっこりお腹を見せつけながら、この状況を乗り越える!僕は可愛い飼い主のお兄さん気分で、気ままな生活を満喫するつもりだよ?ドキドキワクワクの毎日の始まり!
BLランキング最高位16位♡
なろうムーンで日間連載中BLランキング2位♡週間連載中BLランキング5位♡
イラスト*榮木キサ様
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる