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ユージーン
疑心暗鬼
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「もう、来ないでください。部屋にも入れません」
はっきり宣言され、僕はガチャンと、フォークとナイフを取り落とす。
「ルイーズ……」
ルイーズはそれだけ宣言すると、河マスのムニエルにナイフを入れる。
「一人では眠れないんだよ、本当に……」
「新しいお薬をいただいたでしょう」
「あの医者の薬が信用できるもんか!」
ルイーズが食事の手を止めて、僕をにらむ。
「彼はちゃんと大学で医学を修めたドクターです!」
僕は使用人たちに聞こえないように、ルイーズの耳元に口を寄せて言った。
「でも君を狙ってる」
今度はルイーズが息を飲んだ。
「偶然、あいつの本音が聞けた。……あの場に僕がいなかったら、君はなんて答えるつもりだったの?」
「あなた……! わたしは何もっ……」
「わかってるよ、君は貞淑だよ。疑ってなんかいない。でも、あの医者は僕が死んでくれれば万々歳だと思っているよ」
――医者以外にも、きっと執事も家政婦もメイドも思ってるけどな……。
ルイーズはたっぷり数秒間、僕を見つめてから、ため息をつく。
「……お薬が嫌なら飲まなくてよろしくてよ。でも、部屋には入れません」
「ルイーズ!」
「あんな無礼を働いておいて、図々しいですわ」
「……無礼って、僕は君の夫なんだぞ?」
確かに、昨夜は嫌がるのルイーズを無理矢理組み敷いて、結果的に純潔を奪ってしまったけれど、本来、五年前には僕のものになっていないといけないものだ。……僕は悪くないと思うぞ?
だが、ルイーズは横目で僕を睨みつける。
「ええ、そうでしたわね。五年間、捨て置いてその間に他の女と子供まで作って、その後始末も押し付けて。ご立派な夫ですこと」
「ルイーズ、僕はやり直したいと――」
なおも取りすがる僕を、ルイーズがアメジストの瞳で冷たく見た。
「やり直すも何も、わたしたちの間には、夫婦らしいことは何一つなかったの。やり直すものは何もないわ」
ぴしゃりと切り捨てられて、僕は引き下がるしかなかった。
夜、僕は黒い眼帯を外し、入浴を済ませて寝間着に着替え、ベッドに入る。
広くて立派な、四本柱の天蓋付きベッドだ。
僕は暗闇が恐ろしくて、枕元のランプはつけたまま。それでも、灯りは十分でないから周囲には黒々と闇がわだかまって、僕は恐怖で目を閉じた。
医者に渡された眠剤は、最初は飲まなかった。毒が入っていても不思議ではない。あの医者はルイーズの幼馴染で、ずっと彼女が好きだった。僕が大砲に吹っ飛ばされて、死んでいればよかったと思っているんだ。
公爵家の跡取り娘で、手の届かない高嶺の花だったルイーズ。そのルイーズにあてがわれた男は、国王の落胤の、クズ男。入り婿のくせにルイーズを蔑ろにし、メイドに手をつけて妊娠させ、都合が悪くなると王都に逃げてしまう。
……そう言えば、リンダは自殺を図って、医者に助けられたって言ってたな……アンを取り上げたのもアイツだって。
僕は寝返りを打つ。ずっと眠れないことに耐えきれず、僕は藁にも縋る気分で薬を飲み――めちゃくちゃ後悔した。
医者の身分はよくわからないが、初婚のルイーズは無理でも、一度結婚に失敗した彼女や、あるいは未亡人なら……。
僕は転々と寝返りを繰り返して――いつの間にか眠っていた。
眠れないのも辛いけれど、眠ると悪夢にうなされる。
無数の黒い手に捕まり、暗闇に引きずり込まれる悪夢を見て、僕は飛び起きた。まただ! あの医者の野郎、絶対に僕を殺す気だ!
ベッドの周囲に広がる闇から、今にも黒い手が出てきそうで、僕は心臓をバクバクさせ、荒い息を吐いて震えあがる。
嫌だ、怖い――
「ルイーズ! 怖い、助けて!」
僕は夢中でルイーズの部屋につながるドアに取り付き、ガンガンと叩いた。
「ルイーズ、開けて! ルイーズ!」
ガンガン、ガンガンと、激しくドアを叩くのに、ルイーズの部屋からは何も動きがない。
「ルイーズ! ルイーズ!」
背後に広がる暗闇が怖くて、僕は必死にドアを叩く。右目から涙があふれだし、視界が滲む。
「ルイーズ! お願い、ルイーズ!」
「旦那様、どうなさったのです!」
物音に起きだした執事たちが、僕の部屋に入ってきたが、僕は自ら体当たりしてドアの鍵を蹴破った。
「ルイーズ!」
「……! 旦那様……っ!」
はっきり宣言され、僕はガチャンと、フォークとナイフを取り落とす。
「ルイーズ……」
ルイーズはそれだけ宣言すると、河マスのムニエルにナイフを入れる。
「一人では眠れないんだよ、本当に……」
「新しいお薬をいただいたでしょう」
「あの医者の薬が信用できるもんか!」
ルイーズが食事の手を止めて、僕をにらむ。
「彼はちゃんと大学で医学を修めたドクターです!」
僕は使用人たちに聞こえないように、ルイーズの耳元に口を寄せて言った。
「でも君を狙ってる」
今度はルイーズが息を飲んだ。
「偶然、あいつの本音が聞けた。……あの場に僕がいなかったら、君はなんて答えるつもりだったの?」
「あなた……! わたしは何もっ……」
「わかってるよ、君は貞淑だよ。疑ってなんかいない。でも、あの医者は僕が死んでくれれば万々歳だと思っているよ」
――医者以外にも、きっと執事も家政婦もメイドも思ってるけどな……。
ルイーズはたっぷり数秒間、僕を見つめてから、ため息をつく。
「……お薬が嫌なら飲まなくてよろしくてよ。でも、部屋には入れません」
「ルイーズ!」
「あんな無礼を働いておいて、図々しいですわ」
「……無礼って、僕は君の夫なんだぞ?」
確かに、昨夜は嫌がるのルイーズを無理矢理組み敷いて、結果的に純潔を奪ってしまったけれど、本来、五年前には僕のものになっていないといけないものだ。……僕は悪くないと思うぞ?
だが、ルイーズは横目で僕を睨みつける。
「ええ、そうでしたわね。五年間、捨て置いてその間に他の女と子供まで作って、その後始末も押し付けて。ご立派な夫ですこと」
「ルイーズ、僕はやり直したいと――」
なおも取りすがる僕を、ルイーズがアメジストの瞳で冷たく見た。
「やり直すも何も、わたしたちの間には、夫婦らしいことは何一つなかったの。やり直すものは何もないわ」
ぴしゃりと切り捨てられて、僕は引き下がるしかなかった。
夜、僕は黒い眼帯を外し、入浴を済ませて寝間着に着替え、ベッドに入る。
広くて立派な、四本柱の天蓋付きベッドだ。
僕は暗闇が恐ろしくて、枕元のランプはつけたまま。それでも、灯りは十分でないから周囲には黒々と闇がわだかまって、僕は恐怖で目を閉じた。
医者に渡された眠剤は、最初は飲まなかった。毒が入っていても不思議ではない。あの医者はルイーズの幼馴染で、ずっと彼女が好きだった。僕が大砲に吹っ飛ばされて、死んでいればよかったと思っているんだ。
公爵家の跡取り娘で、手の届かない高嶺の花だったルイーズ。そのルイーズにあてがわれた男は、国王の落胤の、クズ男。入り婿のくせにルイーズを蔑ろにし、メイドに手をつけて妊娠させ、都合が悪くなると王都に逃げてしまう。
……そう言えば、リンダは自殺を図って、医者に助けられたって言ってたな……アンを取り上げたのもアイツだって。
僕は寝返りを打つ。ずっと眠れないことに耐えきれず、僕は藁にも縋る気分で薬を飲み――めちゃくちゃ後悔した。
医者の身分はよくわからないが、初婚のルイーズは無理でも、一度結婚に失敗した彼女や、あるいは未亡人なら……。
僕は転々と寝返りを繰り返して――いつの間にか眠っていた。
眠れないのも辛いけれど、眠ると悪夢にうなされる。
無数の黒い手に捕まり、暗闇に引きずり込まれる悪夢を見て、僕は飛び起きた。まただ! あの医者の野郎、絶対に僕を殺す気だ!
ベッドの周囲に広がる闇から、今にも黒い手が出てきそうで、僕は心臓をバクバクさせ、荒い息を吐いて震えあがる。
嫌だ、怖い――
「ルイーズ! 怖い、助けて!」
僕は夢中でルイーズの部屋につながるドアに取り付き、ガンガンと叩いた。
「ルイーズ、開けて! ルイーズ!」
ガンガン、ガンガンと、激しくドアを叩くのに、ルイーズの部屋からは何も動きがない。
「ルイーズ! ルイーズ!」
背後に広がる暗闇が怖くて、僕は必死にドアを叩く。右目から涙があふれだし、視界が滲む。
「ルイーズ! お願い、ルイーズ!」
「旦那様、どうなさったのです!」
物音に起きだした執事たちが、僕の部屋に入ってきたが、僕は自ら体当たりしてドアの鍵を蹴破った。
「ルイーズ!」
「……! 旦那様……っ!」
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