【R18】ゴーレムの王子は光の妖精の夢を見る

無憂

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第五章 〈真実〉か、〈死〉か

〈真実〉の暴かれるとき

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 結局、プロポーズの返事はもらえなかった。でも俺はまだ、焦ることはないと思っていた。
 近日中に二人でおばあ様のもとに行き、誠心誠意、お願いすればきっと許してもらえるくらいに考えていた。
 
 俺はエルシーとオーランド邸に戻り、午後のお茶を飲み、さて、今夜の夕食はどこで……なんて暢気なことを思っていた。オーランド邸でゆっくり過ごすのも悪くない、なんて。つくづく俺はバカだ。

 オーランド邸の執事、ヴァルターが速足でやってきて、告げるまでは。

「今、療養院サナトリウムから連絡がございました。――入院中のレディ・アシュバートンの容態が急変したと」

 ガチャン、とエルシーがカップを取り落とす。
 それは崩壊の始まり。

 俺たちはすぐに王都の反対側、療養院に向かった。エルシーは真っ青な顔で震えていて、俺はただ、抱きしめることしかできない。

 もう、エルシーの家族はおばあ様だけなのだ。

 夕方の帰宅ラッシュに巻き込まれ、療養院までは無限に長く感じられた。気持ちだけが逸り、ただイライラと動かない車窓を眺める。腕の中で震える、エルシーの体温が哀しい。

 ヴィラに駆け込んだ俺たちに、すでに駆けつけていたロベルトが告げたのは、衝撃的な事実。
 レコンフィールド公爵の顧問弁護士がヴィラを訪れ、おばあ様に俺たちの関係を暴露し、俺と孫娘を別れさせるように要求した。

 その時は気丈に対応したおばあ様も、弁護士が帰ってから、エルシーが俺のアパートメントに住んでいることを知り、すべてを理解した。――エルシーがおばあ様の入院費のために、俺に身体を差し出したのだと。

 その事実に、おばあ様の心臓は耐えられなかった――。

 


 レコンフィールド公爵がおばあ様の存在に気づき、接触を図ることは、当然、予想されるし、警戒すべきだった。なのに、俺はそれを怠った。
 エルシーを手に入れたことに浮かれ、彼女に溺れて、もっとも弱い部分を攻撃された。

 俺は自分の愚かさに愕然とした。

 弁護士が持ち込んだ、俺とエルシーの隠し撮りの写真。
 現代風の髪型と直線的な最新流行のドレス。大きく開いた胸と耳元には宝石を光らせて。
 普段の、清楚で飾り気のないエルシーとは違う、着飾って大人びた孫娘の姿に、おばあ様は何を思ったのか。
 そしてエルシーと寄り添う俺はと言えば、エルシーの腰に手を回して抱き寄せ、体を密着させて耳元で何か囁いている。誰が見ても、俺たち二人はもう、他人じゃないとわかる。

 そして改めて見れば、俺の顔も何もかも、若い頃の父上――国王の肖像画に憎らしいほどよく似ている。ローズの人生を踏みにじり、マックスを戦場に送って戦死させ、さらにリンドホルムの爵位も所領も、継承を認めなかった男に瓜二つの俺。――ローズの息子。

 幼いエルシ―に執着した俺が、祖母の入院を利用してエルシーを汚したのだと、おばあ様は理解したに違いない。
 マックスへの恩返しの美名の下に隠されていた、俺の、醜い〈真実emeth〉を――。





 おばあ様の病室から執事のジョンソンが現れ、俺を見て目を見開く。そして、続いて出てきた看護婦が告げる。おばあ様が目を覚ました、と。

 病室に入ろうとするエルシーに、俺が付いていこうとすると、エルシーが躊躇ためらう。

「俺も、話すことがある。どうしても――」

 この機会を失ったら、もう二度と会えない。そんな予感がしていた。ジョンソンが口をはさむ。

「畏れながら、ご一緒にお話しなさる方がいいと思います。アルバート殿下、いえ、リジー様も」

 ジョンソンに言われて、俺はハッとして彼の顔を見た。十二年前、まだ若手の執事だった頃よりも、老けて貫禄のついた、その顔を。

「気づいていたか」
「はい……ですが、奥様に申し上げるべきか悩んで……お嬢様との件を、もっと早くにお伝えしておくべきだったと、今さらながら後悔しております」

 おそらくジョンソンは、おばあ様が入院した時から、俺の正体に気づいていた。
 ――ジョンソンは十二年前の、まだ少年だった俺の、エルシーへの気持ちにも気づいていたのかもしれない。さらに、俺がアルバート王子として現れたことで、ローズをめぐる王家とアシュバートン家の複雑な事情も、あらかた理解した。その秘密の重さと、その後のアシュバートン家の悲劇を知るだけに、何も言えずに――。

「入ろう、エルシー」

 俺は、一人何も理解できず、呆然としているエルシーを促して、病室のドアを開けた。





 窓際のベッドに横たわる、おばあ様。
 俺の記憶の中の彼女は、常に一部の隙もなく、ぴっちりと襟を詰めたドレスを着て姿勢を正し、厳格で、そして公平で――その奥には慈愛の心を隠した人だった。

 今、彼女の顔には深い皺が刻まれ、髪はほぼ白く、顔色は青白い。
 そばについていたメイドが一礼して下がり、おばあ様とエルシーと、俺の三人だけになる。
 おばあ様が、おっくうそうに顔を動かし、俺たちを見た。

「……エルシー……その人は、リジー?」
「ええそうです、おばあ様。ずいぶん、ご無沙汰しました」

 俺の言葉に、エルシーが驚愕して俺を見上げる。だがおばあ様は皮肉っぽく唇を端を上げて言った。

「そうね、もう、会うことはないと思っていたわ。……十二年になるかしら。そうして見ると、少しだけ面影があるわね。……ローズの……」
「おばあ様、今日はエルシーとの結婚のお許しをもらいにきました」

 俺が極力、昔のような口調で言えば、エルシーは戸惑ったように俺とおばあ様を見比べている。おばあ様は一瞬だけ、エルシーに目をやってから、俺をまっすぐに見た。

「だめよ。前も言ったでしょう。お前にエルシーはやれないわ。ローズの二の舞はごめんよ。諦めて」
「おばあ様、僕は父上とは違う! 絶対にエルシーを守る。金だってある! 全部自分で稼いだんだ! 俺は――」

 だが、おばあ様は力なく首を振る。

「だめよ……お前がカッスルを離れる時に言ったわ。お金の問題じゃない。エルシーを守るのはお金じゃあないのよ。……リジー、お前は約束を破ったのね」

 それは――その通りだった。
 もう、エルシーには近づかない。それが、十二年前の約束。

「おばあ様、わたし……」

 エルシーがベッドの脇に膝をつき、おばあ様に取りすがる。

「本当にバカな子ね。王家の人など信じてはダメよ。ローズの二の舞になるだけ。……ああでも、きっとわたくしがいけなかったのね。……ローズの子を、見捨てられなかったから……」

 おばあ様が疲れ切ったように目を閉じる。もうすぐそばまで、死が忍び寄っていた。どうしても俺は、おばあ様のお許しが欲しくて、必死に頼み込んだ。

「おばあ様、確かに僕は約束を破った。でも、エルシーを愛しているいる。必ず守ってみせるから!」
「……じゃあどうして、エルシーをローズの二の舞にしたの。結局、お前のしたことは、お前の父親と同じ。王家の権力と財力を使って、エルシーを汚して辱めた」
「僕はエルシーを愛している。だから――」
「お前は力をつけ、戦争の英雄にもなった。でも、その力でエルシーに、神様の許さない関係を強いた。……わたくしの治療費と引き換えに」
「違う、僕は――」

 その金は、父上から出ていて、エルシーと関係はない。でも――それを説明する前に、おばあ様は深い眠りに入っていく。

「おばあ様!」
「おばあ様、絶対に守るから、だから――」

 それきり、おばあ様は目を覚ます様子がなく、俺は医師を呼びに行く。すでに告解の牧師も待機していて、医師と看護婦と牧師が病室に入ってくる。牧師の祈りの言葉が病室に流れる。

 エルシーに手を握られて、おばあ様は眠るように逝った。

 

 医師や看護婦、そしてメイドが死者に処置を施すのを、呆然と見つめるエルシーの手を俺が握ると、エルシーが俺をぼんやりと見上げた。

「……リジー……なのね? リンドホルムに、いた……」
「……思い、出したのか……」

 だが俺の言葉に、エルシーは答えずに、おばあ様を見た。

「罰が当たったのね……おばあ様の言いつけに背いたから……」

 エルシーがぽつりと呟く。エルシーの白い頬を、涙が零れ落ちていく。

「……一人ぽっちになっちゃった……」 
「エルシ―……」

 細く折れそうなエルシーの肩を抱いて、俺は病室を出る。




 〈真実emeth〉の文字が暴かれて〈meth〉に変わる時。土に返るのは、ゴーレムの俺だと思っていた。

 だが、今、エルシーは俺のことを思い出し、〈真実〉が暴かれて――〈死〉はおばあ様の上に訪れた。


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