【R18】ゴーレムの王子は光の妖精の夢を見る

無憂

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終章 ゴーレムの王子は光の妖精の夢を見る

荒野を越えて

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 ホームで待っていたマクガーニは、俺をまっすぐに見つめると目を眇め、トップハットのつばを摘まんで軽く持ち上げた。

「ようこそ、遠路を。……リジー・オーランド卿?」

 げっ……と硬直する俺の代わりに、ロベルトが如才なく挨拶する。……ロベルトの面の皮の厚さにはもう、尊敬しかない。

「わざわざのお出迎えありがとうございます! さっそくリンドホルム城カッスル・リンドホルムに案内願えますか、マクガーニ閣下」 

 マクガーニはぎろりと俺とロベルトを睨みつけると、ポーターを指図して、リンドホルム伯家の馬車へと案内する。俺は内心、気が気じゃないのに、ロベルトときたら涼しい顔だ。

「……なんでも、リジー・オーランド卿は以前、こちらに厄介になったことがあるそうじゃないか」

 馬車の座席についてから、マクガーニが皮肉たっぷりに言う。
 ちなみに、普段なら俺は上席である正面向きの席に座るが、おしのびの今はマクガーニに上席を譲り、滅多に座らない後ろ向きの席に座っている。……けっこう、新鮮だ。

「ええ、まあその……おばあ様……レディ・ウルスラの親族なので……」

 マクガーニが眉を顰め、深いため息をついた。

「どういうことなのですかな。殿。もっと詳しく説明していただかないと。話を合わせることもできぬ」

 ガツン、とステッキを馬車の床に打ち付け、マクガーニが俺を睨み付ける。俺はロベルトをちらりと見てから、言った。

「俺の乳母ナニーが、レディ・ウルスラの親族で……つまり、マックス・アシュバートンの以前の許婚いいなずけだった」

 マクガーニは白髪混じりの眉を顰め、俺をじっと見つめた。

ね……なるほど」
「俺は王妃……母上と関係がよくなくて体調を崩した時、父上は乳母の親族であるマックスを呼び出し、俺を預けた」

 俺の説明は真相の半分も語っていないけれど、マクガーニはただ、沈黙して聞いていた。――鋭敏な彼は、裏の事情にほぼ、気づいただろう。十二年前の、俺が王宮から引き離された一件と、そして三年前のシャルローの事件、現在の王妃の境遇。

 ……マックスの許婚が俺のだという事実。

 沈黙を貫くマクガーニに耐えきれなくて、俺が口を開いた。

「俺が十四歳の時で、その時、俺は七歳だったエルシーに会った」
「……十四歳なら、今の顔を見てわかる者もいるでしょうな」

 俺は頷いた。

「ジョンソンは、俺の正体に気づいている」

 ――おそらくは、秘められた事情にも。

「他の者も気づくかもしれません。正体を知られたらどう、なさるのです?」

 マクガーニの問いに、俺は肩を竦めた。

「俺はローズの息子のリジー・オーランド、という触れ込みで城に滞在していた。俺の正体を知っているのは、マックスとおばあ様だけだった。ジョンソンはアルバートと名乗って会ったから、俺の正体に気づいたけれど、リジー・オーランドとして城に戻れば正体はバレない」
「……だが、危険なことを。どこかで正体が知られれば――」
「どうしてもおばあ様の葬儀には出たかった。それに、エルシーにビルツホルンに着いてきてもらうなら、俺自身の口から説明するべきだと思ったんだ。だから――」

 俺が必死にマクガーニに説明すれば、マクガーニが試すような目で俺を見た。

「正体を隠して王都を離れることで、従者にかかる負担と、身元がバレた時のリスクは考えなかったのですか?」
「いや、それは、俺たちも承知の上で……」

 口を挟むロベルトを俺は手で制し、はっきりとマクガーニの目を見て言った。

「その時の責任は俺が全部引き受ける。俺の我儘だとはわかっているけれど、どうしても来たかったんだ。俺はマックスとこの城とエルシーと守ると約束したから……」

 俺はじっとマクガーニの青い目を見つめていると、マクガーニがふっと息を吐いて力を抜いた。

「……まったく……万一、こんな場所で事故にでもあったら、殿下の配下どころか、わしのクビも飛びかねん」
「すまない……その、安全には気を付ける」
「当たり前です。それに……」

 マクガーニはゴホン、と咳払いしてから、ニヤリと笑った。

「もし、殿下自ら来なかったら、わしはエルスペス嬢には別の縁談を薦めるつもりでした。謝罪と告白を部下に任せるような男に、友人の大事な娘を任せられませんのでね」

 俺が目を瞠る横で、ロベルトがぶぶっと吹き出し、それからマクガーニと二人、腹を抱えて笑い出した。
 どうやら俺は完全に、マクガーニの掌の上で踊っていたらしい。そう思うと少しだけ憮然とした。




 
 馬車は荒野ムアを突っ切って走っていく。昔、マックスと城に向かった時は、もっと遅い時刻で、周囲は暗かった。今、秋のどんよりとした曇天の下、枝のねじれた灌木がところどころに聳え、枯れた草が吹き抜ける風にそよぐ。窓を開ければ、あの時と同じ、ビュービューとした風の音と、ざわざわと草が風になびく音がした。

 前方に聳える古城。――リンドホルム城カッスル・リンドホルム

 あそこに、エルシーがいる。俺はもう一度戻ってきた。……荒野を越えて――。

「もしかして、あそこ? もろお城じゃん! すげぇ! エルシーたんって正真正銘のお姫様だったんだ……!」 
 
 俺が窓に張り付くようにして見ている、カッスルに気づいたロベルトが、背後から覗き込んで声を上げた。

「この近辺では一番の古城だよ。リンドホルム伯爵は建国以来の家だからね」
「すっげぇえええ!」
「しかし、おぬしは本当に王子の秘書官なのかね? もう少し言葉遣いを改めたまえ」
「へえ、すんません」

 背後で繰り広げらる会話も、俺はほとんど聞いていなかった。
 その間にも城はどんどん近づき、やがて城の正門が見えてくる。馬車に気づいた門番が、内側からゆっくりと門を開いていく。
 
 門の向こうに、紅く色づいた楓並木が見えてきて、俺の興奮は最高潮に高まる。
 とにかく一刻も早くエルシーに会いたかった。冷たく拒絶されるかもしれないが、おばあ様の葬儀に出たいと言うのを、追い出したりはしないだろう。それに、のことも説明しなければならない。

 これが最後のチャンスかもしれない。みっともなく足に縋り付いてでも絶対に――。

 俺が両手をぐっと握り締めていると、ロベルトが横から言った。

「もしかして……エルシーたんの足に縋り付いて頼めばきっと……とかみっともないこと考えてないっすよね?」
「う……」

 図星を指された俺は、反論もできなかった。





 城館の正面玄関の、車寄せに馬車が停まる。扉が開いて、執事が現れる。……十二年前より老けて、多少太っているが、間違いなくアーチャーだ。その背後にジョンソンの姿。邸は昔のままのようだ。

「……マクガーニ、まず、エルシーに会いたい。伯爵への挨拶は夕食時で構わないだろう? 捕まると長そうな気がする」

 俺が車内で早口に言えば、マクガーニが頷く。

「まず、エルスペス嬢を呼び出してもらいましょう。……これからは殿下ではなく、リジー・オーランドと呼びますから」
「ああ、頼んだ」

 まずマクガーニが馬車から降り、出迎えたアーチャーに何か尋ねる。アーチャーが頷いて、庭の方を指さした。エルシーは庭にいるのだろう。俺は逸る気持ちを押さえ、ロベルトに続いて最後に馬車から降りた。

「こちらがアルバート殿下が派遣された代理人で、ロベルト・リーンとリジー・オーランドだ。部屋の用意を頼む」

 マクガーニが俺をアーチャーに紹介すると、アーチャーがぎょっとしたように目を見開く。

「……リジー……坊ちゃま?」 
「ああ、以前は世話になった。今は第三王子殿下の秘書官をしているんだ」

 俺が軽く帽子を持ち上げる。おしのびとは言え、それなりのパリッとした服装をしているから、俺がそこそこの身分なのはアーチャーなら一目でわかるだろう。

「とにかくエルスペス嬢に会いたい。それと……庭の売買の件で――」
「そうそう、アルバート殿下がここの庭が売りに出ているのに興味を持って! ついでに見てこいって言われているんですよ」

 ロベルトが後を受けて、にこやかに言う。

「お庭の……でございますか」

 マクガーニも上手く話をあわせてくれる。

「エルスペス嬢もいるならば、まずは庭に参ろう。すまんが、我々の荷物だけ、部屋に運んでおいてもらえるかな」
「承知いたしました」

 アーチャーは俺をじろじろ見ながら、それでも何も言わず、従僕に命じて荷物を運ばせる。
 俺はマクガーニを急かすように、ローズの庭ローズ・ガーデンへと急いだ。

「……なんか、微妙にさびれてないっすか?」
「庭師の手が足りないようだ。財政難ではな……」

 管理の手が行き届かず、ついに手放すことにした、庭の一角。間違いなく、ローズの庭のあたりだ。俺はまっすぐ散歩道に続く森を抜けていくと、かすかな悲鳴が聞こえた。

 ハッとして足を速める。黒い服を着た女が男に腕を掴まれ、もがいていた。背後は鉄条網が張り巡らされて、それ以上逃げられない。

 俺とロベルトが同時に駆け出し、マクガーニが一喝した。

「何をしている!」
「エルシー!」

 声に驚いた男の手が緩み、エルシーが離れた隙に、俺は男とエルシーの間に割り込み、エルシーを背中に庇った。ロベルトが素早い動きで男を後ろ手にひねり上げる。

「いでえ、何だよ、てめぇら!」
「ロベルトさん? それに――」

 エルシーが絶句して息を飲む気配を背中に感じていると、ロベルトがいつもの調子で軽く挨拶をする。

「どうもぉ、エルスペス嬢。このロベルト・リーンとリジー・オーランドが、殿下の代理人でーす!」

 俺が肩越しにちらりと振り返れば、喪服に身を包んだエルシーがブルーグレーの瞳を見開き、唖然とした表情で俺を見上げていた。
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