破鏡悲歌~傾国の寵姫は復讐の棘を孕む

無憂

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終、破鏡重円

一、

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「張将軍に何を言われたか知らないが、出家など許さないし、私も他の妻など娶らない」 

 伯祥の宣言に、徐公公が「ほらね」と言わんばかりに肩を竦めて見せる。

「でもそれでは……」

 紫玲が困ったように眉尻を下げる。

「わたしが、巷間でなんと呼ばれているか、伯祥さまもご存じでしょう」 
「知っているが、父上が政を怠けたのはお前に溺れて色ボケしたせいで、お前がそう仕向けたわけじゃないし、父上の死後、蔡業が専権を奮ったのもあいつのせいで、お前が何かできたわけではあるまい」
「それは――親戚だとは言え、もともと、口をきいたこともない相手でしたし……」

 紫玲が上目遣いに伯祥を見上げる。

「もとはと言えば、息子の嫁に色気を出して無理に奪った父上が全部悪い。お前は被害者じゃないか。それを、傾国だのなんだの、虫唾が走る」
「でも……」

 紫玲が戸惑う。
 どう言い訳したところで、紫玲は皇太后なのだ。そこに摂政が通ってくるのは外聞が悪すぎる。

「せめて皇太后を下りることはできませんか?」
「それは難しいな」

 伯祥が言った。

「皇太后を下りて私の皇后になるならまだなんとか……だがそれすら反対する者が多い。皇太后だった女が普通に暮らすなんて不可能だ」
「出家すれば……」
「ダメだ」

 伯祥がぴしゃりと言い切る。

「ようやく取り戻したお前に尼になられたら、私は今度こそ立ち直れない」

 それからずっと握ったままの左手を口元に当て、ぎろりと徐公公を睨む。

「徐公公が、お前を支えてくれたのは理解する。だが、気に入らん」

 徐公公が眉尻を下げる。

「殿下が思うような邪な気持ちはございません。奴才は宦官ですので……」
「宦官だって結婚して養子を迎える者は多いじゃないか。お前だって」

 徐公公は首を振る。

「奴才はその手の欲はございません」
「信用できぬ」

 伯祥がそう言い、しばらく顎に手を当てて考えてから、言った。

「そうだ、今宵の寝ずの番はお前がしろ」
「奴才が? よろしいのですか?」
「ああ、帳台の中に行燈も入れてやる」
「それはまことに! 有難き幸せに存じます!」

 何の話かよくわからず二人の顔を見比べている紫玲を無視して、徐公公は揉み手せんばかりに喜んでいる。

「その代わり、後で感想を聞くからな」
「仰せの通りに」

 徐公公が優雅な仕草で頭を下げた。



 夜、当然の権利のように寝室に誘われ、紫玲は臥床の上に押し倒される。伯祥の手が腰紐に伸び、するりとはだけられて、紫玲は焦る。

「伯祥さま、明かりが……」

 普段、明かりは帳の外に置いて、帳の中は薄暗い。だが今夜は円型の吊るし型の燈篭が灯って、煌々と照らしている。

「ダメだ、これが約束だから……」

 そのまま抵抗の甲斐なく紫玲は伯祥の手練手管に酔わされ、甘い淫楽の淵に沈められる。その様子を、帳の外から徐公公が余さず見ているのにも気づかずに―― 
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