俺勇者、39歳

綾部 響

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2.勇者の現在

不審者はお断り

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 雑貨屋コンビニで、俺はいつもの弁当〝おすすめランチセット〟を購入した。

 この雑貨屋で作った焼きたてのパンが2つ。ほんとに焼きたてのパンってのは最強だよな。
 それに濃い目の味付けで焼かれた肉が二切れ、そしてサラダとゆで卵がセットで格安の500Gと言う値段が気に入っている理由だ。
※ゲルト、1G=1円
 おすすめランチセットとミネラルウオーターの瓶を2本購入して、俺はコンビニを後にした。これでクウフク様も夜までは大人しくしていてくれるだろう。

 昼食後は夜まで惰眠を貪るのが一番だな。
 まぁ昨日の今日でハキハキと行動出来る訳じゃない。今日1日はダラダラしたって聖霊様も大目に見てくれるだろう。
 もっとも最後に顔を合わしたのがいつだったか覚えてない程会っていないんだけどな。

 コンビニから1歩外に出ると、そこは大通りが交差する四辻だけあって道を行く人々は皆せわしなく、その流れに乗ると言うだけで俺は辟易へきえきしてしまった。
 だが、我が居城に戻る為にはそんな事を言ってもいられない。善良な市民が作る流れを阻害しないよう、出来るだけ道の端を、不死者グールの様な足取りでアパートを目指した。

 こんなに良い天気だ。
 選択肢の1つとして、近くの公園でランチを取る……なんて事を考える人がいるかもしれない。
 実際暑過ぎず寒過ぎず、湿度も殆ど感じる事の無い今の時期は1年を通して間違いなく気持ちの良い季節だと言っても過言じゃない。

 だが、残念ながら俺は今まで腐る程屋外で食事を取って来た。今更、街の公園如きでの食事に風情を感じる様なトキメク心など持ち合わせていない。
 細かい事を言えば、今の時期から昆虫達の活動も活発化して来る。弁当に虫が付いたりした日には、折角の気分も台無しになる事請け合いだ。

 ―――それに街を行く人達の、俺を見る目も鬱陶うっとうしい。

 それこそ昔は俺達を見かけると、満面の笑みで声援を掛けてくれたものだ。俺達もそれに答えて手を振ったりしてたっけ。
 だが今じゃあ、街の人達からそんな笑顔を向けられることは全く無い。俺と目が合った街の人達は、何処か恐縮した様に軽く会釈して、言葉を交わす事無く足早に去っていく。
 そんな〝大人の挨拶〟を向けられる度に、やっぱり俺も歳を取ったなと痛感する。
 親しみを込める訳では無く、だけど邪険にする訳でも無い。当たり障りのない挨拶を向けられる存在になったなと思わずにはいられなかった。
 屋外で一所ひとところに留まれば、そう言った視線を何度も交わさなければならない。

 人目を避ける必要は全く無い。むしろコミュニケーションは最低限取る必要がある事も心得ている。
 だけど相手が気を使っていると感じる様な事なら、極力回避しても良いだろう。俺もそっちの方が楽だしな。

 それに今だから分かる。「勇者」と言う存在が如何に特別かと言う事が。
 そう、勇者と言う存在に認定された者は、それ以外の人達にとってあらゆる意味で特別なのだ。
 光の聖霊様のお告げを受け体に聖痕を持った者は全世界中から勇者と認められ、魔王を倒す為と言う大義名分の元に、〝あらゆる協力を強制〟する事が出来る。
 勇者は特例とも言える権利を有する事になるんだ。




「一つ、勇者は魔王討伐に際して、あらゆる手段を講じなければならない。その為にはどの様な行為も全世界住人を挙げて協力するものである」

 ドヴェリエ国王が全世界に向けて発信した「勇者宣言」その一節。
 これにより、どの国のどんな住人も、勇者の要望に無条件で答える義務が発生する。

 例え家族が寝静まった深夜に押し入られ、勝手にタンスを荒らされ、宝箱を開けられ、あまつさえ壺や花瓶を割られまくった挙句そこにあったアイテムやゲルト、武器防具を持ち去られても我慢しなければならないのだ。
 理不尽な話だが、それもこれも全ては魔王討伐に必要な事だからだ。

 ―――勇者は完全な善であり是なのだ。

 勇者が行う事には正当な理由がある。
 それが魔王を、魔族を退ける為なのか、冒険を進める為に必要な事なのかは分からなくともそう信じられている。
 実際、住人でさえ知らなかった、忘れていたような武具やアイテムが冒険に大きく貢献した事は1度や2度ではなかったっけ。

 本当はすごく迷惑な行為だったかも知れない。いや、普通に考えたら押し込み強盗となんら違いが無いんじゃないかと思ってしまう。
 それでも若い頃は……それこそ冒険者として駆け出しだった初々しい頃等は、そう言った迷惑行為も許してもらってきた。
 何よりもそれが必要な行為で、俺達だって強盗目的で押し入っている訳じゃない。
 夜でなければ手に入れられない物や、話しても譲ってもらえない物なんかは、仕方なく半ば強制的に持ち去ったりしていた。

 勿論、私利私欲で動いた事は無い。それだけが救いかも知れないけどな。
 血気盛んな初々しい若者が正義の為、魔王討伐の為と必死で家探しをするんだ。多少の事は、それこそ生暖かい目で見守り許してくれていたっけ。
 ただ、中にはどうしても無償で譲り渡す事を良しとしない人達もいた。
 そう言った人達には交換条件として、彼等からのお願いクエストをこなす事で、代償として譲り受けていたりもした。

 ―――しかし時は流れ、時代は移り変わる。

 かつては幼さを残しながらも大人へと駆け上がる少年、子供の様な眼差しで魔王を倒す事に疑いを持っていなかった少年も、どんどん年を取り少年から青年、そして大人へ。
 俺に至っては明日で39歳、しかも独身。更に彼女いない歴39年のおっさんだ。
 流石に最近では特別な、どうしても必要であるアイテムを探す事は殆ど無い。
 だから問答無用で住居に押し入る様な事は無くなっている。

 だがもし、今の俺が真夜中に住民の寝静まる家屋へ押し入ったら……どうなるだろう……。

 39歳の……おっさんが……真夜中に……想像したくも無い。

 実際10年前にそれで一悶着あったのだ。
 当時はアラサーで今よりも若々しかったのは言うまでもない。
 それでも不審者、盗賊に間違われ、勇者の証を示しても信じて貰えず……実際は取り乱した家人が取り合ってくれなかったんだが、その後警護兵が駆けつける大騒ぎになったんだ。
 その時は結局大事になる訳でも無く家人にも了承を得る事が出来たんだが、それ以降は事前のアポ取りが余儀なくされた。

 だがまぁ、これが本音と言うか当然の反応と言うか。事前に連絡して了承を得ているのにも拘らず、それでも嫌な顔されるんだよな……。どんだけだよ……。
 



「はあぁ……」

 思考が思い出したくも無いエピソードまで呼び出して自分で自分の気持ちをブルーにしてしまうなんて、俺ってばどんだけ自虐的なんだよ……。
 でも確かに、ここ数年で楽しいエピソードは激減したな……。

 更に重くなった足取りを、文字通り引き摺りながらアパートへと歩を進めた。
 アパート前の大家さん夫人による井戸端会議はどうやら解散した様だ。また奇異の目を向けられたり、陰口を叩かれる事が無いと分かって少しホッとした。
 とりあえず飯食ったら寝よう。疲れてるからネガティブ発想にしかならないんだよ。
 そう考えながらアパートの階段まで後数メートルとなった時、不意に後ろから声が掛かった。

「おい! 元勇者!」

 声だけ聴けば、怖い物知らずの元気な若者の様に思えた。
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