家政夫は大変です

蒼龍葵

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第一部 久住家にようこそ

初めての夜

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 黒塗りのベンツが到着した先はまるで漫画に出てきそうな巨大なお屋敷だった。
 夜なのでまだその全貌はハッキリわからないが、車が玄関に到着するまでの距離。なんだよあの門構え。
 ただ、ヤのつく人達みたいに玄関にずらりと使用人が並んで礼をする訳では無さそうで安心した。

 そうか、金持ち兄弟だから家政夫が必要ってワケか。株で一儲けしたのだろうか?

「広っ……!」

 車から降りて豪華な玄関らしき場所に到着したが、その光景も日本のものとは違う。
 流れに身を任せてここまで来てしまったが、そういえばこの人の弟って一体いくつなんだろう。子どもの相手は無理だし、それならベビーシッターや専門を雇えばいい話だと思う。

「どうした、怖気づいたのか」
「いいえ……あまりにも世界が離れすぎていて、俺の脳みそが頑張って処理しています……」
「お前を帰す気はない」

 ネクタイを緩めた愁一はこっちに来いと俺の手を引いた。
 螺旋階段なんて……こんな見た目だけで掃除も大変な邪魔なもの、一般の家庭には絶対要らないだろ。
 家政夫って言われても、一体どんなご飯を作れって言うんだ! 俺なんて庶民的なものしか作れない。
 それに、100万もぽーんと支払いできるんだったら、どこかの三ツ星レストランシェフを雇った方が断然うまい飯が食えるだろう。
 初対面なのに、俺の何処が良くていきなりこんな拉致まがいのことをしたのか。金持ちの考える事はさっぱりわからない。

「あの~……久住さん。因みに食事ってどうやって作れば良いですか? 和洋中好みとか……」
「食事は専属のシェフが作るから問題ない」
「え? じゃあ俺を雇った理由って……」

 じゃあ掃除か? 
 この人、見た目は相当綺麗だけど、もしかして部屋の中は生活能力が皆無なくらいカオスなのか。よくあるギャップ萌えって奴かな。それだったら納得出来る。
 でも掃除目的の家政夫だったらダ〇キンとかプロを雇った方がいいに決まってるのに。
 余計なことを考えているのを悟られたのか、愁一は楽しそうに喉奥で笑うと使用人用の部屋、要するに住み込みで俺が使うへ案内してくれた。

「少しずつ分かるといい。お前はお前のやりたいように過ごして構わない。ただし、俺か弟。誰かに呼ばれた時は必ず部屋に来るように」
「は、はぁ……」

 拾われた身分なのに、そこまで自由にしてもらえるなんてありがたい。
 使用人の部屋は悲しいことにそこは自分が住んでいたアパートよりも広かった。
 しかも一通り身の回りのものが揃えられており、誰かが使っていたような形跡は無く綺麗に整えられている。まさか、買ったのか? 探偵だから俺のスリーサイズも調べられている?

「気に入らないものがあればいくら買い替えても構わない」
「ひとつ質問、いいでしょうか……? どうして見ず知らずの俺にここまで優しくしてくれるのですか?」
「知らない関係ではない。これから知るのだから……」

 愁一は涙の線が残っている俺の眸を再び指の腹で撫でた。近づかれるだけでこの匂いにくらくらする。
 本能的に感じる匂いか。こういう色男に女が溺れる理由が何となく分かりそうな気がする。別に匂いフェチではないけど、この人の色香は本気でやばい。
 野獣のような精気溢れる眸が真っすぐに俺のことを射抜く。
 やばい。心臓の鼓動がいつもより早い。これはおかしくなりそうだ。

「綾人」

 名前を呼ばれるだけで背中に甘い痺れが走る。キスに溺れているといつの間にかベッドの上に転がされた。

「はぁ……はぁ……」

 甘い余韻に浸るのも束の間で、ベルトがカチャカチャと外される音で一気に現実に引き戻された。

「ちょ、ちょっと待って……俺、そんな」
「男は初めてか」
「当たり前でしょう! 何を言ってるんだあんた」

 雇い主相手だと言うのに、思わず乱暴な口調になってしまったが、貞操の危機にそんなこと構っていられない。
 一気に不機嫌になった愁一に、煩いと唇を塞がれる。唇を赤い舌でぺろりと舐められ、鎖骨を甘噛みされるとそれだけで腰がくだけた。
 自然と体温が上がり、零れる吐息はいつもより熱っぽい。何だろう、変だこの感覚。

「久住、さん……」
「……愁一だ」

 低い声が耳朶を噛みながらそう囁く。高貴なトワレの香りが重なり、頭がぼうっとする。何だよこの人、近くにいるだけでおかしくなる。
 
「あ……」

 スーツをゆっくりと脱がされ、煌々とした明かりに照らされる自分の素肌が大きな等身大の鏡に映った。
 は、恥ずかしい!!!
 同じ男にこんなことされるなんて!
 そうか、だから100万円支払うってこういうことなのか!?
 まさか、男娼をやれと? 聞いてないよそんな話。これは詐欺だ、まだ女性とだって数える程度しかしたことないのに、どうして男相手にっ!

 しかし、綾人の心の葛藤も虚しく、生理現象は確実に進んでいた。

「はっ……んん」
「声を抑えるな……」

 唇から鎖骨、乳首、脇腹、あちこち吸い上げられ、鼻から自分のものとは思えない甘い声が漏れた。
 ヤバイ、気持ちいい。

「ちょ……っと、愁一さん……」
「家政夫をやる決意は固まったか? 綾人の仕事は、私達の相手と、時々買い物に付き合ってくれたらそれだけでいい。掃除やその他のことは全て他の人間がやってくれる」

 それは家政夫じゃない。男娼って言うんですよ愁一さん。
 そう心の声がそう叫んでいるのに、手首に縛られたネクタイが思っていたよりもぎっちり喰い込んで抵抗すらできない。

「男娼ですか?」
「別に躰だけが欲しいわけじゃない。お前は食べたいものがあれば調理場を使って構わないし、私の為に料理を振る舞ってくれるならそれは嬉しい」

 つまり、一人暮らししていた時と同じく好きな時に料理や洗濯、掃除をしても良いということらしい。
 しかも高級な物も使い放題。部屋も与えられているから不自由はないし、躰だけが条件じゃないなら、別に困らないのかも。

「よく、わかりません……今までの生活と同じで構わないってことでしょうか?」
「そう捉えてもらって構わない。では、契約をするということでいいんだな」

 どのみちリストラまでの期限は一週間。この間に新しい仕事が見つかる保証なんてないし、あのオンボロアパートの家賃だって滞納すると面倒くさい。
 親は離婚しているから頼れないし、この月額バイトをある程度続けて、どこかで見切りをつけて辞めさせてもらえたら暫く働かなくても生活できるんじゃないか。

 きっと悪いことばかりじゃない。愁一さんは大人の男性だし、ヤの人じゃないみたいだし……。

「お、お役に立てるかわかりませんが……契約します」
「いい返事だ」

 愁一は嬉しそうにそう言うと俺の唇を再び塞ぎ、そのまま手淫だけで俺をあっさり2回もイかせた。
 こんな上等なテクがあるならそれをいい女に使えば良いのに勿体無い。一体俺の何処がいいんだろう。

「ゆっくりおやすみ」

 部屋から出ていく愁一の後ろ姿を見送り、ぽつんと一人残された広いベッドの上で初めての夜を明かした。

 ああ、金持ちの考えることは、さっぱりわからない。
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