家政夫は大変です

蒼龍葵

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第二部 ライバル登場?

一難去った後に……

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 俺は久住家の家政夫に戻ることになったので、正式に幸嶋先輩の有難い再就職の申し出を断った。
 しかし、もう一度話がしたいと言われ、俺は特に警戒することもなくノコノコとまたS商事に足を向けた。

「綾人、待っていたよ」
「先輩……いいお話本当に有難いのですが、俺も仕事が決まってまして……」
「ああ、知っているよ。T商事の久住愁一に仕えているんだろう。よくお前がベンツに乗せられてあの会社に入る姿を見るようになったからな」

 なんだ、先輩も俺が愁一さんのところで働いているって知って──

「って、えええ!?」

 どうしてそんな話になっているのだろうか。いや、確かに名目上、俺は久住家の家政夫です! なんて名乗るよりも、年商ウン億円のT商事で働いていますと言った方が格好いいし男として最高の称号だ。
 でも嘘をついていることに胸が痛い。俺はT商事で働いているわけではなく、あそこに呼び出されるのは愁一さんが仕事で煮詰まって缶詰になっている時だけ。
 最近俺が躰が持たないと嘆いているから愁一さんが気を利かせて職場に呼ぶようにしてくれているだけだ。家にいると誰かしら俺の躰を狙ってくるから……。

「なんだ、違うのか?」
「い、いえ、滅相も……」

 ここでT商事で働いてませんと言ったら幸嶋先輩は俺をまた引き抜こうとするだろう。今度俺が久住家から出ますと言ったら監禁されるかも知れない。
 ─ それに、あの可愛い弟のような人達を置いてどこかに行くのはもう考えられない。手はかかるけど。逆に。手がかかるから可愛いのか?

「えっと、今の俺はT商事の臨時社員みたいな立ち位置で、先輩の仰るとおり、久住愁一さんに仕えてます」
「ふぅん、あいつは恋人の滝川がいるのにまだ男を仕えさせんのか」

──
──はい?

 一瞬、俺の思考回路がフリーズした。

「え、え!? た、滝川さんが……こ、恋人!?」
「なんだ、綾人知らなかったのか。久住愁一はゲイで有名な男だ。常に秘書としてあいつのスケジュールを担っている滝川荵は恋人だぞ」

 うわ、あの切れ長の眸インテリ秘書さんが愁一さんと……?

『しゅ、愁一様……』
『荵、もうこんなになって……いやらしい躰だ。お前にはお仕置きが必要だな』
『はい。貴方様にでしたら、いくらでも……』
『可愛い事を。足を開きなさい──』

 うわーーーーー
 全然、考えたくない光景だ!!

 途中まで妄想してしまった俺はざあっと顔色をなくした。これからどうやって滝川さんと接したらいいのか分からなくなる。

「あいつにはもう恋人がいるんだから、綾人まで愛人になる必要ないよ。俺がしっかり綾人だけ愛すから、俺の下で働いてくれないか?」

 先輩が俺に好意を持っているなんて知らなかった。掴まれた手首が痛い。一緒に切磋琢磨してきた関係なので、先輩のことは嫌いではないけど、俺は久住家の人間だ。

「すいません先輩、俺はもう愁一さんの下で仕事をしているので……」
「何だよ……どいつもこいつも久住、久住久住久住!」

 あ、やばいキレさせた。そういえば、幸嶋先輩はキレると手がつけられないんだった。
 嫌な予感を察して俺はもう一つの携帯の電源を入れた。これは通話はしないのだが、GPS機能がついており、これを起動すると異変があったと愁一さんが察してくれることになっている。

「なあ、綾人。お前……もう久住に抱かれたのか?」
「え、いや……あの……」

 目つきが変わった先輩に俺は恐怖を感じてじりじりと後退した。

「綾人、可愛いからな。この白い肌に可愛い顔立ち──ゲイの久住じゃなくてもお前に手を出す気持ちは……」
「そこまでです、幸嶋さん」

 突然バン、と応接室のドアが開けられた。内鍵をかけていたので、社内の偉い人間でない限り外から開けることは出来ない。
 俺を助けにきてくれたのは滝川さんだった。この場所に辿り着くために幸嶋先輩の部下を締め上げたらしい。

「くっ……滝川、何でここに!」
「愁一様の手を煩わせないでください。今、目の前にいる綾人様は愁一様にとってかけがえのない方なのです。もしも彼に貴方が手を出すのであれば──」

 こ、怖い。
 本気の滝川さんは黙って立っているだけで人を殺しそうな気迫があった。これが、愁一さんの側に仕える秘書でありボディガードの力なのか。

「綾人様に手を出すのでしたら、S商事を潰します」
「なっ──!!」
「それくらいの気持ちで彼に手を出すのですね。では、私は彼を連れて仕事に戻ります」

 ぽかんとしている俺はそのまま滝川さんに手首を掴まれて車に乗せられた。
 行き先は勿論T商事だ。呆れたようにため息をつく滝川さんは運転席に座り、バックミラー越しに俺を睨みつけた。

「軽率な行動、ごめんなさい……」
「貴方は真面目な方ですから、あの男に何でいい案件を断るんだと言い寄られたのでしょう」

 うっ、当たっている。まさかこんなことになるなら、最初から愁一さんに相談すべきだった。

「ごめんなさい……」
「まあ、これであの男も懲りたでしょう。では愁一様の所に参りますよ」
「あの、滝川さん」
「何ですか?」
「愁一さんと、お付き合いされているんですか?」

 先輩が言った言葉がどうしても気になってしまい、俺は本人に尋ねてみた。だって、もしも滝川さんが愁一さんに対して恋愛感情を抱いているならば、俺は愁一さんに執着しない方がいい。
 それに、久住家には愁一さん以外の三人も手がかかるので、はっきり言うと愁一さんの夜の営みを滝川さんがしてくれるならば──

「その質問は残念ながら……私も愁一様も同じ属性なので合わないのです」

 ふぅん、そうか、属性──
 
「ぞ、属性って、その……」
「ふふっ。ご想像にお任せ致しますよ」

 つまり、彼もドSのインテリということなのか。
 やはり愁一さんが煮詰まった時は俺が頑張るしかないらしい。躰、持つかな……?

 ふわっと久住家に戻る決断をしたものの、また新たな貞操の危機を感じる綾人なのであった。
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