おとぎ話は終わらない

灯乃

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おまけ

たまには、こんな兄弟喧嘩

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「兄上、覚悟ーっっ!!」

 幼く高い声がそう叫んだ直後、どぉん、と腹の底に響く爆音が辺りに轟く。
 そのとき、シャーロットはアルベルティーナ宮殿の屋外魔導具訓練場で、上の弟ベルナーと魔導剣の手合わせの最中だった。
 最近、遠距離攻撃魔導具の扱いを覚えた下の弟ニールが、姉弟最年長のシャーロットにじゃれかかってくるのは、珍しいことではない。
 そのため、彼女はニールの叫び声が聞こえた直後、咄嗟に防御シールド魔導具を展開したのだが――

(……あれ? 今ニールは、『兄上』って言ったような?)

 ――もうもうと辺りに立ちこめる土埃は、どうやらベルナーの立っていた場所を中心に発生している。
 ベルナーとニールは、シャーロットにとって可愛い弟たちであるのと同時に、次代の皇位を競うライバルでもあった。
 彼らが団結して、現在皇位継承権第一位であるシャーロットに突撃してくるのも、やはり珍しいことではない。

 シャーロットは、歴代皇族の中でも群を抜いて高い魔力適性の持ち主だ。
 魔術式を構築するための演算能力もずば抜けている。
 そのため、彼女の皇位継承を問題視する者はない。
 弟たちがじゃれかかってくるのだって、『皇位に就く前に死ぬような者に、皇帝を名乗る資格はない』という、ギネヴィア皇室における恒例行事のようなものだ。
 とはいえ、ふたりともまだまだ手加減を知らない子どもであるそれだけに、時折シャーロットは『そんな物騒な攻撃を仕掛けてくるやつがあるか! うっかり手加減し損ねて殺したらどうする!?』と青ざめる羽目になった。

 そんな弟たちは、個別に攻撃してくることもあれば、ふたりでタッグを組んで同時に仕掛けてくることもある。
 とりあえず、基本的な図式として『シャーロット対弟たち』という図式ができあがっているのは確かだ。
 先日、シャーロットが十三歳の誕生日を迎えたときなど、パーティーのあとに貴族たちの相手でくたくたになっていたときを狙って、見事な連携攻撃を仕掛けてきた。
 あまりに息がぴったりだったものだから、シャーロットはふたりを瞬殺で床に沈めたのち、思いきりふんぞり返って高笑いをしてしまったものだ。
 ……ちょっと、疲れていたのである。

 それはそれとして、ニールが魔導具で攻撃を仕掛けてくるとすれば、対象はシャーロットであるはずだ。
 しかし、突然頭上から降ってきた下の弟は、なぜかベルナーに遠距離攻撃魔導具を向けている。
 シャーロットとほぼ同時に防御シールド魔導具を展開したベルナーは、魔導具の訓練よりも読書を好む、おっとりのほほんとした性格の少年だ。
 シャーロットほどではないにせよ、皇族の一員に相応しいハイレベルな魔力適性の持ち主でもある。
 弟の突然の襲撃にも慌てず騒がず対応した彼は、不思議そうな顔をしてこてんと首を傾げた。

「ニール? この距離なら、おまえがそれを僕に撃ちこむより、僕がおまえを切り捨てるほうが速いと思うよ?」

 ――殺られる前に殺れ。

 それが、シャーロットたち姉弟が生まれたときから叩きこまれている掟であった。
 今年九歳になるニールが持つ遠距離攻撃魔導具は、彼の小さな体には少々大きすぎるし、扱いが難しすぎる。
 おそらく、彼が今持てる中で最も威力の大きな魔導具を持ち出してきたのだろうが、ここはベルナーの言う通りだ。
 最初の不意打ちを外した時点で、ニールは近接戦闘に相応しい武器に持ち替えるべきだった。
 しかし、眉をきりきりと吊り上げたニールは、大変なお怒りモードである。
 頭にかなり血が上っているらしく、兄の忠告に耳を貸すこともなく、きりっとした顔で宣言した。

「やはり、愛する者の違う兄上とぼくが、真にわかりあえるはずがなかったのです……! ミミルにあのようなおぞましい仕打ちをした兄上など、ぼくがイオナに代わって成敗して差し上げます!」
「へ?」

 肩を震わせた弟の言葉に、ベルナーの目が丸くなる。
 シャーロットはふたりの様子を見比べたあと、ふむとうなずいて訓練場の隅に移動した。
 厳かに口を開く。

「ニールよ。愛する者の仇を討とうという、その心意気やよし。姉として、そなたの勇姿を最後まで見届けてやろうぞ。思う存分、力の限り戦うといい」
「はい!」

 元気よく返事をしたニールとは逆に、ベルナーが困惑しきった顔でシャーロットを振り返る。

「あのー、姉上。ミミルというのは、どこのどなたなのでしょう?」

 シャーロットはニールを見た。

「どこの誰なんだ? ニール」

 ニールが、ますます声を尖らせて叫ぶ。

「今年の春、イオナが産んだ仔猫です!」

 シャーロットは、目を細めてベルナーを睨んだ。

「ベルナー。おまえ、仔猫をいじめたのか? いくら犬派だからといっても、それはヒトとしてどうかと姉は思う」
「姉上、誤解です。僕は確かに犬派ですが、踏まれるなら断然猫の肉球派です」

 真顔で即答したベルナーが、嘘を言っているようには見えなかった。
 シャーロットは犬も猫もイケる口だが、肉球に限定した場合は圧倒的に猫派なので、彼の気持ちはよくわかる。
 一体どういうことだ、と視線で問うと、ニールは魔導具を持つ手をぷるぷると震わせて口を開いた。

「ぼくは、ミミルを育てると決めたときに、誓ったのです! この子が天寿をまっとうするまで、食べものにも眠るところにも不自由させないと! なのに、なのに……っ」

 ニールの持つ攻撃魔導具の先端が、びしっとベルナーの顔に向けられる。

「先日、兄上はこともあろうに、ミミルを薄暗い食糧倉庫に閉じこめてしまったのです!」

 ベルナーが、おぉ、と左の手のひらを拳で打つ。

「あのときの猫が、ミミルだったのか。最近、食料庫にネズミが出て困る、と管理人がぼやいていたものだからね。その辺を歩いていた猫に、ちょっと退治してもらおうと思ったんだよ」
「おかげでそれ以来、ミミルは毎日ネズミの死骸をぼくのところに持ってくるようになったのです! 今朝目が覚めたとき、枕元に置かれていた巨大なネズミと目が合ったぼくの気持ちが、兄上にわかりますか!?」

 半泣きになってわめいたニールに、ベルナーがへにょりと眉を下げる。

「それは、わかりたくないなぁ」
「ぼくだって、一生わかりたくなかったですよ!」

 シャーロットも、わかりたくなかった。
 ひとつため息をついて、ベルナーを見る。

「ベルナー。おまえもギネヴィア皇室の一員であるなら、己の行動には責任を取れ」
「はい、姉上」

 素直にうなずいたベルナーは、次の瞬間軽やかに地面を蹴り、ニールの持つ遠距離攻撃魔導具を叩き落とした。
 その核である魔導石を魔導剣の一撃であっさりと砕き、呆然としている弟ににこりと笑う。

「僕の勝ちだね。文句があるなら、僕より強くなってから出直しておいで」
「……っうわああぁあああーん! 兄上のばか! 人でなし! おまえのかーちゃん、でべそおぉおおおーっっ!!」

 大きな目をぶわっと涙で濡らしたニールが、捨て台詞とともに駆け去っていく。
 シャーロットとベルナーは、顔を見合わせた。

「姉上。ニールは、一体どこであんな言葉を覚えてきたのでしょう?」
「知らん。だが、母上はでべそではないぞ」

 ですよね、あぁ、とうなずきあったふたりは、先ほどと同じ立ち位置に戻り、魔導剣を構え直す。

「それでは改めて、よろしくお願いします」
「どこからでもかかってこい」

 この程度の騒ぎは、彼らにとって日常茶飯事なのである。
 本日のアルベルティーナ宮殿は、至って平和であった。
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感想 36

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みんなの感想(36件)

沙吉紫苑
2023.10.18 沙吉紫苑

すみません。先ほどのは4巻の14です。

解除
沙吉紫苑
2023.10.18 沙吉紫苑

14話のところ
ローザ姐さんが誘われた移住する候補地は
ギネヴィアと「セレスティア」では?

国の名前間違えてますよ~!!

解除
りま
2022.01.05 りま

ヒーロー視点はどちらにいってしまったのでしょう?
リージェスの心情がかなり楽しかったので。

解除

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