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第三章

国王との交渉

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「さ、ついた。ここが王太子殿下の寝室だ」

 白を基調として金で縁取られた大きな扉。
 その扉を守るように、両脇で二人の騎士が控えている。
 この先にクリストフ殿下が……お姉様の婚約者がいる……。

 緊張しながら宰相様に頷くと、宰相様もそれにこたえるように頷き、扉に向けて声をかけた。

「殿下。テレシス・フローシェでございます」
「入れ」

 すぐに返ってきた声は、記憶の中の王太子殿下の声とは違った。
 王太子殿下ではない、別の誰か?
 宰相様は入室許可を確認すると、扉をゆっくりと引き開けた。

「失礼します」
 カーテンが引かれ薄暗い部屋の奥に進むと、ベッドの上に力なく横たわった殿下の姿が見えた。

 顔色が悪い。
 息も荒い。
 元々線の細いお方だったけれど、さらにお痩せになられた……というより、やつれた感じ……。

 目を閉じてぐったりと眠りにつく殿下の傍で、彼を見守る男女がこちらに視線を向けた。

「!!」
 このアーレンシュタインの国王陛下と王妃様……!!
 お二人とも憔悴しきった様子で、その顔には疲れが見える。

「宰相。その方が?」
「はい。フェブ──」
「セシリアです、国王陛下。トレンシスの町から参上いたしました」

 宰相様の言葉を遮って無礼と分かりながらも名乗る。
 フェブリール男爵家の、ローゼリアの妹として来ているのではない。
 私は、トレンシスのセシリアとしてここにいるのだから。

「……そうか……。よく来てくれた、セシリア。勝手なこちらの都合に巻き込んでしまってすまない」

 陛下と王妃様がこちらに深く頭を下げる。
 国王陛下が一男爵令嬢、いや、今は身分すらないただの娘に頭を下げるだなんて……。

 だけどそれを見ても、私の心は特に動かされることはない。
 冷たいかもしれないけれど、謝られても困る、が正しい感情だ。

「頭を上げてください。殿下のご容態は?」
「あぁ……もう水を飲む力も残っていない。夜通し咳を繰り返して体力も削られている。骨もどうやらひびが入ってしまったようでな……。鎮痛剤でごまかしながら何とか生きている状態だ」

 思ったよりひどい……。
 元々細いお身体だ。
 連日石を繰り返してしまえば、ひびが入ることもあるだろう。
 咳は体力も消耗させてしまうし、悪化する一方、よね……。

「……陛下。殿下をお治しする前に、褒賞についてよろしいでしょうか?」
「セシリア嬢!!」

 宰相様が声を上げるけれど、私には一番大切なことだ。
 治した後で「できません」では済まない。

「よい宰相。セシリア嬢、言ってみなさい」
「はい。ご無礼、お許しください。治癒がうまくいきましたら、褒賞として、トレンシスの町を一つの町として認め、お酒の産地をトレンシス産と明記していただきたいのです」

「トレンシスの酒を?」
 驚いたように声を上げた陛下だけれど、すぐに私の顔をじっと見つめ、そしてゆっくりと頷いた。

「わかった。私もそのことについてはきっかけが掴めぬままここまで来てしまった。もちろん、言う通りにしよう。セシリア嬢、手を貸してくださるかな?」
「手を?」

 首をかしげながらも私は言われた通り陛下へ右手を差し出した。
「ありがとう」
 一言礼を言うと、陛下は私の右手の甲に自身の右手をかざす。
 ほんのりとした熱さが一瞬だけはしって、それと同時に私の手の甲に紋様が浮かび上がった。

「これは王族が使える約束の証だ。違えれば術者の命がなくなる」

「!! そ、そんな魔法……」
「これは私のけじめと覚悟だ。父王の後、その判断を疑いながらも何もできずにいた、愚かな私の……。その紋は約束の達成とともに消えるから、安心なさい」

 陛下もずっと心を痛めていらしたのかしら。
 自分が偉大な父王の判断を覆せば、国民からの信用も失い、敬愛する父を否定することにもなる。
 自分自身の心と、王としての立場の板挟みで、いろんな決断を邪魔されてきたのかもしれない。

「……わかりました。ありがとうございます。では──治癒魔法をかけさせていただきます。陛下、御前失礼いたしますね」

 そう言うと私は、陛下の前へと進み出て、眠る殿下の傍へと近づいた。

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