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第10話 グランシアへの帰還
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「なあ、魔王様よ」
「なんだ、レンヤ」
ここは魔王城、魔王ラオコーンの私室だ。レンヤは食事に誘われ、いま男同士で食べている。色気がない。
「…そろそろ自由にしてくんないかな。この国の女は伴侶に出来ないよ。同じ時を生きられない。俺が爺になってもシレイアやジャンヌはピチピチのまんまだぞ。そんなんイヤだよ」
「ふむ…」
「もう十分にこの国の女たちに種を蒔いただろう。薬草と医療の知識もこの国の若いのに教えてきた。俺もいい歳だ。そろそろ伴侶を得て家庭を持ちたいんだよ」
「そうか、もうグランシアを落とすと言っても無駄か?」
「そんな気、最初からなかったくせに…。元々魔王軍のテインズ大陸侵略は人間に棲み処を奪われた同胞たちのために行ったこと。戦争なんて、あとで振り返ってみればくだらない理由で行われるものだとよく分かる。ただ彼らに仕返しをさせてやりたかっただけだものな」
「その通りだ。私はこの国で満足しているし、領地を増やす気もない。ただ同胞たちの鬱憤を晴らすためにやったことよ。テインズに攻め入り、憎き人間たちに復讐の刃を!とうるさくてかなわんかった。まあ、そのついでにお前のような人材を得られたのは僥倖と言えるだろうな」
「もう十分に魔王軍に尽くしてきたはずだ。そろそろ解放してくれ」
「分かった。ただし女の始末は自分でやれよ」
「シレイアとジャンヌを始め、肌を合わせた女たちには、遠からずこの国を出ていくことは伝えてあるよ。あ、そうそう…シレイアとジャンヌ、そしてマーメイドたちにもお願いされたが、娘たちにも種を与えてほしいと言うんだ。魔族や亜人の間では父親との性行為は」
「ああ、認められているし不道徳でも何でもない。女しか生まれない種族も多いでな。お前の娘たちが年頃になるころ、もう一度ここに来て娘たちと交わるがいい」
「所変わればだな…。実の娘とのセックスが不道徳じゃないなんて…」
シレイアとジャンヌを始め、女たちは意外とあっさりレンヤとの別れを受け入れた。
同じ時を生きられない、そう言われれば身を引くしかない。それにレンヤにも幸せになってもらいたい思い、あえて引き留めはしなかったのだろう。
「身勝手を言って済まないな」
「何も言うな。人間のレンヤ、やはり伴侶は人間の女がなるべきだ」
「だけどレンヤ、この子が年頃になったころ、またベルグランドに来てね」
ジャンヌが抱く赤子、名はシルヴィアと言う。
「だいたい今から何年後なんだ?」
「十六年後かな。アタシらの娘だ。年頃になれば美少女ぞろいだよ。楽しみだろ?」
と、シレイア。ジャンヌが
「もちろん、その時は母親の私たちも抱いてね」
「ははは…。さすがに十六年後じゃ俺もいい歳だぞ…」
「レンヤ」
「ラオコーン」
「達者でな」
「貴公も」
魔王城の前、飛行術で宙に舞い、シレイアたちに手を振るレンヤ。
シレイアたちも、それに応え手を振った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
レンヤがいく場所は決めていた。やはりグランシアだ。冒険者ギルド、せっかくエルザが金級の証であるゴールドカードをくれたが、結局今に至るまで恩恵はない。魔王の国に冒険者ギルドなんて無かったからである。
レンヤは変化の魔法で姿を変える。先にグランシアに入国した時と同じ姿。
カナのいるパピヨンヴェルに向かう。大のお気に入りの娼婦だ。妹の治療代を稼ぐ必要は無くなったが生活費を稼ぐため娼婦を続けていくしかなかったらしい。
カナもレンヤを愛している。妹を助けてもらったあの感激、そして蕩けるような快楽。
「ああっ、シュウ様ぁ…」
「カナ、カナ…!」
シュウとはレンヤの変名だ。英雄となっているレンヤの名前は、もうこの国では名乗れない。
以降、主人公レンヤの名前をシュウと記す。
熱烈な情事を終えて、シュウは服を着ている。カナは股を広げたままと云う、あられもない姿で横になっている。呼吸がまだ荒い。動けないのだ。
「おーい、カナちゃん、あそこ、そんなに広げて横になっていたら風邪引きますよ」
「もう…動けないんです。今日も激しくて…」
何とか気だるそうに起き上がるカナ。
「最近の難民キャンプはどうだ?」
悲しそうに笑い首を振るカナ。
「もう限界かな…。私とユイに夜這い駆けてくる人は日常茶飯事、女二人だと難民たちの間でも舐められちゃってさ…」
「王国の支援は?」
「あるわけないよ。その場所とテントを貸しているもらっているだけでも感謝しないとね。ホント…一瞬で私たち家族の幸せ奪われちゃったな…。魔王軍に」
「…なあ、カナ、いささかムードに欠けてすまないと思うが、君を身請けしたうえ妻にしたい。そしてユイを第二夫人として迎えたいと思うんだが…」
「……えっ?」
「俺は治癒魔法が使えるし薬草と医学の知識もあるから診療所を開院する。伴侶がいないと格好もつかない」
「おっ、お医者さんの奥さん!?私とユイが?」
「娼館で言うことじゃないけど…ごめん、もう君が俺以外の男に股を広げるの認められそうにない。好きなんだ。君が」
「シュウ…信じていいの?こんな幸せが急に降ってくるなんて信じられなくて…」
「うん、一緒に暮らそう」
「うん!これからよろしくね、旦那様!」
身請けとシュウは言ったがグランシアの色町にそんな仕組みはなかった。ただ娼婦が店に辞表を出して終わりなのだから。
そしてユイ、彼女も第二夫人となることを受け入れた。大喜びだった。姉妹で姉が第一夫人、妹が第二夫人になることは珍しくない。特に仲の良い姉妹はそうだ。
シュウはカナとユイを連れて商業ギルドへと行った。
ちなみに冒険者ギルドは登録制だが、商業ギルドは商会を立ち上げない限り登録の必要は無い。診療所の開設は王室への申請だから商業ギルドに話を通す必要は無いのだ。あるとしたら建物を買う申し込みくらいだ。
「診療所となる建物と自宅を買いたい。家族は二人の妻と私、子供も出来るだろうから、それを想定したうえで買いたいのだが」
こいつは豪儀な買い方をする、商業ギルドの窓口嬢レダは心の中でニィと笑い
「ご予算は…?」
「五千万ゴルダーまでなら現金で出せます。それ以上だと金や宝石を換金してからになりますね」
「「ごっ…!?」」
絶句するカナとユイ。カナは小声で
「シュウってお金持ちの家だったの?」
「いや、俺は元々田舎の農村の四男坊だよ。で…セントエベール王国で冒険者やっていたんだ。ランクもそこそこ良かったし、ギルドに請われて治癒師もやっていたから稼ぎになった。それがあんなことになってなぁ…」
我ながら、よくこんな嘘を並べられると感心してしまうシュウ。
「セントエベール王国、私たちの住む町の前に滅ぼされた国だよね、お姉ちゃん」
「ええ、王国が落ちたと聞き、大急ぎで逃げたけど間に合わなかった。お父さんとお母さんは殺されて貴女はあんな大火傷…。本当に悪魔だったわ魔王軍は」
「俺も戦ったけれど、強いモンスターばっかりでどうにもならなかった。逃げられたのは奇跡だよ。で…間に合いますかね。手持ちの現金で」
「はい、五千万で十分に二つの建物を買えますね…。医療器具なども当ギルドで用立てることが出来ますが」
「いえ、それはこちらで買い揃えてあり、倉庫に預けていますので」
「分かりました。では見に行きましょう」
商業ギルド職員と購入する予定の建物を見に行った。
「診療所は中古物件を居抜きで使うことをおすすめしたいのですけど」
「ええ、かまいませんよ。建物にもよりますけど元は?」
「カフェでした。リフォームは当ギルドと契約している職人たちでよろしいでしょうか」
「ええ、かまいません」
「分かりました。こちらのカフェです」
目の前には空き家となっている元カフェが。
「どうして潰れたんです?立地とてもいいと思うのですが…」
カナがレダに訊ねた。
「店主さんが親御さんの介護のためリタイアしたんです。だから当ギルドとしても居抜きが一番理想なんです。取り壊しの費用もバカになりませんし、居抜きなら店主さんにお金が入り、介護の役にも立つでしょうから」
「ふむふむ、買い手と売り手双方得をするわけですね。リフォーム代もそんなにかかりそうにないな…。ここにします。ここに診療所を開院します」
「はい、では今度はご自宅の候補へご案内しますね」
話はトントン拍子に決まり、シュウは診療所を開院した。カナとユイは事務員兼助手として働くことに。もちろん給料も出る。元は商家の娘たちであった姉妹、計算も文字の読み書きも出来た。革製品を扱っていた小さな店だったらしい。家族で経営していたのだ。
姉は娼婦になり、妹は大火傷、しかし事態は好転し彼女たち姉妹はシュウの妻となり伴侶と場所を得た。
「はい、マリーさん、お薬になります。ちょっと苦いですが毎食後、ちゃんと飲んで下さいね」
「はい、ありがたいねえ…。先生のお薬はとても効いて大助かりですよ」
カナが老婆に薬を渡す。お代もそんなに高くない。
シュウが自分で採取しているので薬の原料はタダなのだから十分なのだ。
開院は週に三日、四日は薬草の仕入れや創薬、そして妻たちとのむつみ合いだ。
ようやく、この異世界に来て幸せを感じるようになった。シレイアたちに怒られそうな言葉だが、やはり魔王軍に仕えていると云うのは親友カールを裏切ったような気持ちになった。かの地でのセックスも何やら互いの性欲処理のよう。癒し、安らぎのセックスはなかった。
しかし、カナとのセックスは快楽だけでなく癒された。来年成人を迎えるユイもまた、そんな癒しをシュウにくれるだろう。
シュウはまた難民たちのキャンプにも往診に出かけて臨時診療所で患者たちを診た。
「先生、あっしは…先生の奥さんたちに夜這いを……」
患者の一人がシュウに詫びた。肺を患い、やせ細っていた。
「治っても繰り返すなよ」
診療所内がドッと笑いで包まれた。カナとユイも大笑いしている。
「勘弁してつかあさい…」
「ほら、これを毎食後に飲むんだ。胸の炎症を止めて、呼吸に楽にしてくれる」
「ありがてえ…。嬢ちゃんたち、いい旦那さんと出会えたなぁ…。俺が言う資格はねえが、心よりおめでとうを言わせてもらうよ」
「ありがとう、ニールさん。私たちももう気にしていないから。それに私ニールさんを蹴り飛ばしたし」
再びドッと笑いで湧いた臨時診療所だった。そこに
「難民たちを無償で治している治癒師とは、そなたか?」
「……えっ?」
難民キャンプに不釣り合いな高貴な姿、王族だ。
「余はグランシア八世、おぬしに話がある」
カナとユイ、そして難民たちは真っ蒼になって平伏した。
「よい、その者と話があるだけだ」
「…患者の治療中です。話ならお待ちください」
部下の騎士が
「キサマ!国王陛下に何たる態度!」
グランシア八世が腕を横に伸ばして、それを止めた。
「それはすまなかった。待たせてもらおう」
「あっ、あなた、相手は王様だよ!待たせちゃマズいでしょ!」
と、ユイ。他の者も同意見らしい。いま診察している爺さんも
「先生、儂のことはあとでええから。王様とお会いしてですな」
「モルツ爺さん、患者はそんなこと心配しなくていいんだ。俺は治癒師、王様の機嫌より患者なんだ。よし、カナ、灸の用意を」
「分かりました」
モルツなる老爺にお灸を施す。鍼灸による治療はシュウが最初に行い、その効果は患者たちに喜ばれた。動かない足腰が動き、長年の頭痛も治ったという報告も入っている。
「ふああ、熱いけれど気ん持ちええなぁ、先生…」
グランシア八世はそれを遠くから見つめていた。部下の騎士が
「陛下、あれは何をしているんでしょうか」
「さてな…。しかし、あの老爺の気持ちよさそうな顔を見てみろ。効果がある治療法なんだろう」
ひとしきり診察を終えたシュウは改めてグランシア八世と向かい合った。
「ここでは何だ。少し離れたところで話そう」
「ええ、分かりました」
「お前たちはついてくるな」
「へ、陛下」
「ついてくるな。この男と二人だけで話したいのだ」
難民キャンプの地から少し離れた猫の額ほどの空地、そこに立つとグランシア八世は振り向き
「久しぶりだな、レンヤ」
「ああ、カールも元気そうだな」
「なんだ、レンヤ」
ここは魔王城、魔王ラオコーンの私室だ。レンヤは食事に誘われ、いま男同士で食べている。色気がない。
「…そろそろ自由にしてくんないかな。この国の女は伴侶に出来ないよ。同じ時を生きられない。俺が爺になってもシレイアやジャンヌはピチピチのまんまだぞ。そんなんイヤだよ」
「ふむ…」
「もう十分にこの国の女たちに種を蒔いただろう。薬草と医療の知識もこの国の若いのに教えてきた。俺もいい歳だ。そろそろ伴侶を得て家庭を持ちたいんだよ」
「そうか、もうグランシアを落とすと言っても無駄か?」
「そんな気、最初からなかったくせに…。元々魔王軍のテインズ大陸侵略は人間に棲み処を奪われた同胞たちのために行ったこと。戦争なんて、あとで振り返ってみればくだらない理由で行われるものだとよく分かる。ただ彼らに仕返しをさせてやりたかっただけだものな」
「その通りだ。私はこの国で満足しているし、領地を増やす気もない。ただ同胞たちの鬱憤を晴らすためにやったことよ。テインズに攻め入り、憎き人間たちに復讐の刃を!とうるさくてかなわんかった。まあ、そのついでにお前のような人材を得られたのは僥倖と言えるだろうな」
「もう十分に魔王軍に尽くしてきたはずだ。そろそろ解放してくれ」
「分かった。ただし女の始末は自分でやれよ」
「シレイアとジャンヌを始め、肌を合わせた女たちには、遠からずこの国を出ていくことは伝えてあるよ。あ、そうそう…シレイアとジャンヌ、そしてマーメイドたちにもお願いされたが、娘たちにも種を与えてほしいと言うんだ。魔族や亜人の間では父親との性行為は」
「ああ、認められているし不道徳でも何でもない。女しか生まれない種族も多いでな。お前の娘たちが年頃になるころ、もう一度ここに来て娘たちと交わるがいい」
「所変わればだな…。実の娘とのセックスが不道徳じゃないなんて…」
シレイアとジャンヌを始め、女たちは意外とあっさりレンヤとの別れを受け入れた。
同じ時を生きられない、そう言われれば身を引くしかない。それにレンヤにも幸せになってもらいたい思い、あえて引き留めはしなかったのだろう。
「身勝手を言って済まないな」
「何も言うな。人間のレンヤ、やはり伴侶は人間の女がなるべきだ」
「だけどレンヤ、この子が年頃になったころ、またベルグランドに来てね」
ジャンヌが抱く赤子、名はシルヴィアと言う。
「だいたい今から何年後なんだ?」
「十六年後かな。アタシらの娘だ。年頃になれば美少女ぞろいだよ。楽しみだろ?」
と、シレイア。ジャンヌが
「もちろん、その時は母親の私たちも抱いてね」
「ははは…。さすがに十六年後じゃ俺もいい歳だぞ…」
「レンヤ」
「ラオコーン」
「達者でな」
「貴公も」
魔王城の前、飛行術で宙に舞い、シレイアたちに手を振るレンヤ。
シレイアたちも、それに応え手を振った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
レンヤがいく場所は決めていた。やはりグランシアだ。冒険者ギルド、せっかくエルザが金級の証であるゴールドカードをくれたが、結局今に至るまで恩恵はない。魔王の国に冒険者ギルドなんて無かったからである。
レンヤは変化の魔法で姿を変える。先にグランシアに入国した時と同じ姿。
カナのいるパピヨンヴェルに向かう。大のお気に入りの娼婦だ。妹の治療代を稼ぐ必要は無くなったが生活費を稼ぐため娼婦を続けていくしかなかったらしい。
カナもレンヤを愛している。妹を助けてもらったあの感激、そして蕩けるような快楽。
「ああっ、シュウ様ぁ…」
「カナ、カナ…!」
シュウとはレンヤの変名だ。英雄となっているレンヤの名前は、もうこの国では名乗れない。
以降、主人公レンヤの名前をシュウと記す。
熱烈な情事を終えて、シュウは服を着ている。カナは股を広げたままと云う、あられもない姿で横になっている。呼吸がまだ荒い。動けないのだ。
「おーい、カナちゃん、あそこ、そんなに広げて横になっていたら風邪引きますよ」
「もう…動けないんです。今日も激しくて…」
何とか気だるそうに起き上がるカナ。
「最近の難民キャンプはどうだ?」
悲しそうに笑い首を振るカナ。
「もう限界かな…。私とユイに夜這い駆けてくる人は日常茶飯事、女二人だと難民たちの間でも舐められちゃってさ…」
「王国の支援は?」
「あるわけないよ。その場所とテントを貸しているもらっているだけでも感謝しないとね。ホント…一瞬で私たち家族の幸せ奪われちゃったな…。魔王軍に」
「…なあ、カナ、いささかムードに欠けてすまないと思うが、君を身請けしたうえ妻にしたい。そしてユイを第二夫人として迎えたいと思うんだが…」
「……えっ?」
「俺は治癒魔法が使えるし薬草と医学の知識もあるから診療所を開院する。伴侶がいないと格好もつかない」
「おっ、お医者さんの奥さん!?私とユイが?」
「娼館で言うことじゃないけど…ごめん、もう君が俺以外の男に股を広げるの認められそうにない。好きなんだ。君が」
「シュウ…信じていいの?こんな幸せが急に降ってくるなんて信じられなくて…」
「うん、一緒に暮らそう」
「うん!これからよろしくね、旦那様!」
身請けとシュウは言ったがグランシアの色町にそんな仕組みはなかった。ただ娼婦が店に辞表を出して終わりなのだから。
そしてユイ、彼女も第二夫人となることを受け入れた。大喜びだった。姉妹で姉が第一夫人、妹が第二夫人になることは珍しくない。特に仲の良い姉妹はそうだ。
シュウはカナとユイを連れて商業ギルドへと行った。
ちなみに冒険者ギルドは登録制だが、商業ギルドは商会を立ち上げない限り登録の必要は無い。診療所の開設は王室への申請だから商業ギルドに話を通す必要は無いのだ。あるとしたら建物を買う申し込みくらいだ。
「診療所となる建物と自宅を買いたい。家族は二人の妻と私、子供も出来るだろうから、それを想定したうえで買いたいのだが」
こいつは豪儀な買い方をする、商業ギルドの窓口嬢レダは心の中でニィと笑い
「ご予算は…?」
「五千万ゴルダーまでなら現金で出せます。それ以上だと金や宝石を換金してからになりますね」
「「ごっ…!?」」
絶句するカナとユイ。カナは小声で
「シュウってお金持ちの家だったの?」
「いや、俺は元々田舎の農村の四男坊だよ。で…セントエベール王国で冒険者やっていたんだ。ランクもそこそこ良かったし、ギルドに請われて治癒師もやっていたから稼ぎになった。それがあんなことになってなぁ…」
我ながら、よくこんな嘘を並べられると感心してしまうシュウ。
「セントエベール王国、私たちの住む町の前に滅ぼされた国だよね、お姉ちゃん」
「ええ、王国が落ちたと聞き、大急ぎで逃げたけど間に合わなかった。お父さんとお母さんは殺されて貴女はあんな大火傷…。本当に悪魔だったわ魔王軍は」
「俺も戦ったけれど、強いモンスターばっかりでどうにもならなかった。逃げられたのは奇跡だよ。で…間に合いますかね。手持ちの現金で」
「はい、五千万で十分に二つの建物を買えますね…。医療器具なども当ギルドで用立てることが出来ますが」
「いえ、それはこちらで買い揃えてあり、倉庫に預けていますので」
「分かりました。では見に行きましょう」
商業ギルド職員と購入する予定の建物を見に行った。
「診療所は中古物件を居抜きで使うことをおすすめしたいのですけど」
「ええ、かまいませんよ。建物にもよりますけど元は?」
「カフェでした。リフォームは当ギルドと契約している職人たちでよろしいでしょうか」
「ええ、かまいません」
「分かりました。こちらのカフェです」
目の前には空き家となっている元カフェが。
「どうして潰れたんです?立地とてもいいと思うのですが…」
カナがレダに訊ねた。
「店主さんが親御さんの介護のためリタイアしたんです。だから当ギルドとしても居抜きが一番理想なんです。取り壊しの費用もバカになりませんし、居抜きなら店主さんにお金が入り、介護の役にも立つでしょうから」
「ふむふむ、買い手と売り手双方得をするわけですね。リフォーム代もそんなにかかりそうにないな…。ここにします。ここに診療所を開院します」
「はい、では今度はご自宅の候補へご案内しますね」
話はトントン拍子に決まり、シュウは診療所を開院した。カナとユイは事務員兼助手として働くことに。もちろん給料も出る。元は商家の娘たちであった姉妹、計算も文字の読み書きも出来た。革製品を扱っていた小さな店だったらしい。家族で経営していたのだ。
姉は娼婦になり、妹は大火傷、しかし事態は好転し彼女たち姉妹はシュウの妻となり伴侶と場所を得た。
「はい、マリーさん、お薬になります。ちょっと苦いですが毎食後、ちゃんと飲んで下さいね」
「はい、ありがたいねえ…。先生のお薬はとても効いて大助かりですよ」
カナが老婆に薬を渡す。お代もそんなに高くない。
シュウが自分で採取しているので薬の原料はタダなのだから十分なのだ。
開院は週に三日、四日は薬草の仕入れや創薬、そして妻たちとのむつみ合いだ。
ようやく、この異世界に来て幸せを感じるようになった。シレイアたちに怒られそうな言葉だが、やはり魔王軍に仕えていると云うのは親友カールを裏切ったような気持ちになった。かの地でのセックスも何やら互いの性欲処理のよう。癒し、安らぎのセックスはなかった。
しかし、カナとのセックスは快楽だけでなく癒された。来年成人を迎えるユイもまた、そんな癒しをシュウにくれるだろう。
シュウはまた難民たちのキャンプにも往診に出かけて臨時診療所で患者たちを診た。
「先生、あっしは…先生の奥さんたちに夜這いを……」
患者の一人がシュウに詫びた。肺を患い、やせ細っていた。
「治っても繰り返すなよ」
診療所内がドッと笑いで包まれた。カナとユイも大笑いしている。
「勘弁してつかあさい…」
「ほら、これを毎食後に飲むんだ。胸の炎症を止めて、呼吸に楽にしてくれる」
「ありがてえ…。嬢ちゃんたち、いい旦那さんと出会えたなぁ…。俺が言う資格はねえが、心よりおめでとうを言わせてもらうよ」
「ありがとう、ニールさん。私たちももう気にしていないから。それに私ニールさんを蹴り飛ばしたし」
再びドッと笑いで湧いた臨時診療所だった。そこに
「難民たちを無償で治している治癒師とは、そなたか?」
「……えっ?」
難民キャンプに不釣り合いな高貴な姿、王族だ。
「余はグランシア八世、おぬしに話がある」
カナとユイ、そして難民たちは真っ蒼になって平伏した。
「よい、その者と話があるだけだ」
「…患者の治療中です。話ならお待ちください」
部下の騎士が
「キサマ!国王陛下に何たる態度!」
グランシア八世が腕を横に伸ばして、それを止めた。
「それはすまなかった。待たせてもらおう」
「あっ、あなた、相手は王様だよ!待たせちゃマズいでしょ!」
と、ユイ。他の者も同意見らしい。いま診察している爺さんも
「先生、儂のことはあとでええから。王様とお会いしてですな」
「モルツ爺さん、患者はそんなこと心配しなくていいんだ。俺は治癒師、王様の機嫌より患者なんだ。よし、カナ、灸の用意を」
「分かりました」
モルツなる老爺にお灸を施す。鍼灸による治療はシュウが最初に行い、その効果は患者たちに喜ばれた。動かない足腰が動き、長年の頭痛も治ったという報告も入っている。
「ふああ、熱いけれど気ん持ちええなぁ、先生…」
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「陛下、あれは何をしているんでしょうか」
「さてな…。しかし、あの老爺の気持ちよさそうな顔を見てみろ。効果がある治療法なんだろう」
ひとしきり診察を終えたシュウは改めてグランシア八世と向かい合った。
「ここでは何だ。少し離れたところで話そう」
「ええ、分かりました」
「お前たちはついてくるな」
「へ、陛下」
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