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4日目
素直合戦
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「ボク? 何だろう……ボクなんて、特に役に立ちそうには無いかな……」
久野絵ほどイヨを嫌っているわけではない睦美は、求められるままにイヨの隣へと歩み寄った。イヨの隣に睦美が立っているだけでも小陽の心臓は破裂しそうだったが、ここで安易な行動に走ればイヨの思う壺なのは間違いない。小陽は強く拳を握って耐えた。
「ありがとうございます。実は、先ほどから緊張で手が震えておりまして……どうかムツミさんの両手で握っていてはいただけないでしょうか?」
「え? そ、それはちょっと……さすがにボクも恥ずかしいかな?」
ちらちらと小陽の表情を窺いながら明確に拒絶する睦美。その耳元に唇を寄せて、イヨは小陽にも聴こえるように囁いた。
「そんな意地悪なことは仰らずに……どうか、ムツミさんのお優しい心に素直になってくださいませ?」
「ぁ……そうだよね……不安になってる下級生には優しくしてあげないとかな……」
睦美は自らイヨの左手を取ると、その少しも震えていない手を両手で優しく包み込んだ。
「どうかな……? こんなことで役に立ててるのかな……?」
「ええ、とても心が休まります……どうかもっと強く、素直にお願いいたします」
イヨは逆に睦美の手を取ると、一本一本の指を絡ませ始めた。
生命線を重ねるように右の掌同士を合わせて。指の付け根を擦り合わせるように手を握っては開き。短く整えられた睦美の親指の爪をつまんで、感触を楽しむようにくりくりと擦って。そして最後に小陽に見せつけるように固く手を握り合って、イヨは満足気に深く息を吐いた。
「っ……それは、なんのつもり? そういえば、女の子同士だとそうやって手を握り合ったりするよね。イヨ君は女の子なんじゃない?」
それが、小陽の精一杯だった。所詮は手を触り合っているだけであり、睦美も乗り気であるため強引に止められず、震える声を吐き出すことしかできなかった。
そんな小陽を見る睦美の表情は何処か切なげであり、イヨはとても気持ちよさそうだった。
「くふっ、ふふふふふ……そんな顔をされるのはまだ早いですよ、コハルさん? こんなのは前戯に過ぎません……本番はここからなのですから。ねえ、ムツミさん?」
これ見よがしに睦美に身体を寄せるイヨ。睦美は突然のスキンシップに戸惑ってはいたが、拒絶するような仕草は無かった。
「ムツミさんは、小陽さんととても仲がよろしいかと思います。それこそふたりが幼い頃からのお付き合いがあるそうですから、きっとふたりだけの秘密なんて山のようにあるのでしょう?」
「そんなにたくさんあるとは言い切れないかな……でも、ボクしか知らないハル君の秘密があるのは間違いないかな?」
「そうでしょう、そうでしょう……そのムツミさんが知るコハルさんの秘密の中には、女の子らしいものもあるのでは無いですか?」
「そんなこと、ボクの口からは勝手には言えないかなって……ハル君が自分で言うならまだしも、ボクには何も言えないかな」
イヨは慈しむように笑んでいた。睦美も、小陽も、全てを下に見て、己こそが勝者だと確信していた。
「そのように焦らされては、わたくしも我慢ができなくなってしまいます。さあ、素直になってくださいムツミさん。コハルさんを女の子だと裏付ける秘密を、どうかムツミさん自身の口から、素直に語ってくださいませ?」
「そんなに言われても、ボクの口からは言えないかな」
睦美は毅然と拒絶してみせた。イヨからの素直にというおねだりに、小陽からのお願い通りに抗ってくれていた。
「……ムツミさん? 今、なんと仰いましたか? わたくしは、素直に語っていただきたいとお願いしているのですが……?」
「そんなに何度も言われても、やっぱり言えないかなって。ハル君にも、素直に秘密を喋らないでってお願いされてるから……ごめんね、イヨちゃん」
「……なるほど。予想はしていましたが、やはり早い者勝ちでしたか……本日の自由時間、何としてもムツミさんとご一緒するべきでしたね」
これは小陽にとっても賭けであった。睦美が先にお願いした小陽を優先してくれる保証など無かった。呆気なく喋ってしまう可能性も考えてはいた。
しかし結果としては睦美は小陽との約束を守ってくれた。浴場での小陽からのお願いを遵守してくれていた。
睦美に秘密を喋られていたら、小陽は成す術も無く女の子にされてしまっていただろう。小陽は深く息を吐いて胸を撫で下ろし、イヨの悔し気な負け惜しみに耳を傾けた。
「やはり、昨日にお見せすることになってしまったのが良くありませんでした。おかげで対策を許す羽目になってしまいましたし……本当はムツミさんの口から語っていただきたかったのですが、こうなっては仕方ありません。小陽さんの秘密は、わたくしの口から暴露させていただきますね」
それは負け惜しみのはずだった。小陽はイヨを上回ったはずだった。
しかし小陽の目に映るイヨの顔は微笑んでいた。無様に安堵を晒した小陽を嘲笑うかのように。
久野絵ほどイヨを嫌っているわけではない睦美は、求められるままにイヨの隣へと歩み寄った。イヨの隣に睦美が立っているだけでも小陽の心臓は破裂しそうだったが、ここで安易な行動に走ればイヨの思う壺なのは間違いない。小陽は強く拳を握って耐えた。
「ありがとうございます。実は、先ほどから緊張で手が震えておりまして……どうかムツミさんの両手で握っていてはいただけないでしょうか?」
「え? そ、それはちょっと……さすがにボクも恥ずかしいかな?」
ちらちらと小陽の表情を窺いながら明確に拒絶する睦美。その耳元に唇を寄せて、イヨは小陽にも聴こえるように囁いた。
「そんな意地悪なことは仰らずに……どうか、ムツミさんのお優しい心に素直になってくださいませ?」
「ぁ……そうだよね……不安になってる下級生には優しくしてあげないとかな……」
睦美は自らイヨの左手を取ると、その少しも震えていない手を両手で優しく包み込んだ。
「どうかな……? こんなことで役に立ててるのかな……?」
「ええ、とても心が休まります……どうかもっと強く、素直にお願いいたします」
イヨは逆に睦美の手を取ると、一本一本の指を絡ませ始めた。
生命線を重ねるように右の掌同士を合わせて。指の付け根を擦り合わせるように手を握っては開き。短く整えられた睦美の親指の爪をつまんで、感触を楽しむようにくりくりと擦って。そして最後に小陽に見せつけるように固く手を握り合って、イヨは満足気に深く息を吐いた。
「っ……それは、なんのつもり? そういえば、女の子同士だとそうやって手を握り合ったりするよね。イヨ君は女の子なんじゃない?」
それが、小陽の精一杯だった。所詮は手を触り合っているだけであり、睦美も乗り気であるため強引に止められず、震える声を吐き出すことしかできなかった。
そんな小陽を見る睦美の表情は何処か切なげであり、イヨはとても気持ちよさそうだった。
「くふっ、ふふふふふ……そんな顔をされるのはまだ早いですよ、コハルさん? こんなのは前戯に過ぎません……本番はここからなのですから。ねえ、ムツミさん?」
これ見よがしに睦美に身体を寄せるイヨ。睦美は突然のスキンシップに戸惑ってはいたが、拒絶するような仕草は無かった。
「ムツミさんは、小陽さんととても仲がよろしいかと思います。それこそふたりが幼い頃からのお付き合いがあるそうですから、きっとふたりだけの秘密なんて山のようにあるのでしょう?」
「そんなにたくさんあるとは言い切れないかな……でも、ボクしか知らないハル君の秘密があるのは間違いないかな?」
「そうでしょう、そうでしょう……そのムツミさんが知るコハルさんの秘密の中には、女の子らしいものもあるのでは無いですか?」
「そんなこと、ボクの口からは勝手には言えないかなって……ハル君が自分で言うならまだしも、ボクには何も言えないかな」
イヨは慈しむように笑んでいた。睦美も、小陽も、全てを下に見て、己こそが勝者だと確信していた。
「そのように焦らされては、わたくしも我慢ができなくなってしまいます。さあ、素直になってくださいムツミさん。コハルさんを女の子だと裏付ける秘密を、どうかムツミさん自身の口から、素直に語ってくださいませ?」
「そんなに言われても、ボクの口からは言えないかな」
睦美は毅然と拒絶してみせた。イヨからの素直にというおねだりに、小陽からのお願い通りに抗ってくれていた。
「……ムツミさん? 今、なんと仰いましたか? わたくしは、素直に語っていただきたいとお願いしているのですが……?」
「そんなに何度も言われても、やっぱり言えないかなって。ハル君にも、素直に秘密を喋らないでってお願いされてるから……ごめんね、イヨちゃん」
「……なるほど。予想はしていましたが、やはり早い者勝ちでしたか……本日の自由時間、何としてもムツミさんとご一緒するべきでしたね」
これは小陽にとっても賭けであった。睦美が先にお願いした小陽を優先してくれる保証など無かった。呆気なく喋ってしまう可能性も考えてはいた。
しかし結果としては睦美は小陽との約束を守ってくれた。浴場での小陽からのお願いを遵守してくれていた。
睦美に秘密を喋られていたら、小陽は成す術も無く女の子にされてしまっていただろう。小陽は深く息を吐いて胸を撫で下ろし、イヨの悔し気な負け惜しみに耳を傾けた。
「やはり、昨日にお見せすることになってしまったのが良くありませんでした。おかげで対策を許す羽目になってしまいましたし……本当はムツミさんの口から語っていただきたかったのですが、こうなっては仕方ありません。小陽さんの秘密は、わたくしの口から暴露させていただきますね」
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