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エピローグ
屋上にて
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一部の生徒だけが知っている、あさぼらけ男子中学校の屋上への入り方。ローブを羽織った一年生がそれを実践してみると、いとも簡単に立ち入り禁止の屋上への侵入が叶ってしまった。
四方を空に囲まれた開放的な空間。雨風から守ってもらえない代わりに、爽やかな日差しと風を全身で享受できる場所。世界にひとりきりになったような自由さを満喫していると、視界にフェンスに寄りかかって座る男子生徒の姿が映った。
整った顔立ちの男子生徒が物憂げに空を眺めている様子は物語の一幕のようで、興味を惹かれた一年生は近寄って話しかけて見ることにした。
「授業中なのに屋上に居るってことは、不良なの?」
空を眺めていた男子生徒は一年生を一瞥すると、ぴくりと眉を動かした。しばらくの間は中腰で見下ろしてくる一年生の顔をまじまじと見つめていたが、やがて空に視線を戻してから口を開いた。
「……今の時期、3年の授業は自由参加なんだよ。お前は一年だろ? 不良だって言うならお前の方だな」
「だって、授業ってつまんないし。皆とお喋りしながらできる自習だったらいいのに」
「そんな自由な自習があったら、そりゃ誰だってそっちの方がいいだろうよ。それより、よく1年が屋上の入り方を知ってたな。上級生に知り合いでも居るのか?」
「わかんない……わかんないけど……どうしてか知ってて……来なくちゃって思った……?」
一年生が頭を傾げながらふわふわと考える様子を見て、三年生はなんだそれと短く笑った。
「そういえばお前、あの合宿のバスに居たな。そのヘンテコな恰好、なんか見覚えあると思ってたんだ」
「ヘンテコ……なんか、響きが可愛いね。これ聖歌隊の衣装だから、褒めてくれてるなら嬉しい」
「お前、聖歌隊なのか。言われてみればそれっぽい服に見えるが、なんで学校に着て来てるんだ? 確かにうちの学校は服装自由だけど、もうちょっと他に選択肢あっただろ」
「そうかな……? 聖歌隊の正装なんだから、なるべく着るべきだって思ってたんだけど……トオリは違うと思うの? ……んん?」
くるくると回りながら自分の衣装を見回していた一年生は突然首を傾げ始めた。自分の口から出たその名前が、自分自身でも理解できないとでも言うように。
「何だ、俺を知ってたのか。まあ露出する仕事柄、珍しくも無いけどな」
「トオリ……トオリ……うん。よくわからないけど、よろしくトオリ」
「そんなかしこまられてもな……偶然屋上に居合わせただけなんだから、よろしくするようなものでも無いだろ。せっかく授業サボってるんだから、俺のことは気にせずゆっくりしていけよ」
「じゃあ、お邪魔します……そして、歌うね」
「は? ……なんで?」
「トオリの顔を見てたら歌いたくなってきたので……あーめん」
一年生は桃莉の頭上に視線を向けると、両手を組んで祈り始めた。そのポーズは敬虔な信徒そのものであったが、感情の籠っていない声のせいでぞんざいにも感じられた。
「見た目通りに変な奴だな……そこまで言うならジジの歌を聴かせてくれよ……ん?」
「ジジ、名乗ったっけ……? もしかしてジジ、有名人?」
「いや、少なくとも俺は知らない筈なんだけど……おかしいな……は? なんだこれ、なんで……?」
ぽろぽろと、桃莉の瞳から涙が零れ始めた。桃莉自身も自覚できない心の傷に反応しているかのように、身体から勝手に痛みの雫が溢れ出して止まらなかった。
そんな桃莉に対してジジはハンカチを差し出すこともせず、慰めもせず、ただ淡々と告げた。
「泣かないで、トオリ……今から泣いてたら、ジジの歌が終わる頃には干からびちゃうよ?」
「何だよ、それ。ジジの歌は感涙必至ってことか? 大した自信だな」
「そうだよ……だって、ジジの歌は皆に捧げる為の歌だから。今はトオリの為だけに歌ってあげる……だからトオリも今だけは、ジジの為だけに喜んで見せて?」
トオリに向けて両手を広げるジジ。その微笑みは母が子に向けるような慈愛に満ちていながら、頬は期待でほんのりと色づいていた。
「トリガーハッピーならぬ、シンガーハッピーってか? いいぜ、聴かせてくれよその歌ってやつを……俺も、無性に聴きたくなってきたからさ」
「では、ご期待にお応えいたしまして……~~♪」
澄んだ青空に囲まれながら、己の全てを捧げた少年が歌う。
優しい歌声が耳を撫でる中、少年は溢れ出しそうな胸の痛みを零さないように抱きしめていた。
四方を空に囲まれた開放的な空間。雨風から守ってもらえない代わりに、爽やかな日差しと風を全身で享受できる場所。世界にひとりきりになったような自由さを満喫していると、視界にフェンスに寄りかかって座る男子生徒の姿が映った。
整った顔立ちの男子生徒が物憂げに空を眺めている様子は物語の一幕のようで、興味を惹かれた一年生は近寄って話しかけて見ることにした。
「授業中なのに屋上に居るってことは、不良なの?」
空を眺めていた男子生徒は一年生を一瞥すると、ぴくりと眉を動かした。しばらくの間は中腰で見下ろしてくる一年生の顔をまじまじと見つめていたが、やがて空に視線を戻してから口を開いた。
「……今の時期、3年の授業は自由参加なんだよ。お前は一年だろ? 不良だって言うならお前の方だな」
「だって、授業ってつまんないし。皆とお喋りしながらできる自習だったらいいのに」
「そんな自由な自習があったら、そりゃ誰だってそっちの方がいいだろうよ。それより、よく1年が屋上の入り方を知ってたな。上級生に知り合いでも居るのか?」
「わかんない……わかんないけど……どうしてか知ってて……来なくちゃって思った……?」
一年生が頭を傾げながらふわふわと考える様子を見て、三年生はなんだそれと短く笑った。
「そういえばお前、あの合宿のバスに居たな。そのヘンテコな恰好、なんか見覚えあると思ってたんだ」
「ヘンテコ……なんか、響きが可愛いね。これ聖歌隊の衣装だから、褒めてくれてるなら嬉しい」
「お前、聖歌隊なのか。言われてみればそれっぽい服に見えるが、なんで学校に着て来てるんだ? 確かにうちの学校は服装自由だけど、もうちょっと他に選択肢あっただろ」
「そうかな……? 聖歌隊の正装なんだから、なるべく着るべきだって思ってたんだけど……トオリは違うと思うの? ……んん?」
くるくると回りながら自分の衣装を見回していた一年生は突然首を傾げ始めた。自分の口から出たその名前が、自分自身でも理解できないとでも言うように。
「何だ、俺を知ってたのか。まあ露出する仕事柄、珍しくも無いけどな」
「トオリ……トオリ……うん。よくわからないけど、よろしくトオリ」
「そんなかしこまられてもな……偶然屋上に居合わせただけなんだから、よろしくするようなものでも無いだろ。せっかく授業サボってるんだから、俺のことは気にせずゆっくりしていけよ」
「じゃあ、お邪魔します……そして、歌うね」
「は? ……なんで?」
「トオリの顔を見てたら歌いたくなってきたので……あーめん」
一年生は桃莉の頭上に視線を向けると、両手を組んで祈り始めた。そのポーズは敬虔な信徒そのものであったが、感情の籠っていない声のせいでぞんざいにも感じられた。
「見た目通りに変な奴だな……そこまで言うならジジの歌を聴かせてくれよ……ん?」
「ジジ、名乗ったっけ……? もしかしてジジ、有名人?」
「いや、少なくとも俺は知らない筈なんだけど……おかしいな……は? なんだこれ、なんで……?」
ぽろぽろと、桃莉の瞳から涙が零れ始めた。桃莉自身も自覚できない心の傷に反応しているかのように、身体から勝手に痛みの雫が溢れ出して止まらなかった。
そんな桃莉に対してジジはハンカチを差し出すこともせず、慰めもせず、ただ淡々と告げた。
「泣かないで、トオリ……今から泣いてたら、ジジの歌が終わる頃には干からびちゃうよ?」
「何だよ、それ。ジジの歌は感涙必至ってことか? 大した自信だな」
「そうだよ……だって、ジジの歌は皆に捧げる為の歌だから。今はトオリの為だけに歌ってあげる……だからトオリも今だけは、ジジの為だけに喜んで見せて?」
トオリに向けて両手を広げるジジ。その微笑みは母が子に向けるような慈愛に満ちていながら、頬は期待でほんのりと色づいていた。
「トリガーハッピーならぬ、シンガーハッピーってか? いいぜ、聴かせてくれよその歌ってやつを……俺も、無性に聴きたくなってきたからさ」
「では、ご期待にお応えいたしまして……~~♪」
澄んだ青空に囲まれながら、己の全てを捧げた少年が歌う。
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