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洛陽動乱

新たなる親子 1

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「呂布が、呂布が丁原を討ち取ったぞぉ! はっはー!」

 李粛は飛び跳ねて喜びながら、丁原の幕舎を出て行く。

 先程の争いの音は幕舎の外まで漏れていたらしく、周りには丁原軍の兵士も集まっていた。

 そこへ丁原の首を持った李粛が、飛び出していったのである。

 呂布はただ呆然として、首を失って倒れた丁原の体を見ていた。

 やるべき事はある。

 総大将の丁原を失ってしまったのだから、今後の身の振り方を考えなければならない。

 それが最優先の急務のはずなのだが、頭が働かないのだ。

 近くの椅子に腰を降ろして頭を抱えていると、少し前に浮かれて飛び出していった李粛が、大慌てで幕舎の中に駆け込んでくる。

「ほ、奉先! 助けてくれ!」

 泣きついてくる李粛を呂布は鬱陶しそうに見ていたが、その後からは剣を抜いた高順が追いかけてきた。

「奉先、どういう事だ?」

「……あ、ああ、高順か」

「高順か、じゃないだろう。これはどう言う事だ」

 高順は丁原の首を持つ李粛に剣を向けながら、呂布に尋ねる。

 これはどう言う事だろう。

 呂布は高順の質問に答えられず、ただオロオロとしていた。

「奉先、お前はつくづく謀略には向かない男だな」

 高順はそう言ってため息をつくと、李粛を睨む。

「それで、この董卓軍の密偵は何だ? 切り捨てて良いのか?」

「ば、馬鹿な事を言うな! 僕は奉先を董卓閣下に引き合わせる為に来てやっているんだぞ? それとも董卓閣下に歯向かうつもりか? お前も、こうなるぞ、匹夫めが!」

 李粛は半べそ状態ながらも、丁原の首を掲げて高順に向かって言う。

 高順は大きく溜息をつく。

「お前の手柄じゃないだろう、蛆虫うじむし野郎が」

 高順はそう吐き捨てると、剣を収める。

「奉先、一言言ってくれればお前が手を汚さなくても、俺が丁原如きは討ち取ったものを」

「……そんなつもりは、無かったんだ」

「だろうな。お前がそう言う奴じゃない事は知っている」

 高順はそう言うと、呆然としている呂布の肩を掴む。

「確認するぞ、奉先。董卓の元に行くんだな?」

「当たり前じゃないか」

 と答えたのは李粛だった。

「貴様は黙っていろ!」

 高順に一括されて、李粛は言葉を飲み込む。

「董卓軍に、俺が?」

「しっかりしろ、奉先! 例えどんな経緯であっても、丁原は死んだんだ! お前がしっかりしないと、厳氏や蓉を誰が守るんだ!」

 高順に強く言われ、呂布はようやく我に返る。

「……そうか。そうだな。その通りだ」

 呂布はそう呟くと、立ち上がる。

「兵にこの事を話す。高順はどうする?」

「俺の事はいい。厳氏と呂姫は俺が保護するから、お前はその蛆虫野郎と董卓のところに行け。遅くなって余計な疑いを持たれる必要は無いからな」

 高順はそう言うと、もう一度李粛を睨みつけてから幕舎を出て行く。

「李粛、その首を持って俺と一緒に来い」

 呂布は怯える李粛にそう言うと、幕舎を出る。

 そこには物音を聞きつけた兵士達が集まっていた。

「呂布将軍、何かあったのですか?」

「皆、聞いてくれ」

 声をかけてくる兵士だけではなく、集まった兵に向かって言う。

「不貞不義理に過ぎた丁原は切り捨てた。皆は丁原軍の兵である。共に来ても良いと思う者には同行して欲しいが、それは今でなくてよい。皆がよく考えた上で、決めて欲しい」

 呂布はそう言うにとどめ、李粛を伴って丁原軍から離れていった。





 呂布が董卓の元へやって来たのは、李儒が戻ってからそれほど間がなかった。

 李儒とは入れ違いで呂布は丁原の元へやって来たみたいだが、もし鉢合わせにでもなっていたらと思うと、李儒としても説得出来ていたか分からないところだった。

 丁原の不安を煽る事は、その場に呂布がいなかった事が何よりも大きい。

 呂布が面前に居る場合には、反董卓の急先鋒であった丁原と当代最強と言っても良い名将呂布を、董卓軍になびかせなければならないところだった。

 まず間違いなく李粛では説得出来るはずもないし、李儒も一緒に董卓軍の密偵として切り捨てられても不思議ではないだろう。

 だが、呂布がこちらの陣営にやって来たと言う事は、李粛の説得も成功したと言う事だろう。

 李粛もそうだが、これで李儒の首も繋がったと思いたいところだが、可能性は低いとはいえ呂布が自ら刺客としてやって来たと言う事は、当然警戒しなければならない。

 そう思いながら李儒は董卓の元へ戻ると、それから間もなく李粛と呂布がやって来た。

 李粛と呂布が並んでいるのを見ると、いかに李粛が凡庸か、呂布奉先と言う人物が圧倒的な威風を纏っているのかが見て取れる。

 が、その呂布は戦場で見た時ほどの覇気を感じられない。

 まるで酷く疲れているように見える。

「董卓将軍、呂布は帰順する事を認めました! これが証拠の品です!」

 李粛が飛び上がらんばかりに喜びながら、董卓の元へ駆けつける。

 帰順に際して手土産を用意するような如才じょさいなさを呂布が備えているとは思っていなかったが、その手土産を見て李儒も納得した。

 丁原の首だった。

 どうやら丁原の不安を煽り過ぎたようだ。

「このように呂布は、義父である丁原を切り捨て、董卓閣下に忠誠を誓っております。閣下から贈呈された赤兎馬も大変気に入っていますので、閣下の為に命を捨てる事も辞さないでしょう!」

 聞いていて不快になるような李粛の売り込みに李儒はうんざりしたが、呂布は特に口を挟む事をせず、黙ってひざまずいて董卓からの言葉を待っている。

「……そうか、義理とはいえ、父親を切ったか」

 董卓は重く呟くと、丁原の首の入った首桶を放り投げる。

「閣下?」

 大手柄の証であるはずの丁原の首を投げ捨てられ、李粛は目を丸くしている。

「たわけ者が! 天下に武名轟く呂布将軍を親殺しの不忠者とあざけるか!」  

 董卓は李粛を足蹴にすると、跪く呂布の元へ駆け寄り、その手を取る。

 その行動には足蹴にされた李粛だけでなく、助け起こされた呂布も、軍師である李儒ですら信じられない行動だった。

「呂布将軍が丁原から冷たく遇されているのは常々つねづねうかがっていた。しかし、切り捨てる事になろうとは。呂布将軍がそこまで追い詰められていたとも知らなかったこの董卓、恥じ入るばかりだ」

 まったくらしくない事を言っている董卓に、李儒は言葉を失っていた。

 呂布が予想外に早く董卓陣営にやって来た為、まったく打ち合わせする時間を取れなかったのだが、董卓は李儒がやって欲しいと思っていた以上の事をやっている。

 呂布としても温名園にての董卓の傲慢を見ているので、これほど自分をあつく迎えてくれるとは思ってもいなかった。

「呂布将軍、この董卓の養子にならぬか? そうすれば、貴殿の父親はこの儂。貴殿の汚名となるであろう親殺しも、儂が父親になったからには誰にもそのような事は言わせはせぬ。いかがであろう、呂布将軍」

 董卓の申し出は、李儒ですら考えてもいない事だった。

 呂布を自軍に引き入れたからには厚遇するように進言するつもりでいたが、董卓自身がこれ以上無いほどの条件を呂布に出してきた。

 この様な事が出来るからこそ奇妙に人材が集まり、西涼でも随一の勢力を作る事が出来たのだろう。

 李儒も初めて見る、董卓の英雄としての片鱗だった。

「そ、そのような事。閣下のご迷惑になるのでは?」

 あまりの事に、呂布も言葉に詰まっている。

「なんの。古今の名将である呂布奉先を息子に出来るのであれば、その事だけで儂の名は後世にまで語り継がれよう。何の迷惑があろう事か」

 董卓は大笑すると、呂布を助け起こして手を叩く。

 傍に控えていた女官達が、黄金の鎧や錦の長衣を持ってくる。

「これを将軍に与えよう。無論、赤兎馬も将軍の物だ。将軍を迎える宴だ」

「あ、いや、お待ち下さい。このような夜分にそこまでは」

「呂布将軍はお疲れのようです。お披露目の宴は戻ってからにして、今日はお休みになられては?」

「おお、そうだな。これは儂の気遣いが足りなかった。では将軍、ゆっくり休まれよ」

 董卓は笑顔でそう言うと、李儒に全軍撤収の準備にかかるように言う。

「それでは我々も休むとしよう」

 そう言って解散となったので、呂布は頭を下げて董卓の前から下がる。

「お前は何をしているのだ?」

 董卓は、下がろうとしない李粛に対して、面倒そうに声をかける。

「僕の策が当たり、丁原を討ち取り、呂布を閣下の元へ引き抜いてきました。それに対して、閣下からのお言葉は無いのでしょうか」

 黙っていれば良いものを、と李儒は眉を寄せる。

「何?」

「李粛、よくやった。恩賞は呂布将軍と共に、董卓閣下からたまわす。閣下はお疲れである。それでもなお、お前は閣下を妨げるのか?」

 せっかく上機嫌の董卓の機嫌を損ねさせる訳にはいかないので、李儒は間に入って李粛に向かっていう。

「い、いえ、とんでもありません。今夜はゆっくりとお休み下さいませ。もはや閣下に逆らう者など、天下にいないのですから」

 李粛は慌てて平伏しながら言う。

 下手をすれば、これだけで首を落とされていたかもしれないのだ。今夜は妙に董卓の機嫌が良かったから命拾いをしたと言う事を、この李粛は理解しているのだろうか。
 李儒は溜息を付きながら思う。

 とはいえ、呂布を丁原から引き抜いてきた事は間違いなく大手柄でもある。

 まあ、何か考えてやらないとな。

 この時は李儒もそう思っていたので、李粛に与える将軍位は騎都尉で良いだろうと定めていたのだが、この後全軍撤収の為の準備や呂布を迎える準備などに追われ、都に戻った時にはすっかり忘れてしまっていた。





 こうして董卓は勇猛果敢な西涼兵と、それらを率いる最強の武将を手に入れ、天下最大の軍事力を入手した。

 この時、董卓軍こそが最強と呼ぶに相応かった。
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